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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
67/70

殺戮の広場 一

「山野さん、これで最後になるかもしれないから、先に謝っておく」

 六原三郎が、ガラにもなくそんなことを言い出した。

 今日は風よけのゴーグルまでつけて、本気の戦闘態勢だ。こいつは全力で動くと凄まじいスピードになるから、そういう予定があるときだけゴーグルをつける。

「なんだよ珍しいな。俺に謝るようなこと、なにかあったっけ?」

 毎回ナッツを勝手に食ってた話か?

 あの店では、挨拶みたいなものだが。

 三郎は抜けるような青空を見上げ、目を細めた。

「俺がスクリーマーどもをのさばらせてたせいで、びょーどーちゃんの放送が休止になっちまった。なのに、黒羽さやかの護衛を引き受けちまったばっかりになかなか長野から出られなくて……」

「そうか。まあ、気にすることはない。そのうち放送してくれる」

 このクソ滑りまくったジョークに、本当はなにも言いたくはなかったのだが、それではあまりに可哀想なのでいちおう返事をしてやった。

 もしかすると、ほほえましいジョークで場を和ませてようとしてくれてるのかもしれないからな。だが続きはあの世でやってくれ。戻って来られないほうの他界でな。

 すると一子が、ガッと俺の肩をつかんだ。

「サブちゃんは……ちょっと足りない子なの……もっとあたたかい目で見てあげて……」

「は、はい、分かりました」

 肩に爪が食い込んで痛い。

 俺に言わせれば、姉もだいぶ足りてないよ。

 これから全員死ぬかもしれないってのに、こんなんで大丈夫なのかな。まあ、飲酒して現場に入った俺に言われたくないだろうけど。久々に飲んだから、ちょっと回ってるかもしれない。

 ペギーがふっと笑った。

「もっと真剣にやったほうがいいんじゃない? 怪我するよ?」

「怪我で済めばいいがな」

 肩をすくめながらデザートイーグルの安全装置を外したのはサイードだ。

 他の面々も、戦闘準備はできていた。いつでも始められる。

「来ます」

 トモコの言葉で、皆が一斉に身構えた。

 穴の奥底から、カラスの絶叫のような、大気を切り裂くような声がした。スクリーマーたちはこれに反応し、なにごとかと穴の周囲に集結。

 そして次の瞬間、青いステンドグラスのような美しい真空波があって、スクリーマーたちは直線的に切り裂かれた。

 代わりにバサバサと飛び上がってきたのは、濃い群青のエーテルを噴いた妖精たち。巨人ではない。小柄だ。

 青き夜の妖精――。白磁のようななめらかな肌と淡く輝く青い髪、そしてビー玉のような青い瞳を持った、少年とも少女ともつかない中性的な顔立ちの妖精だった。

 彼らは地上に飛び出すや、太陽の眩しさに目を細め、忌々しそうに大地へ降り立った。

 まあ気持ちは分かる。この太陽ってヤツは俺たちの都合なんてお構いなしだ。もう少し加減をしてくれてもいいんじゃないかと、俺も思う。

 誰も動き出さなかったが、俺はP226の狙いを定め、適当なヤツへ向けて発砲した。弾丸は妖精の肩口に命中し、紫色の血液を飛び散らせた。精霊と混じっているわけでもないのに、この色とは。いや、あるいは血液に精霊が混じっているのかもしれない。

 妖精には共感能力がある。だから一体が痛みを感じれば、その激痛と憎しみはすぐさま共有される。そしてその憎悪は、手を出した俺へと向けられるというわけだ。

 ま、好きなだけ来てくれ。自分たちの攻撃が無力ってことを思い知らせてやるからな。

 群れが飛んできたので、俺はそいつらへ向けて撃った。機敏ではあるんだが、これまで戦ってきた妖精たちほど速くはない。太陽のせいだろうか。夏でよかった。

 もちろん俺の技術で全部を撃ち落とせるわけがない。というより、三十体近くが一気に来ている。腕のいいガンマンが早撃ちをカマしたところで、人力では難しいだろう。

 ま、ガンマンほどではないが、俺だって一体は落とした。残りは、まあ、運が悪かったということで。

「キァァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 この青き夜の妖精とやらは、幼い顔つきに似合わず怪鳥のような声を発する。しかも集団で俺を取り囲み、ステンドグラスのような真空波を放ってくる。

 だが俺にはイージスがある。全身を覆うエーテルのバリアだ。そいつで真空波を受け、俺はそのエネルギーをすべて放出してやった。

 バチィと放電のような音がして、黒い放射が周囲の妖精を焼き払った。

 すべてを焼き殺したわけではない。が、半分は落とした。生き延びた妖精たちは目を見開き、わっと散ってしまった。

「そんなに驚くようなことか? 他界でも見たはずだが」

 ザ・ワンの攻撃は、俺のとは比較にならない規模だ。おそらくあいつがここにいたら、味方も巻き込んで大変なことになっただろう。

 ま、デカけりゃいいってもんじゃない。小さいには小さいなりのメリットもあるってことだ。

 ところでなんだか首筋がヒリヒリする。日焼けでもしたのだろうか。なにせ屋根もない炎天下だからな。

 などと手でなでた瞬間、指先にぬるりとした感触がきた。慌てて確認すると、手に赤い血液がべっとりとくっついていた。

 いやウソだろ? まさか切られたのか?

 手足を確認してみるが、切り傷らしきものは見当たらない。出血があったのは首の後ろだけ。痛みもたいしたことはない。表面だけが切られた。

 わずかとはいえ、バリアが貫通されたらしい。正直、余裕ぶっこいてたのに……。リアルに死ぬ可能性が出てきた。これが急所だったら、浅くても致命傷だ。

 待て待て。てことは、ザ・ワンも無傷じゃない可能性があるぞ。信じて送り出した神がいつの間にか負けてるとしたら、機構だって発狂モンだろ……。

 いまは他人の心配をしている場合じゃないが。

 ふたたび妖精の群れが襲撃してきた。また三十体規模。

 何体来ようが、撃ち落せばいい。と思ってトリガーを引いた瞬間、P226がホールドオープンした。弾切れだ。ちっとも数えてなかった。また血を見るハメになるのか。お願いだから急所だけはやめて。

 ふと、白い棒状のものが大量に飛んできた。それは妖精たちの脇腹に次々と突き刺さり、襲ってきた連中をすべて撃墜させた。

 ナンバーズ・テン。卜筮長ぼくぜいちょうの名草梅乃だ。

 巫女服の袖から取り出した紙片を宙に舞い上げ、それを能力でねじって矢弾のように使っていた。

 助かった。というより、たかが紙でえらい殺傷力だ。

 ライバルのアベトモコはもっとすごかった。背から青白い半透明の腕を生やし、岩石のような拳で妖精たちを叩き落としていた。その腕の数は六本。どれも丸太のように太い。いまにして思えば、これは巨人の腕なのかもしれない。

 どいつもこいつも桁外れの戦いをする。

 俺はマガジンを入れ替え、蚊柱のような妖精の群れへ撃ち込んだ。あまりに数が多い。いったいどれだけいるのかは分からないが、次から次へと穴から出てくる。おかげでスクリーマーも、自分たちの巣を放棄して逃げ出してしまった。

 もしかしたらこいつらがタッグを組んで攻撃してくるんじゃないかと懸念していたが、杞憂だったようだ。ま、人間と違って文化レベルが低いからな。小異を捨てて共闘すれば戦力が増すのに、そうしないから孤立する。こっちにとっては好都合だが。


 戦いが始まって少し経つと、周囲の状況がいろいろと見えてきた。

 デカさのわりに役に立っていないのはファイヴだ。小回りが利かないせいか、さっきからずっと妖精たちにたかられて、情けなく追い回されていた。まあたぶん、俺も蜂の集団に襲われたらああなるとは思うけど。

 戦闘に参加していないといえば、機構の船も同様だ。ターゲットが小さすぎるからか、船の技術者たちはヘパイストスの発射準備に入っていなかった。これは賢明な判断だ。焦って誤射されるよりはるかにいい。

 機構の船の背後には、米軍とおぼしき船もあった。前に乗せてもらったエンジェル少佐の船ではなく、れっきとした軍艦だ。おそらくこの戦いを監視して、ヤバいようならミサイルを撃ち込んでくるつもりだろう。そのときは軍艦からではなく、アメリカ本土から飛んでくるはずだ。ボタンを押せば十数分で着弾する。その後、ワームは死ぬから、青き夜の妖精たちがどこから出てくるかは分からなくなる。まあそのときは俺たちも死んでるだろうから、生き延びた連中に任せるしかない。

 取材用とおぼしきヘリも周辺上空を飛んでいた。妖精たちがいるから、それほど近づいては来なかったが。この意味不明な戦いを撮影し、ニュース映像にでもするつもりなんだろう。残念だが、茶の間で大人気の巨人はまったくの役立たずだ。代わりに俺の活躍でも流すんだな。石は投げないから安心してくれ。


 あまりの混戦に、ときおり自分がなにをしているのかも分からなくなるほどだった。

 銃を撃つ。囲まれる。イージスを展開する。妖精を焼き殺す。また銃を撃つ。弾が切れる。入れ替える。

 その繰り返しだった。

 いや、永遠に繰り返してもいられない。ついに換えのマガジンがなくなった。かといって俺は、肉弾戦ができるほどタフじゃない。むかしカンフー映画のマネをして手製のヌンチャクを振り回し、妹にぶつけてえらい泣かれたことがあった。俺の格闘技の経験はそれだけ。あのときも父親にひっぱたかれた挙げ句、母と妹から言葉による総攻撃を受けたっけ。

 いかんな、走馬灯が回り始めている。

 あるいは熱中症だろうか。誰かの撃つ銃声が、はるか遠くの出来事のように感じられた。意識が朦朧としている。汗でシャツがびしゃびしゃだ。いや誰かの血かもしれない。

 数が多すぎる。

 妖精たちが空を覆っているせいか、世界が暗くなり始めたような気もする。俺の視界がおかしくなっているだけかもしれないが。

 そういえば夏休みの宿題を、俺は最後までやらない子供だった。いつも最終日になってから片付けたもんだ。ところが妹はやるのだ。あいつはいつも友達と一緒に勉強していた。俺はひとりでゲーム。父親がゲームを隠したこともあったっけ。道端でお小遣いを落としたり、アイスを落としたり、じつに冴えない人生だった。アリに噛まれて痛がっていたら、クラスのヤツらに爆笑されたこともあった。


「おい、ヤマノ! 大丈夫か? しっかりしろ!」

 デカい手で頬をビシビシ叩かれ、俺は目を覚ました。

 白い部屋だ。

 いや、部屋というには狭い。細長いスペースに医療器具が押し込まれている。俺はベッドに寝かされ、すぐ脇のベンチに包帯を巻いたサイードが座っていた。

 もしかしてここ、救急車の中か? 動いてはいないようだが。

「あの、戦いは? どうなったんです?」

「まだ続いてる。安心しろ、お前が気を失ってからさほど経ってない」

 サイードは苦しそうに顔をしかめた。傷を負いながらも、倒れた俺を助けてくれたのだろうか。あるいはふたりとも倒れて、別の誰かに運んでもらったか。

 ふと、救急車がかしいだ。

 誰かが外から乗ってきたのだ。

「気がついたか。倒れるのもムリはない。ハードな現場だからな。そこに水がある。好きなだけ飲め」

 虎のマスクの川崎源三だった。

「弾が欲しけりゃ棚にあるのを使ってくれ。今回は特別だ。タダでくれてやる」

「川崎さん? いったいどういう……」

「デカい仕事があるって話を聞いてな。急いで駆けつけたんだ。どうだ、マイカーの居心地は? 検非違使の内部留保を横領して用意した特別製だ。存分にくつろいでくれ」

 税金パクってなにやってんだよこのオヤジは。

 だが助けられた。俺には文句なんて言えない。

 源三はベンチにどっと腰をおろした。

「ここは現場のすぐ外だ。いま部下たちが必死に応戦している。だが状況はよくないぞ。なにせ数が多すぎる。いまじゃ空を覆い尽くさんばかりだ」

 空を覆う?

 それはマズいぞ。じつにマズい。

 源三は口をへの字にした。

「まだ寝てろ。空のヤツは、米軍の戦闘ヘリが撃ち落としてる。逆に何機か落とされたようだが、まあ、かなり健闘してるほうだろう」

 さすがは文明の利器だ。

 神話の時代とはあきらかに違う。俺たちには火薬があるし、電気もある。能力だってある。一方的にやられることはないだろう。

 検非違使のデカブツが駆け込んできた。犬吠埼いぬぼうさきとかいったか。

「課長、大変です! デカいのが出てきました!」

「なんだと……」

 デカいのはお前のほうだろう、などと言ってはいけない。このタイミングでデカいのといえば、巨人と相場が決まっている。

 俺は身を起こし、ペットボトルの水を一気飲みした。

「行きましょう」

 棚から銃弾をとり、マガジンにぶち込んでいく。時間がかかるからワンセットだけだ。

 犬吠崎が目を細めた。

「動けるのか?」

「怪我したわけじゃないし、大丈夫ですよ」

 だがサイードは顔をしかめた。

「悪いが俺はここに残る。腕をやられて銃も握れない」

「安心してください。サイードさんのぶんも俺がやってきますから」

「頼もしくなったな。この銃使うか?」

「いえ、それは結構」

 デザートイーグルなんて撃ったら、それだけで骨折する。いやしないけど。少なくとも手首を痛める。俺には九ミリで十分だ。

 源三も腰をあげた。

「よし、じゃあそのデカいのを拝みに行くとするか。盛大に歓迎してやらんとな」

 立ち上がり、上の棚からロケットランチャーを取り出した。

 いやいやいや、爆発物はダメだって話だったんじゃ……。

「こいつは特別製だ。火薬の代わりに、アンチ・エーテル物質を搭載している。着弾した場所にそいつを撒き散らして、一時的に能力を無効化できる」

 科学というヤツは、たしかに巨人の期待を超えて発達したってわけだ。

 犬吠崎が肩をすくめた。

「あのケチな黒羽が、よく無償で提供してくれましたね」

「このまま東京が壊滅すれば、連中の持ってる土地が二束三文になるからな。一等地に構えた自社ビルが、タダ同然になるのは耐えられないんだろう」

「なるほど」

 金の話ですね分かります。

 だが今回、黒羽麗子は珍しく現場でナンバーズとして戦っている。このロケットランチャーを提供したのは、黒羽グループのトップである麗子の母親だろう。本心は分からないが、結果として娘の身を守ることになりそうだ。

 ふたりに続き、俺も車を降りた。

 まだ午前だというのに、妖精たちのせいで空は暗くなっていた。たんに体で光を遮っているわけではない。例のステンドグラスのようなものを盾にして、屋根を作っているのだ。

 そんなに太陽が嫌いか。

 ま、だったら穴の中にこもってろって話だが。住み分けのできないヤツには教育が必要だ。


(続く)

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