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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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49/70

ダイイング・キッチン

 検非違使が廃止になる前に人数が揃った。あとは仕掛けるだけだ。

 事前に予想していた通り、俺のチームにはペギー、サイード、そして二本松ブラザーズが来た。

 俺たちの担当は横浜。残りは青猫チームが六本木、星チームが西葛西、赤城チームが埼玉の蕨となった。東アジア支部は、もともと外国人の多い地域に紛れ込んでいたようだ。


 作戦当日、俺たちは横浜の中華街に来ていた。といっても、だいぶ外れのほうだが。

 時刻は二十三時すぎ。ほとんどの店はすでに閉店しているが、一部は営業しているらしく、まだ人がいた。いや繁華街にしては静かなほうかもしれないが。

 それにしても、深夜だというのに蒸し暑い。これでもかというほど建物が密集しており、風通しもよくはない。

 俺たちはレンタカーを降り、敵の拠点を目指した。

 いや、拠点などと大袈裟に言うが、それはいわゆる飲食店であった。三階建てのコンクリート製。道路側の窓はすべて消灯している。看板にはネパール料理と書かれているが、実際に働いているのがネパール人とは限らない。

「ネパールって東アジアでしたっけ?」

 俺の素朴な疑問に、サイードは表情を苦くした。

「いいところに気がついたな。ネパールは南アジアだが、いまや東アジア支部の管轄下にある。これだけ見ても、連中がいかに勢力を拡大してるか分かるだろう? もとは日本支部をサポートするための、補助的な支部だったんだが……。支部長の中国人がかなりのやり手でな。いまや日本支部さえ飲み込もうとしている」

 そういえば、これまで交戦してきたのは中東系だったな。東アジア支部とは名ばかりの、アジア支部ってことか。

 ペギーが肩をすくめた。

「さすがはエイブ。なんでも知ってるね」

「クラスで習わなかったのか? 必修だろ」

「もう全部忘れたよ」

 船では機構の歴史まで教えてるのか。まあ、自分たちの歴史なんだし、当たり前か。


 店の正面にはシャッターが降りていたから、裏側に回り込んだ。

 数匹の猫が生ゴミをあさっていたが、俺たちが来た途端さっとどこかへ逃げ去った。音も立てず、俊敏に。

「私は先に、上で待ってる」

 ペギーはそう告げると、青いエーテルを噴いてひゅっと屋上へあがってしまった。

 たしか、飛べなかったって話じゃなかったか。症状が進行したのか、それともプシケになにかされたのか。

 まあいい。

 症状の進行した俺に言われたくないだろう。

 二本松ブラザーズが呆然としていたので、俺は声をかけた。

「そろそろ始めるぜ。俺が突っ込むから、あんたらは外に出てきたヤツを始末してくれ」

「お、おう」

 あきらかに緊張している。

 ちゃんと戦えるんだろうな。

 まあ、こっちは奇襲を仕掛ける側なんだ。パニックを起こすのは敵のほうだ。例によって、ドアの鍵もすでに入手しているしな。

 などと余裕で構えていたら、上から鋭い声が聞こえてきた。

「気をつけてッ! もう始まってるッ!」

 ペギーの声だ。

 始まってる?

 ウソだろ?

 銃声が響いた。地上からは状況が見えないが、音を聞く限り発砲音はひとり分だ。敵の武装は銃じゃないってことか。

 いや、それよりも。

 敵に気づかれてるなら、待ち伏せされてるってことだ。このいかにもなドアから入ったら、きっと「よくないこと」が起きる。

 サイードが路地裏へ向けて発砲した。

 まさか、すでに包囲されてるのか。

 このままじゃ削られる一方だ。消耗しきる前に対応しないと。しかし敵の配置が分からない。中にかたまっているなら、こちらから攻め込めばいいだけだが……。敵が散開しているとなると、走り回って片っ端から処分しないといけない。

「兄貴、後ろッ!」

「おうッ!」

 弟に指摘され、兄が白鞘から抜刀した。居合のような一閃。マグロ包丁は鈍い光の弧を描き、敵を切り伏せた。

「あぐッ」

 男はよたよた後退し、壁にもたれて崩れ落ちた。手には中華包丁とフライパン。戦闘のプロではないのかもしれない。

 上からペギーが降ってきた。

 遅れて、黒ずくめの暗殺者がひとり。布で顔を覆ってはいるが、のぞく目元には妖艶さがあった。女か。

 そいつはふところに手を入れると、なにかを投げ飛ばしてきた。こちらもとっさにバリアをみなぎらせてガード。バチィと弾かれて床に落ちたそれは、細長い針だった。

 暗殺者はぐっと睨むような目になったが、そのまま駆け出し、二本松ブラザーズの頭上を飛び越えて走り去ってしまった。

 このまま逃げる気か。あるいはどこかへ身をひそめて奇襲する気か。いずれにせよ、あんなのを放ったまま仕事を続けることはできない。

「どういうことだ? 情報が漏れてたのか?」

 サイードがしかめっ面で銃をリロードした。

 もしかすると東アジア支部も、情報屋に金を積んだのかもしれない。蛇は金さえ受け取ればどんな情報でも売る。俺たちだけが一方的に優位に立てるわけではない。

 対策を講じたいが、しかしここで立ち話をしている時間はない。とにかく行動せねば。

 俺はひとつ呼吸をし、こう告げた。

「ちょっと中の様子を確認してくる。みんなはこの通路をカバーしてて。あ、ドアに罠あるかもしれないから、離れててね」

 指示通り、彼らは二手に散開した。

 遠くでサイレンの音がしている。警察が来る前に片付けなければ。いや来てもらってもいいけど、間違って巻き込むと手続きが面倒だからな。

 時は金なりだ。

 ま、雲の能力を使えば、いきなり殺されるってことはないだろう。念のためバリアを展開しながら、俺は鍵穴にキーを差し込んだ。

 ドンッ、という音とともに、鋼鉄のドアが俺の顔面に迫ってきた。

 いや、分かってた。たぶん罠があるだろうってことは。しかしこれはいささかやり過ぎなのではなかろうか。

 俺は勢いよくぶっ飛ばされ、路地一本挟んだコンクリの建物と、その鋼鉄のドアに挟まれて、サンドイッチのようになっていた。

 痛みはない。鼻血ひとつ出ていない。この能力はかなり優秀なのかもしれない。しかし頭がクラクラする。

 あんまりデカい衝撃を受けると、集中が途切れてバリアも弱まる。二発連続で来られたら死ぬかもしれない。気をつけよう。

 俺がドアを押しのけると、二本松兄がぎょっとした顔になった。

「い、生きてんのかよ……」

「こっちは大丈夫。みんなは引き続き、ここのガードを頼む」

「おう……」

 俺はふらふらしながら、裏口からレストランへ足を踏み入れた。


 そこは厨房だった。

 爆発のせいで調理器具が散乱しているほかは、特に異変もない。というより、人の気配もない。まあ隠れているにしても、爆発物のそばにはいないだろうが。

 電気のスイッチをいれたが、明かりはつかなかった。まあ当然だな。蛍光灯はぜんぶ割れている。

 俺はスマホを取り出し、懐中電灯の代わりにした。

 こんなことなら、銃にライトをマウントしておくんだった。

 カウンターの向こう側、客用の食事スペースには、さほど爆風が及んでいなかった。ガラスはすべて割れていたが、テーブルや椅子はそのままひっそりと置かれている。

 トイレを覗いたが誰も隠れておらず。

 次は二階と三階だ。

 慎重に歩を進め、階段をあがる。

 二階はまるまる食事スペースだった。ざっと見た限り、誰かが隠れられるスペースはない。

 そして三階。

 ここは居住スペースだろうか。ユニットバスのほか、複数の寝室があったが、人の気配はなかった。死体も転がっていない。やはり全員外に展開しているのか。

 念のため屋上へも出てみたが、無人だった。物干し竿が置かれているだけ。俺は柵から身を乗り出し、仲間たちの様子を確認した。

「なんか、中に誰もいないんだけど。そっちは?」

 すると下にいたペギーが、こちらへ向けて銃を発砲した。それも二発。

「はっ?」

「後ろッ!」

 ペギーの声で、俺は慌ててバリアを展開した。その直後、バチィとなにかが命中。

 振り向くと、黒ずくめの暗殺者に背後をとられていた。さっきの人物とは別人かもしれない。ずいぶん小柄だ。

 俺はP226のトリガーを引いたが、まったく当たらなかった。俺の射撃がヘタクソってだけじゃない。動きがはやすぎる。

 こいつも妖精か?

 エーテルを噴いているようには見えないから、純粋に身体能力だけで動いているのかもしれない。

 そいつは針が通じないことを悟ると、さっと店内に逃げ込んでしまった。

 かと思うと、階下でも銃撃戦が始まった。

「おい、いるぞッ! 中からだッ!」

 声を荒げたのはサイードだ。

 中から?

 いまの暗殺者がもう一階に? それとも別の連中か?

 店内は無人だったはず。状況が不明すぎる。

 俺も暗殺者を追って店内に駆け込んだ。

 バリアをオンオフするたび、首から肩にかけて虚脱感があり、内臓全体にも疲労が蓄積してきた。まだいけるが、ずっとはムリだ。さすがに万能ってわけにはいかないらしい。長期戦では配分を考えたほうがよさそうだ。

 俺はスマホをしまったままで、薄暗い店内を駆け下りた。繁華街だけあって、外から明かりが入ってくる。シャッターのある一階以外はなんとかなりそうだ。

 そして一階。

 いったいどこから湧いて出たのか、十人以上の構成員が待ち構えていた。得物はトカレフ。厨房のカウンターを盾にして外と撃ち合っている。

 俺はその背後から射撃を加えた。

 挟撃だ。

 あまり弾数がないから、俺はじっくりと狙いをつけて一発ずつ丁寧に撃っていった。こっちにはバリアがあるんだから、あせる必要はない。

 数人やったところで、俺のさらに背後からバチィと来た。小柄なほうの暗殺者だ。無視してもいいが、こいつを放っておくと外の味方に被害が出る。俺は暗殺者に向き直り、狙いを定めた。

 が、そいつは信じられないほど俊敏だった。狭い店内を、まるでネズミのように駆け回る。

 トリガーを引こうと思うのだが、そのたび照準から外れてしまった。

 厨房の構成員を片付けたペギーが、流れるように入ってきた。俺の隣に立ち、グロックを構えて何発か発射。しかし当たらない。

 暗殺者は壁を蹴って走り、二階へと逃れた。まるで忍者だ。

 ペギーがうんざりした表情でマガジンを入れ替えた。

「どうする? あんなにすばしっこいの、当たる気がしないよ」

「同感だ。いったん外に引き返そう」

 俺はそう応じながら、視界の端に気になるものを見つけた。

 一階フロアの階段の裏側に、地下への扉があったのだ。食品や在庫を貯蔵するスペースだろうか。十人近くの構成員たちは、そこに隠れていたらしい。完全に俺の確認ミスだ。まあ黙っておこう。


 外に出ると、二本松弟がうずくまっていた。

「痛ェ……痛ェよ兄貴……」

 苦痛に身を震わせ、うわ言のようにうめいている。

 まさか撃たれたのか?

 出血はないように見えるが。

 となると、暗殺者の針だろうか。きっと毒でも仕込まれていたのだろう。早く医者にみせたほうがいい。

 二本松兄は、しかし渋い表情だ。

「おい、虎次郎こじろう、立てって。ちっと足ぶっけたぐれーで大袈裟だべ?」

 これに弟が抗議した。

「足っツってもスネだぞ! かなり痛ェんだぞこれ!」

「おめーいっつもヘタこいてばっかだなぁ……」

「そう言わねーで」

 うむ、無事そうだな……。

 暗殺者二名を始末しそこねたが、きっともう逃走したことだろう。それに、もうパトカーが集結している。事前に通達は行ってるはずだから、逮捕されたりはしないだろうけど。いずれにせよ時間切れだ。

 サイードが溜め息まじりにデザートイーグルをしまった。

「事情を説明してくる」

「お願いします」


 ニューオーダーへついたころには、すでに午前三時を回っていた。

 ただでさえ眠いのに、能力の使いすぎで体がだるい。

 店内には無表情のカメレオンが待ち受けていた。

「報告を聞かせてくれ」

 本当にカメレオンみたいな男だ。ぬっとした気配を持っている。

 俺はカウンターにつくなりこう応じた。

「なんか、こっちの動きバレてた感じなんですけど」

「やはりか。こちらも予想外の抵抗を受けた。戦果はどうだ?」

「基本的には処分できたんですけど、なんか暗殺者みたいのがいて、そのふたりには逃げられました。そうこうしてるうちに警察が来ちゃって」

「暗殺者?」

「黒い布をまとってて、針を投げてくるヤツです」

 するとカメレオンは考え込むような顔になった。

「ふたりって言ったか? だったらファティマとスジャータだな。東アジア支部の特殊部隊だ」

「そっちはどうだったんです?」

「ターゲットはすべて処分した。負傷者もない」

「ほかのチームは?」

 俺の質問に、カメレオンは肩をすくめた。

「全員無事だ。しかし星チームの拠点は空振りだった。逃げられたらしい。赤城チームは……いちおうの目的は達成できたがな」

「いちおうって?」

「シルバーイーグルが料金分の働きをしなかった、と言えば伝わるか」

「なるほど……」

 平常運転ってわけだ。

 カメレオンは長い指でまぶたをほぐした。

「ともあれ、ご苦労だった。今日はもうあがってくれ。今後のことはあらためて考えよう」

「はあ……。ところで砂原さんは?」

「帰ったよ。猫の世話がある」

「……」

 猫なんて飼ってるのか。まあ、青猫なんて名乗ってるくらいだからな。


 報告を終えた俺は、いつものテーブルへ向かった。

「どうだった?」

 ペギーはルートビアを飲んでいた。

 いや、彼女だけではない。眠たそうなサイードまでもがルートビアにしていた。これは個人的な趣味ではなく、機構での一般的な飲み物ってことなのか。こんな湿布みたいな飲み物が……。

 俺はなるべく平常心で応じた。

「星チームの拠点だけ空振りだって。どうも、俺たちの行動は敵に筒抜けだったみたいだな」

「まだ終わりじゃないってことね」

 ペギーはしょうがないといった様子で笑った。

 美人の笑顔はいつ見ても癒やされる。

 しかし俺の感傷を台無しにすべく、脇から二本松弟が入ってきた。

「え、じゃあまだ金もらえないの? 話違くね?」

「違わないよ。ちゃんと公募読んだ? 東アジア支部を国内から一掃するまでだから」

「は? 読んでねーよそんなの」

「……」

 そこはキレるポイントじゃなくて謝罪すべきところだぞ。

 二本松兄もさすがに顔をしかめた。

「虎次郎、おめーバカか。一千万だぞ? そんな簡単に終わるわけねーべよ!」

「でも兄貴」

「うるせえッ! ぐだぐだ言うな。ここでクビにされたら一円にもなんねーんだぞ?」

「それヤベーじゃん。車買えねーじゃん」

 いやクビにはしないけども。少なくともシルバーイーグルと違って、ちゃんと働いてくれてるし。

 拠点を三つも潰したわけだから、東アジア支部はかなりダメージを受けたはずだ。あとひと押しってところだろう。いまのところは有利に進んでいる。

 しかし敵もプロだ。このまま黙っているとも思えない。信じられないほどの増員をするとか、あるいは向こうから攻撃を仕掛けてくるとか、いろいろやってくる可能性がある。まさか俺たちの自宅までは押しかけて来ないだろうけど。

 可能な限り手を読んでおかないとな。


(続く)

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