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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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46/70

リクルーター 二

 話をもらった翌日、俺はすぐに行動を開始した。したのだが、結論から言えば収穫はほぼゼロといっていいものだった。

 人質であるはずのナインには断られ、助けようとしている六原一子にすら渋い顔をされ、セヴンやトゥエルヴには鼻で笑われ、黒羽麗子にいたっては顔を合わせた瞬間に拒否された。

 他の面々については、連絡先さえ知らない。

 結局、ナンバーズは全滅。話をつけられたのは六原三郎だけだった。じつに素晴らしい相棒だ。金額を告げた瞬間に快諾してくれた。


 その晩、俺は失意のままニューオーダーにいた。

 青猫の姿はない。キラーズも下っ端しかいない。めぼしい人材といえば、星と杉下、マリーくらいだろう。

 砂原は、十六人全員を用意しろとは言わなかった。かといって三郎だけ連れて行ってもいい顔はしないだろう。あまり時間もない。ここはなりふり構っている場合ではないかもしれない。

 俺は席を立ち、星とマリーのテーブルへ向かった。

「ちょっといいかな」

「ナンパはお断りよ」

 睨みつけてきたのはマリーだ。今日も手が震えている。

 ジョークのつもりか。

 俺は無視して椅子をひき、つとめて冷静に腰をおろした。

「仕事をする気はないか?」

 足元を見られてはいけない。あくまで余裕の表情でやらねば。

 しかし応じる星は、なぜか渋い表情だった。

「いや、その前にさ。ナインの件、どうなったの? 俺ずっと待ってんだけど」

「聞いたよ。聞いたけど、知らないって」

「そりゃそう言うに決まってんでしょ。ちゃんと突っ込んで聞いてくれたの?」

「証拠もナシに?」

「証拠? あるでしょ! 灰がさ!」

「いや、そうは言うけどさ。ナインさんに罪を押し付けようとして、誰かが灰をまいたのかもしれないでしょ? 灰ってだけじゃ、ちょっと押せないよ」

 これは思いつきのイイワケだったのだが、星はハッとしたように目を丸くした。

「マジかよ? それ一理あるわ。だっていかにもじゃん。露骨じゃん。灰って言ったらナインって思うし。けど、じゃあ誰なん? 俺の事務所を灰だらけにして、スーツまで脱ぎ捨てていったの。意味分からなすぎなんだけど!」

 そういや全裸だったな。

 俺は彼らのテーブルから、勝手にチョコをひとつもらった。

「そろそろ本題に入ってもいい? ひとりあたり一千万の大仕事なんだけど」

「一千万!?」

 星が椅子からずり落ちそうになった。

 まあ普通、そうなる。数字が異常ってだけじゃない。額のデカい仕事は、それだけ危険ということだ。

 俺はチョコを味わいつつ説明を続けた。なめらかな口溶けだ。

「依頼主は検非違使。内容は、国内から東アジア支部を一掃すること。俺はいま、その仕事の参加者を集めてる」

 マリーが眉をひそめた。

「なんであんたがそんなデカい仕事をまとめてんの?」

「俺に来た仕事じゃないよ。青猫さんに頼まれたの」

「ふん、面白くないね。どいつもこいつも青猫青猫って。検非違使と癒着してるだけのクソチームじゃない」

 この暴言に、星が慌てた。

「いやいや、姐さん、一千万ですよ? 蹴るんですか?」

「蹴るとは言ってないでしょ。ただ、気に食わないだけよ。特にあのカメレオンってヤツ。いつだったか、あたしの背後から撃ってきたんだから。これバックからパコられたようなもんよ? 乙女の純潔をなんだと思ってんのよ」

「よくそれで殺されませんでしたね」

「わざと外したってことでしょ。そこが一番ムカつくのよ。つまりはいつでもヤれるってことよ。なんなの? ストーカーなの? 変質者なの? いつかあいつのケツに穴ァ空けてやるから」

「すでにイッコ空いてると思うんですけど」

「じゃあもうイッコ空けてやるわよ。今後はダブル穴太郎に改名させてやるわ」

 クスリが切れたとしか思えない発言だ。ライフル弾でケツに穴を空けられたら、改名する前に死体になる。

 するとマリーは、急にこちらへ向き直った。

「一千万ってのは本当なのよね? じゃあ受けるわ。タダ働きなんて二度とゴメンよ」

 また検非違使にこき使われたのか。

 俺はうなずきつつも、隣のテーブルの杉下に声をかけた。

「杉下さん、いまの話、聞いてました? よかったら一緒にやりませんか?」

 するとピスタチオの殻で遊んでいた杉下は、ハッと顔をあげた。

「あ? いまカナコとハムスターのレースで忙しいんだが……」

「じゃあいいです」

「いや待て。一千万だろ? やるぜ。カナコの優勝を盛大に祝ってやりたいからな。いままで俺、兄貴らしいことなにもできなくて……。カナコ、悪かったな。お兄ちゃんは元気です」

「……」

 ともあれ、これで四人目だ。

 残りは十二人。

 微妙な成果だが、青猫が来たら報告するとしよう。向こうも何人か集めてるはずだからな。


 彼らのテーブルを離れ、俺はひとりで飲み始めた。

 まだ青猫は来ていないが、店には徐々に人が増え始め、キラーズのテーブルも盛り上がってきた。

 もちろんキラーズに協力を要請するわけにはいかない。連中はサイードの殺害を受けたのだ。利害が対立する。

 仮に利害の対立がなくとも、話を持ちかける気はないが。

 ふと、男が寄って来た。

 知らない顔じゃない。しかしなんというか、この業界の名物みたいな男だった。いや疫病神だな。自称シルバーイーグル。初老というより、すでに老人だ。いつも手が震えている。

「ハマノ、仲間を探してるんだって?」

「山野です。まあ、探してると言えば探してますけど」

 するとシルバーイーグルは、ニッと歯の抜けた笑顔を見せた。

「一千万だってな。元ランカーのシルバーイーグルさまが相談に乗ってやってもいいぜ」

「誰から聞いたんです?」

「見ろよあのはしゃぎよう。あんなにデカい声で話してりゃ、嫌でも聞こえる」

 言われるまま目を向けると、星たちが大ハッスルしていた。まあ三人合わせて三千万のビッグビジネスだ。騒ぎたくなる気持ちも分かる。

 老人は席につき、スキットルからぐびぐびウイスキーをやった。

 オールバックの白髪に、くたびれたチェックのグレースーツ。時代遅れの気取った殺し屋だ。元ランカーって肩書も怪しい。

「シルバーイーグルさん、今回は危険な仕事なんで、精鋭で揃えようと思ってるんです」

「ハッ! 精鋭? 笑わせんじゃねーよ。あのヒヨッコどもが精鋭? トーシロの集まりじゃねーか」

「少なくともマリーはランカーですよ」

「おめぇはいくつだ?」

「えっ?」

「ランキングだよ! 俺ァな、ちょっと前まで三位だったんだぞ? 一位のなんとかって野郎は存在しねーって話だから、実質二位だ。いや、その理屈で言うと、俺が一位ってことになるな」

 どんな理屈だよ。

 まあ一位のドン・カルロスが架空の人物ってのは業界での共通認識だけど。それでも二位だ。

「昔の話ですよね?」

「ちょっと前だって言ってんだろ!」

「けど、健康状態は……」

「あ? 健康状態だァ? 医者みてーなこと言ってんじゃねーぞ。俺ァな、学生のころは一日も休んだことがねーんだよ! 健康に決まってんだろ!」

「銃は撃てます?」

「おめぇバカにしてんのか!? 撃てるに決まってんだろ! ンなもんはな、トリガー引いたら弾が出るようになってんだよ」

 そう言われても、いままさにぶるぶる震えてらっしゃるんですが。

 うーん、しかし困ったぞ。

「あのー、俺には決められないんで、青猫さんと直接交渉してもらえます?」

「はっ?」

「俺、ただの代理なんで」

 するとシルバーイーグル、ひときわぷるぷるし始めた。

「い、いや……それはアレだ……そのー」

「なにか問題が?」

「あいつら、あんまり俺のこと尊敬してねーみてーで……」

「……」

「だからよー、おめぇから言ってやってくんねーか? なっ? 先輩は大事にするもんだぜ」

 物は言いようだな。先輩なら先輩らしくして欲しいものだが。

 俺は思わず溜め息をついた。

「分かりました。じゃあ俺から交渉しておきます。ただし、あんまり期待しないでくださいよ。ホントに危険な仕事なんですから」

「おいおい、俺のことを誰だと思ってんだ? 元ランカーのシルバーイーグルさまだぞ? 危険な仕事には、危険な男がピッタリだろ? なっ?」

 いろんな意味で危険な男だな。

「ま、よろしく頼むぞ。最後は俺がいてよかったって絶対なるから。なっ? ガハハ」

 俺の背中をバンバン叩き、シルバーイーグルは去った。千鳥足だ。

 こんな爺さんに一千万の価値があるとは思えないな。


 やがて青猫が来た。三人一緒だ。

 俺がカウンターに近づくと、砂原は気さくに片手をあげた。

「よっ。どうだ? 集まったか?」

「それが、ナンバーズは全滅で……」

「あー、いい、いい。そんな顔しないでくれ。あんたが交渉してダメなら、俺たちが行ってもダメってことだ」

 なんて器のデカい男なんだ。俺もこういうリーダーの下で働きたかった。

 俺はマスターにビールをオーダーし、こう続けた。

「代わりと言っちゃなんですが、四人ほど……いや五人ほど話をつけたんですが」

「誰だ?」

「六原三郎と、星、杉下、マリー、あとはシルバーイーグル……です」

 すると砂原も、さすがに苦笑になった。

「あの爺さんか。あんたが勧誘したのか?」

「いやー、話を聞きつけて勝手に来ちゃいまして。けど、断る準備はできてます」

「なるほど」

 マスターが酒と謎の塊を用意した。

 砂原はそれに手を付ける前に、仲間たちへ向き直った。

「ふたりはどう思う?」

 すると青村雪が鋭い目を向けた。

「私は反対。あの老人が、料金分の仕事をするとは思えない」

 カメレオンも静かに「同感だ」とうなずいた。

 評判が悪すぎる。これはきっとなにかやらかしたってことだな。

 砂原はしかし即断しなかった。

「じゃあ、ひとまず補欠に回しておくか。頭数が揃わないよりはマシだろう」

 ひっかかる言い回しだ。

 俺はやや遠慮しつつもこう尋ねた。

「二十人、集まりそうですかね」

「厳しいな。今回、キラーズは誘えない。しかもナンバーズは全滅。となると、そこらの組合員に片っ端から声をかけるしかない。額が額だけに、今回はランカーも乗ってくると思うんだが。フラッシュバムは検非違使の仕事がNGだし、枕石居士ちんせきこじはナンバーズがNGだ。となると残るはホリオカだけだが……」

 するとカメレオンがつぶやくように言った。

「ホリオカはフランスだ」

「旅行中なんだよな。かなり渋い状況だな……」

 あとは一位のドン・カルロスだが、誰もこいつの姿を見たことがない。まあ架空の人物なんだろう。

 砂原は塊を齧り、ウイスキーをやった。

「しかし意外だな。あんたなら、機構の連中にも声をかけると思ってたんだが」

「機構? サイードさんに?」

「今回の保護対象なんだ。どうせ一緒にやることになるんだぜ」

「それもそうですね」

 あまりに当事者すぎて忘れていた。

 だがサイードを入れたとして、しかもシルバーイーグルも含めたとして、全部で十人だ。やっと目標の半分。

 そもそも、たったの二十人で東アジア支部に挑むのも無謀なのだ。なのに、その半分しか集まっていない。

 ほかにも名の知れた組合員はいるのだが、ハバキの仕事を専門にしてるような輩ばかりだ。検非違使の仕事なんてやるわけがない。

 となると、残りのメンバーは俺のようなペーペーで埋めるしかない。シルバーイーグルでもいないよりマシという、哀しい状況になってきた。

 ふと、砂原が塊を齧った。

 この人は、いつもなにを食ってるんだろうな。砂糖の塊のように見えるが。

「砂原さん、それ、おいしいですか?」

「これか? いや、うまくはない。ただ、無性に食いたくなるんだ。まあ、一族のサガみたいなもんだ」

「一族?」

「意外だな。知ってるもんだとばかり思ってたが。こいつは砂の塊だ。普通の人間が食ったら腸が詰まる」

「えっ」

「聞いたことないか? 砂喰すなばみだよ。むかしはサンドイーターとも呼ばれてたかな。爺さんは、ザ・ワンともやりあったナンバーズの初期メンバーなんだが。まあ、昔の話だしな」

 初期メンバーの一族だったのか。しかしいま参加していないところを見ると、途中で抜けたってことらしいな。いろいろあったのか。

 にしても、例のサンドイーターがこんなところにいたとは。サイードの話では、妖精たちから妖精文書を盗み出した窃盗団とかいう話だった。まあ、その話はここでは蒸し返せないが。

 ともあれ、可能な限り人を集めなくては。東アジア支部を追っ払うためなら、ペギーを連れて来てもいい。もし俺たちがシクったら、そのうち他界も安全ではなくなるんだからな。


(続く)

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