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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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コンタクト

 ドーム内の休憩所とやらに案内された俺は、キャサリンに状況を説明することにした。米軍に盗聴されている可能性もあるが、まあよかろう。

 こちらの話を聞いたキャサリンは、壁に背をあずけ、魂の抜けたような顔で天井を見上げた。

「もしそれが事実なら、かなり危険ね。けどプシケ、あなたはなにも感じなかったの?」

 彼女は責めるような目で三角を見た。

 が、その三角は無表情だ。

「当然、皆さんにも聞こえているものかと」

 これだよ。

 まあ「できるヤツ」ってのは「できないヤツ」のことをしばしば忘れるからな。アベトモコがいてくれて助かった。

 キャサリンは深い溜め息をつき、くりくり髪を手でわしわしとかき回した。

「手遅れになる前に、ザ・ワンをなんとかする必要があるわね。ただし許可を取るにしろ強行するにしろ、麻酔で瀕死になった状態での儀式はできない。今回は、万全の状態でやりたいの」

 ナインが肩をすくめた。

「では米軍と協力して応戦するしかないな」

「きっと協力してくれるでしょうね。いえ、ここの主導権を握っているのは彼らだから、協力するのは私たちのほうになるのかしら」

 だが俺にはひとつの案があった。きっと誰も乗ってこないだろうけど。

 キャサリンが不審そうな目を向けてきた。

「ちょっと山野さん、ニヤニヤしてる暇があるなら意見を出しなさいよ。どうせなにか思いついたんでしょ? クソみたいな提案をねっ!」

 ご要望とあらば答えてしんぜよう。

 俺はパイプ椅子の背もたれにのけぞり、こう応じた。

「もし戦力が足りないようなら、教皇を巨人にして応戦するという手もありますよ」

「はっ?」

「うまくいきゃ米軍だって蹴散らせるんじゃないですか? ついでにこっちも全滅する可能性があるけど」

「あなた、まさか酔っ払ってるの?」

「酒もないのに酔えるわけないでしょ」

 わざわざ台車に乗せて干物を運搬して来たんだ。使わない手はない。

 ナインがネクタイへ手をやった。

「それで? 触媒はどうするんだ?」

 どっかで妖精でもつかまえてきて、ワームにするしかないな。あるいはここの地下に潜って妖精文書を取ってくるか。

 地面から、ざばと黒い影が現れた。

「必要ならこれがあるよ」

 シュヴァルツだ。妖精文書を手にしている。

 よくできた妹だ。褒めてやろう。

 三角が目を細めた。

「いたのですか。気づきませんでしたよ」

「姉さんが私を侮辱するのは挨拶のつもりなの? けど怒らないであげる。あの米軍とかいうのを始末するんでしょ? 私も協力してあげる」

 テーブルに妖精文書を放り投げ、そして彼女はスジャータへ向き直った。

「これもあげる。下で見つけたんだ」

 それは木彫りの鷹であった。

 スジャータはそれを受け取った途端、胸元に抱きしめた。仲間の遺品なのかもしれない。見つかってよかった。

 しかし感傷にひたっている時間はない。

 トモコが眉をひそめた。

「波はかなりのスピードで近づいてきています。あまり時間がありません」

 決断が遅れれば、他界から人類が一掃されることになるだろう。

 キャサリンはひとつ呼吸をし、力強くうなずいた。

「分かったわ。教皇を復活させましょう。私は少佐に話をつけてくるわ。くれぐれもヘパイストスだけは壊されないように。スペアなんてないんだから」


 *


 淡く光る花々の上へ、そっと教皇のミイラが置かれた。干からびてほとんど骸骨のようだが、綺麗な麻布と宝飾品で飾られており、機構における扱いの特別さがよく分かった。

 手前には妖精文書。

 三角プシケとトモコがそれぞれの位置にスタンバイした。

 事前に少佐へ通達し、米軍の介入は排してある。儀式の最中、汚い四文字の言葉を連呼されても困るからな。

 ポッドを使った科学的な実験とは異なり、今度はまさしく儀式らしい雰囲気だった。

 ここには風がない。ゆえに花さえ揺れない。ただ静謐があるばかりだ。

 アベトモコは妖精文書に手をかざし、目を伏せた。ふっとエネルギーの放出。妖精文書からエーテルが噴出し、宙空へ注ぎ込んだ。それは球体の海となり、みるみる膨張した。前に見たのとは比較にならない成長速度だ。巨大な海が、トモコの頭上に浮かび上がった。

 あまりのエネルギーの放出に、花々も千切れんばかりに揺れた。

 三角も目を伏せて両手をかざし、背面からまじりっ気のないクリアなエーテルを噴いた。氷の彫刻を彷彿とさせる美しい翼だ。

 その両手からも光が放出された。矢のように飛翔したエーテルは海を貫通し、弧を描いて教皇の身体へ。

 エネルギーの照射を受けた教皇は、しかし無反応だった。あるいはミシリミシリと嫌な音を立て、その身を軋ませた。さすがにここまで乾燥していては、復活は難しかったか。粉々に砕け散ってしまわなければいいけど。

 などと心配していると、バキリという派手な音とともに、教皇の体が半分に割れた。割れたが、その中心にはひときわ輝く青いものが備わっていた。

 精霊だ――。

 周辺の花々が枯れ果て、その代わり、精霊がいびつにひしゃげながら肉体を得た。それは人の形となって徐々に巨大化し、その場に尻もちをつく。

 長い髪を持つ、美しい巨人だった。長野で見たゴツい巨人とは違い、ほっそりとしたスマートな巨人だ。というより、まだ幼い少女のようにも見える。長野のより一回り小さい。

 三角はエーテルを噴いて飛び上がり、少女の周辺を飛び回った。少女はその姿を見てにこりと微笑。

 共感能力だ。妖精同士に言葉はいらない。テレパシーで意思疎通する。その代わり、痛みも哀しみも強制的に共有することになるから、お互いにただの他人ではいられなくなる。

 ともあれ、この巨人がコントロール不能でないのならよかった。

 少佐と交渉していたキャサリンが戻ってきた。

「ウソでしょ? ホントに成功したの?」

 三角が、ふわりと大地へ降り立った。

「彼女は私たちに協力してくれるそうです。その代わり、ザ・ワンも助けたいと」

「もちろんそのつもりよ。そのためには米軍をどうにかしないといけないわね。けど待って。いま彼らと争うことはできないわ。ヤバいヤツを始末してから。いい?」

「……」

 三角が見上げると、教皇はにこりと穏やかにほほえんだ。

「正確に伝わったかは不明ですが、彼女は承認したようです」

「ぜひとも正確に伝わってて欲しいわね。それにしても、あなたがいて助かったわ、プシケ。感情だけで会話するなんて、私たちにはムリだもの」

 これに三角は無表情のまま、はるかかなたを見つめた。

「やはり人類に代わって、私たちが地球を支配すべきですね」

 それは飛躍しすぎだからな。

 ナインも遠方へ目をやった。

「それで? 波とやらはいつ到達するんだ?」

 作業を終えたばかりのトモコは、しかし疲弊した様子もなく応じた。

「だいぶ近いですね。そろそろ来ます」

 そろそろ来ますと言われても、まだなにも来ていない。

 しかしそのとき、かすかに音がした。ぞろぞろと近づいてくる足音のような、集団の移動する音だ。忍び寄ろうとか、足音に気をつけようとか、そういう配慮がまったく感じられない。むしろ、わざと大地を踏みつけながら移動しているようですらある。

 ナインが目を細めた。

「あれは傀儡くぐつか? 厄介だな。やるならコンクリの上で戦ったほうがいい」

「なんなんです?」

 俺の疑問に、ナインは顔をしかめた。

「土蜘蛛のようなものさ。彼らのほとんどはダミーだ。本体を倒さない限り、いくらでも復活する」

 彼らは陽気に踊りながら近づいてきているらしく、移動がのろかった。けっこうなスピードで近づいてきてるはずじゃなかったのか。

 アベトモコが小さく溜め息をついた。

「向こうからも来ています。水妖にスクリーマー、それに未知の気配も」

 盛大な歓迎だな。

 俺たちに勝算はあるのか。

 トモコはしかし口をへの字にした。

「水妖とスクリーマーは、互いに交戦していますね。縄張り争いでもしているのでしょうか」

 しょせんは烏合の衆ってことか。知能の低さに助けられたな。

 米軍の動きも慌ただしくなってきた。

「コンタァクト!」

「ファイア! ファイア!」

 俺でも聞き取れそうな英語を叫び、発砲を開始した。アサルトライフルの乾いた射撃音が、まるで爆竹の連発のように響き渡った。

「フラー!」

「ヒーハー!」

 血の気の多そうな兵士たちは、かなりのハイテンションでトリガーを引いた。こいつらは素面なんだろうか。まあ物量だけはあるんだろうし、好きなだけ撃っていただいて構わないが。

 三角が、不快そうに小さくうめいた。

「まさか未知の気配というのは、超越者のことでは……」

 彼女にしては珍しく、動揺している。

 超越者? いったいどんなヤツなんだろうな。名前だけは凄そうだが。

 シュヴァルツが嘲笑気味に顔をしかめた。

「姉さん、またその話? いつもいつも、いもしない亡霊の気配に怯えて……。なんなのそいつ? いちどだって姿を現したことないじゃない」

「不具のあなたには理解できないでしょう。しかしいるのです。精霊が震える……」

「また私を侮辱する気? いるって言うなら見せてみてよ? そしたら信じてあげるから」

 だがそいつは、いた。

 まぶたを開くように暗闇をこじ開け、巨大な眼球でこちらを覗き込んでいたのだ。ひとつではない。空一面に、無数の眼球が浮かびあがった。

 言葉を失った。

 米軍も、誰からともなく射撃をやめた。

 傀儡も踊りをやめた。

 見られていた。

 距離が分からないから正確な大きさは分からないが、俺には満月のように見えた。ともかく、そいつらは星々のように散らばっていた。なにかを語りかけてくることもなく、ただ眼球だけをギョロリと動かし、ときにまばたきをしながら。

 機構の崇める神が、ただの巨人であることはすでに分かっていた。しかしこの超越者とやらは、もしかすると本当に神なのかもしれない。これまで遭遇してきたどの生物とも違う。

 いや、眼球だけが異様に発達した生物という可能性もあるにはあるが……。

「ファッキンダーイ!」

 視線に耐えきれなくなった兵士のひとりが絶叫し、空へ向けてトリガーを引いた。フルオートだ。はじめこそ弾を無駄にするだけだったものの、やがて眼球のひとつを蜂の巣にした。

 銃撃を受けた眼球は出血し、痛そうにまぶたを閉じた。そうなってしまえばただの虚空だ。ふたたび目が開かない限りは。

 誰もが緊張したまま空を見つめた。また目が現れるかもしれない。

 が、数秒経ってもそこに目は現れなかった。

 ウオーと歓声が上がった。指笛を鳴らしているものもいる。もしかすると、戦えば勝てる相手なのかもしれない。

 が、ぬか喜びだった。

 すべての眼球が、同時にその兵士を凝視した。かと思うと、彼の内側から爆ぜるように海が広がり、すぐさま消滅。あとには小さなクレーターだけが残り、兵士は跡形もなく消え去っていた。

「オーマイガ! オーマイガ!」

「ガッデム!」

「サノバ……」

 皆まで言うな。

 火力があるからと、警戒をおこたった結果だろう。無闇に攻撃を仕掛けるべきではなかった。なぜ彼らはザ・ワンの教訓を活かさないのだ。

 傀儡は進軍を再開し、水妖とスクリーマーが争いながら近づいてきた。

 なんとかこいつらを止めなくては。ザ・ワンの檻に近づかれでもしたら、なにが起きるか分かったもんじゃない。


(続く)

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