ギガントマキア
今回参加したナンバーズの有志は、アベトモコ、三角、ナイン、それに名草梅乃と猪苗代湖南の計五名。東京があんな状況でなければ、もっと参加してくれたはずなのだが。
ナンバーズ以外の戦闘員は、俺、スジャータ、教皇、それに飛び入り参加のシュヴァルツのみ。キャサリンも能力者だと思われるのだが、いちおう非戦闘員ということになっている。
これで襲撃を凌ぎきれれば御の字。ダメならダメで仲良くあの世行きだ。
傀儡は米軍に任せて、俺たちは水妖とスクリーマーを相手にするとしよう。超越者とやらはしばらく放置だ。
こういった集団同士の衝突は、滅多にあることじゃない。例えば渋谷のスクランブル交差点で、道路を挟んだ向こう側の人間と、こちら側の人間、それらが一斉にぶつかり合うところを想像してみると……。あるいはこういう状況になるかもしれない。
四本足で獣のように駆けるスクリーマーと、滑るように並走するゼリー状の水妖たち。貴婦人の姿はない。ここへ来たのは下っ端だけだ。
水妖は精霊を直撃しないとダメージが通らない。俺の腕で仕留めるのは難しい。となると、俺のターゲットはスクリーマーになる。まだ距離はあるものの、俺はP226の狙いを定め、ゆっくりと撃った。
落ち着いてやればそこそこ当たる。こちらへダッシュしてきたスクリーマーは、射撃を受けたヤツから体勢を崩し、勢いよく地面を転がった。
ナンバーズも始動した。三角とシュヴァルツが同時に飛び立ち、スジャータも気配を消した。それぞれ得意な戦闘態勢に入った。
教皇は動かない。ただその場に座り込み、俺たちの行動を見つめている。
だが、いまはそれでいい。
敵の質は思ったより高くない。超越者が気まぐれを起こしたりしなければ、俺たちだけでもなんとか対処できそうだ。
トリガーを引くたび、スライドが動いて手首に反動が来た。船の中でも練習していただけあって、腕はあがっている気がする。いや、バリアのおかげで落ち着いていられるからか。
やがてホールドオープンしたので、マガジンを入れ替えた。
前線は、すでに敵味方の入り乱れての混戦状態となっていた。これでは誤射の危険がある。
シュヴァルツの鎌が手足を切り落とし、ナインが灰にし、トモコと梅乃がなんだか分からない術でスクリーマーたちを木っ端微塵にした。これなら遠吠えしている暇もなかろう。
先にスクリーマーが片付き、残るは水妖のみとなった。
こいつらは少々厄介だ。精霊をヤらない限り、何度でも復活する。体が透明だからターゲットは見えているのだが、いかんせん的が小さい。俺の腕ではそうそう当たるわけがない。
なので見ているだけだ。
ヘタに動くより、なにもしないほうがいいこともある。たぶん。
離れて観戦していると、みんなが桁外れに強いのが分かる。エーテルで飛行する妖精たちの機動力は言うまでもないが、スジャータの身のこなしなどはサーカスでも見ているかのようだ。攻撃面では、アベトモコと名草梅乃が圧倒していた。内部から精霊だけを破裂させている。
湖南がネクタイをゆるめながら、こちらへ歩いてきた。
「こうも混戦じゃ、銃の出番はありませんね」
ナンバーズ・イレヴン。役職は「なんちゃら長」ではなく「左衛士」。彼の能力は攻撃用ではないから、ブローニング・ハイパワーを携行している。
それはいいんだが、この男、ようやく俺と世間話してくれる気になったのか。前はロクに返事もしてくれなかったのに。
「猪苗代さん、かなり前で撃ちますね」
「そのほうが当たるんで」
「危なくないですか?」
「山野さんも見たでしょう? 僕、怪我してもすぐ治るんです。無痛症だし。傷つくのなんて怖くない」
まあヘッドショットされても生きてたのは引いたけどな。せめて頭を撃たれたときくらい死んだほうがいい。マナー違反だ。
俺は失礼を承知でこう尋ねた。
「死なないの?」
「いえ、死ぬと思います。特に、頭を撃たれたら。けど、前回は運がよかったみたいですね。黒羽先生の話では、毒でも死ぬそうです」
「そ、そう……」
なんだろう、この無機物みたいな印象。死をなんとも思っていないロボットみたいな感じだ。
湖南はしかし、今回はなぜか饒舌だった。
「この能力のせいで、昔はかなりイヤな思いをしたんです。みんなに気味悪がられて、学校にも行けなくなって。けど、この業界に来てよかった。誰も僕を遠ざけたりしない。それどころか、仲間として受け入れてくれる。山野さんも、僕たちと同類なんですよね? ちょっと安心しました」
なるほど。以前は俺が「同類」じゃないと思ったから、あんなに冷たかったのか。まあ、イヤな思い出があるんじゃ仕方ないな。
しかしこの男、すべての人類が「同類」だということをまだ知らないのか。いや、教えてやるべきではないのかもしれない。いまさら彼らと「同類」だなんて思いたくもないだろうし。
やがて水妖は片付いたが、米軍の迎撃する傀儡はまるで数を減らしていなかった。
彼らは顔に奇抜なペイントをし、謎のダンスを踊りながら槍で突いてくる危ない集団だった。しかも死んでも死んでも地面から生えてくる。こんなの怖すぎる。
米軍は戦線をさげ、ほぼドーム付近まで撤退していた。そのままコンクリ舗装されたエリアまで退くべきだな。
「加勢したほうがいいのでは?」
名草梅乃の提案に、ナインは首をかしげた。
「行ってもいいが、あそこは弾丸が飛び交っているからな。誤射されるのは面白くない。それに、前線をウロチョロされたら彼らも撃ちづらいだろう」
軍の用兵はシステムであり、いわばマニュアル対応である。マニュアルに記載されていないイレギュラーは存在しないほうがいい。
銃を持ってる俺や湖南なら加勢してもいいが、それでも射程の短い拳銃では邪魔になるだろう。ああいう部隊は、一律の武装で一斉に動くから強いのだ。
などと余裕をカマしていると、突如、ぐわんと大きな横揺れが来た。
ウソだろ?
これって地震だよな?
どう考えても最悪の事態が起きた。それも、なんらの前触れもナシに。水妖もスクリーマーも一匹残らず追い払ったのに。つまりは完璧な仕事をしたのに、だ。
慌てて振り向くと、しかしザ・ワンの檻は破壊されてはいなかった。あの巨大な肉塊は、相変わらずぐったりしたままチューブにつながれている。
では、この揺れはいったい誰が……。
傀儡もピタリと足を止め、兵士たちも不安そうにキョロキョロし出した。もしかすると、ただの地震だったのかもしれない。
しかし二度目の揺れが来た。
これは大地が揺れてるんじゃない。大気が、あたかも巨大な波のように大きく揺らぎ、そして揺り戻したのだ。つまりは風、ということになるのか。
いままでずっとぼんやりしていた教皇が、ハッとして立ち上がった。
なにかが来る。
もしかすると、とんでもなくデカいのが……。
超越者たちの眼球がギョロリと動いた。その視線の先、傀儡たちのさらに遠方から、蜃気楼のような巨人が姿を現した。長野と同じ五メートル前後の女だ。輪郭のハッキリしないその姿は、湖の貴婦人に似ている。霧をまとい、浮遊しながらゆっくりとこちらへ接近してくる。
「あれはなんだ?」
ナインの問いに、三角は小首をかしげた。
「おそらくはシルフでしょう。実際に見るのは初めてですが」
「それで? どうやって戦えばいいんだ?」
「妖精というのは、精霊を叩けばなんとかなるものでは?」
皮肉な話だが、シンプルでいい。
シルフがドームへ近づくにつれ、通り道にいた傀儡が風圧で吹き飛ばされた。見た目からは分からないが、彼女の周囲には暴風が吹き荒れているようだ。
教皇がエーテルを噴き、一気に飛びかかった。が、磁石で反発されたように、ぐんと横に逸れた。これでは近寄ることさえできない。
俺の拳銃弾でも当たるかどうか……。
遠方に控えていたキャサリンが意気揚々とやって来た。
「ついに出番ってわけね」
モデルのごとき見事なウォーキングだ。やけに自信満々だが、なにか必殺技でもあるのか?
俺はつい顔をしかめた。
「あのー、キャサリンさん、危ないんでさがっててもらえませんか?」
「おだまり。ヘパイストスを出すって言ってんのよ。あなたバカなの? アホなの? トンマなの? 私が戦うわけないでしょ? 死んじゃうでしょ?」
「サーセン……」
いいアイデアだ。いま使わずにいつ使うんだって話だな。
さいわい、シルフは標的を教皇に定めている。囮ってのはデカけりゃデカいほどいい。せめて足止めには役立ってくれ。
傀儡が撤退を開始し、米兵もドームへ引き返してきた。
ここからは巨人同士のシングルマッチだ。小さな俺たちは、バックアップに回るとしよう。
あくまで目視した限りでは、シルフの風圧が及ぶのはほんの数メートルの範囲。一方、ヘパイストスの射程は約百メートル。問題なくアウトレンジから仕掛けられる。
いやはや、科学の力というのは素晴らしい。ちょっとした困難なら簡単に克服できてしまうんだから。もしいま神話のような異形が地上に現れても、ある程度なら撃退できるだろう。
逆に考えると、科学が発達していなかったころの人類は、こういう生物に一方的にやられまくってきたのだろう。剣か弓くらいしか武器もなかっただろうしな。いや、そのころは人類にも能力が備わっていたんだっけ。なんでパッタリなくなっちまったんだろうな。
技術者が台車を押してやってきて、ヘパイストスにバッテリーを接続した。
「チャージまで約三十秒。連続照射時間は二分半です」
技術者はそう説明した。
三十秒か……。シルフはけっこう近づいているが、間に合うだろうか。いまは教皇が注意をひきつけているが……。それに拘束可能なのが二分半となると、火力にも不安が残る。
そもそも、あのシルフとかいうのは殺してしまって平気なのだろうか。絶滅危惧種にしか見えないんだが。
いや、いまさらだ。彼女たちがここへ来たのは、ザ・ワンが助けを求めているからだ。そしてなぜザ・ワンが苦しんでいるのかというと、米軍が拘束しているからだ。原因は人間。自分たちで乗り込んで原因を作っておきながら、いまさら慈悲をかけるなど、あまりに身勝手だ。
心苦しいが、人間が乗り込んで来た土地は、だいたいこうなると考えるしかない。逆に、巨人が地上へ出てきた場合でも同じだ。衝突は避けられない。
エンジェル少佐がやってきた。
「それを使うのですか?」
首から双眼鏡までさげている。興味津々ってところだな。
キャサリンは、しかし成人女性にあるまじき顔になった。
「なぁーにが『それを使うのですか』よ。どうせ知ってたくせに」
「隠すつもりはありませんよ。もちろん知っていました。ただ、今回は出番がないものとばかり」
「どうせ盗撮してたんなら、米軍もこれを使えばよかったのよ。研究のためとはいえ神に麻酔を使うだなんて、品性を疑うわ」
「コストの問題ですよ。なにより、アンチ・エーテル技術の研究者はすべて機構にとられてしまいましたから。研究のための被検体さえもね」
機構はダージャーをはじめ、若葉と黒羽亜弥呼さえ囲っていた。そして被検体の俺さえも。米軍は図面を手に入れることはできたかもしれないが、実際に作って運用するまでには至らなかったというわけだ。コスト……つまりは金の問題で。
ふと、技術者が顔をあげた。
「チャージ完了しました。これより照射開始します」
さあ、いよいよだ。
若葉が徹夜でおかしくなりながらつくった最高傑作だ。人類の英知を見せつけてやるがいい。
ヘパイストスの砲身が、キュイーンと甲高い音を立てた。
かと思うと、硬質な青い光が一直線に伸びた。近くにいるだけで、内臓にぞわぞわくる。
ビームはシルフに直撃。彼女を包んでいた霧は文字通り「霧散」し、シルフ自身も飛行能力を失って大地へ墜落した。五メートルの巨体が、だーんと派手な音を立てながら土砂をぶちまけた。霧の巨人はなにが起きたのか理解できない様子で、ほんの少し上体を起こしたきり、呆然と地べたを見つめていた。
が、なにが起きたのかは分からずとも、誰がやったのかは明白である。彼女の身体へ、いまなお光が照射されている。それを操作しているのは技術者だ。
俺はビームに触れないよう注意しつつ、技術者の前に立った。一撃くらいなら盾になれる。攻撃で役に立てない以上、こっちで働くしかない。
いまヘパイストスを破壊されたら、技術者の命や若葉の奮闘がムダになるだけでなく、こいつのためにさんざん体をいじくられた俺の苦労がムダになる。一円にもならないのに協力して来たんだぞ。ビールさえ飲めないのにな。俺の気持ちも考えてくれ!
だが捨てる神あれば拾う神ありだ。
動き出そうとしたシルフを、背後から教皇が拘束した。それでもシルフが強引に立ち上がろうとすると、教皇は相手のかかとを足で払いながら大地へ引き倒した。レスリングだか柔術だかで見るような技だ。意外と格闘センスがある。
だが次の瞬間、凄まじい暴風が巻き起こり、教皇が放物線を描いて吹き飛ばされた。のみならず、ついでに巻き上げられた土砂がこちらへも飛散。拳ほどの大きさの土くれが、雨あられと降ってくる。
ていうかこれ、ヤバいんじゃないの?
「ヘパイストス、残量ゼロです!」
「ではバッテリーを交換して、次の準備をお願い」
キャサリンは冷静に、技術者へ指示を出した。
バッテリーは全部で三台。そのうちの二台をここで使うとなると、今回はザ・ワンをあきらめざるをえなくなる。
いや、ここでケチればすべてが無に帰す。現実的なプランを考えれば、いまはシルフの対処に全力を尽くすべきだろう。
だがシルフはドームのすぐそこまで迫っていた。三十秒も持つのか。
かと思うと、また空気が大きく揺らいだ。本当に、波に揺すられているかのような圧力だ。俺たちは前後にふらついた。
仕掛けたのは、しかしシルフではなかった。彼女の足元にはトモコと梅乃が並んでいる。人間の背丈でも巨人の膝くらいはあるはずなのだが、シルフが飛んでいるせいでふたりはずいぶん小さく見えた。彼女たちはひるむことなく印を結び、シルフを術で押し返していた。
そうだ。人間にも力はある。それを証明しなければ。
「チャージ完了! 照射を開始します!」
甲高い音がして、ふたたび内臓がざわついた。できるだけビーム状にしているとはいえ、発生したアンチ・エーテルは少し拡散しているのかもしれない。いくら理論が完成したとはいえ、モノ自体は急造品だ。
イージスを無効化するわけじゃないんだから、もっと別の方法でもいいような気がするが。まあ、ほかに適当な手段があるわけでもないしな。役に立つなら使ったほうがいい。
シルフが墜落し、コンクリに叩きつけられた。受け身もとれずに落下したようで、激痛に身を震わせ、ちぢこまった。
これまで生きてきて、一度たりとも落とされたことがないんだろう。あの巨体でコンクリに落ちて無事で済むわけがない。
上空から、教皇がふわりと舞い降りた。
シルフの背後から髪を鷲掴みにし、力任せに仰向けにした。表情はにこやかだが、えげつない戦い方をする。
それから、馬乗りになった。
まさかバーリトゥードばりのマウントパンチでぶち殺したりしないよな……。
などと懸念していると、教皇は繊細な手つきで、シルフの豊かな胸元をまさぐりだした。
これは違う意味でマズいのでは。いくら巨人とはいえ、裸の女性同士で……。
かと思うと、教皇は体重をかけ、アバラの飛び出すのも構わず手を突っ込んだ。その表情は、いまだ微笑。一方、シルフは風切音のような悲鳴をあげ、激痛に身をのけぞらせた。
教皇は、バキバキベチョリと気味の悪い音を立てながら好き放題に内臓をかき回し、やがてわしづかみで精霊を引きずり出した。
燦然と青く輝く精霊が、闇夜に高々と掲げられた。
それは鮮血にまみれていたものの、しかし真冬に浮かぶ冴えた月のような、息を呑む美しさだった。
超越者たちも目を細め、その光景に見とれている。のみならず、瀕死のシルフでさえうつろな瞳で臓器を見つめていた。
教皇は精霊を両手に抱え、うやうやしく口元へ寄せた。そっと口づけをした瞬間、光が満ちた。
精霊は細かい粒子となってホタルのように闇夜へ舞い散り、この世界を淡く照らし、そして溶けるように消え去った。
シルフは死んだ。
超越者たちもこれには満足したのだろう。星々のように浮いていた眼球は、ひとつずつ目をつむり、闇と消えた。
おそらくは乗り切った。
だが終わりじゃない。次は、人間同士の争いが待っている。
(続く)




