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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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50/70

レイド

 翌日、ニューオーダーへ向かうと、すでに砂原が来ていた。まだ二十時かそこらなのに。カウンター席には星もいた。

「状況は把握しているな? 今後の予定について話したい」

 砂原は砂をつまみながらウイスキーをやっていたが、星はただの水だった。クスリをやらないのは知っていたけど、アルコールすらやらないらしい。まあ、酒も麻薬だからな。徹底している。

 俺はカウンターにつくやビールをオーダーし、こう応じた。

「敵はどう出ますかね」

「その件なんだが、情報屋が額を釣り上げてきてな。一部買うには買ったが、あまり核心へは迫れなかった」

 アコギな商売してやがんなあいつら……。

 砂原は砂を齧り、ウイスキーで流した。

「一番のニュースは、敵が船の位置を移動させたことだな。機構同士でも縄張り争いがあるらしく、いままで東京湾には入ってこなかったそうなんだが……。今回は、かなりギリギリのところへ入港してきたらしい」

「つまりは上陸してくるってことですね」

「その後、複数の車で各所に散ったらしいんだが、具体的な場所までは教えてもらえなかった。いや、追加で料金を払えば教えてくれるって話だったが、なにせ五百万だからな」

「五百万!?」

 報酬の半分だ。まあ、二億のうちの五百万と考えれば安いものかもしれないが。しかしこの値段はちょっと酷い……。完全に足元を見られている。

 星が苦い笑みを浮かべた。

「シルバーイーグルさんクビにして、その金で情報買っちゃいましょうよ」

「そうしたいのは山々なんだが、契約途中でクビを切ると、全体の士気に関わるからな。こっちから募集して来てもらった以上、あまり強引なことはしたくない」

 たしかに砂原の言い分ももっともだ。

 ほとんどの組合員は、金がいいから参加しているだけで、ほかに入れ込む理由もない。なのに途中でいきなり切り捨てられれば、誰だって唖然とするはずだ。次は自分が切られるかもしれない。ギリギリまでタダ働きさせられて切られるくらいなら、バックレてやろうと考えるものがいてもおかしくはない。そこから総崩れになることもある。最初からケチならともかく、途中で金をケチり始めると、この手の急造チームはあっという間に崩壊する。

 砂原は溜め息をついた。

「ま、金を渋ってる状況でもないんだが……。ここで蛇の言いなりになると、さらにカモられる可能性があるからな。情報の価値がさがってから買うって手もある」

 この業界のニュースは、時間の経過とともに価値を失っていく。たとえば襲撃の情報があるとして、事前に聞く分には価値があるが、終わってから聞いたところで意味がなくなる。

 ただ、それではなんの備えもできないわけで……。

 考え込んでいると、ポケットの中でスマホが鳴った。短いコールだから電話じゃない。いちおう内容だけ確認しようと思い、俺は画面を見た。

 セヴンからだ。


>【緊急速報】あんた死ぬわよ 税込二百万


 相変わらずクソムカつく野郎だ……。

 五百万って数字を聞いたあとじゃ、二百万が安く見える。その金で何回キャバクラに通えると思ってんだ。

 俺は怒りに任せてこう打ち込んだ。


>もう少しヒントもらえませんか?

>お願いします!


 怒ってはいるが、下手に出なければ。

 返事はこうだ。


>悪いこと言わないから、すぐ聞いたほうがいいと思うけど?

>一時間後に死体になってても知らないわよ?


 バカめ。

 ここは交戦禁止エリアだぞ。仮に殺害依頼が出ていようが、俺がビールを飲み始めたら一時間以上は居座る。なんならここに住んでもいい。

 俺の返事はこうだ。


>分かりました。教えてください。二百万払いますから。


 仕方ないよね……。

 報酬の二割が消し飛ぶけど、命が消し飛ぶよりマシだもの。

 セヴンからの返信はこうだ。


>東アジア支部の船から上陸した連中が、ニューオーダーに向かってる。

>人数は三十人。五台の車に分乗してる。

>武装はトカレフとイングラム。

>到着予定は二十一時前後ってところね。


 えっ?

 いやいや……。


>ここって交戦禁止ですよね?


 あまりに当然過ぎて、我ながらコモンセンス丸出しの質問をしてしまった。

 返信はこうだ。


>それは組合員の規定でしょ?

>連中に通じると思う?


 おっしゃる通り。

 俺は二人にも画面を見せた。

「あのー、打ち合わせ中すみません、いまこんなことになってるみたいなんですけど……」

 話の途中でスマホをいじくっていた俺を、あまり快く思っていなかったんだろう。砂原も星も、はじめはうるさそうな顔で画面を覗き込んだ。

 が、このやり取りを確認するや、ぎょっとして目を見開き、そして青ざめた。

 砂原はウイスキーのグラスを手に取り、しかし飲まずに置いた。

「いま何時だ? 二十時半か……。時間がないな」

 腕時計を確認し、カウンターへ告げた。

「マスター、レイドだ。三十人来る」

「かしこまりました」

 初老の紳士はにこやかな笑み。

 まるで動じていない。さすがはプロだな。と言いたいところだが、ちゃんと伝わっているのか不安だ。オリジナルカクテルの名前じゃないぞ。

 若い男の声で、すぐに店内放送が流れた。

『えー、お客さまへお知らせです。突然ではありますが、当店はただいまよりハッスルタイムへ突入いたします。本日のMVPには、なんとサービスチケットをプレゼント。皆さま、十分にご準備の上、存分にお楽しみください』

 もっとほかに言いかたはねーのかよ。誰だよこのアナウンス考えたやつ。

 だがまあ、いちおう会員制のバーという体裁だからな。俗っぽくなるのも仕方がない。いや、どんなに体裁をつくろったところで、このあと店は死体だらけになるんだし、たいして意味もないような……。

 なお規定では、この「ハッスルタイム」に参加すると三十万が出ることになっている。サービスチケットの内容は不明だけど。なんせこんなの初めてだからな。

 だがいくらプロとはいえ、ここにいる連中のほとんどが酔っぱらいだ。まともに戦えるのかも怪しい。

 のみならず、いま店内にはめぼしいメンバーがいなかった。ペギーもサイードも三郎もいない。青猫も砂原だけだ。かろうじて星のチームが頼りになるか。

 相変わらず葬式ごっこをエンジョイしていたキラーズは、まったく理解できないといった顔でキョロキョロしていた。これは余計な死体が増えそうだ。

 マスターが戻ってきた。

「テーブルは防弾仕様となっております。横にしてお使いください」

 彼はウィンチェスターの狩猟用ライフルを構えていた。詳しくは知らないが、たぶん手でガシャコンガシャコンやるヤツだろう。骨董品だ。よくお似合いなのは結構だが、これは西部劇じゃない。敵はフルオートで来るってのに。

 だが迷っている時間はない。

 俺はカウンター席から離れ、手近なテーブルを横に倒した。裏面に鉄板が仕込まれているのは知っていたが、まさかこのためだったとは。新人研修で教えてもらったような気もするが、かなり前のことなので忘れてしまった。

 しばらくぼうっとしていた他の組合員も、俺の行動を見てテーブルを盾にし始めた。なにを勘違いしたのか服を脱いでいる組合員もいたが、慌てて防御態勢に入った。この店のハッスルタイムはそういうんじゃねーからな。

 しんと静まり返ると、異様な緊張感だ。まるで現実味がないのに、空気だけがピリピリしている。

 そのまましばらく待っていると、ふたたび店内放送が来た。

『さて、ゲストのご来場です。皆さま、クラッカーのご準備はお済みでしょうか? それでは盛大にお迎えしましょう。スリー、トゥー、ワン』

 ドッとドアを蹴り飛ばし、東アジア支部の連中がなだれ込んできた。スカーフや目出し帽で顔を隠し、私たちがテロリストですと言わんばかりの出で立ちだ。

 彼らは入店するなり銃を乱射し、店内のあらゆる器物を損壊した。蛍光灯はもちろんのこと、あろうことか陳列されている酒瓶まで。これは酔っぱらいの怒りを買うぞ。

 誰かが応戦し始め、すぐにやかましい銃撃戦となった。前からも後ろからもバンバンと耳をつんざくような音がし、あちこちに弾丸の突き刺さる音がした。まあ内装のほとんどは木製だから、あまり跳弾しなくていいが。

 敵の一人が火炎瓶を投げ込もうとしたが、瓶はそいつの手元で粉々に爆ぜた。

 射手はマリー。手が震えてるはずなのに、よく当てるもんだ。

 男は火だるまになり、味方を押しのけて外へ脱出。引火はしなかったため、被害者は一名だけだった。彼らにとっては不幸中の幸いか。

 俺もP226を撃った。雲の能力を使えば隠れる必要もないんだろうが、蜂の巣にされたらさすがに危なそうだ。ここはテーブルに犠牲になってもらおう。

 砂原が撃っているのはポリマーフレームの拳銃だった。音も静かで、挙動もなめらか。たしか、検非違使が使ってた独自仕様の拳銃だ。値段が高いから、俺は試射したことさえないが。

 マスターもカウンターに身をひそめ、ウインチェスターを発砲していた。やたら腕がいい。もしかすると、元組合員とかなのかもしれない。

 突入してきた東アジア支部のうち、入口付近にいた連中はすぐに死体となった。が、後続の連中はドアの向こうに引き返し、散発的な射撃に切り替えてきた。

 これは長期戦になりそうだな。

 いつまでも睨み合ってはいられない。銃だけならともかく、毒ガスなんか使われた日には全滅だろうし。

 こういうときに三郎がいれば、敵陣を切り崩してくれるんだが。いや、むしろいま、それは俺の役目なのかもしれない。バリアがあるわけだしな。でも危ないじゃないか。

 などと気を抜いていると、俺は信じられないものを目にした。

 見間違えでなければ、手榴弾だ。

 それが外から投げ込まれ、放物線を描き、店内に入り込んでくるところだった。

 まるでスローモーションのようだった。

 俺はただ、それを眺めていることしかできなかった。自分の身は守れる。しかしドア付近の組合員たちは……。

「っしゃオラーッ!」

 奇声をあげながら、杉下が斜めにすっ飛んだ。空中で金属バットをフルスイングし、手榴弾にジャストミート。カキーンと小気味よい音とともに、そいつはドアの外へ打ち出された。

 ややあって、ボンッと炸裂。

 どんな被害になったのかは、ここからは見えない。しかし敵は大混乱だった。

 いや、あまりに騒がしすぎる。こちらへは弾が飛んでこないのに、やたらと発砲音だけが響き始めた。もしかして外で誰かと交戦してるのか。

 ウインチェスターを構えたマスターが、カウンターから出てきた。

「おそらくは通報に応じた検非違使でしょう。もう大丈夫そうですね。皆さん、テーブルをもとに戻していただけますか。通常営業へ戻ります」

 いや、まだ外でドンパチやってるぞ。

 店内に逃げ込んできた一人を、マスターがダーンとヘッドショットした。その死体を、コンマ数秒遅れでマリーが狙撃。

 この紳士、ただ者じゃない。

 マスターは穏やかな表情のまま、ふたたびカウンター奥へ戻った。

 放送が響いた。

『検非違使さまがご到着されたため、これにてハッスルタイムは終了となります。皆さま、お疲れさまでした。なお、本日のMVPは杉下耕介さまとさせていただきます。杉下さまにはドン・カルロスより、サービスチケットが進呈されます。生きておられましたらカウンターまでお越しください』

 ドン・カルロス?

 たしか一位のランカーだったよな。実在したのか。しかもそいつのツラが拝めると。

 杉下がカウンターへ向かうと、マスターがチケットを手渡した。

「杉下さま、ご活躍おめでとうございます。一年間飲み放題のフリーチケットでございます。こちら、譲渡や換金はできませんのであらかじめご了承ください」

「まさか、あんたがドン・カルロスだったとはな」

「ふふふ」

 にこやかな笑みだ。というより、あらゆる疑問を笑顔で叩き潰した感さえある。特になにも教えてくれる気はなさそうだ。

 杉下も複雑そうに笑って、チケットを受け取った。

 まあ、たしかにMVPだろう。今回の行動は、俺も素直に讃えたい。


 その後、検非違使が入ってきて怪我人と死体を運び出した。忙しそうだったから俺は特に声もかけなかったが。

 ともあれ、デカい事件になってしまった。

 ここを襲撃するってことは、敵も相当やる気ってことだ。だがまだ本気ではない。もし本気なら、例の暗殺者を投入してくるはずだからな。これでも様子見ってとこだろう。

 俺たちは申し合わせたようにカウンター席へ戻り、打ち合わせを再開した。

「これからどうします?」

 あまりに漠然とした問いだが、俺はほかになにも思いつかなかった。

 砂原も苦い笑みだ。

「どうしたもんかな……。規格外の連中だ。業界がいままで相手にしてきた連中とは、なにもかもが違う。根本的に作戦を練り直す必要がありそうだな」

 すると星が、やはり渋い表情を見せた。

「さっきの銃撃戦で、公募の二人が殺られちまったみたいですよ。また募集しないと」

 つまりは資金に二千万の余裕ができたってことだ。死体に報酬は出さんからな。喜んでる場合でもないが。さっきの二百万、経費で落ちないかな……。

 砂原は天を仰いだ。

「船、行くしかないかね……」

 できることなら聞きたくない意見が出た。

 それはやらないって話だったのに。なにせ敵の本丸だ。船とは名ばかりの要塞である。どう考えても攻め手が不利だ。

 とはいえ、現に東アジア支部の船は港に停泊していて、そこから次々と上陸してくるのだ。結局のところ、供給元を絶つしかない。

 船なら、どこかに穴を開ければ沈みそうな気もするんだが。しかしそのための装備がない。やはり俺たちには、地道な銃撃戦しかないのだろうか。


(続く)

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