リクルーター 二
話をもらった翌日、俺はすぐに行動を開始した。したのだが、結論から言えば収穫はほぼゼロといっていいものだった。
人質であるはずのナインには断られ、助けようとしている六原一子にすら渋い顔をされ、セヴンやトゥエルヴには鼻で笑われ、黒羽麗子にいたっては顔を合わせた瞬間に拒否された。
他の面々については、連絡先さえ知らない。
結局、ナンバーズは全滅。話をつけられたのは六原三郎だけだった。じつに素晴らしい相棒だ。金額を告げた瞬間に快諾してくれた。
その晩、俺は失意のままニューオーダーにいた。
青猫の姿はない。キラーズも下っ端しかいない。めぼしい人材といえば、星と杉下、マリーくらいだろう。
砂原は、十六人全員を用意しろとは言わなかった。かといって三郎だけ連れて行ってもいい顔はしないだろう。あまり時間もない。ここはなりふり構っている場合ではないかもしれない。
俺は席を立ち、星とマリーのテーブルへ向かった。
「ちょっといいかな」
「ナンパはお断りよ」
睨みつけてきたのはマリーだ。今日も手が震えている。
ジョークのつもりか。
俺は無視して椅子をひき、つとめて冷静に腰をおろした。
「仕事をする気はないか?」
足元を見られてはいけない。あくまで余裕の表情でやらねば。
しかし応じる星は、なぜか渋い表情だった。
「いや、その前にさ。ナインの件、どうなったの? 俺ずっと待ってんだけど」
「聞いたよ。聞いたけど、知らないって」
「そりゃそう言うに決まってんでしょ。ちゃんと突っ込んで聞いてくれたの?」
「証拠もナシに?」
「証拠? あるでしょ! 灰がさ!」
「いや、そうは言うけどさ。ナインさんに罪を押し付けようとして、誰かが灰をまいたのかもしれないでしょ? 灰ってだけじゃ、ちょっと押せないよ」
これは思いつきのイイワケだったのだが、星はハッとしたように目を丸くした。
「マジかよ? それ一理あるわ。だっていかにもじゃん。露骨じゃん。灰って言ったらナインって思うし。けど、じゃあ誰なん? 俺の事務所を灰だらけにして、スーツまで脱ぎ捨てていったの。意味分からなすぎなんだけど!」
そういや全裸だったな。
俺は彼らのテーブルから、勝手にチョコをひとつもらった。
「そろそろ本題に入ってもいい? ひとりあたり一千万の大仕事なんだけど」
「一千万!?」
星が椅子からずり落ちそうになった。
まあ普通、そうなる。数字が異常ってだけじゃない。額のデカい仕事は、それだけ危険ということだ。
俺はチョコを味わいつつ説明を続けた。なめらかな口溶けだ。
「依頼主は検非違使。内容は、国内から東アジア支部を一掃すること。俺はいま、その仕事の参加者を集めてる」
マリーが眉をひそめた。
「なんであんたがそんなデカい仕事をまとめてんの?」
「俺に来た仕事じゃないよ。青猫さんに頼まれたの」
「ふん、面白くないね。どいつもこいつも青猫青猫って。検非違使と癒着してるだけのクソチームじゃない」
この暴言に、星が慌てた。
「いやいや、姐さん、一千万ですよ? 蹴るんですか?」
「蹴るとは言ってないでしょ。ただ、気に食わないだけよ。特にあのカメレオンってヤツ。いつだったか、あたしの背後から撃ってきたんだから。これバックからパコられたようなもんよ? 乙女の純潔をなんだと思ってんのよ」
「よくそれで殺されませんでしたね」
「わざと外したってことでしょ。そこが一番ムカつくのよ。つまりはいつでもヤれるってことよ。なんなの? ストーカーなの? 変質者なの? いつかあいつのケツに穴ァ空けてやるから」
「すでにイッコ空いてると思うんですけど」
「じゃあもうイッコ空けてやるわよ。今後はダブル穴太郎に改名させてやるわ」
クスリが切れたとしか思えない発言だ。ライフル弾でケツに穴を空けられたら、改名する前に死体になる。
するとマリーは、急にこちらへ向き直った。
「一千万ってのは本当なのよね? じゃあ受けるわ。タダ働きなんて二度とゴメンよ」
また検非違使にこき使われたのか。
俺はうなずきつつも、隣のテーブルの杉下に声をかけた。
「杉下さん、いまの話、聞いてました? よかったら一緒にやりませんか?」
するとピスタチオの殻で遊んでいた杉下は、ハッと顔をあげた。
「あ? いまカナコとハムスターのレースで忙しいんだが……」
「じゃあいいです」
「いや待て。一千万だろ? やるぜ。カナコの優勝を盛大に祝ってやりたいからな。いままで俺、兄貴らしいことなにもできなくて……。カナコ、悪かったな。お兄ちゃんは元気です」
「……」
ともあれ、これで四人目だ。
残りは十二人。
微妙な成果だが、青猫が来たら報告するとしよう。向こうも何人か集めてるはずだからな。
彼らのテーブルを離れ、俺はひとりで飲み始めた。
まだ青猫は来ていないが、店には徐々に人が増え始め、キラーズのテーブルも盛り上がってきた。
もちろんキラーズに協力を要請するわけにはいかない。連中はサイードの殺害を受けたのだ。利害が対立する。
仮に利害の対立がなくとも、話を持ちかける気はないが。
ふと、男が寄って来た。
知らない顔じゃない。しかしなんというか、この業界の名物みたいな男だった。いや疫病神だな。自称シルバーイーグル。初老というより、すでに老人だ。いつも手が震えている。
「ハマノ、仲間を探してるんだって?」
「山野です。まあ、探してると言えば探してますけど」
するとシルバーイーグルは、ニッと歯の抜けた笑顔を見せた。
「一千万だってな。元ランカーのシルバーイーグルさまが相談に乗ってやってもいいぜ」
「誰から聞いたんです?」
「見ろよあのはしゃぎよう。あんなにデカい声で話してりゃ、嫌でも聞こえる」
言われるまま目を向けると、星たちが大ハッスルしていた。まあ三人合わせて三千万のビッグビジネスだ。騒ぎたくなる気持ちも分かる。
老人は席につき、スキットルからぐびぐびウイスキーをやった。
オールバックの白髪に、くたびれたチェックのグレースーツ。時代遅れの気取った殺し屋だ。元ランカーって肩書も怪しい。
「シルバーイーグルさん、今回は危険な仕事なんで、精鋭で揃えようと思ってるんです」
「ハッ! 精鋭? 笑わせんじゃねーよ。あのヒヨッコどもが精鋭? トーシロの集まりじゃねーか」
「少なくともマリーはランカーですよ」
「おめぇはいくつだ?」
「えっ?」
「ランキングだよ! 俺ァな、ちょっと前まで三位だったんだぞ? 一位のなんとかって野郎は存在しねーって話だから、実質二位だ。いや、その理屈で言うと、俺が一位ってことになるな」
どんな理屈だよ。
まあ一位のドン・カルロスが架空の人物ってのは業界での共通認識だけど。それでも二位だ。
「昔の話ですよね?」
「ちょっと前だって言ってんだろ!」
「けど、健康状態は……」
「あ? 健康状態だァ? 医者みてーなこと言ってんじゃねーぞ。俺ァな、学生のころは一日も休んだことがねーんだよ! 健康に決まってんだろ!」
「銃は撃てます?」
「おめぇバカにしてんのか!? 撃てるに決まってんだろ! ンなもんはな、トリガー引いたら弾が出るようになってんだよ」
そう言われても、いままさにぶるぶる震えてらっしゃるんですが。
うーん、しかし困ったぞ。
「あのー、俺には決められないんで、青猫さんと直接交渉してもらえます?」
「はっ?」
「俺、ただの代理なんで」
するとシルバーイーグル、ひときわぷるぷるし始めた。
「い、いや……それはアレだ……そのー」
「なにか問題が?」
「あいつら、あんまり俺のこと尊敬してねーみてーで……」
「……」
「だからよー、おめぇから言ってやってくんねーか? なっ? 先輩は大事にするもんだぜ」
物は言いようだな。先輩なら先輩らしくして欲しいものだが。
俺は思わず溜め息をついた。
「分かりました。じゃあ俺から交渉しておきます。ただし、あんまり期待しないでくださいよ。ホントに危険な仕事なんですから」
「おいおい、俺のことを誰だと思ってんだ? 元ランカーのシルバーイーグルさまだぞ? 危険な仕事には、危険な男がピッタリだろ? なっ?」
いろんな意味で危険な男だな。
「ま、よろしく頼むぞ。最後は俺がいてよかったって絶対なるから。なっ? ガハハ」
俺の背中をバンバン叩き、シルバーイーグルは去った。千鳥足だ。
こんな爺さんに一千万の価値があるとは思えないな。
やがて青猫が来た。三人一緒だ。
俺がカウンターに近づくと、砂原は気さくに片手をあげた。
「よっ。どうだ? 集まったか?」
「それが、ナンバーズは全滅で……」
「あー、いい、いい。そんな顔しないでくれ。あんたが交渉してダメなら、俺たちが行ってもダメってことだ」
なんて器のデカい男なんだ。俺もこういうリーダーの下で働きたかった。
俺はマスターにビールをオーダーし、こう続けた。
「代わりと言っちゃなんですが、四人ほど……いや五人ほど話をつけたんですが」
「誰だ?」
「六原三郎と、星、杉下、マリー、あとはシルバーイーグル……です」
すると砂原も、さすがに苦笑になった。
「あの爺さんか。あんたが勧誘したのか?」
「いやー、話を聞きつけて勝手に来ちゃいまして。けど、断る準備はできてます」
「なるほど」
マスターが酒と謎の塊を用意した。
砂原はそれに手を付ける前に、仲間たちへ向き直った。
「ふたりはどう思う?」
すると青村雪が鋭い目を向けた。
「私は反対。あの老人が、料金分の仕事をするとは思えない」
カメレオンも静かに「同感だ」とうなずいた。
評判が悪すぎる。これはきっとなにかやらかしたってことだな。
砂原はしかし即断しなかった。
「じゃあ、ひとまず補欠に回しておくか。頭数が揃わないよりはマシだろう」
ひっかかる言い回しだ。
俺はやや遠慮しつつもこう尋ねた。
「二十人、集まりそうですかね」
「厳しいな。今回、キラーズは誘えない。しかもナンバーズは全滅。となると、そこらの組合員に片っ端から声をかけるしかない。額が額だけに、今回はランカーも乗ってくると思うんだが。フラッシュバムは検非違使の仕事がNGだし、枕石居士はナンバーズがNGだ。となると残るはホリオカだけだが……」
するとカメレオンがつぶやくように言った。
「ホリオカはフランスだ」
「旅行中なんだよな。かなり渋い状況だな……」
あとは一位のドン・カルロスだが、誰もこいつの姿を見たことがない。まあ架空の人物なんだろう。
砂原は塊を齧り、ウイスキーをやった。
「しかし意外だな。あんたなら、機構の連中にも声をかけると思ってたんだが」
「機構? サイードさんに?」
「今回の保護対象なんだ。どうせ一緒にやることになるんだぜ」
「それもそうですね」
あまりに当事者すぎて忘れていた。
だがサイードを入れたとして、しかもシルバーイーグルも含めたとして、全部で十人だ。やっと目標の半分。
そもそも、たったの二十人で東アジア支部に挑むのも無謀なのだ。なのに、その半分しか集まっていない。
ほかにも名の知れた組合員はいるのだが、ハバキの仕事を専門にしてるような輩ばかりだ。検非違使の仕事なんてやるわけがない。
となると、残りのメンバーは俺のようなペーペーで埋めるしかない。シルバーイーグルでもいないよりマシという、哀しい状況になってきた。
ふと、砂原が塊を齧った。
この人は、いつもなにを食ってるんだろうな。砂糖の塊のように見えるが。
「砂原さん、それ、おいしいですか?」
「これか? いや、うまくはない。ただ、無性に食いたくなるんだ。まあ、一族のサガみたいなもんだ」
「一族?」
「意外だな。知ってるもんだとばかり思ってたが。こいつは砂の塊だ。普通の人間が食ったら腸が詰まる」
「えっ」
「聞いたことないか? 砂喰みだよ。むかしはサンドイーターとも呼ばれてたかな。爺さんは、ザ・ワンともやりあったナンバーズの初期メンバーなんだが。まあ、昔の話だしな」
初期メンバーの一族だったのか。しかしいま参加していないところを見ると、途中で抜けたってことらしいな。いろいろあったのか。
にしても、例のサンドイーターがこんなところにいたとは。サイードの話では、妖精たちから妖精文書を盗み出した窃盗団とかいう話だった。まあ、その話はここでは蒸し返せないが。
ともあれ、可能な限り人を集めなくては。東アジア支部を追っ払うためなら、ペギーを連れて来てもいい。もし俺たちがシクったら、そのうち他界も安全ではなくなるんだからな。
(続く)




