287.ダンジョンマスターたち
すいません。長らく投稿できず、間隔があいてしまいました。
というわけで、最終話です。
今回いつもの2話分の文字数ですので、いつもより長めになっています。
宰相イオの死から20年が経った頃、エルマンド帝国は更なる発展を遂げていた。
だが、すべてが順調だったわけではない。
その主な最大の問題はダンジョンマスターと勇者。
本来、輪廻転生の一環として正常に転生するならば、前世の記憶はなくし、新たな生を受け、この世界で生きていくはずだったのだが、前世で魂の消耗が激しい場合、回復が必要になる。
多少の消耗ならば、数年、20年も新たな生を受け、生きていれば回復するのだが、消耗があまりにも大きい場合、それでは回復しきらない。
そこで、ある程度消耗が大きい場合、『勇者』とすることで、前世の記憶を引き継ぎつつ、欠けた魂、つまり新たな力を付加し、馴染むまでこの世界で生きていくことになる。
ダンジョンマスターの場合は魂の欠けた部分があまりにも大きいため、回復は不可能。すり減らすようにして魂を削り、消滅させて、輪廻転生の最中、新たな魂として蘇る。
そのための舞台が今、俺、ダンジョンマスターのイオがいる世界。女神が創り、魔神様が魂の回復場所として調整した世界だ。
なぜ、そんなことを知っているのか?というと、初期に魔神様が生んだダンジョンマスター、およそ、100番台くらいまで、が、世界の調整役として選ばれたためだ。
簡単に言うと、会社の社長が魔神様で、俺たちダンジョンマスターは現地派遣作業員のようなものだ。
そんな現地派遣作業員の俺だが、そのメインの仕事はエルマンド帝国を守り発展に裏から寄与しつつ、勇者、ダンジョンマスターの排除になる。
ダンジョンマスター同士の直接戦闘での殺傷はできないようにされているため、自分の領域外から侵攻して来たダンジョンマスターは奴隷化もしくは人の手により処刑されることになる。
ダンジョンマスターの侵攻というと大規模なモンスター軍団による蹂躙劇が始まるのか!?と思うかもしれないが、実際は管理不十分で逃げ出したモンスターの始末、いわゆるスタンビートへの対応か、考え無しの特攻かのほぼ2パターン。
ダンジョンマスターとして育つ前の出来事なので、どちらも今の俺のダンジョンやエルマンド帝国にとって対処は難しくない。
正直、ダンジョンマスターのモンスター使役能力は前提として、十分な餌があり、各々のモンスターが生活しやすい環境整備ができることがあるので、それがないダンジョンマスターのモンスターたちによるスタンビートは大した数もいないし、強いモンスターがいることも稀だったりする。
そういう意味では、勇者のほうがよほど厄介だったりする。
勇者の能力は対魔物、モンスター特効効果。モンスターを相手にすると非常に強く、その分レベルも上がりやすい。幼いころから英雄視されることも多く、良く言えば調子ノリ。悪く言えば、人の言うことを聞かず、なんでも自分の思い通りになると思い込んでいる人。
中には平然とエルマンド帝国に対し反逆というか、テロ行為をしてくる者もいる。ここまでいくとエルマンド帝国も黙っていない。すぐにヒューマン種の上位種というか戦闘能力特化型のハイヒューマンを含む、エルマンド帝国騎士団がやってきて討伐される。
今回の俺のターゲットはその勇者だったりする。
俺は冒険者登録後、数年で引退し、忽然と姿を消したことに表向きはなっている。理由は一番が目立ち過ぎたこと。そのことで余計な連中には狙われ、アホ貴族の勧誘もウザイことこの上ない。一応これでもイオ宰相の後継者ということでエルマンド帝国の侯爵位持ちということになっているし、その証も見せたんだが、アホは目の前のことを見ていないというか理解ができていない。
そのようなことが立て続き、本来のダンジョンマスターとしての役割にも影響が出かねないと思い、表舞台から姿を消した。
ダンジョンマスターとしての役割の一つに自領域内の安定、安寧がある。つまり、エルマンド帝国の安定と発展だ。それを脅かす勇者なりダンジョンマスターなりは放置できないということになる。
今回のターゲットである勇者の経歴というか生い立ちは調査済。もちろん、その能力も。
名をジャバー。勇者ジャバーだが、彼はとある有名冒険者の両親の下に産まれたハイヒューマンだ。
エルマンド帝国内でハイヒューマンが産まれるのはまだまだ、珍しい。だが、それもいつか来ると思われていたハイヒューマン勇者が、今回、敵に回ったということになる。
この勇者ジャバー。なまじ前世の記憶があるためか、しかもお約束通り地球の現代日本で育った転生者。両親を両親と認識せず、5歳くらいの頃、両親に注意されたことに腹を立て、両親を殺害。以後、ギャングとして裏社会でのし上がっていく。一応、冒険者として活動していた時期もあるのだが、すぐに辞め、元の仲間たちとつるんで、ギャングというか盗賊団を結成し、今に至るという奴だ。
ハイヒューマンへの教育は実はエルマンド帝国の上層部でも頭を悩ませている問題だったりする。ハイヒューマンが生まれやすいのは武門の貴族が中心だが、高ランクの冒険者の間でもちらほら生まれている。
冒険者はともかく、貴族の場合、教育課程で早い段階で子供のほうが力を持つことになる。そうなると貴族として必要な教育が十分なされないまま、大人になるか、貴族家当主を引退させ、自身が当主となることになる。
そこに問題が生まれないわけはない。教育問題はいつも頭の痛い問題だということだ。
さて、今回のターゲットである勇者ジャバーだが、当然討伐対象になっている。盗賊行為はエルマンド帝国ではどこであっても犯罪だ。しかし、今まで討伐されなかった最大の理由が、彼がハイヒューマンであること。下手に手を出すと騎士団にすら甚大な被害が出ることが予想されたためだ。
戦闘能力がヒューマンとは段違いというか異次元なのだ。そもそも、この勇者ジャバー、冒険者になったのも、ただモンスターを楽に狩り、楽々レベルアップが目的だったようで、冒険者をやりたかったわけでもないようだった。
冒険者としての稼ぎより、盗賊としての方が稼げると判断したようだし。
実際、エルマンド帝国首都エルドイオにつながる街道の1つを活動範囲としているため、大きな稼ぎにはなるのだろう。ご丁寧に証拠隠滅のためか、襲われた方に生存者はいない。その分、こちらに猶予はないのだが。
残念ながらこの勇者ジャバー君は助命したとして犯罪奴隷にもできない。処刑一択だった。
さて、嫌なお仕事だが、騎士団が来る前に始めましょうか。
勇者ジャバーが率いる盗賊団は街道沿いにある。小さな森に本拠地を作っていた。元々、開拓時に臨時の休憩所兼集落としていた場所だ。そこを襲って本拠地にしたのだが、当然のように生存者はいない。
集落と連絡が取れなくなると、確実に何かがあったとわかる。調査団というより、騎士団派遣案件である。騎士団が来る前に終わらせないと色々厄介なことになる。
どうせ、雑魚は騎士団が対応するので、大物狙いで、隠密行動で見つからないように、森を駆け抜け、直接本拠地を急襲する。
とりあえず、中にいる盗賊どもを逃がさないよう逃げ道を塞ぐように石壁を展開。さらに三角錐型に成形した岩を打ち出し、住処を破壊。ここまですれば、全員出て来るしかなくなる。こっちに向かってくる者は全員斬り捨てる。
今回は魔剣グラムを装備。
対勇者用装備として最適なためだ。
魔剣グラムはいずれ神剣に至る可能性がある剣と言われていたが、その能力を知れば、納得した。その力には輪廻転生の一部を司るというか代理をする能力というか神の能力、権能の極一部だが。を持っているのだ。
その能力は切った対象の魂を輪廻転生の中に送る。
魔剣グラムに切られた対象は切られた部分の魂を輪廻転生の中に無理矢理還される。そのまま切られ続けると、最後には魂が粉々になり、輪廻転生の中に還ることになる。
“魂砕き”の剣、それが魔剣グラムである。
実際の分かりやすい効果はHP自動回復の防止だろうか。
傷ついた魂は時間が経てば回復するが、戦闘中に回復しきるということはない。そのため、魔剣グラムでついた傷が戦闘中に自動で回復するということはない。一部の上位回復魔法や回復薬を使用した場合は治るため、回復全般ができなくなるわけではない。
つまり、HP自動回復のスキルを持っていないと意味がない。で、今回の相手の勇者ジャバーは持ってない。つまり、今回魔剣グラムはただの切れ味の良い剣になってしまったと。
そんなことを言いつつ、取り巻きはほとんど排除したところで、残った取り巻きに勇者ジャバーは
「命がけで一太刀浴びせてこいや!やらないならこの場で俺様がお前らを殺す」
よほど勇者ジャバーが怖いのかなりふり構わず突っ込んでくる取り巻き。まあ、排除するけど。
残すは勇者ジャバーのみ。この段階で多少時間稼ぎした勇者ジャバーの選択は魔法。
だが、悲しいかな。この程度じゃ俺は殺せない。というか防ぐのも簡単だ。
「ちっ!どうやら騎士ではないようだが、俺様の邪魔をする奴は皆殺しよ!使えない奴隷どももな!」
そんなことをいいながら切りかかってくる勇者ジャバー。だが、そのどれも当たらない。
「元々の高能力を誇るハイヒューマンに産まれたはいいが、その後、努力は一切していなかったことが丸分かりだな。これでは格上はおろか、同格にすら通用しない」
「うるせぇ!とっとと死ねや」
いわゆる身体能力任せで一切の技術はない剣技。よくこれで今まで生き残ってきたモノだと思う。そして、自慢の身体能力も俺には通用しない。
「やはり、気がついていないようだな。お前は人を殺し過ぎた。すでに勇者の力はなくなっている」
「うるせぇ!だから何だって言うんだ!」
剣撃の合間に軽く、ジャバーの腹を蹴って距離を空ける。
今のジャバーはすでに勇者ではなくなっていた。鑑定すると
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名前 ジャバー
種族 ハイヒューマン
性別 男
特性 兇賊勇者
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ステータスは省くが、勇者は対魔物、モンスター特攻効果を持つが、ヒトを殺し過ぎると能力の反転が起こる。これはおそらく、モンスター退治でLVが上がりやすいため、戦闘能力も高くなりやすく、戦争に駆り出されることを想定して、そうさせないようにするために設定されたのだろう。もしくは今回のように、暴走した場合、抑えられるように、か。
勇者ジャバーはそういう意味では明らかにヒトを殺し過ぎた。すでに能力の反転が起こっており、
「勇者の能力は人を殺し過ぎると反転する。反転が起きれば、以後、人を殺したとき、殺された人の能力分、能力が落ちていく。まあ、お前程度ならピーク時でも問題はなかったのだが」
「うるせぇ!ごちゃごちゃと!俺の邪魔をした奴は皆殺してきただけよ!テメエもその一人に過ぎないんだよ!この世界は俺様を中心にできている。俺様は無敵の力を手にしたんだ!」
「この世界はそんなに都合良くできていない。生まれ持った大きな才能を腐らせるのみならず、ただの脅威にしかなっていないのであれば、排除はやむなし」
能力の低下した状態では戦いの結果は目に見えている。元々技術もなかったのだから、ここからひっくりかえせるような手は、勇者ジャバーは持っていない。
滅茶苦茶に剣を振り回すだけの勇者ジャバー。合間に斬撃を入れ、両手を落とすと、もう何もできない。
「輪廻の中に戻るがいい」
そのまま勇者ジャバーにとどめを刺し、その場を後にする。騎士団が近くまで来ているのだ。鉢合わせるのはこちらに都合が悪い。
歪な形とはいえ、せっかく治した魂だが、今回のように粉砕して輪廻の中に戻すとどうなるのか?答えはわからない。だが、魔神様がこの剣を俺に託したことからそう深刻な問題は起こらないのだろう。粉砕された魂にしたら深刻な問題なのだろうが。
もしかしたら、聞けば教えてくれるのかもしれないが、どうせ、自分にどうこうできないことなので、それを知ってどうなるわけでもあるまい。
それから、さらに月日は経ち、俺は騎士団で対応できない強大な敵が現れたときのみ、直に対応していた。
エルドたちだが、無事?天寿を全うした。
エルドに関してはダンジョンマスター代行として不老にすることは考慮したし、本人に打診したこともあるが、
「人として生き、人として死にたい。ありがたい提案だが、それを受けるわけにはいかない」
そういって断られた。
正室5人。側室10人。他、妾として囲っていた女性は数知れず。子供も100人以上いる偉大なるエルマンド帝国初代皇帝エルド1世は、この世界に生きる者としては異例の70歳まで生きた。
そうそう、エルドの『天照』の内、最後まで発現しなかった剣の能力について。
草薙の剣と呼ばれる能力はエルド自身ではなく、子孫に反映される。具体的には微量だが、生まれた時の能力上昇と限界能力値の上昇だ。
つまり、エルドの血脈は優秀な子供が生まれやすいということになる。そのおかげもあって、エルマンド帝国の貴族との婚姻でエルドの子供たちは皆、引き取られていった。一部はリュート神聖国やドラゴンハンターの街に流れ、生きている。
エルド以外の古参のメンバーはほとんどがエルマンド帝国の貴族になっており、エルマンド帝国各地を治める領主となっている者も多い。
舵取りさえ誤らなければエルマンド帝国はまだまだ安泰だろう。
そして、俺はダンジョンマスターとして暗躍する。
ここはダンジョンマスターのみが入ることを許された空間、真っ白な何もない空間。ダンジョンバトルで度々出て来た空間で、5人のダンジョンマスターが会議をする。
数多のダンジョンマスターがいる中で、この5人だけは別格とされている。
“現人神”、“魔王改め大魔王”、“竜王改め龍神”、“海王”、そしてこの俺こと“隠者”
この5人のダンジョンマスターが裏で世界の管理をしており、非定期で会議が行われる。5人の中で最も何をやっているのかわからないのが隠者で、一部からは謎のダンジョンマスター扱いをされている。ちなみに、全ダンジョンマスターが参加可能なお茶会のような集まりは4年に1度くらいの頻度で行われていたりする。
「良く集まってくれたな皆の衆。では、始めようぞ!」
“龍神”エルドゥーの開会宣言で始まる会議。と言っても話す内容はあらかじめ決まっていた。
“新大陸”
俺や“現人神”リュートのいる大陸、“龍神”エルドゥーのいる大陸、“大魔王”ジャギアスのいる大陸とは別に大陸がある。
そこはダンジョンマスターがしのぎを削って争っている大陸で、ダンジョンマスターが力をつける前に妨害にあうため、狭い領域を持つ、低LVなダンジョンマスターしかいない。だが、数だけは多く、そこで戦いに敗れたダンジョンマスターが他の大陸に逃げてくるケースが多々あったりする。まあ、大抵はヒトかモンスターにやられるのだが。
その大陸について、俺たちは、認識はしていたし、いずれ、その中から力のあるダンジョンマスターが出てくると予測していた。そのいずれが何年どころか何百年単位になるのだが。
だが、一向に力のあるダンジョンマスターが出てくる気配がないのだ。壮絶な潰しあいによって、力を蓄えることが非常に難しいというか、無理がある。そこで、
積極的に介入して力のあるダンジョンマスターが出てきたら、しばき倒して配下にしようと考えている“大魔王”
介入はしないが、力のあるダンジョンマスターが出てきたら、しばき倒して配下にしようと考えている“龍神”と“海王”
介入もしないし、力のあるダンジョンマスターが出て来たら、まず会話をしよう。会話が無理ならしばき倒そうという“現人神”と“隠者”
意見は平行線のままであった。
うーん。というか、突出したのが出てきたら、しばき倒すことは一致しているのが、何とも。
今回も特に結論は出ず、ただのお茶会に変わる5人のダンジョンマスター。やっぱり、対立しているようで、実は仲いいよね?と思わなくもない。
今後もこの5人で世界の様々な問題に対処しつつ管理をしていくのだろう。皆、寿命もないし、誰かに殺されるほど弱くもないから、ほぼ永遠なのだろうなぁ。ダンジョンコアのLVが10にまで上がれば、何かあるのかもしれないが、それも何千年先のことになるやら。
長らくご愛読頂きありがとうございました。
新大陸や勇者、ダンジョンマスターがらみで閑話なり後日談なりをどこかのタイミングで投稿するかもしれませんが。