219.大湿地帯突破
海が見えるところまで来て野営をしている時、僕とエルドが見張りの番になった。
「湿地帯は読みと違ったんだよね」
「ん?イオがそういう読み間違えをするのは珍しいな」
「元々ここら辺は僕の領域じゃないから、ある程度は仕方ない。それより、これだけ湿地帯に有用なものがあるとは思わなかった」
「ああ、確かに未知の食材とか、薬の材料とかもあったし、この辺りは魔物も結構厄介だけど、それさえ何とかできれば栄えそうだよな」
「そうだね。その魔物が厄介なのは大問題だけど」
この湿地帯、毒耐性系のスキル持ちじゃないと抜けることが厳しい。毒の沼地のせいでほぼすべての魔物が毒持ち。しかもかなり厄介な毒ばかり。いちいち喰らっているとあっという間にやられていてもおかしくない。
しかし、そのおかげか、解毒薬の材料にもなる解毒作用のある草、解毒草とでも呼べば良いのだろうか。その草の群生地にはよほどのことがない限り魔物は近づこうとしない。その習性を利用して僕らは群生地で野営をしているというわけだ。
「どう考えてもここからが本番だ。大抵の毒なら治せる自信があるけど、戦闘中に毒を喰らって、しかもどんどん数が増えたり、瀕死だったりすれば治す前に死んでしまうこともありえる」
「あ~。イオでもそんな感じなのか。連携して対処するしかないかもね。1対1はできるだけ避ける方向で」
「まあ、それが良いけど、向こうの方が多いこともありえるからな~」
そんなことを言いながら僕とエルドの見張りは交代を迎え、翌朝湿地帯の攻略に向かう。その初日、いきなり魔物に囲まれてしまった。
どうやら、解毒草の群生地には近づけない魔物たちも含めて、僕らが出てくるのを待っていたようだ。
アクアウルフ、ウオーターパペット、ポイズンフロッグだけではなく、ポイズンスライムといった新顔の毒持ちの魔物、アクアフィッシュなどの水生生物系の魔物までいた。その数ざっと30体以上。いきなり懸念していた事態になる。
救いだったのがアクアウルフもウオーターパペットもポイズンフロッグも毒の威力が今までと変わらないことか。僕ら以外の護衛の傭兵も、各々の手持ちの解毒薬で対応できる毒であったため、疲労もしたし、ちょくちょく攻撃を喰らって毒になる人たちもいたが、なんとか対応できた。
数も大分減らし、あと、4.5体くらいにまで減った時、新手が来た。
いや、最初は気が付かなかった。ウオーターパペットだと思っていたら、僕ら以外の護衛の傭兵の1人が対応していたのだが、ウオーターパペットの手刀をよけ、カウンターで一閃した時、同時に貫手を放ってきた。
その傭兵はウオーターパペットと相討ちになってしまった。
毒が今までと違い、解毒薬が効かない。みるみるうちに弱っていき、近くにいた僕が解毒魔法をかけて、なんとか毒は抜けたが、その傭兵はまともに動くことができないくらいにまで弱ってしまった。
その後、魔物をすべて退治し、先へ進むが、ウオーターパペットにやられた傭兵は復帰できず、竜車に乗って移動し続けた。聞いたところによると、体力の低下が激しく、もう少し遅ければ死んでいただろうということ、回復まで数日はかかるだろうと言われていた。
翌日、移動再開した僕らだが、今度は強化されたアクアウルフの群れに襲われた。
「一人少ない分、護衛に穴ができる。すまないがエルド傭兵団にも頑張ってもらわなければいけない。とりあえず、後ろは任せる。残りは左右、前方の護衛だ」
そうハーン商会の護衛の傭兵を束ねる人が指示を出すと、皆その指示通りに配置につく。
「俺らはいつものフォーメーションで良いか?」
「いいよ。前線は任せた。毒には気を付けろよ。ライド」
「私はいつも通り後ろ。一応左右にも援護しとく」
「ルルはそれでいい。ノフスも同じで。僕とイオは遊撃で2人の護衛をしつつ、ライドのフォローだ」
エルドの指揮の元、配置に着くが、その間にアクアウルフは接近してきている。そこにライドが先陣を切って、突っ込む。
ライドはアクアウルフからの攻撃をもらわないよう立ち回り、ライドへ攻撃態勢に入った個体はルルの魔法攻撃とノフスの弓で撃ち落とされる。
どこぞのかつての勇者が持ち込んだ戦術で前線で攻撃を引き付けるタンクと攻撃をするアタッカー、遠距離からの支援役という組み合わせが一般的な傭兵たちの戦い方の基礎になっているのだが、この戦術、見よう見まねで使っただけだと思っている。
というのも、格下相手にはそこそこ機能するのだが、格上には全く通用しないからだ。知ってはいるが本質を理解していない人が使った戦術だろうと。
そもそも、格上に対し、攻撃を引き付けるタンクが絶対に機能しない。受けられないからだ。
この世界にVITつまり防御に関するステータスが存在しない。タンクは自らのHPのみで相手の攻撃を受け切らないといけないわけだ。格上の攻撃を受けきれるわけがない。
僕らエルド傭兵団はそんな戦術を採用せず、相手の攻撃を避ける。もしくは攻撃される前に倒すという目的でいわゆるすべてアタッカーで近距離攻撃役か遠距離攻撃役かの違いしかない。
だが、これが大当たりしていて、1.2体程度の格上もしくは複数の格下相手の集団戦闘で戦果を挙げている。
今回のアクアウルフたちも毒にさえ気を付ければ動き自体は格下相手と変わらぬ対応で問題はないはずだとみている。実際、早く倒せれば倒せるほど、こちらの被弾は少なくなり、毒にもならなくなる。
後方から襲ってきたアクアウルフはあっさり片が付き、ルルとノフスは左右の援護に入っている。残りの3人で後方の警戒。素材を手に入れつつ、呼ばれればいつでも加勢できるようにしている。
前方が数も多かったようで時間がかかっていたが、数人毒になってしまったが、死者がいないのが幸いか。毒になった傭兵たちも僕やハーンさんが解毒魔法をかけていった。しかし、失った体力は戻らず、護衛の人数をさらに減らすことになってしまった。
その日の野営で話し合いが持たれた。エルド傭兵団は無傷だが、他の護衛の傭兵たちがしばらく戦線離脱するためだ。
「すまんが、エルド傭兵団には傭兵たちが回復するまで、大きく働いてもらわないといけない」
「わかっていますよ。ハーンさん。進めなくなるとこっちもマズイですからね」
「そう言ってもらえると助かるよ。団長。エルド傭兵団以外の傭兵は12人いたはずが今は半分の6人だけだ。あとは回復まで数日かかる。エルド傭兵団は2つに分けて、それぞれ前後を守ってもらいたい。他は残りの傭兵で対応しよう」
「わかりました。しばらくは僕とライド、ルルで前方をイオとノフスで後方の護衛に当たります」
「ああ、よろしく頼む。幸いしばらくは野営地にはこと欠かないので、ゆっくりでも確実に進んでいこう」
ハーンさんとエルドの話合いの後、エルド傭兵団を2つに分けて護衛に当たることになった。
本当はライドを前方に置くと、進みすぎが懸念されるので後方に置きたいのだが、ライドを確実に止められるのがエルドだけのため、後方支援役として1人さらにつけないといけないことを考えると3人組になる。そうなると前方に2人、後方3人になりバランスが悪い。
そのため、ライドを前方に置き、エルドが都度指示することにしたわけだ。
翌日、出発してしばらくすると、解毒草の群生地と水辺に出た。そこでハーンさんから
「あ、ここは早めに行った方が良い」
「ん?なんでですか?」
「この辺りは毒持ちの魔物がいない代わりに、水生系の魔物、水辺が海にもつながっているらしくて、たまに海からの魔物も出るんだ。それが非常にマズイ」
ハーンさんの説明でエルドも納得したようで、進む速度が速くなる。
皆、竜車に乗って、移動を優先したのだが、その後ろでは、スライムを捕食しているアクアフィッシュという魚の魔物を後ろからデビルシェルという大きな貝の魔物が捕食していると、深くなっている泉からさらに大きなイカの足が出てきて、デビルシェルを捕食するという光景が繰り広げられていた。
「移動が遅かったらあれに巻き込まれていたわけか」
「ああ、やばかったな」
「最後のは何?」
「おそらくはジャイアントスクイードじゃないかと」
「何?ソレ」
「海にしかいないはずなんだけど、捕まったら死亡確定ってやつ」
ライド、エルド、ルル、僕、ノフスのエルド傭兵団の会話だが、見ていた光景はほのぼのできる内容ではなかった。ここ帰り通るんだよね?恐怖しかないわ。
その後は野営の予定地点まで移動して、野営となった。
さらに、僕ら一行はしばらく進み続けて、湿地帯後半の難所である解毒草の群生地がない地点まで抜けて、湿地帯を抜けた。
その間かかった時間は2週間ほど。エルド傭兵団はもとより、他の護衛の傭兵たちも一人も欠けることなく、ドラゴンハンターの街までたどり着いた。
「ようこそ。我々の町へ」
ハーンさんはそう言って迎えてくれた。
次回更新は来週になります。