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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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57/70

ジャッジメント

 研究はすぐに始まった。

 ピッチングマシンで硬球を投げつけるような野蛮なテストではない。アンチ・エーテルを使った負荷のテストだとか、気温や湿度を変えてのバリアのテストだとか、受けた攻撃を反撃に応用できるのかだとか、細かいテストに付き合わされた。

 やがて若葉という若者や、黒羽麗子の姉・亜弥呼らも参加した。ふたりともアクの強い人物だった。

 ダージャー、若葉、亜弥呼の会話は、もはやなにを言っているのかヒアリングすら困難なレベルだったので、俺はすべてを聞き流した。同じ日本語のはずなんだがな。


 研究の合間、俺は必ず待機所でニュースを観た。

 流れてくる映像は、日に日に悲惨になっている。

 スクリーマーは巣まで作り始めたらしく、その勢力を爆発的に増やしていった。妖精花園ようせいガーデンのように、殺した人間の死骸を使って仲間を増やしているらしい。

 スクリーマーは表向き「害獣」という扱いであり、自衛隊もあくまで災害派遣として出動していた。

 多くの人々は真実を知らないから、これをバイオハザードだとか、いや放射能汚染の影響だとか、宇宙人の襲来だとか、いろいろ結論づけていた。

 東京は死の街と化し、これに耐えられなくなった永田町はまるまる京都へ退避となった。群馬が壁の建設をはじめると、埼玉が猛抗議。首都圏の電車はほぼ不通となり、周囲は「難民」で溢れかえった。

 この状況では、仮に俺が帰国したとして、人を助けるどころかむしろ「難民」のひとりになるだけだろう。妹や姪も心配だ。ちゃんと暮らしているだろうか。


 俺がうなだれていると、小柄な暗殺者が寄ってきた。

「お前はザ・ワンを倒せるの?」

 ひとつ席を空けて座り、彼女はそうつぶやいた。

 顔を布で覆っているが、隙間から覗く顔立ちは幼い。まさかとは思ったが、まだ子供なのか。

「俺にはムリだけど……。俺の能力を調べれば、そのうち倒せるようになるかもしれない。いま頭のいい人たちが、そのための研究をしてる」

「そう……」

 名をスジャータと言ったか。彼女はセントラル・クレイドルでザ・ワンと交戦し、意識を失っていた。コンビを組んでいたファティマという女は、俺たちを逃がすため犠牲になった。

「以前ここへ来たナンバーズ……また来ると言っていた。もしザ・ワンと戦うなら、私も連れていって欲しい」

「俺の一存では決められないよ」

「できたらでいい。私は機構を抜ける覚悟もできている。考えておいてくれ」

 それだけ告げるとスジャータは席を立ち、部屋を出て行った。入れ替わるようにしてキャサリンが来た。

「モテモテじゃない?」

「あの子は大事な仲間を失ったんです。茶化すべきじゃない」

 俺の返答を、キャサリンはつまらなそうに鼻で笑った。

「ところであなた、私たちの教皇についてなにか知ってる?」

「教皇? そういやナインさんがなんか言ってましたね。誰なんです?」

「機構の創始者よ。ペルシャ出身の錬金術師でね。普通の人間ではなく、妖精だったらしいわ。どこからかザ・ワンを掘り起こして来て、神と信じてたてまつったの。そのせいで教会の怒りを買って、イギリスを追われた。最後は船の中で力尽き、息を引き取ったと言われているわ」

「そうなんですか? 干物だとかなんとか、ひどい言われようでしたけど」

 このつっこみに、キャサリンは小さく笑った。

「分かりやすく言えばミイラよ。でもアレって干物でしょう? まあ、エーテルの作用しやすい材質でできてるから、そのおかげで触媒として使えるんだけど。あ、触媒っていうのは、儀式のとき真ん中に置くアレのことよ? 長野ではワームで代用したんだって? よくうまくいったわね、あんなので」

「うまくいったのかな。なんだか分からない巨人が出てきましたけど」

 これにキャサリンは、苦い表情を浮かべた。

「正直言うとね、プシケと触媒と四つの力さえあれば、対象がなんであろうがあの現象は起こるのよ。犬でも猫でも人間でも、なんらかの変化はする。妖精が巨人になったのは意外だったけど。ただ、神になるのはザ・ワンだけよ」

「機構の言う神ってのは、いったいどんな姿なんです?」

 もしかしたら、そいつと戦うことになるかもしれないのだ。予想だけでも聞いておきたかった。

 キャサリンは天井を見上げ、んーとつぶやいた。

「あくまで伝承によれば、人とよく似た姿をしていて、人よりも大きくて、そして男ね。長野のアレの男性版よ。分かりやすく言うと、彫刻とか絵画とかで偉そうにしてるアイツみたいなヤツ」

 以前、ペギーから聞かされたのと同じイメージだ。

 巨人と化した妖精の姿を思い出せば、ザ・ワンの完全体もなんとなく想像がつく。そいつが二本足で歩き、イージスを使い、街を破壊するのだとしたら、それは悪夢の体現者となるだろう。蛭子ひるこの状態でさえ手に負えなかったのに。

 キャサリンは考え込むような表情になった。

「ナインさんは、教皇にいったいなんの用だったのかしら……。触媒にするならいいって言ってたけど……。触媒以外に使い道なんてある?」

「さあ」

 俺は生返事をしつつも、ひとつの可能性を想定していた。

 儀式で教皇を復活させる、という選択肢もあるのではないかと。

 教皇が妖精なのだとしたら、あの巨人のようになる可能性はある。もし死体では復活しないというのならば、DNAを採取して培養してから儀式に使うという手もあろう。技術的に可能かどうかはともかく。

 もっとも、機構は「正統性」を重要視しているから、教皇を神の代用品にはしないだろうけれど。たとえ見た目や機能が同じだとしても、そこに「正統性」はないのだから。

 結局のところ、ナインがなにを考えているかは俺にも分からない。こればかりは本人に聞くしかない。

 などと気を抜いていると、キャサリンがぐっと顔を覗き込んできた。見開いた目が怖い。

「あなた、ウソをついてるわね?」

「えっ?」

「なにも思いつかなかったフリをして、やり過ごそうとしてる。危うくそのアホ面に騙されるところだったわ」

「アホ面……」

 訴訟してやりたいところだが、残念ながらここはもうアメリカではない。

 キャサリンはふふんと得意顔になった。

「たしかに触媒以外の使い道はあるわ。たとえば巨人として復活させるとかね」

「……」

 この女、心が読めるのか?

「驚くことはないわ。誰でも考えつくことだもの」

「底が浅くてすみませんね」

「アメリカからもそういった要望が来てるのよ。彼ら、どうしてもデータが欲しいらしいから。教皇が巨人になったところで、イージスを持ってるとは限らないのに」

「アメリカとは、かなり深い関係なんですか?」

「ビジネスパートナーではあるわね。私たちの活動は、彼らの投資の対象になってるから。考えてもみてよ。神話の力を科学技術に組み込むことができたら、また産業革命が起きるのよ。つまりは金になるの。だから投資家たちは、いつだって口を挟んでくるわ」

 想像を絶する額が裏で動いているんだろう。

 俺は思わず溜め息混じりに応じた。

「投資家の外圧に機構が屈することを懸念してるんですかね、ナインさんは」

「おそらくね。けど余計なお世話よ。ナンバーズだって、信仰でビジネスをしようとしてるくせに。私たちの目標は、あくまでザ・ワンを神にすること。教皇はそのために必要なピースのひとつなの。余計なことに使う気はないわ」

 しかしアメリカは勝てない戦いはしない。というより、どんなに不利な状況だろうと物量でひっくり返してきた。パワーゲームってやつだ。国家ですらない機構が、その戦いに勝利できるとは思えない。


 *


 研究開始から一週間後、研究室は険悪なムードになっていた。

「ですからやはり、黒羽先生は乱暴なんです。いいですか? アンチ・エーテル技術は、あとひと押しで飛躍的に進歩するんです。長距離からでも十分な効果は期待できます。武器なんて併用する必要ありませんよ」

「あなたが完璧主義なのは分かるんだけど。そういう理想論じゃ、いつまで経っても実用化には至らないって言ってんの。ある程度の火力とアンチ・エーテル技術を組み合わせて、とにかく雲を取っ払うしかないでしょ」

 情熱的で完璧主義で若さあふれる若葉一と、現実的で妥協もできて人生経験もある黒羽亜弥呼とでは、研究の方針が食い違うようだった。

「そんなのちっともエレガントじゃない! あなた、本当に科学者なんですか!? それは思考停止を宣言してるに等しいですよ!」

「へー、じゃああなたの思う方法で人類を救済してみなさいよ。何年かかるのかしら? 二年? 三年? そのころ人類はどうなってるの? 研究を継続できるような環境かしら?」

 老体のダージャーはゲッソリして会話に参加もしない。

 オーダーはザ・ワンのバリアの無効化。これをたったの一週間でやろうとすれば、少しくらい雑になるのは仕方がない。どんなに雑であろうが、主目的さえ達成できればそれでいいという場合には特に。

 さらに言えば、仮に実験で俺のバリアを無効化できたとして、そのまま実践に応用できるとは限らないのだ。火力は用意しておいたほうがいい。まあ、その火力が通じないって話なんだけど。

 もちろん対策案は出た。

 そのひとつが、燃料気化爆弾でザ・ワンの呼吸を阻害し、バリアを解除させるという方法だ。いくらバリアを展開していようが、呼吸くらいはするはずだ。

 あるいは神経ガスを使うという手段。

 ただし機構は、ザ・ワンを傷つけたくないのである。となると、理想的なのはアンチ・エーテル技術でバリアだけ無効にする若葉案であった。ただし現段階では、遠距離からは作用せず、ほぼ密着していないと効果がない。小型化もまだだから、デカい装置のある場所までザ・ワンを誘導する必要がある。しかもその装置を破壊されたらアウト。

 イージスの能力は、強い衝撃に反応し、エネルギーを蓄積することが分かっている。やんわり触れれば反発はない。というわけで、ワイヤーなどを使ってやんわりと縛り上げる方法も考案された。

 だが、ザ・ワンは跳ねる。跳ねて、その巨体を大地にぶつけてエネルギーを溜める。このバウンドのダメージと、黒い閃光の放射に耐えられるだけのワイヤーがあるのかどうか。

 あるいはスタングレネードを投げ込み、閃光と音でびっくりさせるという手段も提案された。これは俺には有効だった。本気でクソなテストだったが。おそらくザ・ワンにも有効だろう。ただし有効時間がどれほどかは不明。ザ・ワンの視覚や聴覚がどれほどのものかも不明。

 この別案として、悪臭を嗅がせて気分を萎えさせるという案もあがった。だがザ・ワンがなにを悪臭と感じるかが不明なので、ひとまず見送られた。

 そして最後に、俺がもっとも有効だと思ったのは、寝込みを襲うというものだ。寝ている間に儀式を済ませ、ザ・ワンを神にしてしまうというのである。ひどく原始的だし、技術的な発展はひとつもないが。

 アメリカは蛭子ひるこの状態でイージスを分析したがっているが、あれを生きたまま捕獲するのは不可能であろう。機構の主導でやる以上、ザ・ワンが神になるのは避けられない。投資家たちの希望は通らないということだ。

 結局、その日はなんらのテストもなかった。口論じみた議論だけが夕方まで続き、タイムリミットを迎えた。おかげでダージャーは信憑性の薄い仮説だけをまとめてレポートを提出するハメになった。

 まあキャサリンも、さすがに一週間でどうにできるとは思っていなかっただろう。


 なにもしていないのにくたくたになった俺は、待機所に入ってニュースを観ることにした。

 もはや日課だ。あいかわらず英語は聞き取れなかったが、映像の悲惨さだけは十分に伝わった。

 モニターには、なつかしい映像が流されていた。以前、動画サイトにアップロードされていた長野の映像だ。俺が石を投げている。いまごろになってこの動画が取り上げられた理由は不明。

 などと前のめりで見ていると、画面が切り替わった。そこではなんと、例の女巨人がスクリーマーと交戦していたのだ。これは現在の東京の映像。

 キャサリンがやって来て、入口近くの壁に寄りかかった。

「長野の巨人、まだ生きてたみたいね」

「えっ?」

 ウソだろ?

 てことはつまり、中にナンバーズ・ファイヴが入ってるのか?

 切り落とされたはずの指はきちんと回復しているようだ。眼球もギョロギョロしている。たしか検非違使が処分するという話だったはずだが……。どこかに隠しておいたのか。

「雲は? イージスは使えるんですか?」

「その能力はないわね。巨人たちにも個性というか、個体差があるみたい。そう考えると、彼らも人間に近い存在なのかも。なんだか親近感が湧くわね」

「いやいやいや」

 ともあれ、これで長野の映像が特撮ではなく、実際の戦闘記録であることが周知されたというわけだ。そんなヤバいヤツ相手に、石を投げるヤツがいたということも。

 俺は自販機で買ったコーラを飲みつつ、こう尋ねた。

「そういえば、研究はどうするんです? 約束の一週間が経ちましたけど」

「さらに一週間延期したわ」

「あ、そうですか」

「そうやってズルズル流れるのも本当は困るんだけど……。かといって、準備も整わないまま強行して、被害を出してもね。寝てる間に儀式っていうのは、なかなかいいアイデアだと思うけど」

 意外だな。ノリノリで採用すると思ったのに。

「やらないんですか?」

「ポッドが回収できてないのよ。探しに行こうにも、セントラル・クレイドルはスクリーマーの巣になっちゃってるし、他界のドームにはザ・ワンがいるし」

「じゃあ、人力でやるしかないんじゃ……」

「あなた、ちょっと取ってきてくれない?」

「はっ?」

 なにを言ってるんだこの女は。

 英国式のジョークか?

「というのは冗談よ。こっちにも能力者はいるわ。けど、残念ながらフルメンバーじゃないの」

「どれが足りないんです?」

「火と水と土」

 四つのうち三つも足りてねーんじゃねーか。

 赤城武雄、桐山月子、あとは土蜘蛛か。彼らが素直に協力してくれるとは思えないが。

 俺はコーラをすすり、特に興味もないのに尋ねた。

「どうするんです?」

「連れてきて」

「あの人ら、俺の言うことなんて聞きませんよ」

「アベトモコちゃんよ! 彼女ひとりいればなんとかなるんだから! ねっ? お願い! なんでも言うこと聞くから! ねっ?」

 なんでもは聞かないだろ。

 それにアベトモコだって、いろいろ忙しいはずだ。こんなカルト教団の行事に参加させるわけにはいかない。

「俺じゃなくて、ナンバーズに交渉してくださいよ」

 するとキャサリンは、急にさめた目になった。

「あら、いいのかしら、そんなこと言って。あなた、妹と姪がいるらしいわね。現地は危険だから、この船に部屋を用意してあげてもいいかなーって思ってたんだけど……。いらないのね?」

「すみませんでしたっ! ぜひやらせてくださいっ!」

 たしか、君子豹変って言葉があったよな。判断をひっくり返すのも勇気だ。

 キャサリンはにこりと微笑した。

「家族思いのいいお兄さんね。ふたりの居場所は特定してるから、いつでも呼んであげる。ただし、トモコちゃんが首を縦に振ったあとでね」

「はい……」

 俺の私利私欲のために、無関係な少女にこのクソ仕事を押し付けるのか……。だが妹はともかく、姪は……。あんなに小さくて、まだ世界がどんな場所かも分からないくらいなんだ。初めて見るのがこんな状態なんて、あまりにむごすぎる。

 いっそ機構からバックレて、俺が妹と姪を守るってのはどうだ。自宅警備員ってやつだ。P226も返ってきたことだしな。これなら誰にも借りを作らない。


(続く)

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