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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
58/70

感傷的な理由

 俺はイージスの実験から一時的に外れ、東京でアベトモコと会談することになった。

 場所は旧検非違使庁舎。いまとなっては警察庁の所有物だが。

 屋上のヘリポートまでは機構のヘリコプターで移動した。

 上から見ると、庁舎がドーナツ状なのがよく分かった。そしてその中心には、本日の会談場所でもある空中庭園。五つの渡り廊下に支えられた浮島のようなエリアだ。

 庭園はカフェテリアである。外周からはやや低い位置にあるものの、ビルの陰になるほどではなく、真夏の太陽が容赦なく差し込んでくる。微塵も節電する気のないエアコンのおかげで快適ではあったが、仮に停電にでもなったら蒸し殺されるだろう。


 俺は機構の人間になったつもりはないが、名目上、機構側としての出席となった。メインはキャサリン。暗殺者のスジャータも連れてきたが、彼女はボディーガードだ。会談には参加しない。

 ナンバーズからは、本日の主役アベトモコと、なぜか保護者面のナインが出た。

 そして場所を提供している警察の連中も立ち会った。

 警察に介入されるくらいなら、トモコとナインに船まで来てもらったほうがよかった気もするが。どちらか一方が不利にならないよう、第三者の用意した場所でやる必要があったのだろう。

「本日は、会談に応じてくださり心から感謝しますわ」

 タイトなスーツに身を包んだキャサリンが、カンペキな営業スマイルを見せた。こうしていると素敵な女性なんだが、口癖が「よっこらショック死」だもんな……。

 トモコが頭をさげている最中、ナインが口を開いた。

「なに、構わんよ。俺たちも、機構とは話をつけたいと思っていたからね」

 いや付き添いのクセにえらく上からだな。

 かと思うとナインは、演技じみた様子で俺へ懐疑的な眼差しを向けてきた。

「しかし意外だな。この重要な会談に一般の組合員が出てくるとは。いや、ナンバーズ・シックスの後見人だったかな」

 もうすぐただの自宅警備員になるから安心しろ。俺はいちいち反論したりしない。

 キャサリンも微笑のままだ。

「さっそくですが、本題に入らせていただきますわ。わたくしたちは、アベトモコさんの能力をとても高く評価しております。そこで、ぜひわたくしどものプロジェクトにご助力いただきたく思い、こうしてお願いにあがった次第でございます」

 四角いテーブルを挟み、俺とキャサリンが並び、対面にトモコとナインが並んだ。警察関係者は隣のテーブルでメモをとっている。

 トモコがなにか返事をしそうになったのを、ナインが手で制した。

「機構のプロジェクトというのは、具体的になんなんだ? ザ・ワンを神にするってことか? それで、うまく行ったらどうなるんだ? 俺たちになにかメリットがあるのか? いや、そもそも機構は、今回のことをどう捉えているんだ? 勝手に儀式なんかやったせいで、東京は大きな被害をこうむったんだぞ。責任を感じていないのか? いったいどのツラさげてお願いに来たんだ?」

「ちょっとナインさん、うるさい」

 笑顔のままであったが、キャサリンは青筋を立てていた。

 だがナインも退かない。乱れてもいないネクタイを整え、奮然と鼻息をふいた。

「ふん。人になにかを頼むなら、まず自分たちのミスを清算してからにして欲しいね」

「ザ・ワンが起きたのは、私たちのせいじゃないわ」

「いいや、君たちのせいだ。いずれ起きたかもしれないが、それが儀式のせいで早まったのは事実だろう」

「じゃあ放っておくっていうの? またこっちに戻ってくるわよ? アレは、自力でエネルギーの壁を超えるんだから。そんなことになったら、今度こそ大問題じゃない」

 この発言に、ナインはふっと笑った。

「ああ、大問題だな。その上、巨人になって戻ってきたらなお悪い。対処するのに、地形が変わるほどの火薬が必要になる。ベストな方法は、ザ・ワンのままふたたび眠らせ、地中深くに埋めることだ。そして今度こそ徹底的に管理する。その管理をするのは、やはりナンバーズが適任だろう」

 キャサリンに反論しつつ、警察へのアピールも忘れなかった。

 結局のところ、金の話なのだ。まあ、結論が分かっているだけ理解しやすい。

 キャサリンは肩をすくめ、椅子にふんぞり返った。

「クソみたいなこと言わないで頂戴。口を開けば管理管理って、ナンバーズはこれまでなにか管理らしいことをしてきたワケ? 手をくわえて起きるの待ってただけでしょう?」

「起きたあとの対処こそが管理なんだ。なのにアメリカからの外圧で検非違使が廃止され、そのタイミングでザ・ワンが他界へ行ってしまった。これでは管理のしようがない」

「スクリーマーの掃除でもしてれば?」

「それは管轄外だ」

 いまは自衛隊がその対応に当たっている。まあ実際、管轄外なんだろう。前回はスクリーマーなんて出てこなかったようだし、こんな事態は誰も想定していなかった。

 キャサリンは深い溜め息をついた。

「ともかく、アレをこのままにしておけないって点では同意してもらえるのよね?」

「もちろん。ただし例の儀式をさせるのは反対だ。被害が大きくなるだけだからな」

「ナインさんの意見は分かったわ。そろそろトモコさんの意見も聞きたいんだけど」

 ようやく本題に入れるのか。

 だがトモコが返事をしようと息を吸った瞬間、またナインが口を挟んだ。

「彼女も俺と同意見だ。発言を繰り返す必要はない」

 これにはキャサリンもブチギレた。

「ちょっとナインさん。さっきからなんなの? 妨害するつもりなら帰ってくれない?」

 バンバンとテーブルを叩き、じつに大人げない態度だ。

 一方、ナインは勝ち誇った表情でコーヒーをすすった。

「彼女はまだ未成年だぞ。政治的な判断をしいるのは酷だろう」

 俺もそう思うんだが……。

 キャサリンは紅茶をふーふーしてから一口やり、気持ちを落ち着けた。

「いいこと? これはただの式典セレモニーなのよ? 私たちがその気になれば、またアメリカから外圧をかけて、強制的に命じることもできる。それじゃあんまりだから、こうしてあなたたちの顔を立ててお願いしに来てあげてるの。いまのうちに首を縦に振っておいたほうがいいと思うけど?」

 ナインはコーヒーカップを持ったまま片眉を動かした。動揺からではない。ある種の余裕が見られる。

「はたしてアメリカは、いつまで機構の言うことを聞いてくれるのかな」

「どういう意味よ?」

「アメリカが欲しがっているのはイージスの力だ。どう考えても蛭子ひるこのままのほうが研究しやすい。なのに巨人になんてなられたら、予算の桁が跳ね上がることになる」

「うるさく言ってきたら、山野さんをアメリカに引き渡すわよ。そしたら彼らの研究もはかどるでしょ?」

 味方を売り飛ばすってのかよ。いや味方じゃないけど。

 ナインは鼻で笑った。

「山野くんか。まあそれもいいが……。彼は本当にイージスの能力者なのか? バリアを展開することは可能かもしれない。しかし攻撃には応用できないんだろう? それでも軍事に転用できれば素晴らしい技術かもしれないが。アメリカが欲しいのは、やはりザ・ワンの能力に違いあるまい。それをダメにするというのであれば、彼らも納得しないだろう」

 痛いところをついてくるな。

 じつは実験で、俺のバリアも攻撃に応用できることが判明してるんだけど。まあショボすぎてアメリカが欲しがるとは思えないレベルだな。

 キャサリンもふんと鼻を鳴らした。

「不毛な話はもうたくさん。山野さん、妹さんの話でもしてあげて。あとは感情論に訴えるしかないわ」

 いきなりこっちに来た。

「えっ? このタイミングで? つーかいいですよ。俺、そんなことしてまで話を通したいと思わないし」

 これにトモコが顔をあげた。

「妹さん? 山野さんの妹さんが、どうかしたのですか?」

 正義感のある若者にこの話をするのか。気が進まんな。

「じつは妹と姪が埼玉に住んでるんだけど……。いまあの辺危ないでしょ? だから、トモコさんが協力するよう説得できたら、妹たちを船に住まわせてくれるってこの人が言っててね。汚い話でしょ? 俺も一度はそれでやる気になったんだけど……。でも、どう考えてもこの話はおかしいんだよ。やるべきじゃない」

 するとキャサリンが身を乗り出した。

「姪っ子はまだ産まれたばかりなのよ? あのままあんなところにいたら危険だわ!」

 微塵も心配などしていないくせに、よくもこうゴリ押しできる。

 トモコは涙目になった。

「そんな……そんなのひどすぎますっ!」

 ナインはあきれて言葉を失っている。

 まあクソ茶番だな。

 俺はひらひらと手を振った。

「いやいや、いいの。この話は忘れて。俺だけが得する話でしょ? だいいち、こんな個人的なこと、取引の材料に使うべき話じゃないよ。妹は助かるかもしれないけど、神なんかがこっちに出てきたら、もっと多くの人が死ぬかもしれないぐふっ」

 キャサリンから肘打ちが来た。不意打ちゆえバリアも展開できず。

「ちょっとあなた、どっちの味方なの? 神が復活すれば、人類は救済されるのよ? 被害なんて出るわけないでしょう」

 これにはナインが顔をしかめた。

「その救済とかいういかにもな言葉、ここでは使わないで欲しいものだな。アレは神ではなく、ただの巨大生物だ。寝返りを打っただけで街を破壊する。そういう存在は、しかるべき組織によって適切に管理されるべきだ」

 カルト教団の信者に、あんなの神じゃないと言って通じるのか。

 キャサリンは勢いよく立ち上がった。

「ただの巨大生物だなんて、言われなくたって分かってんのよ! ただ、救済に関しては、あるとも言えないけど、ないとも言えないでしょ? アレが二本足で歩くところなんて、誰も見たことないんだし。けど、だからこそ試してみたいのよ。実際に神でないとしても、神話を解明する手がかりくらいにはなるかもしれないじゃない」

 かなりぶっちゃけたな。

 一般のメンバーはともかく、本部の人間ってのはこんなにドライなのか。

 ナインはしかし動じていない。

「そうは言っても、たしか機構の伝承によれば、救済の対象となるのは純粋な人間だけだったはず。はたして君は該当するのか?」

 キャサリンの回答は冷静だ。

「純粋な人間? そんなもの存在すると思ってるの? 人類は、みんな能力者なのよ。自覚がないだけでね。つまり、救済の対象になるのは全員よ。この地球上に生きる全員」

 以前、ダージャーもそんなことを言っていた気がする。この能力というヤツは、かつて人類が神話の時代を生きていたころの名残なんだろう。尻尾のようなものだ。

 トモコが身を乗り出した。

「いちど、やってみましょうか」

「えっ?」

 この間抜けな声は、三人から同時に出た。

 いや、隣のテーブルで話を聞いていた警察たちも、声をあげて驚いた。

 トモコの考えは読めない。

 彼女はナインへ向き直り、正面から見つめた。

「あの、べつに山野さんの妹さんを助けたいってだけで言ってるんじゃありません。もしザ・ワンが巨人になったら、もっと大きな被害が出るでしょうし。けど、このままじゃ機構の人たちも報われません。五百年以上も頑張ってきたのに、またダメになるなんて。一回くらい神さまの姿見せてあげましょうよ。ザ・ワンが他界にいるいまなら、被害も少ないですし。もし巨人になってもおとなしくできないようでしたら、私が止めますから」

 アベトモコは一人で四つの力を操り、ザ・ワンに匹敵する能力者なのだ。ただの十六歳の少女ではない。その彼女が全力を出すのだとしたら、この話も不可能ではないかもしれない。

 ナインはしばし目をパチクリさせ、ようやく口を開いた。

「それがどれだけ危険な行為なのか、分かって言っているのか?」

「覚悟の上です」

「死ぬかもしれないんだぞ?」

「はい」

「はいじゃない。君がそこまでする理由はなんだ? 機構が報われないから? そんな感傷的な理由でか?」

 ナインの疑問ももっともだ。

 機構が神を見たいというのは、言ってみれば自己満足だ。その自己満足に、たまたま金が絡んでいる。そのせいで信じられない数の犠牲が出た。東京が大ダメージを受けた。ペギーは人間を辞め、他界に軟禁された。俺だってウイルスと薬でムリヤリ能力に覚醒させられた。金に絡んだ殺しもあった。機構の教皇とやらがザ・ワンに手を付けなければ、それらは起きなかったはずだ。

 トモコの眼差しは真剣だった。

「もう終わりにしたいんです。ザ・ワンのことで、いっぱいの人が死にました。これからも、もっとひどいことが起きるかもしれません。私には、難しい話は分かりませんけど……。でも、どこかで一区切りつけないと、これがいつまでも続くんじゃないかって思うんです。機構の人たちも、いちど神さまを見たら満足するかもしれませんし……。私、これ以上、人の争う姿を見たくありません……」

 少女が立ち会うには、あまりに汚い世界だったかもしれない。いや、大人の俺から見ても汚い。エゴと金で人が死ぬ。そしてその金で酒を飲むヤツがいる。

 ナインはなにかを反論しかけたが、トモコの思い詰めた様子を見てぐっと飲み込んだ。

「君の気持ちはよく分かった。たしかに、俺たちは血を流しすぎたかもしれない。しかし機構が引けないのと同様、俺たちも引くことはできない。ナンバーズだって、はじめは迫害されていた異端の集まりだった。それが、ザ・ワンと戦ったことで、初めてその地位を認められたんだ。だからこの戦いは、俺たちの存在の証明でもある。そういう歴史を忘れるわけにはいかない」

「じゃあ……」

 トモコが涙目で弱い声をあげると、ナインはその肩に手を置いた。

「いや、君の意見を否定したいわけじゃない。ただ、難しい話だから、いちど持ち帰って検討したいと思うんだ。もし君が他界で戦うつもりなら、仲間が必要だろうからな。これは君だけの問題ではなく、俺たち全員の問題だ」

「えっ……」

 ナインは照れくさそうにネクタイに手をやった。

「そのためのナンバーズだろう、友人よ」

 このナンバーズという秘密結社に、俺は初めて好感を抱いた。

 彼女が戦うなら俺だってそうする。十六歳の少女にまっとうなことを言われてなにも返せないってのは、大人として恥ずかしいからな。

 こんなバカげた騒ぎ、一刻も早く終わりにしなくちゃいけない。どこかのクソ組織のクソ利権なんて知ったことか。神ってのは人を救済する存在なんだろう? そのわりには哀しむ人間が多すぎるじゃないか。ぜひともそのツラを拝んで、じかに主張を聞いてやらんとな。

 とはいえ、実際のところ、無垢な巨人をもてあそんでいるのは人間のほうなのだろう。彼らがみずからを神だと名乗ったわけじゃない。俺たちが勝手に神だと決めつけているだけだ。まるで群盲が象をなでるように。

 きょとんとしている棒立ちのキャサリンを座らせ、俺はこう言った。

「もし神と殺り合うなら俺も誘ってくださいよ。ちょっとした盾くらいにはなると思うんで」

 ナインがふっと笑った。

「当然だろう。君はナンバーズ・シックスの後見人なんだからな」

 俺にとっては神よりビールだ。しかし酒で酔っ払うってのも、世界が平和じゃなけりゃできない。その邪魔をするヤツは、たとえ神であろうがカタをつける必要がある。


(続く)

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