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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
66/70

夏の終わりに

 その後、船へ戻るまで一週間近くかかった。

 往路と復路で約二週間。久しぶりに観たニュースは、想像以上の悲惨さを伝えていた。

 大田区のセントラル・クレイドルに巣食うスクリーマーは、ますますその勢力を拡大しており、すでに二十三区の全域を制圧していた。

 政府はもはや自力での対応は不可能と判断し、緊急事態を理由にフル装備の米軍を受け入れた。いま自衛隊は、米軍と共同で作戦にあたっている。のみならず、セントラル・クレイドルにミサイルを撃ち込む計画まで持ち上がっているようだった。

 俺みたいな一般人が、銃刀法に違反してまでハッスルすべき局面ではない。


 俺は待機所のベンチに腰掛け、特にすることもなく溜め息ばかりを繰り返した。

 若葉はヘパイストスの改良に掛かりきりだし、ダージャーも亜弥呼も別件でどこかへ行っているから、俺は暇をもてあましていた。

 正直、日本へ戻りたいという気持ちはある。しかしいくら能力に覚醒したとはいえ、武装した軍隊を差し置いて、俺が活躍できるとも思えない。ここまで規模が大きくなると、もはや個人の手に余る。

 スジャータがやってきて、ひとつ席をあけてベンチに腰をおろした。

「山野、さん」

「どうした?」

 いつも通り頭から布をかぶっているが、隙間から覗く表情は思い詰めているようにも見えた。

「私、これからどうしたらいい?」

「えっ?」

「ザ・ワンを殺すこともできなかった。戦って死ぬこともできなかった。ほかに、なにもすることがない」

「カタキを討ちたいの?」

 この問いに、スジャータはこくりとうなずいた。

 まだあきらめていない、か。しかしいまや、ザ・ワンを殺すことはできない。あれは機構の神として、完全体になってしまった。もたらされるはずの「救済」とやらは、その兆候さえまったく見られないが。それでも神は神だ。もし手を出せば、機構全体を敵に回すことになる。

「私は小さいときから戦いの訓練をしてきた。だから、戦うことでしか存在を証明できない。私、また戦うチャンスが欲しい」

 すると「やれやれ」と大袈裟なつぶやきをしながら、目の覚めるような美女がやってきた。彼女は無遠慮にも、俺とスジャータの間に腰をおろした。

「スジャータ、それは違うよ。戦うこと以外にも、大事なことはいっぱいある。まだ若いんだし、これから学んでいけばいいんだよ」

 いきなり現れて先輩風を吹かせたのはペギーだった。スジャータの手をにぎり、優しい笑み。

「平和になったら一緒にお出かけしよう? スジャータ、お洋服持ってる? 私が買ってあげる」

「服? 必要なぶんはある」

「そういうのじゃなくて、かわいいやつだよ。日本が安全になったら、一緒に買物に行こうよ。きっと楽しいよ」

「服を買うのが楽しい? 戦って敵を殺すよりも?」

 この言葉に、ペギーは苦い笑みを浮かべた。

「戦って敵を殺すのは、楽しいことじゃないよ」

「分かるけど、そうするとみんなが褒めてくれる……」

 幼い頃から暗殺者として育てられたのか。いるんだな、こういう子も。

 神が復活した以上、機構は無用な戦力を保持する必要がなくなる。だから今後、こういう子供は減るだろう。それでもすでにそういう教育を受けたスジャータは、もうどうにもならない可能性があるが。

 彼女は「待て」ができる優秀な暗殺者だ。理性はある。しかし人生における成功体験が、ほぼ「殺人」なのは事実だ。今後、ほかの方法で人生を設計しようとは思えないかもしれない。

 ペギーは悪い笑みを浮かべた。

「ま、どうしても殺しで賞賛を得たいなら、私と一緒に来るって手もあるけど」

「一緒に?」

「日本でやる仕事があるんだ。いまそのメンバーを集めてるの」

「やる」

 スジャータは即答した。

 それはいいんだが、日本でやる仕事とは? 機構は、いまの日本でなにかすることがあるのか?

 などと盗み聞きしていると、ペギーはこちらへ向き直った。

「もちろん山野さんも参加するよね?」

「いまちょうど無職だからな。けど、内容と額を聞いてからだ」

「私、怒ってるんだけど」

「えっ?」

 なんだ唐突に。

 見ても、ペギーは完璧なスマイルだ。演技派だな。

「聞いたよ。みんなと一緒にザ・ワンの復活に立ち会ったんでしょ? なんで私のこと置いていったの?」

「俺に人事権があるわけないでしょ」

「推薦してくれてもよかったんじゃない?」

「俺にはイージスがあるからいい。けど、君にはないんだぞ。危ないじゃないか」

 するとペギーは、笑みを消してジト目になった。

「へー、そういうこと言うんだ。私、守ってもらうだけなんてイヤだから。仲間なんだから、対等でいたいの」

 すねてんのか?

 相変わらずの駄々っ子だ。

「いいか、俺はね、君が女だからとか、そういう理由で守ってるつもりじゃないんだ。俺が逆の立場だったら、ザ・ワンの近くになんて行きたくない。だからこれは、相手の立場になって考えた結果で……」

「はいはい。そういうこと言うのね。でも私は優しいから、山野さんのこと誘ってあげる。セントラル・クレイドルから危ないのが出てくるらしいから、その対処をすることになってる。生き延びたら一千万くれるって」

 またデカい仕事を持ってきたな。

「危ないのって? まさか、青いなんちゃらっていう?」

「そう、青き夜の妖精。よく知ってるね。本当に危ないらしいから、死ぬかもしれないけど」

「行くよ。仲間のお誘いだからな」

「日本でビールが飲みたいだけだったりして」

「……」

 なんだこいつ、エスパーか。

 俺たちにもついに、妖精のような共感能力が……。いや顔に書いてあっただけだな。

「けど、セントラル・クレイドルってミサイルで潰すんじゃなかったの?」

「あそこにスクリーマーが大きなワームを作ってるの。まあ、だったらワームを潰せばいいって思うかもしれないけど。あそこを潰しちゃうと次にどこから出てくるか分からなくなっちゃうから、場所を保存したまま対処したいんだって。結局どこからかは出て来るらしいし」

「出て来る? どういうこと? ザ・ワンと教皇が対処してるんでしょ? まさか、もう負けたの?」

 ドームから地上まで移動するのに一週間もかけたから、その間に勝敗が決していてもおかしくはない。

 ペギーはふっと笑った。

「まだ負けてないよ。けど、数が多いらしくてね。しかも運悪く、そこに米軍が戻ってきて……。それで妖精たちに見つかって、怒らせた挙げ句に撤退したらしいんだ」

「あいつら……」

「それで、妖精たちは人間を殺そうとワームを作ってる最中みたい。小さいヤツじゃなくて、大きいヤツね。アメリカは自分たちのワームを処分したから、きっとセントラル・クレイドルから出てくるだろうってさ」

「その出てきたヤツを、米軍じゃなくて俺たちが殺るの?」

「妖精は機動力が高いから、すぐ混戦になるでしょ? 軍隊の銃だと戦いづらいんだって。かといって爆弾を使うとワームがダメになっちゃうし。そこで、妖精の相手は専門業者に任せようってことになったらしくて」

 なるほど。そういう流れか。

 軍隊でも対処できなくはないんだろうが、こういう意味不明な戦闘で隊員を失いたくはないだろうしな。正規の兵隊は、負傷時や死亡時の保証もデカい。一人や二人ならともかく、十人単位、百人単位だからな。しかし外注なら一切の保証がいらない。隊員がバンバン死ぬような状況では、外注したほうが安くなるってことなんだろう。金の問題だ。

 蜂の駆除でさえ、軍隊がやるより、専門の業者がやったほうがいい。妖精も似たようなものだ。

「オーケー。分かった。やろう」

 やる気は十分だ。日本に帰ったらビールが待ってる。なんなら自販機に札束をぶち込んでもいい。最終的にビールの海で泳ぐからな俺は。

 しかし意外なのは、青き夜の妖精とやらが、一匹じゃなくて群れということだ。てっきり一体の巨人なのかと思った。あるいは水妖みたいに、デカいのと小さいのがいるのかもしれない。

 ま、だとしたらたしかに俺たちの専門分野だ。

 俺は勢いよく立ち上がった。

「それで? ほかのメンバーは? まさか、たったの三人ってことはないよね?」

「まあ任せてよ。長野にも連絡入れておいたから」

「完璧だ」

 約束通り、ちゃんとびょーどーちゃんを録画しといてくれてるんだろうな。どうせ番組表なんてぐちゃぐちゃだろうけど。緊急時だろうが構わずアニメを流す局もあるから、俺はそいつに賭けることにしよう。

 するとキャサリンがやって来た。

「あら、ペギー。来てたのね。ちょうどよかったわ」

「これは艦長どの。ただいま戻りました」

 ペギーは冗談めかして敬礼をした。

「やめてよその艦長っての。例の妖精の件、受けるのよね? 朗報があるわ。若葉博士の改良によって、ヘパイストスの有効射程が五百メートルまで伸びたの。バッテリーは十台同時に接続する必要があるけど。それを使えば、海上からも援護できると思う。さいわい、あそこは海も近いしね」

 さすがは若葉博士だ。俺の体をいじくり回しただけのことはある。

 でもあれってアンチ・イージス技術じゃなくてアンチ・エーテル技術なんだよな。能力者なら誰でもよかったんじゃ……。

 ともあれ、青き夜の妖精がどんなの能力を有しているのかは不明だが、これで多少の安心は得られると思う。あとは誤射にさえ気をつけてもらえれば。間違ってヘパイストスの直撃を食らった日には、どうなるか分かったもんじゃないからな。さすがに死にはしないだろうけど。

 キャサリンは、すると小さく笑った。

「まさかナンバーズと協力することになるとはね。日本支部が勝手に協力関係になったときはどうしようかと思ったけど」

 これにペギーも笑顔で応じた。

「同じ神を追ってたんです。不思議じゃありませんよ」

 思えばペギーは、まだ日本支部がナンバーズと敵対していたころでさえ、なかば単独で行動していた。自分の戦うべき相手がどんな存在なのかを知るために。所属する組織の言葉を盲信せず、みずからの目で見極めようとした。


 *


 夏は終わりに近づいているはずだが、その暑さは衰えることがなかった。

 敵と戦って死ぬならともかく、熱中症で死んでいては話にならない。俺は水分をたっぷりと補給し、セントラル・クレイドルへ向かった。

 P226の状態を確認し、腰ベルトに突っ込む。

 長野からは三郎と一子が来た。機構からはペギーとサイード、そしてスジャータ。ナンバーズの仲間たちもいる。

 ワームが活動を始めたことはトモコが完璧に察知した。青き夜の妖精とやらはすぐに飛び上がってくるだろう。スクリーマーとセットで来るのか、三つ巴の戦いとなるのかは読めないが。

 コンクリの舗装が太陽の照射を受けて白く輝いていた。その熱は、靴底を通して足の裏まで来た。

 エリアの中央には、かつてドームの存在していた大穴。ザ・ワンの埋まっていたセントラル・クレイドルだ。奥にはワームと化したスクリーマーの巣がある。

 キラキラと輝く東京湾には、機構の巨大な本船。デッキでは技術者たちがヘパイストスを構えている。

 いい天気だ。

 なにもかも、まっしろな気持ちで始められる。

 すでに缶ビールは一本開けた。昼間から飲む酒は格別だ。もう悔いはない。

 スクリーマーはエリアの内外にわらわらと存在していたが、こちらに襲いかかってくる気配はなかった。おそらく彼らもワームの異変に気づいたのだろう。というより、こちらにはファイヴの操る巨人もいるから、それでプレッシャーを感じているだけかもしれない。

 さて、どんな妖精が出てくるのか期待させてもらうぞ。もっとも、出てきた端から死体になってもらう予定だが。


(続く)

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