エイリアン
寝ている間にデータが取りたかっただけらしく、特に解剖されることもなく俺は解放された。
気分は散々だったが。
別室で食事をとり、いくつかの部屋に別れて睡眠をとった。久々にまともに眠ることができた。やはり現代人に野宿はキツい。
待機所でしばらく過ごしていると、例の軍人たちが来た。
「これより一部の人員を本国へ送還します。名前を呼ばれたかたはこちらへ」
いまなんて言った?
一部?
「六原一子さん、六原三郎さん、黒羽さやかさん……」
そうして名を挙げられたのは、俺と東アジア支部を除く十一名だった。東アジア支部はともかく、日本人で残されたのは俺だけだ。
「ちょっと待ってください。俺は?」
「山野栄さんですね? こちらのリストには記載されていません」
「あの、俺、日本人です」
「リストにない人員は、今回は送還の対象とはなりません。理由についても答えることはできません。私はなにも聞かされていない」
クソ、完全なハズレクジだ。
実験とやらに使う気だぞ。
三郎はニヤニヤしていた。
「そう落ち込むなって。びょーどーちゃん録画しといてやるからさ」
「あ、ありがとう……」
こいつあとで覚えてろよ。
さやかも嘲笑気味だ。
「あなたのしでかした契約違反については、ひとまず保留にしておきますわ。ではごきげんよう」
「はいはい、ごきげんよう」
分かったよ。もういいよ。俺の居場所はアメリカだけなんだ。もうアメリカ人になっちゃうからな。ハローとファックとビールだけ知ってりゃなんとかなるだろ。俺、そもそも日本に収まるような器じゃなかったんだよね。
彼らが立ち去ると、部屋は一気に寂しくなった。
陳禄山もふっと鼻で笑った。
「このなんの変哲もない日本人が、俺たちの神と同じ力を持っているとはな。皮肉な話だ」
「俺だって信じられないですよ。まあ、完全に同じかどうかは分かりませんけど」
「イージスというのは、ギリシャ神話に出てくる防具の名だ。メドゥーサの魔力を跳ね返したとも言われている。ゼウスの力だ。これが世に知れ渡ったら、ギリシャ人がザ・ワンの所有権を主張してくるかもしれんな」
どうやらジョークを言ったつもりらしく、彼はしわだらけの顔に笑みを浮かべた。
やむをえず、俺もこのジョークに乗った。
「俺の先祖もギリシャ人だったりして」
「否定はできんな。似た能力というのは、世界のあちこちにある。四つの力にしたって、必ずしも日本で探す必要はなかった」
「そうなんですか? なんか、やたら日本が狙われてる気がしましたけど」
「それはザ・ワンがいたからだ。だがたしかに、日本では役所が能力者を管理していたからな。探しやすかったのは事実だ」
いまザ・ワンは他界にいる。となると、今後は日本が狙われることもなくなるのかもしれない。かといって、いますぐ手を切ることもできなそうだが。
ふと、廊下で言い合うような声が聞こえてきた。
英語だ。内輪揉めでもしているのだろうか。
陳禄山が腰を上げた。
「さて、行くぞ」
「えっ?」
「迎えがきた」
するとドアが開き、白人の女が入ってきた。くりくりの金髪に、青い瞳。タイトなスーツを着こなしたしなやかな体つき。軍人ではないように見える。
武装した連中が、慌てて後ろから追ってきた。彼が英語でなにかをまくし立てると、女は微笑のままこう応じた。
「こちらの日本人にも分かるよう、日本語で言ってあげて」
軍人は厳しい顔つきのまま、こう言い直した。
「ここはアメリカです。私たちの指示に従ってもらわないと困る」
「私は、そのアメリカ連邦政府から許可をもらってここにいるの。上に確認はとれたんでしょ?」
「たしかに確認はとれました。しかし……」
「しかしもハシシもないってのよ。いい? 私に逆らうってことは、連邦政府に逆らうってことなのよ? おたくの国にはシビリアンコントロールもないの? 分かったら言われた通りにして頂戴。揉めれば揉めるだけ出世に響くわよ、大尉どの」
よく分からないオヤジギャグをカマし、黒羽のような傲慢さでぐいぐい来るこのパツキン美女はいったい……。
陳禄山が苦い笑みになった。
「わざわざご苦労」
「ご苦労じゃないわよ、陳禄山。なに勝手に儀式なんてやっちゃってんのって話よ。私聞いてないわ」
「俺の行き先はどっちだ?」
この問いに、女はふっと笑った。
「どっちってどういうこと? 天国か地獄かってこと?」
「いいから言え」
「本部に決まってんでしょ? 評議会は今回のミスにたいへんお怒りよ。ぷんぷんなんだから。東アジア支部は本部に吸収されることが決まったわ。あなたは更迭。当然よね、五百年の準備をフイにしたんだから」
「好きにしろ。行くぞ」
これ、俺も行っていいのか?
しかし本部ってどこだ?
俺はアメリカのほうがいい。なにせドリンク飲み放題だしな。
女がぐっと顔を近づけてきた。
「ミスター・ヤマノ、なにぼさっとしてるの? さっさと行くわよ。タイム・イズ・マネーなんだから」
「アッハイ……」
アメリカすら黙らせる女なんだ。抵抗するのは得策ではあるまい。
俺が頭をさげながら通過すると、軍人たちが忌々しげな表情で見送ってくれた。
デッキに出てみると、この船がクソデカい軍艦だということが分かった。余裕で野球のできる広さだ。いやゴルフができるな。バスみたいなサイズの大型ヘリまで停まっている。プロペラの風圧が凄い。
ヘリの座席には、どうやらつかまったらしいダージャーがうなだれていた。可哀想に、この世の終わりみたいな顔をしている。いや、自業自得か。
「あ、そういえば俺のP226、あずけっぱなしなんですけど……」
「P……なに? ケータイ?」
女は顔をしかめた。
いまどきケータイとは……。
「銃ですよ。押収されたんです」
「あとで持ってこさせるわ。そういえば自己紹介がまだだったわね。私はキャサリン。ケイティって呼んで。本部に所属してる。こう見えても日本人よ。ホントはイギリス人だけど。まあどっちでもいいわ。よろしくね」
そして「よっこらショック死」とつぶやきながらの着席。
うむ。日本人かもしれないな。
ドアが閉まると、ヘリはふわりと上昇。
彼女はヒールを脱ぎ、座席にどっとふんぞり返った。
「ぶっちゃけ言うけど、機構的にはもう最終局面だから。ザ・ワンが目覚めちゃったんだからね。儀式をやり直したいところだけど、いま行ったところで普通にぶち殺されるだけだし……まずはその対策をしないといけないわね。イージスの力は厄介よ。無効化しない限り、近づくこともできない。そこで、ミスター・ヤマノの協力が必要になるってワケ。ここまではいいかしら?」
「はあ」
向かい合わせのベンチのような座席だ。
キャサリンはまつげを盛りまくった目を大きく見開くから、圧力が凄い。
彼女はすると、ダージャーへ視線を移した。
「あなたも協力するのよ、ドクター。アメリカと同じとは言わないけど、そこそこの予算をつけるわ。アシスタントもね。文句ないでしょ?」
「しかし設備は……」
「そこはあなたのセンスでカバーしてよ。ドクター・ワカバも来ることになってる。クロバネからも申し出があったけど、アレは信用できないからいらないわね。とにかく、可能な限りの環境を用意する。一週間で対策を練って」
「一週間!? いくらなんでもそりゃ無茶だ。せめて一年はかかる」
「じゃあクロバネもつける? 腕はいいらしいけど」
「私の下につけてくれるのか?」
「クロバネが人の下につくワケないでしょ? あくまで共同研究よ」
「分かった。それで行こう。時間もない」
いや待て。
つまり黒羽のチームに、俺の能力を解析させるってのか? 考えただけで胃の痛くなる提案だ。
陳禄山が口を開いた。
「俺たちはどうなる?」
「まずは審問よ。すべての処分はそのあとになるわ」
「部下は俺の命令で動いただけだ。裁くのは俺だけにしろ」
「分かってる。彼らの罪は問わないから安心して」
キャサリンもさすがに気遣うような表情だ。
東アジア支部にはひとつもいい印象がなかったが、トップの陳禄山は意外と人格者なのかもしれない。まあ、そうでもなければ、あれほど強い組織にはならなかったはずだ。やり口はともかくとして。
*
本部の船は、さっきまでいた軍艦に匹敵するサイズだった。ちょっとした駐車場付きのマンションがそのまま浮いている感じだ。世界には、こんなにデカい船がごろごろしているのだろうか。
陳禄山だけが別室へ連行され、俺たちはまた待機所らしき部屋へ押し込まれた。こっちはドリンクがフリーではない。その代わり、テレビがあった。衛星放送だろうか。映画だかドラマだか分からないが、安っぽい特撮映像が流されていた。
俺はベンチに腰をおろし、しかしその直後、跳ね上がった。
特撮ではない。
日本だ。
大田区に、スクリーマーが溢れている。迎撃しているのは陸上自衛隊。それはニュースの中継映像だった。
外国人記者が、悲痛な表情でこれを報じている。英語の分からない俺でも、彼らがたびたび「エイリアン」という語を発しているのが分かった。
信じられない状況になっている。
記者会見の画面に切り替わり、日本国首相が「緊急事態」という言葉を連呼した。ほとんど寝ていないのか、顔面が黒ずんでいる。
キャサリンが入ってきて、また「よっこらショック死」と座席に腰をおろした。
「あー、なんかヤバいことになってるわね、日本」
「いつからです?」
俺の質問に、キャサリンは片眉をつりあげた。
「もちろんあの日からよ。巨大なワームホールが、かなりのあいだ開いてたからね。そしたらスクリーマーがわらわら出てきたのよ。うるさいのよねぇ、アレ。私嫌いだわ」
「日本に戻りたいんですが」
「ダメよ。あなたにはもっと大きな使命があるでしょ」
「自分の国がピンチなんですよ? なにかしたいと思うのが普通でしょう」
「なにかって? なにができるの? 自衛隊の皆さんが頑張ってるんだから、彼らに任せたらいいじゃない。あなた、あそこに混じって戦えるの?」
「少しは……」
キャサリンはやれやれと肩をすくめた。
「そんなにドンパチやりたいの? 銃刀法違反でパクられるのがオチだと思うんだけど。それより、私たちの研究に協力したほうがいいわ。ザ・ワンはまたこっちに戻ってくる可能性があるんだから。スクリーマーだけならまだ自衛隊で対処できるでしょうけど、さすがにザ・ワンはムリよ。以前ならともかく、イージスに覚醒したいまとなってはね」
「それで? ザ・ワンを抑え込んだらどうするつもりなんです? ペギーを誘拐して儀式でもさせるんですか?」
「ペギーでもプシケでもどっちでもいいわ。聞き分けのいいほうを使うだけよ」
プシケで思い出したが、ナンバーズはいったいなにをしているのだろうか。担当を外されてふてくされているのか。こういうときに活動しないで、なにがナンバーズだ。
隣に座っていたスーツの男が、ぽんぽんと俺の肩を叩いた。
「まあ、彼女の言うことももっともだ。いまは静観しよう」
ナンバーズ・ナインだ、俺の幻覚でなければ。
キャサリンも慌てて立ち上がった。
「あなた、どこから入ってきたの!?」
「どこって? ワームさえあれば、どこからでも来られるさ。なあ、トモコくん?」
するとアベトモコも、こくりとうなずいた。
ここへ来たのはふたりだけか。いや「だけ」と言うにはあまりに強力なふたりだ。
東アジア支部の連中が戦闘態勢に入ったのを、ナインは静かに制した。
「そう緊張しなくていい。散歩のついでに寄っただけだからな。それよりケイティ、教皇はどこかな? 俺たちを案内して欲しいんだが」
「は? あなたなんでそんなに偉そうなの? 教皇がアポなしで客に会うわけないでしょ? ていうか教皇はもはや干物っていうか、ただのオブジェなんだけど……」
「船が灰になる前に、首を縦に振ったほうがいいと思うが」
ナインの強気の交渉に、キャサリンも苦い笑みを浮かべた。
「もしそうなったら、あなたも魚の餌になるけど。教皇に会ってどうするつもり? アレは次の儀式に使う予定なのよ。まさか灰にする気じゃないでしょうね」
ナインは首をかしげた。
「儀式に? 妖精文書はどうした?」
「前回の儀式で紛失したわよ。けど、アレはもういらない。どっちにしろもっと強い触媒が必要だしね。四つの力はまだいいとして、触媒とプシケはケチるべきじゃなかったんだわ。とにかく教皇は大事なブツなのよ。いま見せるわけにはいかない」
ナインはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど、触媒にするのか。ならいい。教皇に会う必要はない」
「はっ?」
「用件はそれだけだ」
ナインは立ち上がり、また俺の肩をぽんぽん叩いた。
「今日は先に帰るが、そのうち迎えに来る。乗りかかった船だろう? 君もこの話の結末は気になるだろうからな」
「はあ、まあ……」
するとナインは気さくに手を挙げ、トモコは頭をさげて待機所を出て行った。
またワームで日本に帰るつもりか。
なんにせよ、また迎えに来てくれるのならありがたい。いまはひとまず機構の研究とやらに付き合ってやることにしよう。ナンバーズが動き回っているなら、ペギーも安全だろうしな。
(続く)




