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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
6/70

はじめての出頭

 二十一時五十八分。

 都内某所、検非違使庁舎。


 見上げると、首が折れそうなほど高いビルだ。高いだけでなく、まるまると太い。上空から見るとドーナツ状になっているらしい。

 がらんとした巨大なエントランスは、ひとけがないせいかやけに寂しかった。

 定時はとっくに過ぎているから、歩いている職員の姿もない。俺たちのほかには、ひっそりと立っている警備員だけ。銃は所持していない。

「じゃあ俺、先生にこいつ渡してきます」

 デカブツはそう告げ、一人でどこかへ消えた。

 「こいつ」というのは、バッグに入った妖精のことだ。

 青白い男と義足の女、そして俺たち三人は、揃ってエレベーターに乗った。


 これはある意味、警察署に出頭しているようなものだ。

 検非違使は合法的な組織じゃないから、その気になれば取り調べという名の拷問もやるかもしれない。痛い目に合うくらいなら、なんでも喋るけどな。


 何階かは分からないが、とにかく上へ来た。

 青白い男の案内で長い廊下を前進。誰も一言も発しない上、すれ違う人間もいないから、俺たちの靴音だけがやけに響いた。

 男はあるドアの前で足を止めた。

「ボス、連れてきました」

「入ってくれ」

 野太い声が返ってきた。

 通されたのは、なんらの変哲もないミーティングルーム。ホワイトボードに長机、キャスターのついた椅子、そして申し訳程度の観葉植物。

 だが待ち受けていた男が普通じゃなかった。

 袖も通さず検非違使のコートを羽織った、筋骨隆々のプロレスラーのような男だ。というか実際、プロレスラーなのかもしれない。なぜか虎のマスクをかぶっている。

「よく来たな、好きな場所に座ってくれ。俺は川崎源三。課長をしている」

「……」

 だが面食らっているのは俺だけで、みんな特に動じた様子もなかった。

 平気なのか、この状況で。なんかのギャグってことはないよな。それとも笑ったヤツから殺される罰ゲームなのか。

 ナインも三郎も遠慮なく着席したので、俺も流れで腰をおろした。

 青白い男と義足の女は、俺たちの対面に座った。

「それで、だ。組合員の諸君、なぜあのタイミングで、あの場にいたんだ? 機構の動きを先読みしたのか? それとも俺たちの動きを読んだか?」

 は?

 こっちはまるっきり無計画なんだが?

 少なくとも俺の認識では、だけど。

 反論したのは首謀者のナインだ。

「深読みしすぎだよ。俺たちは、俺たちの都合であの場に行ったんだ。妙な勘ぐりはやめていただきたい」

「いいか、ここのところ職員の残業が多すぎると、上から文句を言われてるんだ。みんなを早く返したい。つまらん言葉遊びはやめて、本当のことを言え」

 源三はにこりともせずクソみたいな主張をした。だったらこんな時間に呼ぶなと言いたい。

 ナインは肩をすくめた。

「事実なんだから仕方がないさ」

「となると、先にお前たちの計画があって、それを察知した機構が動き出したってことになるが?」

「それは俺ではなく、機構に聞くべきだな」

「意図して計画を流したりしてないよな?」

「まさか」

 普通、「お前がやったのか」と聞かれて、素直に「やりました」なんて言うヤツはいない。いやいるが、言うとしたら、言わされたときだけだろう。この議論は不毛だ。

 青白い男が言った。

「ただまぁ、目的は果たしたと見るべきでしょう。ナンバーズは、機構に妖精を渡したくなかった」

 これに源三は腕組みし、鼻息を噴いた。

「そういうことになるな。うちにある限り、機構は手を出せん。それに、ここにはナンバーズの内通者もいる。その気になれば、うちの施設を使ってあの妖精のデータを取ることもできる」

 ナインがふっと笑った。

「ここが安全だというのは認めるよ。それでいいじゃないか。君たちは妖精を得る、俺たちはその安全性に満足する。これ以上、なにか確認すべき事実があるのか?」

「意図が不明のままだ」

「腹の探り合いをするなら、日を改めて欲しいね。この時間、本来なら俺はビールを飲んでるはずなんだから」

「馬鹿野郎、それはこっちも同じだ。俺がビールも飲めず職場にいるのは、お前のせいなんだからな。自分だけ被害者みたいなツラをするな」

「ほら、誰も得しない話だ」

 同感だ。とっとと解散すべきだよ。

 ここにはビールがない。

 それが一番の問題だというのは、お互いの共通認識じゃないか。

 源三は渋い笑みを浮かべ、なかばあきれたように告げた。

「ま、この件に関しては、今後もしつこく調査させてもらう。間違っても機構と手を組むようなマネはするなよ」

「冗談はよしてくれ。あんなカルトと手を組むくらいなら、ハバキと仲良くしたほうがマシだ」

「それもやめろ」

 どうでもいいから仲良くしろ。

 そしてとっとと解放してくれ。


 *


 かくして俺の希望通り、検非違使との不毛な皮肉合戦は終わり、ニューオーダーでの打ち上げとなった。

 依頼主のナインは、目的が達成されたからと、気前よく二百万ずつよこしてくれた。いやー、俺はね、もちろん信じてましたよ。このナンバーズ・ナインって人はずば抜けた人格者だって。

「けどいいんですか? あの妖精、結局、検非違使に没収されちゃいましたけど」

 勢い良く飲み始めたせいか、俺はまた話を蒸し返していた。

 ナインはそれでも嫌な顔一つしない。

「問題ない。あのまま研究所においておけば、いずれ機構の手に落ちていただろうからな」

「機構って、あの黒服の連中のことですよね? 何者なんです?」

「海外のカルト教団だよ。正式名称は『世界管理機構』。妖精を使って、神を復活させようとしている」

「神!?」

 俺は思わず、ぽかーんと口を開けてしまった。

 いくら酔っていても、これがなにを意味するのかは分かる。いや分からないが。バカげてるってことくらいは分かる。

 ナインは苦い笑みになった。

「そんな顔をするもんじゃない。これは根拠のない話じゃないんだ」

「えっ?」

「連中の伝承によれば、条件さえそろえば神が復活するらしいからな。あの妖精はそのキーの一つなんだ」

「伝承って言っても、どうせカルトの言ってることなんでしょう?」

「まあそうだな。しかしこの世界には、かつては神もいれば、魔法だって溢れていた。それが失われたのは、すべてが闇に葬り去られたからだ」

 鼻からビールが出そうになった。

 よく真顔でこんなジョークが言える。

「勘弁してくださいよ。もう二十一世紀ですよ?」

「弾丸を灰に変えたり、風を操ったりするような存在が、いま君の目の前にいるんだ。魔法だってあるだろう」

「……」

 ありそう!

 いや待て。おかしいだろ。酔ってるせいか。

 ナインはナッツを一粒齧り、ビールで流し込んだ。

「そういうものは、かつてこの世界にありふれていた。それがいまや、ほとんどお目にかかれない状態だ。神も妖怪も、どこかへ行ってしまったというわけだ」

「どこへ行ったんです?」

他界たかいさ」

「他界?」

 あの世ってことか?

 つまりは死んだってことか?

「異世界のようなものだな。しかし異世界というほど遠くはない。この世界に重なって、もう一つの世界がある。エネルギーの壁に阻まれてはいるがね。そのエネルギーを突破した先に、他界はある」

「いやいや、そんなことあるわけが……」

「信じる信じないは君の勝手さ。しかしそんなことのために、銃を手に乗り込んでくる連中がいて、高い金を払う連中がいる、ということくらいは、君にも理解できるだろう」

「はあ」

「まあ、君もすでに片足を突っ込んだようなものだ。すぐに無関係ではいられなくなる」

「……」

 マジかよ。関わりたくないんだけど。なんていうか……危ないじゃないか。

 ナインはふっと笑った。

「そんな顔をするな。もう始まってしまったんだ。この流れは止まらない。どんな人間でも、遠からず無関係ではいられなくなる。あとになって慌てるより、いまのうち慌てておいたほうがいいだろう」

「どういう意味です?」

「実際に神が復活するかどうかはともかく、この対立はすぐに激化する。ザ・ワン、プシケ、妖精文書ようせいもんじょ、そして四つの力……。いままで欠けていた要素が、すべて揃ってしまったんだからね。カルトだと思われていた機構が、じつは真実の担い手だった、なんて言い出すものまで出てきた。まあともかく人間というやつは、どんなに危険が絡んでいようと、利権が絡むとすぐさまビジネスを始める。今回も同じさ。神を使った利権争いが始まるんだ。組合にとっては稼ぎ時だろう」

 稼ぎ時かもしれないが、その仕事で死んでりゃ世話ない。

 しかし神でビジネスとはね……。

 まあ確かに、そういうのは世界中にありふれているし、もっとデカいのが来てもおかしくはないが。

 するといままで黙って飲んでいた六原三郎が、ダンと空のグラスを置いた。

「おい、俺は小学校中退なんだ。もっと簡単な話にしてくれ。ついていけんぞ」

 え、中学校行ってないの?

 義務教育はどうしたんだ……。いや分かってる。「教育の義務」なるものは、子供に課されるものではなく、大人に課されるものだということを。しかしそれを考慮しても、いったいどういう環境で育ったんだ。

 一族を殺されたみたいなことを、前に言っていた気はするが。

 ナインが肩をすくめた。

「その調子でいられては困るな、友人よ。君はこの件に深く関わってる。そろそろ理解してくれないと」

「友人じゃない。姉貴にやらせろ」

「君の一族は、もう君とお姉さんしか残っていないんだ。もっと真剣に考えて欲しいな」

「は? 死んだらクローンでもなんでも勝手に作ればいいだろ。なにが神だよ、くだらねぇ。俺を巻き込むな」

 三郎もガッツリ関係している話らしい。

 となると、俺も無関係ではいられなくなる。互いに大事なビジネスパートナーだからな。

 俺はビールをごくごくやって、グラスを空けた。

「ま、この話はいったんここまでにしましょう。せっかく仕事が終わったんだ。なにも考えずに飲みたいでしょう。六原くんも空のようだな。一杯おごろう。同じのでいいか?」

「ああ」


 まあ、おごるというのは口実で、ただ話を仕切り直したかっただけだけど。

 俺はカウンターに二千円を放り、ビールを二つオーダーした。マスターは裏に回って準備を始めた。

 こうなると、話し相手もなく、しばらく一人で待つことになる。

 ただし俺は、どんなに酔っていても店内を見回したりしない。もしキラーズ・オーケストラの連中と目を合わせたりしたら気分が悪いからな。

「景気がいいみたいね」

 背後から声をかけられた。

 たまにキラーズの連中から軽口を浴びせられるが、今日は違った。女の声だ。

 例の美人が、俺のすぐ隣に来た。またぴっちりとしたライダースーツを着ている。彼女がカウンターに寄りかかると、大きな胸がそこに乗った。

「仕事がうまくいってね」

 俺は可能な限り冷静をよそおい、そう応じた。

 彼女はエメラルドグリーンの瞳でこちらを覗き込み、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「それは羨ましい。私はペギー。最近ここに来たばかりなの」

「どうりで見ない顔だと思った。俺は山野栄。日本語、上手だね」

「ええ、まあ。日本で育ったようなものだから。みんな驚くけど」

「これは失礼」

 つい見た目で判断してしまった。

 日本人らしいツラをした日本人だけが日本語を話すなんて見識は、もう捨てたほうがよさそうだ。

 彼女は、それでも爽やかな笑みを浮かべた。

「気にしないで。慣れてるし。それにお互いのことは、これから知ればいいわけだし」

「こ、これからね」

 おっと声が上ずってしまった。

 お互いのことを、これから知る……。そうする気が、彼女にはあるのか? いやまいったな……。俺は構わないけど。

「なにか困ったことがあったら、相談してもいいかな? 始めたばかりで、まだ勝手が分からなくて」

「俺でよければ」

「よかった。ここの人たち、みんなピリピリしてて話しかけづらかったんだ。そのときはお願いね、山野さん」

「オーケー」

 なんでも教えてやるぜ。俺がどんな銃を持ってて、どんなプレイが好きなのかも、全部な。

 いまのところ一人プレイ専用だけど。

 クソ、しかし運が向いてきたぜ。捨てる神あれば拾う神ありだ。今日は最高にうまいビールが飲めそうだ。


(続く)

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