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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
48/70

カレーみてーだな

 その翌日、検非違使が廃止されるかもしれないというニュースは、もはや組合員の噂というレベルではなくなっていた。

 ニューオーダーに紙が貼り出されていたのだ。

 いろいろ書かれていたが、内容を要約するとおおむねこうだ。

 組合を管轄する組織が、検非違使から警察に変わる可能性があること。その際、特に業務内容に変更はないこと。詳細な情報が分かり次第、ふたたび告知をすること。

 ここまでおおっぴらに書いたということは、おそらく内部的にほぼ決定したということなのだろう。あとはそれが「いつ」なのか、というだけの話だ。騒ぎがデカくなる前に、組合員に事実だけ伝えた格好だろう。ヘタに放置しておくと、噂に尾ヒレと背ビレがつくからな。


 その日、俺がカウンター席で待っていると、青猫は三人で現れた。

「厄介なことになったな」

 さすがの砂原も苦り切った表情だ。

 三人が席につくのも待たず、俺はこう尋ねた。

「この仕事、キャンセルになりませんよね?」

 想像以上に展開が早い。機構のロビイングがどの程度のしつこさなのかは分からないが、検非違使の廃止がそう遠い話でないことは誰の目にも明らかだった。

 砂原は短く嘆息した。

「それは俺にも分からん。公募を出したばっかりだっていうのに」

「人は集まってるんですか?」

「まだ三人だ。いや四人だが、そのうちの一人がシルバーイーグルでな」

「けど、あんな爺さんでも入れるしかないとしたら……」

「時間もないし、そのときはやむをえんな」

 依頼主は、依頼する時点で組合に金を入れる決まりになっている。だから仕事を達成したのに踏み倒されるという心配はない。しかし仕事に着手する前にキャンセルされれば、すべてがなかったことにされる。

 キラーズとドンパチやった以上、着手はしている。しかし依頼を完遂したわけではないから、いつもの「規定の額」をもらっておしまい、ということもありえる。

 しかし俺にとって、これは金だけの話じゃない。

 サイードや六原一子の殺害依頼が、ふたたび東アジア支部から出される可能性があるのだ。次に青猫が受けない保証はどこにもない。あるいはほかの誰かが受けて、これを実行するかもしれない。

 本来、俺にとって、どこの組織が赤字になろうが壊滅しようが知ったこっちゃない。しかしこれを放置しておけば、仲間が傷つく。仲間が傷つくということは、俺も傷つくということだ。慈善事業じゃない。これは俺の気分の問題だ。

 俺はビールを飲み干し、こう尋ねた。

「今回の仕事、頭数が揃ったらすぐにでも始められます?」

「まあ、そうだな。だいたいの準備は整ってる。各所に話も通してあるしな」

 ということは、人数だけが問題ということだ。

 俺は勢いよく立ち上がった。

「ちょっと勧誘してきます」

「はっ? 勧誘って、誰を……」

「この際、片っ端から」

「……」

 砂原は唖然としていた。

 いや、分かる。俺だってバカげたことを言っていると思う。だが、事ここに至ってはもうやむをえないのだ。


 キラーズの席はまるで通夜のようだった。

 いい歳こいた大人たちが、いまや無人となった葉山の指定席にウイスキーをお供えし、しみじみと飲んでいる。しかし他人をぶっ殺してメシ食ってる人間が、あまりにセンチメンタルだ。

 俺はその空席にどっと腰をおろした。

「なあ、仕事しないか?」

 当然、凄まじい形相で睨まれた。

 ほとんど眉毛のない凶悪な人相のヤツや、顔に傷のある屈強な面構えの男、ピアスとタトゥーだらけの若者など、一度としてまともに就職したことのなさそうな面々だ。

 いまこの場でちびってもいいが、それは俺の主目的ではない。

「一人あたり一千万だ。やる気のあるものだけ聞いてくれ」

 これに対する彼らの返事はこうだ。

「テメェ、どのツラさげて来やがった」

「ぶっ殺されてーのか?」

「海に沈めんぞ」

 頼むからやめてくれ。

 これはそういう話じゃない。

「ただじっとしてたって一円も稼げないぜ。君たちはキラーズを終わらせたいのか? 葉山さんの残したチームってのは、そういう程度のモンだったのか?」

 すると眉毛のない細身の男が、ゆらりと立ち上がった。

 サブリーダーの神田だ。

「山野さん、ちっと向こうで話しようぜ」

「建設的な話?」

「いいから来いよ」

「ふん」

 神田は常にバタフライナイフを持ち歩いている。この交戦禁止エリアで刺してきたりはしないだろうが、いちおう用心しておこう。


 連れ出されたのは店の裏手だった。

 夜なのだが、都市の明かりのせいで空が薄明るい。地面だけが照らされている他界とは、上下が逆の世界だ。

 神田は壁に背をあずけ、深く溜め息をついた。

「山野さん、こういうことすんのヤメてくんねーか? いまあいつら、かなり参ってるからさ」

「こっちも切羽詰まってるんだ」

「ざけんなよ。こっちはもっと切羽詰まってんだよ。だいたい、あんたはうちのリーダーをぶっ殺した張本人なんだぞ? そんなヤツが持ってきた仕事なんて受けるワケねーだろ? そんぐれェ秒で分かれよ。あんた、バカじゃねーんだろ?」

 いや、いまちょうど、バカかもしれないと思ってたところだ。

 神田はふたたび溜め息をつき、空を見上げた。

「まあ、あいつらと違って、俺ァいろいろ見てきたから、正直あんたに悪いイメージねーんだけどさ」

「そうなの?」

「俺ら、そこそこ人数いるでしょ? 外部に共通の敵を作って、それで士気を高めてたりするワケなの。だからまあ、悪いイメージ押しつけまくってて、ちょっと悪いなって、葉山さんも言ってたんだ。けど、あんたもそれ分かってるから、お互いに成立してるみてーなとこあったはずだぜ」

「あった」

 葉山の手口は汚かった。ルーキーを仕事に誘い、ハバキから借りた銃を貸す。現場でその銃を紛失させ、ハバキが怒ったところで颯爽とフォローに入る。それを恩着せがましく言い立てて部下に引き込む。というセコい手口だ。

 俺はその汚いやり口に気づいていたが、ずっと黙っていた。葉山に恩など感じず、キラーズとは距離をとったのだ。

 そんな俺を、葉山は裏切り者として扱った。しかし直接的な攻撃の対象にすることはなかった。せいぜいが言葉でバカにしてマウンティングする程度だ。それは部下へのパフォーマンスでもあったのだろう。裏切り者には惨めな扱いをするが、仲間には優越感を与える。

 猿山の猿みたいなやり口だ。しかし人間の営為ってのは、そもそもがその延長みたいなものだ。だからこれは正しい組織運営とも言える。

 そして葉山は、俺がそういう認識のまま黙っていることに対して、一定の理解を有していた。高速道路で邪魔してきたときは、さすがに撃ち殺そうと思ったけど。

 神田は俺の肩をぽんぽん叩いた。

「現場で起きたことについて、俺はとやかく言わねーよ。その代わりっちゃなんだけど、俺らのことはほっといてくんねーかな。あいつらには俺からうまいこと説明しとくからさ」

「分かった」

 ガキみたいにギャースカ恫喝してくるならともかく、こんなふうにきちんと対応されては、こちらも首を縦に振るほかない。

 数を束ねているだけあって、少なくとも幹部クラスはただのバカではない。だからこそ仕事を頼もうと思ったのだが。

 いや、しかし、今回は俺のやり方のほうがおかしかったな。


 夏の夜風を吸って店へ戻ると、キラーズのテーブルでは神田が下っ端にいろいろ説明しているところだった。

 まあ、それはいいとして。

 俺が普段使っているテーブルに、珍客がいた。

 青いスーツの男が二人。お笑い芸人のコンビみたいに見えるが、れっきとした組合員だ。通称「二本松ブラザーズ」。カピバラ似のブサイクが兄貴で、ホスト風のイケメンが弟だ。

「なあ、あんた。さっき聞いちまったんだが、デカい仕事あるんだって?」

 二本松兄が、眉に力を込めて言った。カピバラ似だが、どこか威圧感がある。

 俺は椅子をひき、ゆっくりと腰をおろしてから応じた。

「あるよ。一人あたり一千万」

「それマジなんだろうな? フカしてねーよな?」

「公募出してたでしょ? 見てないの? 青猫さんが検非違使の代理で出してるんだから、フカすわけないでしょ」

「公募? マジか……」

 読んでねーのかよ。

 すると二本松弟が、目を輝かせた。

「兄貴、これイケるって! やろうよ!」

「うるせえッ! まだ決まったワケじゃねーべよッ!」

「けど兄貴」

「うるせえッ!」

 いやお前がうるさいよ。

 二本松兄は、ギロリとこちらへ目を向けた。

「俺ら、基本的にハバキさんの仕事しかしてねーんだけど、それでもいいのか? なんか、検非違使が絡んでるって話だけど」

「まあ検非違使絡みなのは事実だけど。ハバキさんとは対立しないよ。敵は機構の東アジア支部っていう、まあ、国外の勢力で……」

「その仕事、俺らが受けてもいいのか?」

「いいよ。誰でも歓迎してる。そのための公募だし」

 すると弟がふたたびはしゃいだ。

「兄貴、これイケるって! 一千万だよ? 車買えるって!」

「うるせえッ! まだ受けるとは言ってねーべよッ!」

「けど兄貴」

「うるせえッ!」

 毎回これやるのか。

 兄貴は凄みのある顔つきで、下から睨みつけてきた。

「一千万ってことは、かなりヤバい仕事ってことだよな? どの程度のヤバさなんだ? さすがに死ぬのはアレだぞ?」

 顔がほぼテーブルに乗っている。

 すると弟が大爆笑した。

「兄貴、顔がテーブルに近すぎるって! それほとんどギャグだって!」

「おう」

「背骨悪くするって!」

「おう」

 そこは「うるせえ」でいいよ。

 俺はもう愛想笑いさえできず、真顔で応じた。

「ひとチーム五人で敵の拠点を叩くことになってる。どのチームに配属されるかで危険度は変わってくると思うけど、希望があれば砂原さんが対応してくれると思う」

「マジで? ヤバさ選べんの? カレーみてーだな」

「まあ、希望通りになるかはアレだけど」

「じゃあ中くらいで頼むわ。あんま下だとナメられっからな」

「分かった。伝えておくよ」

 すると弟も「兄貴、分かってるぅ」と大喜びだ。

 こいつら兄弟で仲がいいな。素晴らしいことだ。すこぶるウザいのはともかく。

 しかし今日のMVPは、こいつらじゃない。公募も読めない類人猿を二人も確保したこの俺だ。問題は、こいつらが二人組で、しかも中級の仕事を希望してるってことだ。該当するのは俺のチームしかない。

 この二人がどの程度の実力なのか、じつはあんまりよく知らないんだよな。しかも兄貴が持ってる武器、ぱっと見は日本刀だけど、じつは間違って買ったマグロ包丁だ。戦力になるのかな……。


(続く)

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