236.リュート神聖国入国
いつもありがとうございます。
船がムルシアを出航し対岸の町アルシアへ向かう。
河を渡るのに船?と思うかもしれないが、対岸まで数kmあり、しかも深い。そもそも5本川の端の2本は真ん中3本より大きく深い。数は少ないが魔物も出る。泳ぐのは不可能だろう。
船員4人がいなくなったが、船は問題なく出航した。船員は忙しそうだったが、そういうものだと思うことにした。ちなみに船は帆とオールを動力とした船で稼働には人数が必要なタイプだ。
あの4人は裏では奴隷商人とつながっていて、アルシアにある奴隷を扱う商会で売る予定だったのだろう。噂になっていることから余罪は相当ありそうだ。他にも関わっている者がいるのだろうが、今回はそちらに手を出すことはない。それより時間が惜しい。
船が横幅だけで数kmある河の真ん中に差し掛かる頃、僕はちょうど看板にいた。他の乗客と景色を見ていたところだ。
河の上流で鳥がたくさんいて、河の中の魚を獲っているのが見える。平和な光景だ。
船はこのままあと数時間ほどでアルシアに着く予定で、それまではこの平和な光景を見ていようと思っていたのだが、突然、鳥たちの真ん中に大きな口を開けたワニが河の下から現れ、逃げ遅れた鳥たちを食べていく。
‥突然スプラッタになった。どこが平和な光景だと言いたい。
さらにそのワニの下から黒い大きな影が見える。あれ?これは‥あれか?
案の定というか黒い影は魔物でワニを鳥ごと丸呑みした。あの魔物はクジラかな?
そして、その姿を見て、船員たちが慌てだした。これやっぱりこっちも狙われるよね?
「急げ~!!休んでいる奴呼んで来い!!」
「全速力だ~!!」
「河クジラがこっち来るぞ!喰われるぞ!!」
船員たちはこのように叫びながら全力で船を漕ぐ。
船員たちが総出で全力で船を漕いでいるのだが、こっちに気が付いて向かってくる河クジラは大きい体に似合わず非常に速い。ちなみにこの河クジラ君の大きさは今乗っている船と大して変わりがない。大きい口でかじられたら丸呑みはないが、沈没は間違いないだろう。
しかし、船の進みは河クジラの速度に対し、遅かった。ここは仕方がないので、帆にこそっと風を当ててやることで船の進みを補助してやることにした。バレると色々面倒だし、喰われるともっと面倒だ。
速くなった船はなんとか河クジラを振り切ってアルシアに到着する。
この辺りは少し浅くなっているようで、途中で河クジラは引き返していった。
アルシアの町はムルシアの町より一回りは小さい。そして次の町へ行くためにわたる川も今渡ってきた川より横幅も狭く、浅いのがすぐにわかった。その分、船も小型になり、乗れる人の数も減る。
つまり数人だが、待たなくてはいけない人が出てくる。その分滞在費はかかる。そのため所持金が底をつき、ここで働いていると言う人もいるらしい。
僕はまず、次の乗船チケットを申し込む。金額は金貨2枚で入札。出港日は2日後。予定より早く着いたため宿を取り、軽く町を散策することにした。
町を散策したが、やはりあったのが奴隷商会。僕を捕らえたらここで売る予定だったのだろう。そうそう、あの4人は河クジラのどさくさに紛れて河に捨てておいた。今頃はクジラのお腹の中だろう。もう僕には関係がない話だ。これで完全犯罪…なんて甘美な響きか。まあ、捕まえる者もいないだろうが。この辺りの町には警察のような組織はない。あくまで各商会が雇った人が自分の所属している商会に害があったときだけ動くといったような感じだ。
僕は適当なところで食事をして宿へ戻る。その間に地形とかを調べてみたが、どうやらこの辺りは大きな岩場になっていて、その上に砂が堆積してできた場所のようだった。そのため農業は向かない。付近で採れる魚などの水産資源と交通の要所として町を発展させるしかないように思う。
あと、気が付いたのがダンジョンマスターの影響。
おそらくかつてこの付近にはダンジョンマスターがいたのだろうと思われる痕跡があった。そもそもこの辺りの地形がダンジョンマスターによるものではないか?とも思えた。まあ、今となっては関係がなく、ただ河を渡りやすい場所というだけになってしまっているが。
ムルシアからの3つの町はユニオンと関係が深く、ユニオンへ参加も検討されていたが、ニゴ帝国との戦争でユニオン西部の街がなくなったという話が来ていて、それでユニオンへの参加は見送り、自治都市としてしばらくはやっていくという方針が出された。
逆に対岸のリュート神聖国側の3つの町はリュート神聖国につくわけではなく、完全に独立した町として今後もやっていくことが決められていた。
すべての町の代表は船の管理組合の組合長となっているのがこの辺りの町らしいところ。その代表の決め方も選挙ではなく、一番力のある造船会社の社長がなるパターン。つまり、好きなように町の方針を立てられるし、賄賂をもらおうが、誰もそれを咎める人はいないわけだ。逆らえば潰されるだけだろうし。そうなると、いまの乗船制度は改善される見込みはない。
そんなことを考えながら次々と町から町へと移動し、2週間ほどかかったがなんとか5本川の対岸。リュート神聖国に最も近い対岸の町、モンテアに到着した。
ちなみにアルシアからイルシア、サンテア、ランテア、モンテアという町の名前になっているが、ただ通り過ぎただけで特に何かあったわけではない。川魚などの調理法は発展していたのはわかったが、正直そこまでおいしいわけでもなかったことをここに記しておく。
‥この辺りの町は交通の要所として存在しているが、ここを通る必要がないとなれば、一気に衰退する未来が見える。…というか、あまりにも乗船制度が腹立たしいのでそうしてやろうかと本気で思ってもいる。
そこらへんはリュートやサミーとも相談が必要で今すぐどうこうできるわけではないのだが。
さて、モンテアからリュート神聖国へは大きな街道が通っており、その街道通りにいけば関所がある。その関所を超えたところからがリュート神聖国となる。
方向はモンテアから東に進めば良いのだが、北東に海に沿って進む細い道もある。
この細い道は魔王討伐へと向かう前線の港町に繋がっているらしく、魔王討伐のため魔大陸へと渡らんとする猛者が通る道であるらしい。…最も、魔大陸へ渡った者の中で、さらに最初の港町を出た者たちで帰ってきた者はいないらしいが。実質生還率は0%のため最近では討伐に向かう者もいなくなったらしい。
もちろん、今回の趣旨とは外れるため、僕もこの道を通ることはない。
僕はモンテアからリュート神聖国へと向かう乗り合いの馬車に乗り、景色を見ながら移動する。この馬車、人が乗るところは上に布があるだけの非常に簡単な馬車なのだが、乗客は比較的多い。
そもそもこの世界で初めて馬車を見た。そう、この世界、馬も魔物なので、捕まえることが非常に難しいのだ。
どうやらこの馬そのものがリュート神聖国産の貴重な馬で、リュート神聖国にある牧場で飼育されている馬、正確には魔馬で、マジックホースという。…名前そのままやん!って最初に思ったのと、馬系の魔物はウチにいないんで欲しいと思った。これは交渉だな。
モンテアを出て、少ししたところで、うまく隠されているが、あるダンジョンマスター特有の感覚がよぎる。
そう、最古のダンジョンマスターの一人、リュートの領域に入った感覚だ。
ここからがリュートの領域で、隠し事は一切できない絶対領域となる。それと同時に僕が来たことがわかっただろう。まあ、いますぐ何かアクションがあるとは思えないが。
馬車での移動は車と比べるべくもないが、この世界では快適と呼べるものだろう。ガタガタ揺れるがスピードがそこまで出ていないためか酔うほどではない。
道そのものも馬車が2.3台は余裕ですれ違うことができるほど広く、土ではあるが、ならされているのがわかる。盗賊や魔物の類も、巡回しているのか騎士団らしき者がちらほら見えるため被害はないそうだ。そもそも、魔馬そのものがそこそこ強く、盗賊程度なら蹴散らすらしい。昔からのこの大陸No1の街道だから、さすがと言うべきか。
そうして馬車に揺られていると両端に塔のような見張り台がついた大きな門が見える。これがリュート神聖国の関所だ。
この関所では騎士団が常駐しており、人々の名前や年齢、性別、所属、来訪目的などを確認し、入国料として銀貨1枚を治め、入国証をもらうことになる。
手続きには多少時間がかかるが、対応する人も多く、入国待ちで何時間も足止めをくらうようなことはない。入国証ができるまで待っている間は関所内にある大きなホールで飲み食いが可能で手続きが終わった者から呼ばれていく。
手続きが終わり、カード型の入国証をもらったのだが、この入国証、材質がわからない。現代でいうプラスチックに近いのではないか?と思う。多少なら折り曲げても折れないし、衝撃にも強い。謎の素材である。
ちなみに入国証にはパスポートと同じように名前と性別、年齢、発行日が記載されており、これを見せればリュート神聖国内のどの町でも入町税はかからなくなる。
王宮や各領主の館に入るためには許可が必要になるのは当たり前だ。しかし、滞在が1年を超えると期限切れで税が発生する。長期滞在をする場合はその前に役所などで規定の手続きをするよう注意を受けた。
これで僕はリュート神聖国へ無事入国となった。
河クジラはダンジョンマスターがいたころに野生化したモンスターです。
次回更新は来週の予定です。