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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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64/70

超越者 二

「まずは歴史を共有しておきたい。人間たちは、正しい歴史を記録し損なっているからな」

 超越者は、大上段からそんなことを言い出した。

 そいつのご高説はこうだ。

 かつて地上と他界には、さしたる境界もなかった。地続きというほどではないにせよ、ふとした拍子に行き来できるような場所だった。エーテルの濃度が過剰であり、すぐに魔法が暴発したらしい。

 その二つの世界に、巨人や妖精、そして人間がまばらに住んでいた。彼らはときに争いつつも、基本的には共存していた。

 これが神話の時代。

 しかし巨人の中の知識人たちが、これでは世界が完成しないと主張し始めた。この「完成」がなにを意味するのかは、特に説明もなかったらしいが。ともかく「完成」なる語がひとり歩きし、ちょっとしたムーブメントになった。ただのワンフレーズが社会現象となるさまは、巨人も人間もよく似ている。

 やがて、人間たちを孤立させる策が実施された。人間は脆弱で、かつ器用であったから、その応用力が期待されたのだ。死にやすい種は、死なない工夫をするものだ。

 巨人たちは他界へ移住し、人間は地上に置き去りにされた。このときザ・ワンは、おそらく土中で寝ており、その存在を忘れられていたのだろうと思われる。

 これが約五千年前の出来事。

 地上にも世界樹があったらしいが、エーテルの供給を絶つため、バッサリと切り倒されたらしい。おかげで地上からはエーテルが希薄になった。

 この時点では、しかし二つの世界はまだ完全には断絶されていなかった。地上へ飛び出す妖精もいたし、他界へ迷い込む人間もいた。

 巨人たちは、機を見て地上へ戻るつもりでいたのだ。

 地上には、ワームを管理するための一族も置かれた。三角プシケではない。別系統の妖精だ。

 だがこの計画には致命的な誤算があった。

 巨人たちの寿命は長い。だから世代交代が遅く、気も長い。保守的である。

 対して人間は、寿命が短い。世代交代が早く、短い期間でその性質を変える。だから歴史を忘れるのも早かった。

 巨人がのんびりと時間を過ごしている間に、人間たちは何世代もの代替わりをしていたのである。その結果、歴史は伝言ゲームのように伝えられ、変形し、しまいには神話となった。魔法を知らない世代が誕生し、巨人たちの存在する「歴史」は、もはや無理筋な「神話」としか理解されなくなっていた。

 巨人が問題に気づいたときには、すでに遅かった。

 人間たちは神話を懐疑し、独自の発想で世界を説明しようとしていた。彼らにとって、もはや巨人も妖精も異形となっていた。地上に残された少数の妖精は、人間の攻撃にさらされ、行方も分からなくなった。

 ただでさえエーテルが希薄になった地上で、ワームの技術まで失われてしまった。この瞬間、地上と他界の隔絶は決定的となった。

 これが約二千年前の出来事。

 もちろん人間側にもたびたび能力者は現れた。中にはワーム技術を有するものもいて、そういう人物が力を発動させたときにはワームも出現したが、しかし巨人が通れるようなサイズではなかった。せいぜい、妖精たちが出入りできる程度の穴だ。

 歳月が経過すると、人間たちは魔法を架空の存在とみなすようになり、代わりに科学技術を進歩さた。

 そして二十一世紀、かつてみずからの手で閉じた世界を、ふたたび開き始めた。その結果が、いま、ここである。


 ひと通り話が終わると、俺たちはなんとも言えない気持ちになった。

 もしかしたら事実なのかもしれない。実際、他界はあったし、巨人も妖精もいた。地上と交流があってもおかしくはない。しかし信じる根拠がない。カルトは機構だけで間に合っている。

 超越者はこう続けた。

「私は二千年の間、ずっと世界を見守ってきた。『見る』ことに関してはエキスパートだったからな。この視力は、エネルギーの壁さえ超える。ただし先ほども言った通り、神ではない。限界はある。世界のすべてを見たわけではないし、記憶が曖昧なところもある。いまさら地上へ戻っても、無用な混乱をもたらすだけだろう。だから多くは望まない。近くで見せて欲しいだけだ。人間たちの発展させた科学というものを」

 哀しい観測者だ。

 こんな暗闇の中で目玉だけになって、ただ見続け、そして今後も見続けるしかないとは。

 三角が無表情のまま、天を見上げた。

「あなたの仲間はどこにいるのですか?」

「どこにもいない。この世界から太陽が失われて以来、同胞たちは精神を病むようになってな。あるものはみずから命を絶ち、あるものは発狂して姿を消した。私も生存のため、観測を続けるため、余計な部位を取り払わなくてはならなくなった。なにせ巨人の体は維持が大変でな。体に見合った食事が必要になるのだ。中には、同胞の死骸を食うものもいた。私はそれがイヤで、この姿になった。妖精のように、花だけ食べて生きられればよかったのだが」

 とはいえ、目玉だけなのに教皇よりデカい。もともとかなりのサイズだったことだろう。あるいは目玉になってから肥えたのかもしれないが。

 眼球はギョロリと回転し、周囲を見回した。

「これからも、人間たちがここへ来ることを願うよ。かつてのように語り合いたいからな。ただし、話の最中ずっと銃を向けてくるようでは、友好関係を築くのも難しいだろう。相応の礼儀を身に着けてからまた来るといい」

 たしかに、この話の最中、米軍はずっと銃を構えていた。大きいということはそれだけで脅威だから、小さな人間からすれば仕方のないことではあるが。

 少佐は手でサインを出し、銃をさげさせた。

「失礼しました。非礼をお詫びします」

「理解が得られて嬉しいよ。私たちは敵ではない。もともと協力して世界を完成させるため、あえて別の道を歩んだのだからな。ともあれ、今回はこれで失礼する。必要があったら呼んでくれ。いつでも現れる」

 それはいいんだが、登場するたび地面を揺らすのはやめていただきたいな。ドームや檻が壊れたら大変だ。服もコーラまみれだしな。ここはアメリカだから、その気になればエクストリーム訴訟ができる。コーラで億万長者だ。

 超越者は闇で眼球を覆い、ぬるっと姿を消した。本当に、まぶたを閉じるように消える。

 もといた場所はコンクリが叩き割られ、くぼみになっていた。

「で、これからどうするの少佐どの? 私たち、そろそろおいとましようと思ってるんだけど」

 キャサリンが仕掛けた。

 いいタイミングかもしれない。超越者との遭遇が終わったばかりで、みんな気が抜けている。

 少佐はややぼんやりした様子で口を開いた。

「撤収ですか? ザ・ワンにはもう手を出さないと?」

「いまはね。だってここで勝っても、局所的な勝利にしかならないんだもの。日をあらためて交渉しましょう。そのときは武器を持たずにお話したいわね」

「それはこちらも望むところです」

「またしかるべきルートを通じて連絡するわ。それでは失礼」

 流れるような離脱だ。

 このまま彼らが、ヘパイストスのことをスルーしてくれればいいが。

 キャサリンを先頭に、戦闘員の俺たち、そして台車を押す技術者、教皇と続いた。少佐は上の空といった表情で見送ってくれた。

 彼らにしてみれば、これからザ・ワンの研究という、もっとも重要な仕事に着手しなければいけないのだ。襲撃で負傷した兵士のケアや、その報告もしないといけない。超越者の存在もホワイトハウスにレポートする必要があるだろう。やることは山盛りなのだ。俺たちに時間を割くくらいなら、自分の仕事をしたいはずだ。


 *


 しばらく進んだが、米軍は追ってこなかった。

 かなり離れたところでキャンプを張った。

「クッソうまくいったわね。少佐がボケっとしてて助かったわ」

 キャサリンは靴を脱ぎ、白い足を投げ出した。スーツ姿ではあるものの、登山靴という賢明なチョイスだ。なにせ長旅だからな。

 おそらく米軍も、ヘパイストスの図面は入手しているはずだ。今回の実戦でその有効性は証明されたから、彼らも急いで製造を開始するに違いない。

 さて、問題は、このあとすぐだ。すぐに来るぞ。ザ・ワンは拘束されている間、ずっと泣き続けているのだ。絶対に間に合わない。

 まあそれはいいんだが……。

 あらためて見ると、ここはまるで百合の園だった。教皇の周りを三角とシュヴァルツが飛び回り、教皇もにこにこしながら指先でつんつんしていた。仲がよくないと聞いていたトモコと梅乃も、なんだかずっとくっついている。やや仲がよすぎる。

「トモコさんと梅乃さん、前からあんなに仲良かったんですか? なんか、問題を抱えてるって聞いてたんですけど」

 俺が尋ねると、ナインは急に困ったような、複雑そうな顔になった。

「その話か……。いろいろあったからな。しかし問題を抱えているのは、あくまで家同士だ。当人同士は、見ての通り対立していない」

「聞かないほうがいい話ですか?」

「俺の口からは言えない。あまりいい話ではないからな。ま、いずれ知る機会もあるだろうし、そのときを待つんだな」

「分かりました」

 当人同士が険悪でないのならそれでいい。

 するとキャサリンが、いきなり「ん゛あ゛ー」とおっさんみたいな声を出した。

「それにしても疲れたわね。次は車で来ましょう。足がヤバいわ! このしなやかな足が!」

 たしかにしなやかな足だが、もう少し隠せと言いたい。

 ナインも顔をしかめた。

「君はもう少し、恥じらいというものを持ったらどうだ?」

「ハッ、若くてキュートなお姉さんに見えるかもしれないけど、もう五百のババアよ。恥じらいなんてとっくに捨て去ったわ」

 こいつも妖怪だったか……。まあ薄々勘づいてはいたけれど。

 いや待てよ。

「あのー、五百ってことは、教皇と同じくらいの……」

「同じくらいっていうか、一緒に機構を作ったのよ。あのころは教団だったわね。もちろん当時からカルト扱いだったわよ。けど可哀想じゃない。あの子、本気で信じちゃってるんだから」

「けど五百年っていうと、世界が断絶されたあとですよね? どうやって出てきたんです?」

「私の一族は地上に残ったってことでしょ。巨人たちが勝手に他界に引っ越しただけで、私たちまで付き合う必要もないもの。そこで生活してるんだから」

「じゃあ、キャサリンさんは妖精なんですか?」

「さあ、なんなのかしらね。みんなはケット・シーって言ってたけど。プシケみたいな力はないわ。単に寿命が長いだけの女よ。それはいいけど、喉が渇いたわ。山野さん、ジュース買ってきて」

「……」

 買ってくるのはいいが、あそこを守ってる米軍が撤退してからだな。しかも停電していなければ、だ。

 少なくとも傀儡くぐつは戻ってくるだろう。彼らはほとんどダメージを負っていなかった。そこへ別種の脅威も現れれば、米軍が撤退する可能性はさらに高まる。

 ヘパイストスのバッテリーは残り一台。理論上、二分三十秒で儀式を済ませれば、機構の神は復活する。もはや神と呼ぶのもアレな巨人だろうけど。

 しかし復活させたあとのプランがない。

 このままでは長野の二の舞になる。そのためのヘパイストスの予備バッテリーだったのだが、残念ながらもう予備はない。保険の切れた状態でこれを強行するのは、かなりの危険をともなう。

 最悪の場合、教皇に止めてもらうしかないか。いくらザ・ワンだろうが、精霊を潰せばさすがに止まるはずだ。死んだら死んだで機構も諦めるだろう。あるいは、すでに採取した細胞を培養してどうにかするか。


 ところで日本は、いまどうなっているのだろうか。

 最後に観たニュースでは、スクリーマーは爆発的に数を増やし、東京全域に被害が広がっているようだった。

 災害救助という名目で海外からの援軍も来たのだが、大臣が「国内に兵器を持ち込ませるわけにはいかない」とか言い出し、政府は軽武装の状態でしか受け入れなかった。おかげで政府の支持率は急落。こんな状態になっても、日本人は政権争いに忙しいようだった。

 入国したのに三日で帰る軍隊もあった。そりゃまあ、身の危険を犯してまでやってきたのに、拳銃だけで戦えと言われてもな。前に「兵器」を「防衛装備」と言い張って強行したんだから、「災害救助」のための「救助装備」があってもよさそうなもんだが。

 ともあれ、三郎たちは長野にいるから、しばらくは安心だろう。しかしその他の連中はどうだ。新聞の見出しには「巨人またやった」などと、ファイヴの活躍ばかりが載せられているが。

 海外の新聞がこれを「アニメの国」と揶揄して風刺画を描き、ネットがクソコラでやり返すというニュースも観た。

 どんなに悲惨なニュースが起きても、翌日にはネタと化している。なんなら神話が復活したところで、みんな意外と受け入れてしまうのではないだろうか。世界が滅ばない限りは。

 まあ俺も、ビール工場さえ無事ならそれでいいかなとか思ってはいるが……。でも自分の住んでるところがヤられたら、そんなこと言ってらんねーよな……。


(続く)

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