ディスコミュニケーション
到着した先はニューオーダーではなく、六本木の高級マンションだった。そこがナインの自宅らしい。
床には白と黒のタイルが交互に敷き詰められており、目にキツかった。こじゃれたバーカウンターまでありやがる。
「まあくつろいでくれ」
ナンバーズってのは、そんなに儲かるのか?
言われるままソファに腰をおろすと、なかなかの反発力でケツにフィットした。これもきっと高いんだろう。
「オーダーはあるかい?」
ナインの問いに、ペギーが挙手した。
「未成年だから、ソフトドリンクにして欲しい」
すると一子がカッと目を見開いた。
「未成年ッ……違法ッ……」
未成年は存在しているだけで違法なのか。そもそも人を殺して食ってるんだから、そっちのほうが違法だろ。
「サブちゃん……ダメよ……」
「なんなんだよ、お前は。落ち着けよ」
「これは……いけないわ……危険よ……」
無法者に限って、やたらとこういうのにうるさい。十九歳だから条例にはかからないと思うんだが。
俺はカウンターのナインに尋ねた。
「で、ここでなんの話をするんです? まさか親睦会ってことはないでしょうけど」
「今後の打ち合わせをするんだ。オーダーは?」
「ビールあります?」
「バドワイザーとギネス、それにコロナがあるが」
「コロナください」
というかこの男、こんな高級マンションに住んでるのにコロナなんて飲むのか。それとも来客用か。用意のいいことだ。
ややあって、ナインもソファについた。
「分かってると思うが、仕事はまだ終わっちゃいない。妖精文書がここにないんだからな」
つまり、成功報酬の二百万はまだもらえないってことだ。
三郎が質問をぶつけた。
「場所は分かってるのか?」
「いいや。しかし過激派の誰かが持ってることは間違いない」
「何番だ?」
「ファイヴ、セヴン、トゥエルヴ」
ファイヴはさっき戦ったあの老婆だ。セヴンは情報屋。トゥエルヴはよく知らない。
俺は瓶にライムを突っ込みながら、こう尋ねた。
「あのー、ナンバーズってのは、全部で何人いるんです?」
「人数で説明するのは難しいが、番号はワンからサーティーンまである。このうちスリーだけが欠番」
「前に会った巫女さんたちは、過激派じゃないんですよね」
「彼女たちは違うな。一人は穏健派だが、もう一人は中立派だ」
そう。
それで思い出した。
「あのー、さっきの話だと、ナインさんも一子さんも穏健派じゃないって話ですけど……」
「事実だ。俺たちは中立派ということになっている」
「うーと……それはつまり……どういう意味なんです? 過激派の連中とは、敵でも味方でもないと?」
するとナインは一子と目配せし、仕方ないとばかりにうなずいた。
「言える範囲で教えておこう。機構がちょっかいを出してくる以前から、ザ・ワンの扱いを巡って、ナンバーズ内部でも意見の対立が起きていてね。ザ・ワンというのはかなり特殊な存在で……。まあ、判断能力のない赤ん坊のようなものだと思ってくれ。このザ・ワンを営利目的で使おうとしているのが過激派で、それを嫌っているのが穏健派だ」
「じゃあ中立ってのは、どっちでもないってことですか?」
この問いに、ナインは深く呼吸をした。
「すべてから中立ってことさ。話がこじれた結果、過激派はハバキと提携することが多くなったし、穏健派には検非違使が支援を始めた。支援といっても、善意からじゃない。見返りとセットだ。どちらか一方に加担するということは、そのままハバキか検非違使につくってことなんだ。中立派っていうのは、そのどちらにも与しない立場なのさ」
まるで代理戦争の餌食だな。
「ハバキはともかく、検非違使じゃマズいんですか?」
「そもそもナンバーズは、政府の管理から独立するために組織されたんだ。安易に手を組むことはできない」
これにペギーがふっと笑った。
「協力する相手が必要なら、私が橋渡ししてもいいけど」
「笑えないジョークはよしてくれ。機構みたいなカルトと組む気はない。俺たちは、独立でやっているから俺たちなんだ。誰かと組んだら、そこで終わりだ」
「そうは言っても、ザ・ワンを抱えてる以上、単独でやっていくのは難しいのでは? すでに出雲が動き出しているし、海外からも注目を集めつつある」
「ああ、じつに困った話だ。機構だけでも手一杯だというのに」
ケンカすんなよな。
三郎がどっとソファに背を預けた。
「ま、考えてても仕方がない。片っ端からヤれば済む話だろ? どいつからヤるんだ?」
「サブちゃん……やらしい……」
お姉さんは少し黙っててください。
ナインは乱れてもいないネクタイを整えつつ、三郎の質問に応じた。
「ファイヴはあの通り、住所不定でな。おそらく特定の拠点は持っていないだろう。連絡役となっているのは情報屋。つまりセヴンだ。さっき武装集団が現れたろう。アレは『蛇』といってな。セヴンの手下だ」
「そいつの居場所は分かってるのか?」
「板橋に拠点がある。しかし蛇は数が多くてな。直接乗り込むのは得策じゃない」
「何人だ?」
「分からん。とにかく多いんだ。この戦力で挑めば勝てるだろうが、その場合、ナンバーズの同士討ちとなる。これでは機構の思うつぼだ」
「いいじゃないか」
「君ってヤツは……」
ケンカすんなよな、ホント。
俺は流れを変えるべく、こう尋ねた。
「過激派ってのは、確か三人でしたよね? あとの一人は?」
「トゥエルヴか……。まあ、盲点をついて彼の家にあるかもしれないが……」
「盲点?」
「彼は車椅子でね。介護を受けながら暮らしている。自宅に部外者が出入りするから、そんなところに妖精文書は置かないと推測しているんだが……。しかし可能性がないわけではないな」
これに三郎が身を乗り出した。
「ここから近いのか?」
「すぐだな。品川に住んでる。だがいまは行かないぞ。日を改める」
「ぐずぐずしてると出し抜かれるぞ」
「穏健派のメンバーを一人入れたい。このままだと、交渉にもならないからな」
「交渉だと? 今日のザマを見ただろ。完全に囲まれてたぞ」
「依頼人は俺だ。あくまで俺の指示に従ってもらう」
「ふん」
不服そうながらも、三郎はさすがにプロだ。金を払ってるヤツの指示には従う。
こっちはいまだにバックレるタイミングを見計らってる状態だってのに。
ナインはコーヒーをすすり、ほっと息を吐いた。
「ま、とにかく、今日の仕事はこれでシマイだ。明日もここに集合してくれ。昼から始める」
*
翌日、俺たちは言われた通り、ナインの自宅を再訪した。
さすがにアルコールは出てこなかったが、かおりのいいコーヒーを出された。
「で? その穏健派ってのは、まだ来てないのか?」
びょーどーちゃんTシャツの三郎が、貧乏ゆすりを始めた。先日こぼしたソフトクリームの汚れはきれいに落ちたようだ。
時刻は十一時三分。
俺たちは、ナインの呼んだ穏健派のメンバーを待っていた。集合時間が十一時だから、すでに三分遅刻ってことになる。
ナインは窓から街の景色を見下ろしつつ、こちらも見ずに応じた。
「もうすぐ来る。もうすぐ来るが……一つだけ言っておくぞ。いまから言うことは、とても重要なことだから絶対に遵守するように。雇用主として言うんだ、絶対にな」
「早く言え」
「彼女とは、協力して仕事にあたって欲しい、くれぐれもな」
「彼女?」
三郎のひたいに、ぐっとしわが寄った。
穏健派の女性――。嫌な予感がした。
ドアホンが鳴り、ナインが玄関へ向かった。
部屋に招き入れられたのは、ひっつめ髪にタイトスカートの、メガネの女――黒羽麗子だった。
途端、三郎が跳ねた。
いや、自力で跳ねた直後、横から風でぶっ飛ばされた。ドアをぶち破り、隣室へ。風圧でモノが散乱し、部屋が一瞬でぐちゃぐちゃになった。
というか、いったいなにが起きたんだ……。
麗子はひどくさめた目でつぶやいた。
「哀しいわね、まともな教育を受けていないっていうのは。動物と一緒だわ」
これに反論したのは、隣室から這い出してきた三郎だ。
「誰のせいで小学校中退になったと思ってやがる」
「サブちゃん……ダメよ……」
一子がゆらりと立ち上がった。
これは弟を溺愛する姉の顔ではない。獲物の頸動脈を狙う獣の表情だ。
「どういうつもりだ、姉貴。この女を八つ裂きにするのが、俺たちの目的だったんじゃないのかよ」
「違う……」
「俺たちの家族を殺したんだぞ? 許すのか?」
「違うの……サブちゃん……」
「なにが違うんだ? こいつも黒羽の一族だろ? こいつをヤらねぇことには、俺たちの戦いは終わらねぇんだぞ」
「……」
三郎の言葉に、一子は黙り込んでしまった。いったいなぜ止めるんだ。いや止めて欲しいとは思うけど。一子はもう許したのか?
麗子はすっとメガネを押し上げた。
「ビジネスの話をするんでしょう? そうでないなら帰るけど? 私、忙しいの」
ナインがやれやれと溜め息をつきながらやってきた。
「いいか。俺たちは一つのチームだ。個人的な恨みは忘れて、仕事の成功に注力してもらいたい」
「ナインさん、部外者がいるようだけど?」
麗子の冷たい視線は、俺にではなく、ペギーに注がれていた。
「言っただろう、組合員を雇ったって」
「組合員? 機構のスパイでしょ? 彼女には、何度か仕事を邪魔された気がするんだけど」
「いまは俺たちのチームだ。少なくとも、この仕事の間はね」
「信用できるの?」
「不審に思ったら殺せばいい。それは彼女も承諾済みだ」
この言葉に、麗子はふっと笑った。
「だったらいまこの場で殺すのが一番だと思うわ。どうしたって信用できないもの」
なんでこうヤバいヤツしかいねーんだよ。
ペギーはしかし平然とコーヒーをすすっている。殺されない自信があるのか、あるいは殺されてもいいと思っているのか。
三郎がどっとソファに腰をおろした。
「ごちゃごちゃ言ってないでビジネスの話とやらを進めろよ。忙しいんだろ?」
休戦できるのか。
麗子も腰をおろし、足を組んだ。
「ナインさん、早くして」
「オーケー」
さすがのナインも苦い笑みだ。
「場所は品川。ターゲットはナンバーズ・トゥエルヴの自宅だ。ヘルパーの出入りする時間帯は把握している。その合間を縫って仕掛ける」
これに麗子が眉をひそめた。
「蛇は? 妨害してこないの?」
「昨日あれだけ痛い目に遭わせたんだ。さすがにおとなしくしてるだろう」
「あなたって、肝心なところが抜けてるのよね」
「えっ?」
「自前の兵隊がダメでも、護衛を雇ってる可能性があるでしょ?」
「組合員が、彼らの仕事を受けるとでも?」
「そうじゃないわ。ハバキがいるでしょう」
「……」
過激派はハバキの支援を受けているという。だとしたら、ハバキのチンピラが派遣されていてもおかしくない。しかも彼らは銃で武装しているはずだ。
ナインはしばし考えたのち、こう応じた。
「しかし住宅街だぞ。そんなところで銃を使うか?」
「そんなところで銃を使うからヤクザなんでしょ? もしハバキが出てくるなら、検非違使に応援を要請したほうがよさそうね」
「いやいやいや、待ってくれ。検非違使に頼りたくないから俺たちが動いているんだろう」
「頭が硬いわね。使えるものはなんでも使わなきゃ」
「それでどうするんだ? あとで倍にして返すハメになるのか?」
「またそれ? あなたの被害妄想は聞き飽きたわ」
「被害妄想だと? じゃあ君は、中立派がそのまま多数派であるという事実をどう考えるんだ? 危機意識を共有している友人たちが、それだけ多くいるということだろう」
「あなたがしつこいからでしょ」
内輪揉めはよそでやってくんないかな。
一子はすでに話に飽きて、他人の家の冷蔵庫をあさりだす始末だ。
これは厄い。
もっとマシな穏健派はいなかったのかよ。
(続く)