プロテクション
じつにクソな話だが、セヴンの情報は小出しもいいところだった。
俺たちに仕事を断られた黒羽さやかは、なぜか機構の日本支部へ向かったらしい。しかしここでも断られ、次に東アジア支部と接触した。が、交渉がどうなったのかは不明だが、そのまま拉致されてしまったということだ。
十万での情報はここまで。
次、敵の居場所と、その戦力の情報で十万。
そしてもし助けが必要な場合、可能な限りサポートするという契約で二十万。
計四十万がぶっ飛んでいた。
重課金にも程がある。
かと思うと、今度は黒羽麗子から電話が来た。
「話は聞いたわ。あなたたちが協力してくれるのね?」
「早いですね。その話はセヴンさんから?」
「情報元は開かせないわ。たとえその答えがイエスだったとしてもね。サイードさんを車で向かわせるわ。合流して現場へ向かって」
「了解」
サイードにとっては挽回のチャンスってわけだ。
「犯人からの要求は?」
「いまのところないわ。ひとまず捕らえておいて、あとでなにかの交渉に使う気なのかも。少なくとも、彼女が捕まっている限り、こっちはひとつも動けないわ」
「なるほど」
俺は念のため、こうも確認した。
「ところで、この件に俺たちが絡んでる理由については……」
「蛇はプロなのよ? 必要な情報以外、出すわけないでしょ? それともなに? あなたの口から説明してくれるの?」
「いえ、まあそれは……」
「ともかく、いまはさやかさんのことをお願い。彼女さえ無事なら、なにも追求しないと約束するわ」
「ベストを尽くしますよ」
「お願いね」
麗子の声は切羽詰まっていた。
たしかに姪はかわいい。しかし麗子の慌てようは、まるで自分の娘でも誘拐されたかのようなありさまだった。いくら一族の跡継ぎとはいえ。
*
サイードはカマロで来た。
傷ひとつないところを見ると、ナインからは許されたようだ。
「乗れ。案内する」
「場所は分かってるんですか?」
俺の問いに、サイードはふっと笑った。
「ああ。どっかのお人好しが情報屋に金を払ったらしいからな」
「なるほど。親切なヤツもいたもんですね」
「銃はあるか? ダッシュボードにグロックがある。よければ使ってくれ」
「助かります」
ペギーも使っていたグロック17だ。まあ、なんとか使えるだろう。
俺は外から見られないよう銃を確認しつつ、こう続けた。
「けど不思議だなあ。蛇はどうやって居場所を特定したんですかね? 早すぎませんか?」
「あとから特定したんじゃないだろ。最初からマークしてたんだ。連中、問題を起こしそうな組織は常に監視してるからな。今回の件が、たまたまその網にかかったってことだ。そして金を払いそうなやつに商談を持ちかけた、と」
「俺、カモられただけじゃないですか……」
「検非違使から規定の額が出るそうだ。それで我慢するしかない」
情報屋に払った額が四十万。それを三郎と折半したから二十万。検非違使は一人あたり三十万払うから、差し引き十万の仕事だ。
ま、金の話はあとでいい。もしかしたら五千万だか一億だかが手に入る可能性があるわけだしな。
*
到着したのは新宿の雑居ビルだった。
なかば廃墟のようなボロいビルがひしめき合っている。またいかにもな場所に連れ込んだものだ。
カマロから降りて、サイードは言った。
「そういやスナイパーも手配したって話だったが」
「えっ?」
俺は反射的に身をかがめた。
三郎もヤツのヤバさは理解しているらしく、さっと物陰に身をひそめた。
ぼけっと突っ立ってたら殺される。
これに噴き出したのはサイードだ。
「おいおい、そっちじゃない。青猫のほうだ」
「なんだ、カメレオンですか。それ先に言ってくださいよ」
信頼できるほうのスナイパーだ。
カメレオンは青猫のメンバーだが、単独でも仕事を受ける。暗殺からサポートまでなんでもこなすオールラウンダーだ。ランキングは二位。
けどこんな街中でぶっ放して平気なんだろうか。銃声で通報されるぞ。いや、その点については、俺たちも人のことは言えない。サプレッサーなんてつけずに発砲している。特にサイードのデザートイーグルときたら、いまここで撃ってますと言わんばかりの爆音だ。
ま、警察への対処は検非違使に任せるとして。
「じゃ、さっそく始めますか」
俺は先頭を歩き出した。
ここでなら例の能力を披露してもいい。もうコツはつかんだから、いつでも出せる。視界の外から不意をつかれさえしなければ、たいていの攻撃は無効化できるだろう。
三郎がふっと笑った。
「山野さん、やる気だな」
「言っておくが、べつに相手が女子高生だから張り切ってるわけじゃないぞ」
「けど実際どうなんだ? 拉致られたのがおっさんだったら、こんなにやる気になったかな」
なってないだろうな、少なくとも六原三郎は。なにせ俺が穏健派に拉致られたとき、救出してくれなかったしな。
だが俺はしいてその話題から離れ、こう応じた。
「女がどうこうってより、そもそもあの子はまだ子供だからな。大人なら自己責任で済ませてもいいけど。さすがに今回のは気の毒だよ。仕事を依頼しに行っただけなのに」
「言えてんな」
通行人がカマロをスマホでパシャパシャやっていたが、俺たちは気にせず歩を進めた。
カビ臭い雑居ビルだった。
のみならず、消防法にひっかかりそうな散らかり具合だ。通路に容赦なくダンボールが積まれている。
蛇の情報によれば、誘拐犯がいるのは三階。
ドアの前に立つと、サイードが鍵を突っ込んだ。さも自宅のように解錠し、ドアを開けた。
「え、どういうこと?」
「俺に聞くな。ドクターから渡されたんだ」
これも蛇が手配したのか?
サポートの二十万はムダにならずに済んだってことか。
内部は店舗のようになっていた。CDやレコードが並べられ、レジカウンターまで据えられている。しかし電気はついていない。六原三郎が無警戒に電気をつけた。
奥の通路から様子を見に来た一人の男が、目を丸くして引き返した。その背へ向けて、俺とサイードが同時に発砲。
どっちの弾が当たったのかは分からないが、そいつはスピンしながら死んだ。
三郎が駆けた。
奥には想像以上に人がいたらしく、怒声があがった。ガシャーンとガラスの割れる音もした。これじゃ五分以内に警察が来る。
俺も奥へ突入し、全身にバリアをみなぎらせながら敵へ狙いを定めた。飛んできたティッシュ箱の角が頭に直撃したが、痛くも痒くもない。俺の防御は完璧だ。
トリガーを引くと、グロック17は軽快な音を立てた。なんていうか、思ってたより扱いやすい。いい銃じゃねーか。もしかして俺のP226より使いやすいのでは。でもあの銃、かっこいいしな……。
敵の抵抗はほとんどなかった。
適当に撃っていると、いつの間にか戦闘は終わっており、あたりは静けさに包まれた。
いや静かじゃないな。遠くからパトカーのサイレンが響いている。夜中にすまんな。
床は死体だらけだ。ざっと確認した限り、黒羽さやかは転がっていない。死んでいるのは東アジア支部の構成員だけ。男だけでなく、女もいた。廊下の死体も含めて計十一名。この部屋で共同生活でもしていたか。
連中はほぼ頭を撃ち抜かれ、こちら側に倒れ込んでいた。窓の外から撃たれたんだろう。カメレオンの仕事だ。もしあんなのが敵に回ったら、命がいくつあっても足りないな。バリアが効けばいいけど。
三郎はクローゼットを開いたりベッドの下を覗き込んだりと、さやかの姿を探し始めた。
「いたぞ」
廊下へ向かっていたサイードが声をあげた。
さやかがいたのは、空の浴槽の中。両手両足を縛られ、横倒しになっていた。口をタオルでふさがれてもごもご言っている。まあ、死んでいないならそれでいい。
三郎が真空波でロープを切り、タオルも取ってやった。
「よう、怪我はないか」
「お、おっ……」
「お?」
「遅いでしょうっ! なにをやっていたのっ!? わたくしっ、わたくしは……」
うーんさすがは黒羽一族。礼より先に苦情が来たぞ。
三郎は溜め息をついた。
「ひっぱたいてもいいが、ま、それは黒羽麗子に任せるか。ほら立てよ。元気なんだろ?」
「でも……」
さやかは怯えきっており、まだ立てないようだった。泣いてはいないが、ぶるぶる震えている。
俺の缶ビールをオシャカにはできたが、ロープを切って逃げることはできなかったようだ。さすがに手首のロープは近すぎたか。
玄関口が騒がしくなってきたので、サイードが「ちょっと対応してくる」と行ってしまった。誰かが警察に事情を説明しないといけない。
三郎は浴槽の縁に腰をおろし、ふっと笑った。
「だから忠告しただろ。忘れろって」
「でも……情報屋さんが、機構の人なら協力してくれるかもって言うから……」
おいおい。
どうりでさやかが機構なんかに接触できたわけだ。
そしてまた、蛇の情報が速かった理由も分かった。さやかに情報を売ると同時に、機構のマークを始めたのだろう。事件に発展するのは明白だった。抜け目ない連中だ。マンションの鍵まで持ってたってことは、普段から機構と接触してた可能性もある。顧客としてか、標的としてかは知らないが。
外へ出ると、警察の非常線が張られていた。
しかし検非違使から話は通っているから、俺たちは捕まることなくカマロに乗り込めた。若い警察官が不満そうにしていたが、上司がそれをたしなめた。
まあ、こっちとしても公権力の代理でやってるだけだ。恨まれる筋合いはない。
警察がブルーシートで隠してくれているが、野次馬がスマホで容赦なくパシャパシャやってきた。
検非違使の庁舎についたのは深夜というより、なかば明け方だった。空が白みかけている。
エントランスで待ち受けていた黒羽麗子は、やつれた表情をしていた。
「さやかさん! 無事でよかった!」
「叔母さま……」
ひしと抱き合う二人。
いやいやそこはビンタだろ。硬球投げろとまでは言わないけど。身内にアマすぎるよ。
「ごめんなさい、叔母さま。わたくし、その……」
「いいのよ、さやかさん。疲れたでしょう? 今日はもうおやすみなさい。お話は、あとで元気になってから。ねっ?」
「はい」
ウソだろ?
黒羽麗子って、こんなに寛容な人間だったっけ?
いやしかし叔母さまはいいんだが、肝心のお母さまはどちらにいらっしゃるんだ? 屈強そうな黒服のおっさんしかいないようだが。
麗子は、さやかを男たちにあずけると、疲れ切った顔でこちらへやってきた。
「あなたたちにも世話になったわね。感謝するわ」
三郎が顔をしかめた。
「情報に四十万かかったんだが」
「そうみたいね。私が出すわ」
「そうか……。いや、それはいいんだが……なんていうか……」
三郎はそわそわした様子で口ごもっていた。
なんだ。
変なことを言い出すんじゃないだろうな。
麗子も不思議そうな顔になっている。
「なにかあったの?」
「いや、まあ、家族は大事にしたほうがいいんじゃないかと思ってな。それだけだ。気にするな」
言おうか言うまいか迷った挙げ句、最終的にそれしか言葉が出てこなかった様子だ。
まあ三郎の言う通りではある。あるが、それができないからこんな状況になってるわけなのだ。彼女たちには彼女たちの事情ってもんがある。
しかし麗子は、めずらしく反論もナシに受け入れた。
「そうね。ありがとう。大事なことだわ」
本当に、どうしちまったんだ。
人を人とも思わぬ女だと思っていたのに。俺の腹には硬球をぶち込むし。これじゃあまるでイッパシの真人間みたいじゃないか。
ま、それこそ家庭の事情ってやつか。
ともあれ、東アジア支部は、黒羽という業界の火薬庫に手を出してしまった。総力戦は避けられないだろう。黒羽には、検非違使とナンバーズ、そして機構の日本支部がつく。もし正面からぶつかれば、東アジア支部は消し飛ぶことになるだろう。
あくまで、このままいけば、という注釈はつくにせよ。
(続く)




