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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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70/70

火葬のち水葬

 ここへひとりで来たのにはふたつの理由がある。

 ひとつは、俺の攻撃が敵味方の別なく炸裂してしまうこと。

 そしてもうひとつは、屋根がぶっ壊れた瞬間、セントラル・クレイドル周辺が火の海に包まれるということだ。屋根に穴さえ空けば、米軍はまたミサイルを撃ち込んでくるだろう。これに耐えられるのは俺だけだ。

 遠方でサイレンが鳴った。

 この期に及んで、まだ北朝鮮がどうたらこうたら言っている。もしそれが事実なら、東の空から飛んでくるわけがないのに。

 どの国もいまや人工衛星で地上を監視しているから、もし穴が空けばその瞬間に察知する。たとえその穴が、直径一センチであろうとも。

 青き夜の妖精たちは、もちろんこのサイレンの意味を理解していない。どこか遠くで動物が唸っているくらいにしか認識していないだろう。知能が低いおかげで、サイレンに対抗してギャーギャー吠え返す始末だ。

 まだ足元に天敵の俺さまがいるというのに。いや頭上からもヤバいのが来るが。

 あのアメリカが、コケにされたまま黙っているわけがない。

 さて、こうなってくると問題は、俺のバリアが米軍のICBMに対抗できるかという話になる。もし対抗できるのであれば、そのエネルギーを反射してこの一帯すべてを焼き払うことができる。その場合、ワームもロストする。

 まあだいぶ数を減らせるし、効果としては十分だろう。青き夜の妖精がまだ他界に残っているとして、あとは軍隊の物量でなんとかなるはずだ。

 もし俺のバリアが耐えられなかった場合、そのときはもう知ったこっちゃない。死んだ人間にできることはなにもない。一切ない。皆無だ。あるとすれば、生きてる人間が死んだ人間を使ったときだけだが、それはもう死んだ人間の手に負える話じゃない。

 ま、どう考えても酸素は燃え尽きる。俺も死ぬだろう。せめて着弾の瞬間、呼吸を止めて一撃やり返せればいいんだが。

 俺はザ・ワンの胴体の上に、どっと腰をおろした。

 あれだけ世間を騒がせた巨人は、いまや手足もない、頭部もない、本当にただの分厚い肉の山と化していた。とはいえ、エーテルは感じる。もしかするとまだ生きているのかもしれない。あるいはエーテルだけが機能しているか。

 遠くの空から、ヤカンで湯を沸かしたときのようなシューという音が聞こえてきた。

 徐々に近づいてくるなんてもんじゃない。おそらく一気に来る。俺は胸いっぱいに空気を吸い込み、呼吸を止め、フルパワーでバリアを展開した。

 全身の毛が逆立つほどの、予想をはるかに上回る力が湧き出してきた。

 俺を中心に、空間が押し分けられたような感覚。これは俺だけの力じゃない。三角とペギーの協力もあった。しかし、それだけでもない。ザ・ワンの胴体がイージスに反応していた。これは予想以上の結果になる。

 頭の中で爆竹を鳴らされたような音がし、俺は炎の海で溺れた。

 熱は感じなかった。それどころか、直撃を受けた瞬間、体の内側から凄まじい反発があった。

 なにも見えなかった。

 体内でエネルギーの爆発が起こり、俺の身体は弾け飛んだ。

 意識が霧散して、海へ帰した。


 *


 長い夢を見ていた気がする。

 そのとき俺は、エネルギーの壁を超え、青い世界の一部と化していた。

 海だ。

 そこには両親もいた。葉山もいた。それに、なんだか知らない人たちも。断言できないが、おぼろげにザ・ワンも存在していた気がする。とにかく俺たちはひとつのスープになっていた。

 自分だとか他人だとかは、なくはないが、ほぼおぼろげで、自分と他人とが簡単に混ざり合った。しかし混ざったかと思えば、またひとりに戻っている。身体のない魂だけの状態で、満員電車に乗せられているような感覚だった。

 これはまさか海ではなく、魂の墓場なのか……。


 *


 次に気がつくと、俺は、死後の世界にしてはあまりに俗っぽい場所にいた。

 見覚えのある白い研究室だ。ここはたしか、検非違使の庁舎だった気がする。

 現実世界、ということなのか。

 もしかすると俺は、あの爆発を生き延びたのだろうか。それともまだ夢を見ているのか。いずれにせよ、まだ死んではないと思われるのだが……。

 デスクには白衣姿の黒羽麗子がおり、パソコンを操作しながらビーカーで淹れたコーヒーを飲んでいた。ここは彼女の執務室ということか。

 しばらく見つめていると、彼女はなにかに反応し、慌てて立ち上がった。かと思うとこちらへやってきて、腰をかがめて顔を覗き込んできた。不思議そうな表情でなにかを喋っている。だが声は聞こえない。彼女はやや苦い表情を浮かべると、ふたたびデスクへ戻った。

 なにかをキーボードに打ち込んでまた戻ってきて、ボールペンの尻でガラス窓を叩いた。

 体が動かない。

 というより、体が存在しなかった。

 おそらく浮いている。

 まったく動けないから推測するしかないのだが、脳と眼球以外の存在を確認できない。

 これはなにかのジョークなのか?

 総理大臣から表彰されて、キャバクラでモテまくるという俺の計画は? この世界は、救国の英雄をカッチョよく死なせてもくれないのか? 塩ラーメンのスープみたいな溶液の中で、クラゲみたいに飼われ続けろと?

 麗子は缶ビールを持ってきて、ガラスの前に置いた。

 まるでお供え物だ。

 ちょ、待てよ……。待ってくださいよ。これ、本当に現実なの? タチの悪い夢じゃないの?

 黒羽麗子が小型のホワイトボードを持ってきて、俺に見せた。

 大きな文字で「見える?」とある。

 だが返事はできない。眼球を動かすことさえできないのだ。まぶたがないからまばたきもできない。

 麗子は文字を書いては出し書いては出し、こう告げた。

「おはよう、山野さん」

「目が覚めたみたいね」

「脳波は確認できてる」

 この悪趣味な状況について説明して欲しいところだな。

「体はもうないわ」

「かろうじて脳だけ摘出したの」

「目もイッコしかない」

 言われるまで気づかなかった。

 イッコなのか。

 というより、いまさら目の数なんて問題にならないほどの状況だろう。タマなんてイッコも残ってないんだ。あとは脳しかないなんて。一昔前のSFかよ。

 すると麗子は、こう書き直した。

「いま妖精たちの再生能力を研究中だから」

「もしかすると体も元に戻るかも」

「期待してて」

 マジかよ。

 いやよく考えてみれば、猪苗代湖南は頭をぶっ飛ばされたのに回復していた。巨人となったファイヴもそうだ。三角もはじめは手足を切り落とされていた。体が再生するメカニズムは存在する。

 この古典ギャグみたいな状態から、元に戻れる可能性があるのか。

 ということはつまり、研究者たちは、神話の技術の解析を進めているということだ。研究が続けられるような環境になったのだ。

 おもに俺のおかげで!

 できる限り早くしてくれよ。俺の伝説が有効なうちに復活させてくれないと、キャバクラでネタにできなくなる。キャバ嬢がニュースの内容をいつまでもおぼえているとは思えない。少なくとも、俺の行きつけの店では。

 しかしなんだな……。ここで浮いている限り、黒羽麗子の観察以外、なにもすることがないということになるぞ。せめてテレビくらいは見せて欲しいんだが……。あと、飲めもしない缶ビールを目の前に置かれているのは苦痛なのでやめていただきたい。

 クソ、せめて意思の疎通さえできれば……。

 ウイルスや促進剤を投入されてもまったく反応がない普通の人間だったのに、いまやかなり人間離れした存在になってしまった。妹が見たらショックで卒倒するだろう。というより、俺も自分の姿を見たら憤死しかねない。

 ペギーは俺のP226をちゃんと管理しているだろうか。捨ててたら怒るからな。

 それだけじゃない。あれから何日経過して、いま世界がどうなっているのかも知りたい。いや一番知りたいのは、三郎がびょーどーちゃんを録画してくれてるかどうかだ。あいつのことだから絶対に録画している。問題は、その録画をうっかり消していないかということだ。

 言葉を発せないからなにも主張できない。

 麗子は俺とのコミュニケーションに満足したらしく、席へ戻ってしまった。

 猫でも入ってきて、この忌々しい缶ビールをどこかに転がしてはくれないだろうか。じつにイライラする光景だ。


 *


 脳細胞の死滅するような数日が経過し、研究室に客人がやってきた。

 六原三郎とアベトモコ、そしてペギーだ。誰も怪我などはしていない。おそらく俺のおかげだろう。俺を崇めろ。

 三郎は俺の前にやってくるなり、まるで墓参りのように手を合わせ始めた。縁起でもないことをするなと言いたい。

 アベトモコが、おそらく俺の読唇術によれば「まだ生きてますよ」とつっこみを入れ、三郎が「お、そうか」と我に返った。

 もっとシリアスに頼むぞ。仲間の変わり果てた姿に直面してるんだからな。

 ペギーは肩をすくめた。

「本当に生きてるの?」

 これに対するトモコの返事はこうだ。

「かすかにですが、気配を感じます」

 ええ、生きてますとも。

 けど暇すぎてそのうち死ぬぞ。

 三郎は物珍しそうにいろんな角度から覗き込んだ。

「でもよ、これホントに山野さんなの? なんか印象違わないか?」

「い、印象? でもまあ、山野さんの気配はしますし」

 俺のことを分かってくれるのはトモコさまだけだな。崇め奉りたいよ。

 するとあろうことか、三郎は当然のように俺の缶ビールに手をつけた。みんな引いている。俺も引いている。

 しかも一口やった瞬間「ヌルい」と来た。

 出しっぱなしなんだからヌルいにきまってんだろ。小学校中退はこれだから……。

 その後、三郎は俺が飲みたがってるだろうと勝手なことを言い出し、上から溶液に入れようとして女性陣から猛烈に叱責された。

 当たり前だろ! 俺もそろそろキレるからな!

 俺さまのおかげで世界が平和になったというのに、三郎のヤツ、まったく理解していないようだな。

 ペギーがあきれたような表情で溜め息をついた。

「問題はまだ山積みだっていうのにね」

 問題?

 いったいなにが問題なんだ?

 ザ・ワンは死んだ。青き夜の妖精もほとんど葬った。となれば、あとは人間同士のいざこざくらいしか残ってないだろう。

 いや、その「人間同士のいざこざ」こそが一番面倒なんだが。

 しかし残念ながら、チームの頭脳たる俺は、まさに頭脳だけになってしまった。悪いが協力はできない。

 三郎は缶ビールを飲み干し、缶を握りつぶした。

「おかげで失業しなくて済んだってことだ。他界絡みの仕事も山盛りだしな。というわけで山野さん、早く復帰してくれよな。稼ぎ時だぜ」

 こいつ、たしか億単位で貯金があったよな。まだ稼ぐつもりなのか。一位のランカーになるまでやるんだっけ? 元気なことだ。

 ともあれ、こっちは体が戻るまですべておあずけだ。あとは君たちに任せる。せいぜいエンジョイしてくれ。


(山野栄編、EOF)

六原編へ続きます。

同シリーズ内「New Order」をご覧ください。

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