ガンファイト
暗殺の仕事には、いくつかのパターンがある。
その一。そいつの生活圏に押しかけて殺処分。自宅とか路上とかいろいろだ。
その二。おびき出して殺処分。一見、賢い方法に思われるが、マズい面もある。日時と場所が明確になる。
その三。事故に見せかけて殺処分。バリエーションはありすぎて枚挙にいとまがない。
じゃあどれが正解なのかというと、そんなものは存在しない。当然、どれもヤバい。仮に楽な仕事なら、そもそも他人に金を払ってまで依頼しない。
サイード個人にハバキから依頼が来たのは、すぐのことだった。荷物の運送。それも、新宿から港区までという短距離だ。額は百万。
普通ならうまい仕事に思える。
しかしこれは見え見えの罠だ。なにせサイードの賞金は一千万だ。キラーズが、ハバキに百万払っておびき出したとしても利益は出る。
ただでさえ情弱のキラーズは、失敗続きでかなり焦っていたのだろう。情報の漏洩について、まるで無警戒だった。もっとも、蛇を相手にその対策をしようと思ったら、いくら積んでも足りないくらいだけど。
おかげでセオリー通り、日時と場所が明確になった。
その日、俺たちは車に乗り込み、サイードの運転するレンタカーを追っていた。
サイードは単独行動。
後続する俺たちは四人。助手席に三郎、後部座席にペギーとシルバーイーグルという、なんとも言えない組み合わせだ。ペギーは、黒羽麗子を拝み倒してなんとか連れ出せた。
「へへ、姉ちゃん、俺のテクをよく見とけよ。俺の射撃はスゲーからよ。一発でヤっちまうかんな」
「それは楽しみだね」
「俺に惚れるんじゃねーぞ。俺は……アレだ、夜も早打ちだからな。ガハハ」
「ふふふ」
後部座席のセクハラまがい会話は、聞くに堪えない内容だった。笑ってはいるが、ペギーの目は、バックミラー越しに運転席の俺を睨みつけていた。
あきらかに席順を間違えたな。
というより、そもそもシルバーイーグルがこの車に同乗している時点でおかしいのだ。これは青猫からの指示だった。今後、ハードな仕事をするにあたり、まずは簡単な現場でシルバーイーグルの働きぶりを見たいということだった。
十五時三十二分。
走行中の襲撃はなく、港区の倉庫街へはあっさりと到着した。あまりぴったり後続すると怪しまれるので、先にサイード車だけ行かせた。
俺たちはだいぶ手前で停車し、徒歩で現場への接近を開始。
久々にP226の出番だ。俺はグリップを握りしめ、コッキングしてその瞬間に備えた。
おそらく、倉庫ではキラーズが待ち伏せしているはずだ。サイードのレンタカーは蜂の巣にされるかもしれないが、まあ、頑張って耐えてもらうしかない。
突如、ターンと乾いた音がした。
続いてサイードがクラクションを数回鳴らした。救援のサインだ。
俺は全力で駆け出した。
もう夏だし、いい加減、スーツでいるのも暑い。まだ日は高い。
雲でバリアを展開しながら倉庫前に飛び出し、銃を構えた。その途端、思わず身がすくんだ。
敵の数が尋常じゃない。キラーズが身をひそめているだけでなく、ハバキまで来ていた。目算でざっと三十名。派手なスーツのチンピラたちが、サイードのレンタカーへ銃を向けていた。
これだけの銃で蜂の巣にされたら、俺の能力でも危ない気がするな……。
しかも連中の銃声ときたら、まるで爆竹の連発を彷彿とさせるやかましさだった。火薬が次から次に爆ぜて、レンタカーを襲っている。
俺も騒音に便乗して手当たり次第に撃った。絞りきれないほどのターゲットがある。適当に撃っても誰かに当たるだろう。
六原三郎もその射線にかぶらないよう、大回りして外周から飛び込んだ。こいつは跳躍力があるから、射撃のターゲットとしてはすこぶる狙いにくい。敵集団の中に紛れ込み、真空波で血の海を作った。
ペギーも参戦した。エーテルを噴きながら滑るように回り込み、グロック17を撃ち込んでいった。人間の動きじゃない。
そしてシルバーイーグルは……スキットルからウイスキーをぐびぐびやって、手の震えを抑えるのにいっぱいいっぱいだった。いますぐ引退したほうがいいな。
「山野ァ! またテメーかァ! いつもいつも邪魔しやがってッ! ぶっ殺すぞァ!」
トカレフを横撃ちしながら葉山が吼えた。
そう。また俺だ。
「あんたの時代は終わりだよ、葉山さん」
「あ? 聞こえねーぞクソボケッ!」
射撃がうるさすぎるんだよ。
せっかくバリアを張っているのに、敵の弾はひとつも体に命中しなかった。ヘタクソなのは俺だけじゃないってことだ。手前にいた連中からひとりずつ射殺していくと、まずはハバキの連中が焦りだした。
「おい押されてねーか?」
「後ろから六原来てんぞッ! とっとと始末しろオラァ!」
「味方撃つなボケェ!」
ちょっとした混乱状態だった。
三郎は防衛線を上から飛び越えるから、敵の射線をメチャクチャにできる。近づいたヤツはバラバラになるし、手に負えない。
「撤収だクソッ! やってられっかッ!」
ハバキ側のリーダーとおぼしきチンピラが、ツバを吐き捨てて逃げ出した。部下たちも後続。
ドラム缶の陰から射撃を繰り返していた葉山が、獣のように顔をしかめた。
「ハバキさん、そりゃないだろッ! 逃げてんじゃねーぞクソがッ!」
怒りに任せ、ハバキの背後から射撃。
チンピラを数人葬った。
「逃げたら殺すぞッ! おらてめーらも撃てやッ! 金の分働けッ!」
すると、ボッと車が炎上した。
まさか、ガソリンに引火したのか? サイードが慌てて車から飛び出してきた。そこを狙ったチンピラを、ペギーが射殺。
銃がホールドオープンしたので、俺も空になったマガジンを捨て、リロードしてスライドを戻した。
ハバキ側は逃走した一部をのぞき、すべて死体となっていた。あとはキラーズをぶっ殺すだけだ。
バリアに任せて歩を進め、俺は葉山に近づいていった。
だが選択をミスった。
車は炎上していたのだ。近づいたらマズいなんてこと、分かりきっていたことだった。突如として起きた爆発にぶっ飛ばされて、俺は凄まじい勢いで地面を転がった。天地がひっくり返ったような感覚だ。
さいわいバリアが効いていたせいか、さほどの痛みはなかった。しかし目が回っていた。敵と味方の位置が、にわかに判断できない。分かるのは、まだ空が青いってことだけだ。
体の表面がバチバチいっているから、誰かに撃たれているのだろう。しかし前後不覚だった。
「なんで死なねーんだ山野。まさかてめぇ、人間やめたのか……」
この声は葉山だ。
ようやく頭がハッキリしてきた。俺は立ち上がり、ペギーの投げてきたP226をキャッチした。
あたりを見回すと、敵はすでに葉山しか残っていなかった。逃げたのもいるのだろうか。少なくとも、地面を転がっているのは死体だけだった。
俺はひとつ呼吸をし、銃の状態を確かめた。爆発のせいですすけてはいるが、見た限り故障はしていない。けっこう高かったからな。オシャカになってたら泣いてたところだ。
「俺は人間ですよ。ただ、みんないずれこうなるんだ」
「あ?」
「条件が揃ったってことです。もう、いままでみたいにはいかない」
「てめぇ、なに言って……」
P226のトリガーを引くと、額に風穴の空いた葉山が空を見上げた。葉山もトカレフのトリガーを引いていたが、弾丸はバリアに弾かれてどこかへ行った。
いくらタフでも、さすがに死んだはずだ。葉山は膝から崩れ落ち、そのままピクリとも動かなくなった。
いずれどちらかが死体になるのは分かっていた。立場が逆になっていた可能性もあった。黒羽麗子や機構にいいように実験されていたのが、たまたまプラスに働いただけだ。
遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。
警察が来るのか、検非違使が来るのかは分からない。いずれにせよ、俺たちのすべきことは変わらない。
*
その後、サイードは爆発で足を怪我したとかで、治療のために船へ戻った。シルバーイーグルはいつの間にか現場から逃走していたから、どこにいるのかも分からない。
だからいま、俺と三郎とペギーという、懐かしいメンバーでニューオーダーに来ていた。
「ウサを晴らしたってのに、祝杯って気分でもないな」
俺は自分でも信じられないことに、さっきから溜め息ばかりを繰り返していた。
葉山なんて死ねばいいと、ずっと思っていた。しかしいざ自分の手で処分してみると、なんだか気が抜けた。
三郎がつまらなそうな顔でナッツを鷲掴みにした。
「トーシロかよ。殺した相手のツラが離れねーってか?」
「あんなんでもさ、俺がここに来たばかりのとき、ちょっと世話になったんだよ」
「それだって自分のためにやったことだろ? うまいこと言って部下にして、搾取してんだから」
「そりゃそうなんだけどさ」
本当にイヤなヤツだった。
横暴で、恩着せがましくて、おいしいところは全部もっていく。暴君の見本のような男だった。
しかし世話になったことも、なくはない。まだ俺がルーキーだったころだ。ハバキっていうウマい仕事を流してる組織があって、そいつらの言うこと聞いてりゃ間違いないだとか、検非違使とかいう口うるさい連中がいるだとか、そういう初心者向けの説明をしてくれたこともある。印象操作のための勝手な刷り込みではあったにせよ。
さいわい俺は自分で調べたことしか信じないタイプだったから、話半分で流していたが。世話するフリくらいはしてくれた。
もちろん三郎の言う通り、部下を増やすための手口だったんだろう。しかしほかの組合員は、そんな話すらしてくれなかった。キラーズに加入する新人が多いのには、きちんと理由があるのだ。孤独な人間はすぐに取り込まれる。
ペギーがルートビアを手に、複雑そうな笑みを浮かべた。
「山野さん、やっぱりこの仕事向いてないね」
「それを言うなよ……」
せっかく三人揃って仕事を成功させたのに、なんとも言えない雰囲気だった。
キラーズのテーブルにも数人の残党がいたが、完全に葬式ムードだった。カリスマ的なリーダーが死んだのだ。もうチームも解散だろう。
次のランキングからは、葉山の名前も消える。
三郎は乱暴にビールをあおった。
「確か、検非違使もなくなるって話だよな。そしたらここも警察の管轄になるのか? キラーズがあのザマじゃハバキもおとなしくなるだろうし、この仕事もつまんなくなりそうだな」
そのつまんない状態こそが平和ってことだ。
本来、こんな仕事はないほうがいい。
俺もビールに口をつけた。
「ま、このあと盛大な祭りがあるんだ。そうしょげることもない」
「せいぜい楽しみにしてるぜ」
どこの戦闘民族だよ。
*
ふたりが帰ってしばらくすると、今度は青猫が来た。今日は砂原だけだ。
「よっ。今日は大活躍だったな」
「おかげさまで」
砂原はカウンター席につくや、スマホを取り出し、動画を再生してこちらへ見せた。
望遠ではあるが、今日の俺たちの戦闘の様子だった。まさか、また盗撮されてたのか。
砂原は肩をすくめた。
「悪いがこっそり観戦させてもらった。ああ、どこにもアップロードしてないから安心してくれ。あくまでローカルデータだ」
「なぜそんなことを……」
「味方の戦力を把握しておこうと思ってな。にしても、あんたの能力は驚異的だな。あの爆発を無傷でやり過ごしただけでなく、至近距離からの拳銃弾まで弾くとはな」
「運が良かっただけですよ」
俺としても、あんな危険な状況に身を置くつもりはなかった。爆発に巻き込まれたのは不注意からだったし、そのせいで葉山に接近された。
砂原はマスターにオーダーを済ませると、苦い表情を見せた。
「シルバーイーグルの件は残念だった」
「彼はダメでしょう。俺から断っておきます」
「そうしてくれ。ところであの爆発なんだが、どうやらサイードの運んでた荷物に引火したようだな。そもそもハバキは、車ごと爆破して始末するつもりだったらしい」
「なんだ、ガソリンに引火したのかと思いましたよ」
車を蜂の巣にした経験はないから、実際どうなるのかは分からないが。
「ともあれ、問題はひとつ片付いた。次はこちらから仕掛ける番だ」
「メンバーはどうします?」
「組合員じゃないんだが、ふたりほど協力を取り付けた。赤城武雄と桐山月子だ。あんたもよく知ってるだろう」
「えっ、あのふたりが……」
たしか、四つの力を担当していたふたりだ。例のポッドのせいでお払い箱になったのかと思っていた。科学ってのは、人間の仕事をなんでも代用しやがるからな。
砂原はこうも続けた。
「ただし、もうほかにツテはない。あとは公募でやるぞ。シルバーイーグルが抜けて、代わりにふたり追加だから……あと八人だな。ま、なんとかなるだろう」
まだ名の売れていない人材の中に、未来のランカーが混じっていることを期待するしかない。
「サイードはどうだ? 足を怪我したようだが?」
「たいした怪我でもなさそうですし、たぶん大丈夫でしょう。それより、作戦はどうします? 敵の本拠地って、船ですよね? そこを狙うんですか?」
「いや、国内に入り込んでる連中だけ追っ払えばいい。そのことは検非違使にも確認済みだ」
「となると、拠点らしき場所を各個撃破するってカタチに?」
俺の疑問に、砂原は曖昧にうなずいた。
「制圧すべき拠点は四つある。そこで、こちらもチームを四つに分けて、同時に叩こうと思ってる。連中はフットワークが軽いからな。各個撃破では逃げられる可能性がある」
文字通り「一掃」ってわけか。
まあ確かに、順番にやっていてはモグラ叩きのように後追いになる可能性がある。すべての穴を同時に塞ぎ、居場所をなくしてしまうのがいいだろう。問題は、たったの二十人でそれができるか、だが。
砂原は、出されたばかりのウイスキーを一口やった。
「四つのチームってことは、ひとチームあたり五人って計算になる。編成内容に希望があったら言ってくれ。なるべくその通りにする」
「希望ですか……。もちろんありますけど、それを言った場合、最後に初心者だけのチームができたりしませんか?」
俺の言葉に、砂原は満足げにうなずいた。
「さすがに理解しているな。じつは俺もそれを懸念していた。俺の希望を言ってもいいか?」
「どうぞ」
「機構のふたりはあんたのチームにつけたい。だが六原三郎は、よそに貸して欲しいんだ」
「……」
まったくもって妥当な提案だ。ペギーやサイードをほかのチームにつけることは、おそらく信用上問題になる。そして戦力のバランスを考えれば、六原三郎を俺たちが抱えることはできない。
「六原三郎は、星のチームにつけようと思っている。あそこは戦力が安定せんからな。山野さん、あんたのところには公募のふたりをつけたい。今日の仕事を見る限り、それでも十分そうだからな」
「分かりました。それでいきましょう。ほかのチームは?」
「うちにも公募をふたりつける。星チームにはひとりだ。赤城チームには三人」
「赤城チームは統率とれそうですかね」
「彼らには、なるべくイージーな拠点をあてる。まあ大丈夫だろう」
さすがに考えているか。
戦闘能力はともかく、組織的に行動するという点において、組合員でない赤城たちはいまいち信用がおけない。個性の強すぎるやつは、すぐスタンドプレーに走る。三郎みたいに、才能と抑制を両立させている人材は珍しい。
砂原は砂の塊を齧り、すぐにウイスキーで流した。
「一番ハードな現場はうちで担当する。二番目はあんたらだ。期待してるぜ」
「ベストを尽くしますよ」
青猫に次いで二番目、といえば聞こえはいいが、なにせ三番目が星チームだ。全体のレベルが低すぎる。二番目というのは妥当すぎて光栄でもなんでもない。
あとは、三郎のケツの穴が、マリーの誤射でふたつにならないことを祈るばかりだ。
(続く)




