215.ダンジョンマスターとしての仕事(前編)
今回は色々な確認、紹介を含めた振り返りを含む回です。
1話で終らせて次の章に行くはずが、前後編に分かれることになりました。
僕は意識をダンジョン内にある本体へ移す。本体は僕のダンジョンの奥底、今は地下100階にある私室のベッドの上にある。
私室に入ることができるのは僕とダンジョンメイドの一部だけ。今回はダンジョンメイド長でもある幽霊というモンスターであるシャールさんが世話係として近くにいた。
シャールさんは足首から先がなく、常に浮いている、日本の幽霊と全く同じ外見である。元はニゴ帝国領の街で商人の見習いをしていたが、戦争で死んでしまった魂がモンスター化し、その後、僕のダンジョンで僕の私室の掃除やら、世話やらをしてくれている。ダンジョンメイドたちのメイド長として働いてもらっている。
「やあ、ただいま」
「おかえりなさいませ。主様」
私室内で特に変わったことがなかったと聞いて、僕はそのまま私室を出て、執務室へ移動する。
執務室には僕用の比較的立派な机があり、本棚やソファーなど、書類仕事用の部屋となっている。今は誰もいないため静かだが、本格的に仕事モードに入ると、色々な所の報告やら何やら書類が持ち込まれる。一応ダンジョンコアを机の横に置いておいて、それに触れると光でできたPCが現れる。たまにメールでそこに報告などが来ていることもあるので、確認が必要だ。
このダンジョンコア、いわゆる超高性能PCと思って良い。領域範囲内の自動で情報収集、記録、そして情報のとりまとめをしてこちらが欲しい情報をすぐにくれる。魔神様に感謝しかない。
僕がいない間は、ダンジョンマスター代行であるゴブリンキングのゴブオウが決済などの仕事をしている。
僕は、今日は報告書を見るだけで決済などはそのゴブオウにすべてお任せなので楽ちんであるが、しばらく帰ってきていなかったこともあり、量が凄いことになっていた。
ただ報告書を読むだけでは眠くなるので、シャールさんと情勢や今後の予定などを確認しながら話すことにした。
「学校は戦争の影響で今年いっぱいは休校。成績も問題なかったから、そのまま卒業だね。それまではこっちで仕事してるよ。来年はすぐにドラゴンハンターの街へ行かないといけないから、あとは任せる」
「ドラゴンハンターの街は領域範囲外ですが、行けるのですか?」
「範囲外ではあるが、ホムンクルスなら行ける。そちらは問題ない」
ダンジョンマスターの分体として使われるのがドッペルゲンガーというモンスター。ホムンクルスはこのドッペルを基に改造した生物といったところ。
ドッペルは分体として便利だが、いくつかデメリットもある。
まず、姿を変えることができるが、変われば変わるほど能力が落ちる。そして自分の領域内でのみ使用可能。これはモンスターであるため、領域外に出るとマスターは支配権を失うためだ。
一方、ホムンクルスはこの領域外でも運用可能にすることを目的に開発した。モンスターでは領域外では使えない。ならばモンスターでなければ良い。という発想だ。ホムンクルスは分類としては、生物。魔法生物が正しいのだろう。そのため、自立した活動が可能ということもドッペルゲンガーにはない利点だ。
ホムンクルスにはもう一つ利点がある。それはダンジョンマスターが持つ『魔神の加護』を受けないようにできることだ。
これは利点、欠点両方併せ持つのだが、『魔神の加護』がないとダンジョンマスターとしてのスキルなどが使えない。つまり、『転移』やダンジョンコアで収集した情報などを直接見ることができないということになる。しかし、対英雄、勇者と言うのを考えると、欠点だけとは言えない。
まず、ホムンクルスを鑑定しただけではダンジョンマスターとはわからない。また、ダンジョンマスターでもモンスターでもないため、英雄や勇者の特攻効果の影響を受けない。つまり、英雄や勇者は自身の力のみで戦わないといけないことになる。
以上のことから、人間たちの集団の中に入って活動するには非常に適した分体であると言えよう。
まあ、ダンジョンマスターの力は自分の領域内に影響するので領域外で『憑依』を解くと、領域外にいるホムンクルスに再度『憑依』で意識を移すことはできないのだが。そのため、ダンジョンへ直接連絡することは現状不可能である。何かあっても、いるメンバーで対処をしてもらわなければいけない。
そういったことをシャールさんに説明する。
「なるほど。わかりました。では人間たちの状況はどうですか?人間たちの事情からまた戦争になる可能性が高いように思えるのですが?まあ、私にはどうでもよいことではありますが」
どうでも良いことなら聞くなよとも思ったが、現状結構複雑になっているので自分の考えをまとめながら説明する。
「まず、戦争に関してはしばらく起きないだろうと思っている。小競り合いくらいならあるかもしれないが。理由としては各勢力が戦争をするほど余裕がないからだ。それぞれの勢力の事情をダンジョンコアが収集した情報から分析したものを見る限りは、ということになるが。
ワールハイトは戦争に負けたダメージが大きい。領主の代替わりの影響もある。打って出るなどという選択はできないし、フラビオ先輩なら絶対やらない。隣接しているニゴ帝国、ユニオンともに関係は断絶しているため貿易もできない。まずはワールハイト連合を取りまとめて、ワールハイト連合国として1つの国として再建に励むことになる」
「そうなんですか?あまり、国としてまとめるメリットが思い浮かびませんが。確か、ワールハイト以外の都市はすべて赤字経営で不良債権とおっしゃっていましたよね?」
「そうなんだ。だから、今回ニゴ帝国もそっちには手を出してこなかった。取るメリットがないどころか、取ればとるほど国家運営に金銭的に悪影響が出るからね。しかし、ワールハイトはそれらをもうすべて自分の身内としてしまっている。貿易がなくなったから経済的にはなおさら厳しいことになっているのだが、それより大きい問題は実は食料で、食料自給率が低くて、すべての領民に満足に食料が行きわたらない」
「それ、大変じゃないですか」
「そう、大問題だ。そもそも食料自給率が100%未満だということは、どこかから食料を買っているということになる。食料を買うということは関税がかかり、余計なお金がかかっているということになる。しかし、国内ならば関税はかからない。それと同時に、人の動きの制限を取っ払うつもりだ。そうなるとどうなると思う?」
「まず、今までより安く食料が手に入りますね。それと、食べれない者や仕事に就くことができなかった者が仕事を求めて他の都市、今回ならワールハイトに行きますね」
「そう。まあ、ワールハイトだけで連合すべての食料を賄うほどの生産量はないから、各都市でも食糧自給率を上げてもらうことになるけど、食料品は値が下がる。その分領民の生活は楽になるだろう。また、ワールハイトに人が集まることになるから、ワールハイトの戦争による人手不足の解消にも役立つ」
人がいなくなった都市は減収減益で大変だろうけど、その分支出も減らすことができる。もしかすると、過疎化で人がいなくなる都市などが出るかもしれないが、それはそれでこちらとしては好都合。その分の人手を他に回せるし、赤字経営の都市が文字通り減ることになる。
「もちろん、それですべての問題が解決するわけではないし、色々な施策なども必要だが、どちらにしろ、しばらくは内政に注力しなければいけない以上、ワールハイトは戦争などやっている余裕はない。
都市連合はというと魔の森北部、東西の貿易の中継地ともなっていたブフラルが陥落。しかも更地に近い状態になっているが、これを復興するには莫大なお金と時間、人手もかかるため、しばらくは無理だろう。そもそも、復興したいと言っているのはブフラルやその近くの村に住んでいた人たちだけで、ユニオン中央や東部は費用などから復興には消極的だ。
それに、ブフラル陥落の影響で難民や移民、元ブフラルの住人らがユニオンの中心都市カルナチョスの壁周辺でキャンプをしている。それが住民の不安感を煽り、治安も悪化している。その中の一部はユニオン東部に移動したり、南にある逃亡者の村に来たりしているが。遠からず暴動などが起きる可能性が高く、仕返しなどと戦争を起こすことは考えにくい。
では、勝利したニゴ帝国が勢いに乗ってさらに戦争を継続するか?と言うと、それも難しい。
ニゴ帝国はトトークというダンジョンマスターを失ったことでダンジョンマスター由来の製品などが一切手に入らなくなり、さらに兵として獣人族やエルフなどを召喚できなくなったことで、国内が大きく混乱した。これは後で確認できた情報だが、現皇帝が即位する裏でトトークの師匠やトトークの仲間のダンジョンマスターを殺した勇者と英雄一行はその後、ニゴ帝国皇帝の計らいで1つの都市を治めることになったのだが、その都市が混乱に乗じて反乱を起こした。その反乱を治めるために大きく時間と人手を取られることになり、より混乱が大きくなった。
ちなみに、その反乱で勇者一行は住民に殺されるという無残な最期を遂げた。まあ、政治というか、色々酷かった。一つの都市、そこに住む人々を、牧場を運営するかのように扱っていて人=家畜?そんな扱いをしていたから、当然と言えば当然だが。
そんなわけでその混乱の影響がまだ続いているニゴ帝国はこちらも内政が落ち着くまで、これ以上の戦争はしないつもりだ。実際、ブフラルを持て余すとして、占領ではなく略奪と破壊をしていることから、時間稼ぎをしたという見方もできる。
あ、シャールさん、勇者たちが街でヒャッハーしちゃったレポート見る?胸糞悪くなるよ?」
「遠慮します」
間髪入れずに即答するシャールさん。まあ、僕ももう一回読めと言われると嫌だけど。
そんなわけで、現在ブフラル周辺は空白地帯となっていて、完全に東西の貿易が止まってしまっている状態。これは間違いなく、さらに東、大陸を中央と西部に分ける大山脈、モンテス山脈より東にあるリュート神聖国などにも影響を与えるだろう。あ、これ僕からリュートに説明が必要か?あとついでに、モンテス山脈に住むサミーにも。
‥‥他にも聞きたいことあるし、連絡するか。
リュートたちに連絡をした後、僕のダンジョン内の様子を見るために、ガキンの元へ。
ガキンはオーガキングであり、ダンジョンマスター代行でもある。仕事は僕のダンジョンの深層部の管理。具体的には、ダンジョンの拡張と改変、これは配下のビルドアントというモンスターがやっているので指示出しだけ。それと生まれる新種のモンスターの保護と繫殖、生産条件の確認などや新発見したスキルの検証などとなる。
僕がわざわざ来たのは先日のダンジョンバトルで手に入れた悪魔系や天使系のモンスターが増えて、進化し、ダンジョンバトルでの運用に耐える個体が出始めたという報告の確認のためだ。
「いらっしゃいませ。主様」
そういってうやうやしく挨拶をしてくれるガキン。早速本題に入る。
「天使や悪魔が進化したって聞いたから見に来た」
「それはわざわざ。こちらに保護をしてあります」
そういって見せてもらったのは、一つ目の巨人サイクロプスや武装した悪魔デーモンソルジャー、大悪魔とも呼ばれる文字通り大きな悪魔サタンといった悪魔系モンスターにダンジョンバトルで苦しめてくれたシルフや武装した天使エンジェルナイトがいた。その他では体が半透明な小さな炎竜や土竜や水の中にタツノオトシゴのような小さな竜がいるようだが?
「この小さな炎竜がサラマンダーで土竜がノーム、あとこの水の中にいるのがウンディーネです。どうもフェアリーの近くに竜がいると周囲の環境にも影響を受けて、進化するようです」
ガキンが説明してくれたが、フェアリーはまんま妖精でどうやら各属性を宿す妖精に進化したのがコイツラらしい。…ウンディーネよ。お前の姿はそれで良いのか?
どうやら、報告にもあったが、一芸に秀でているタイプらしく、汎用性は低いが嵌まると大きな力を発揮するようだ。
生まれたばかりとはいえ、人間にどうこうできる能力の持ち主ではないから、一匹でも出たら世界崩壊の危機だろうけど。こいつらは次のダンジョンバトルで使えるかな?
次のダンジョンバトルは“海王”との闘いになる。特に水の扱いに長けたモンスターが必須となる。
このバトル避けることはできない。なにせ、メールが来ていた。
“ヒドゥンと海王のダンジョンバトルはお互いの準備が終了後、絶対行うこと。
勝利報酬:魔剣グラム
by 魔神”
というわけで海王とのバトルは絶対します。まだしばらく先になりますが。
次回更新は一週間後、文字数も今回と同じくらいになりそうです。
ちなみにワールハイト連合国となった場合の食糧自給率は100%ギリギリ行くか行かないかくらいです。各都市備蓄もあるため、2.3年はもつが、その前に農地を広げるなど対策が必須です。飢饉などあればアウトですが。