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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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53/70

望まれぬ黄昏

 楽観はいつでもぶち壊される。

 今回のは、特にひどかった。


 海に面した広大なエリアが、フェンスで囲まれていた。

 きっと快適な車内からは想像もできないほど暑いんだろう。ギラギラと眩しい太陽にコンクリートがあぶられているせいで、陽炎まで見える。

 ゲートは解放されていたから、俺たちは正面から進入できた。いつもなら暇を持てあましていたであろう警備員たちは、すでに射殺されてその場に崩れ落ちていた。

 エリア中央に鎮座しているのは、巨大なドーム状の施設。ここにザ・ワンが埋められているらしい。

 入口付近にはハイエースが数台停められていた。東アジア支部の車だろう。

 ここにも警備員の遺体が転がっていた。しかしほんの数人分だ。普段からあまり人を置いていないのか、引き継ぎに失敗したのかは分からない。

 執事がジャガーを停車させた。なかば急ブレーキだ。車の性能がいいからスッと止まってくれたが、もっと丁寧に運転してくれてもいいと思う。

 降車すると、夏の日差しが俺たちを焼き殺さんばかりに光を浴びせてきた。暑いなんてもんじゃない。

「鬼塚さん、もし危なくなったら逃げてくださいな」

 執事にそう告げ、黒羽さやかも車を降りた。

 いやいや、意味がわからない。依頼主が一緒にくる気なのか。

 三郎もさすがに顔をしかめた。

「お前はついてくるな」

「クライアントはわたくしです。命令はわたくしが出します」

「トーシロのおもりは契約内容に入ってなかった気がするんだがな」

「あしからず。自分の身は自分で守れますわ」

 まるで説得力がない。自分の身も守れず、東アジア支部に拉致されたのはどこのどいつだったっけ。

 しかしクライアントを名乗られては、こちらとしては従わざるをえない。いや、ポジティヴに考えよう。彼女が死んだら、仕事を終えなくとも金が手に入るのだ。


 入口は開けっ放しになっていたから、俺たちは警戒しながら中へ向かった。

 死体はない。

 生きている人間もいない。

 ただ無人のエントランスホールが広がっているだけだ。

 案内板を見ると様々な部屋があることが分かるが、中央にでんと置かれた「セントラル・クレイドル」とやらが怪しそうだ。中心のゆりかご。ザ・ワンが眠っている場所に違いない。東アジア支部もそこに集まってるはずだ。

「エレベーターで行けるのかな」

 俺が意見を求めて振り向いた瞬間、ドンッと突き上げるような衝撃があった。デカい。膝が笑いかけた。

 地震だろうか。

 かなり近い。というより、真下から叩かれたような衝撃だった。

 もし地震なら、何度か連続で揺れるはずだろう。ただの一発ってことは、もっと違うなにかが原因ということになる。

 以前サイードに見せられた、ザ・ワンの写真が頭をよぎった。廃墟と化した街に横たわる胎児のような生命体。もし街を破壊されたのがそいつの仕業だとしたら……。地面を揺するくらいは平気でするかもしれない。


 専用エレベーターとやらがあったので、それを使うことにした。

 四人で乗るにはデカすぎる箱だ。機材を搬送するのにも使われるのかもしれない。

 このエレベーターなる設備には、基本的に出入口がひとつしかない。だから待ち伏せを食らえば蜂の巣にされる。これは統計的にも、組合員の死因の上位に入るマヌケな死にかただ。テンプレと言ってもいい。

 だが俺だけは違う。

「もし敵に遭遇した場合、俺を盾に使ってくれ。何発かは耐えるはずだ」

「歩くサンドバッグだな」

 三郎は空気も読まずにクソつまらないジョークを吐いた。

「そのサンドバッグのおかげで助かる命もあるんだ。感謝するように」

「強要罪だぞ」

「いいから集中しろよ」

 なんだよ強要罪って。先週のびょーどーちゃんのネタじゃねーか。他人に平等を強要して逮捕されてたっけ。

 ドンッと、衝撃があった。

『異常を検知しました。安全のためしばらく停止します』

 機械じみたアナウンスがあり、エレベーターが止まった。

 最悪だ。

 こんなところで足止めを食うなんて。

 まさかこのまま落ちたりしないだろうな。日本のエレベーターは安全だと信じちゃいるが……。

 一子が膝から崩れ落ちた。

「おなか……すいた……」

 ほかに感想はねーのかよ。

 だが一分と経たないうちにポーンと音が鳴り、エレベーターが動き出した。

『安全が確認されました。運行を再開します』

 まあ地震じゃないんだ。そんなに心配することもないだろう。それに、こんなヤバい施設のエレベーターなんだから、他よりは頑丈に設計されているはずだ。


 どれだけ深く潜ったろうか。

 かなりの距離を移動し、ようやく最下層へ到着した。

 俺はP226がコッキングされているのを確認し、先頭に立った。バリアの準備もよし。いつでも始められる。

 ドアが開いた瞬間、囲まれているのが分かった。そこまでは想定内。だが、状況は見るからに異常だった。

 巨大な鋼鉄の通路に十数名ほどが集まっていたが、ほぼ例外なく負傷していた。瀕死のものもいる。人民服のようなスーツを来た白髭の老人が、両手をあげながらやってきた。

「警察ではなさそうだな。見ての通り害意はない。銃をおろせ」

 奥でガーンと金属を叩くような轟音がした。戦闘でもしているのだろうか。戦闘というより、工事のような音だが。

 俺はしかし銃をおろすことなくこう告げた。

「組合員です。状況をお聞かせ願いたい」

「ザ・ワンが目を覚ました」

「えっ?」

「あるいは、より絶望的な状況かもしれんがな」

 ザ・ワンが目を覚ますよりも絶望的な状況?

 いろいろ想像はできるが、まさか……。

 ふと、見覚えのある連中がいるのに気づいた。横浜で交戦した暗殺者たちだ。一人は怪我を負ってぐったりしており、もう一人は心配そうに付き添っていた。

 のみならず、見知った顔がもうひとつ。他界で襲い掛かってきた黒い妖精だ。地べたにくずおれている。

 暗殺者はいいとして、黒い妖精がなぜここに。

 老人は静かに息を吐いた。

「話は上でしよう。怪我人を運び出したい」

「……」

 俺に判断はできない。

 振り向くと、さやかが堂々と言い放った。

「陳禄山、わたくしたちはあなたの処分に来ました。交渉には応じられません」

 彼女の視線が捉えていたのは、眼前の老人。

 こいつ、東アジア支部の陳禄山だったのか。

 すると老人はふっと笑った。

「好きにしろ。ただしひとつだけ忠告しておくぞ。一秒でも早くこの場を去れ。さもなくばお前らも死ぬ」

「どういう意味ですの?」

「奥から神の出来損ないが来ている。いまはその巨体ゆえに部屋を出られずにいるがな……。遠からず部屋から這い出して、あらゆるものを殺すぞ」

 やはり儀式をしたのか。

 一日じゃ掘り出せないとかいう話はガセネタだったってことか。情報料の十万返してくんねーかな。

 ズガーンと全身が揺すられるような衝撃が来た。

 大地そのものが上下するような揺れだ。俺は思わず尻もちをついてしまった。これは本当に死ぬかもしれない。

 陳禄山も片膝をついていた。

「これだ。だんだん強くなっている。ヤツが完全に力を取り戻したら、もう助からんぞ。俺を殺したいのなら好きにしろ。ただし、部下の命だけは保証して欲しい。いずれにせよもう戦えん」

 俺は銃をデコッキングし、ベルトに差した。

「分かりました、撤収しましょう」

「山野さんっ! なに勝手なことをっ!」

 さやかが反論して来たが、俺は手で制した。

「ご老人の言う通りだ。ここにいたら全員死ぬ。エレベーターに乗るぞ」

「信じられない……」

 これは明確な契約違反だ。依頼主の命令に背いたんだからな。しかしこのヤバさは、本能にビリビリ来た。逃げたほうがいい。

 陳禄山は怪我をした部下に肩を貸し、エレベーターへ運んだ。暗殺者も、小さいほうを背負って移動を開始。

 そうして揺れと戦いながらも、一通り運び終えた。

 黒い妖精だけが動かなかった。伏したまま、地べたに頭をこすりつけていた。そこへ暗殺者が歩み寄り、なんとか立たせた。

「ほっといてくれッ! 私は汚れた妖精だッ! もう帰ることはできないッ!」

 シュヴァルツは金切り声をあげ、ふたたび崩れ落ちた。

 まさか、ここで死ぬつもりなのか。

 エレベーターの中で、陳禄山が嘆息した。

「ヤツは儀式に失敗したのだ」

「失敗? けど、神は復活したんじゃ……」

 俺の言葉に、陳禄山はゆっくりとかぶりを振った。

「ヤツには適性がなかった。黒く濁ったエーテルは、ザ・ワンを穢してしまった。おかげで化け物が出来上がった」

 ということは、いま奥にいる生き物は神じゃないのか。

 陳禄山はふんと鼻を鳴らした。

「ファティマ、もういい。その妖精は置いていく。お前は戻れ」

「……」

 ファティマと呼ばれた暗殺者は、それでもシュヴァルツの袖を引いて立たせようとしたが、シュヴァルツはそれを払いのけた。

 ファティマはそれで観念したらしい、こちらへ向かって歩き出した。


 ガーンという衝撃とともに、コンクリートの壁がボロボロと崩れ落ちた。かと思うと、その横穴から、なにかが廊下に這い出してきた。

 なにか……としか言いようがなかった。

 ぬらぬらとした醜悪な肉塊だ。血走った巨大な眼球をギョロギョロと動かし、廊下を這おうと短い手足をばたつかせている。ザ・ワンだ。ナインは蛭子ひること呼んでいた。

 ファティマが向きを変え、そいつの前に立ちはだかった。

 流れるような動きで針を投擲とうてき。しかし、その針はバチィという音とともに、ザ・ワンの表面に弾かれた。

 これは雲の能力。

「閉めろ」

「是」

 陳禄山の命令で、部下がドアを閉めた。

 エレベーターは上昇を開始。

 しばし無言のときが流れた。

 置き去りになった二名は、もう助かるまい。東アジア支部の面々は、沈痛な表情を浮かべていた。

「詳しい状況を知りたかろう。教えてやる。今後の糧になるだろうからな」

 陳禄山は静かに語りだした。

「俺たちは、ザ・ワンを掘りに来たわけではない。はじめから復活させる目的で来た。妖精文書も、四つの力を代用するポッドも手元にあった。あとはプシケだけあればよかった。しかし所詮、ヤツはまがい物だった」

「そうは言っても三角さんの妹ですよね」

 俺の言葉に、陳禄山は顔をしかめた。

「笑わせる。アレは不完全な妖精花園ようせいガーデンから産まれた、不完全なコピーだ。それがたまたま知恵をつけ、人の言葉を話すようになったに過ぎん」

「だったら、なぜそんな妖精を使ったんです?」

「三角もペギーも、ナンバーズが秘匿していたからな。代用品がアレしかなかった」

「……」

 あまりに身勝手だ。神さえ復活すれば、ほかのことなどどうでもいいのか。

 いや、彼らはカルトなのだ。そもそもがそういう存在なんだろう。

 俺は質問を変えた。

「例のポッドは、どうやって手に入れたんです?」

「手に入れた? それは違うな。ここにあったのだ。検非違使が廃止になってから、この施設に移されたからな。俺たちはそれを使ったまでよ」

「なぜここに……」

「そうなるよう、指示を出した人間がいるからだろう」

 そして、指示を聞いた人間がいる。

 つまりは業務を移管された警察が、東アジア支部にとって都合のいいように、ポッドをここへ移動させたというわけだ。

 警察は権益を拡大したかった。検非違使の仕事を奪えば、検非違使にあてられていた予算をまるまる受け取ることができるからだ。そしてその後押しを、アメリカがした。いわば共犯関係だ。アメリカからなんらかの要請があれば、警察は便宜を図ることもあるだろう。バックに機構がいるとも知らずに。

 やたら警備が薄かったのも、これが原因かもしれない。


 エレベーターが地上へ到達し、俺たちは重傷者を運び出した。すでに息を引き取っているものもいた。小柄な暗殺者は意識を失っていたが、まだ死んではいないようだった。

 外に出ると、例の川崎一派が待ち構えていた。

「状況はどうなっている?」

 虎のマスクの源三が、顔をしかめた。管轄から外れた直後にこんな事態になったのだから、気分はよくないだろう。

 陳禄山は鼻で笑った。

「例の検非違使か。一歩遅かったな。下からアレが来るぞ。儀式をやったからな」

「これだけ揺れてるんだ。起きたことは分かる。しかし儀式とはな……」

 遠くで役場のスピーカーが地震のアナウンスをしているのが聞こえた。行政はまだ事態を正確に把握していないらしい。

 またドーンと揺れた。

 たしかに、だんだん強くなっている気がする。

「神が復活したのか?」

 源三の問いに、陳禄山は自嘲気味に応じた。

「見ての通り、失敗に終わった。これからなにが起きるかは保証できん」

「失敗だと?」

「黒い妖精を使った。おかげでザ・ワンは、俺たちの望まぬ姿になった」

「なんてことだ……」

 一方的に乗り込んできて場当たり的な仕事をして、その挙げ句に失敗とは。東アジア支部の行為は、到底許されるものではない。

 だが、いまこの男を殺すことはできない。

 彼はこの歴史的失敗の責任者だ。現場に立ち会ったし、裏事情も知っている。殺してしまえば、その知識は永遠に失われることとなる。

 さてどうしたものか。

 照りつける太陽の下、呆然と施設を眺めていると、ふと、形容しがたい音が聞こえてくるのに気づいた。

 なにか大きなものが、大きく揺らいでいるような……。ぐわんぐわんと空間そのものが歪むかのような、そんな連想をさせる音だ。

 俺は以前、この音を聞いたことがある。

 深海デプスを吸引し、海に飛ばされたときのことだ。あの青い世界で、ゆらめく音を聞いた。当時はあまり印象に残らなかったが、たしかにこの音だった。

 ドームの中央から、黒い放射があった。

 太陽の燃焼と争うような、強烈な閃光だ。黒い光というのもよく分からないが、そうとしか認識できない現象だった。

 周囲が黒で満たされ、視界がブラックアウトすると、意識も混濁してきた。浮遊感と酩酊。そして遠心力。加速。

 夜が来る。


(続く)

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