表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/70

殺りサーの姫

 入院は二泊三日で終わった。

 腹は痛いままだ。ずっとアザになっている。回復能力には変化ナシ。こんな事実を確認するために、二日もビールを禁止されたとは。

 その後、黒羽麗子から渡された診断書を手に、組合で能力に関する手続きをした。銃なら誰が撃ったか特定できるが、能力だとそうはいかないから、事前に申請をしておかねばならない。これを無視してあとで発覚ということになると、罰金を課せられる。その罰金を無視すると組合から殺処分のターゲットに指定される。なにもいいことはない。


 手続きを終えた俺は、まだ仕事を受ける気にもなれず、ビールを飲み始めた。

 時刻は十五時を少し回ったところ。

 平日の昼間に飲むビールは最高だ。

 組合員の姿はまばらで、キラーズもおとなしくしている。俺はスマホを取り出し、巨人の動画を観た。最初に投稿されたものはすでにアカウントごと削除されていたが、別アカウントからの投稿はいくらでも見つかった。

 画面内では、巨人が尻もちをつき、土蜘蛛がわらわらと取り付いている。俺は石を投げている。キャプションの日本語の怪しさも手伝って、海外の特撮ファンが頑張って作った映像、という印象を受けた。「超能力者が神様を生き返るから殺します。私たちは許しません事実です。日本人民は今知ってください」と言われてもな。日本支部ならもっと上手に説明できただろうに。

 結局、この動画の影響力がどんなものなのか、いまいち判断できない状況だ。今後いろいろ情報が漏れれば、点と点がつながって、この映像の意味も知られることになりそうではあるが。


 店に来客があった。

 星と杉下だ。神経質そうな顔の杉下はともかく、今日は星までもが厳しい表情をしていた。

 いや、待てよ。そういえば、星の倉庫を襲撃したヤツがいたな。そいつの正体がバレてなければいいけど。

 俺はなんとなく顔を背け、スマホに集中した。

「山野さん」

「は、はい?」

 ダメだ。まっすぐこっち来やがった。

 星は思い詰めた表情でこう告げた。

「仕事受ける気ない?」

「えっ?」

「じつは俺、狙われてて」

「……」

 まさか、まだ犯人を特定できていないのか? あるいは知っているのに知らないフリをして、俺を罠にハメようとしている?

「狙われてるって、誰に?」

「たぶんナンバーズ・ナインだと思うんだけど。こないだ事務所やられちゃってさ。いたるところ灰まみれだったんだよね。山野さん、ナインと面識あったでしょ? なんか聞いてない?」

「えっ? あー、どうだろうな……。俺、ここ数日ぷらぷらしてたから」

 すると杉下が勝手に席についた。

「あのクスリはキくぜ。オーシャンブルーだ。海は生命の母だろ? それを台無しにするなんて、どう考えても異常だぜ。たぶんいま国民投票したら、そいつ死刑になるぞ。カナコもそう言っている」

 日本語でお願いします。

 星も席についた。

「作戦会議しようぜ。このままじゃ俺、ハバキさんに怒られちゃうよ。格安で回してもらったのに、商品台無しにしちまって」

「でも買い取りなんでしょ?」

「そうだけど、サバくの前提で値下げしてもらってるから、サバけなかったらダメなんだよ。てか新型出たの知ってる? 深海デプスっていうんだけど。その箱だけやられてんの。どう考えても妖精絡みでしょ。あ、深海デプスっていうのは、妖精から抽出されたエキス使ってるらしいんだけど。ワンパケ三千でサバいてんの。安くない? 欲しかったら言ってね」

 もういらないよ。そいつはすでに一生分吸わされた。

 俺はなんてことない顔で尋ねた。

「監視カメラとかはつけてないの?」

「ないない! だって、カメラなんか置いてたら証拠残っちゃうでしょ? ダメだって」

 やましいことをしてるからそうなるんだよ。

 俺はもったいぶってこう応じた。

「でもなー。ナインさんに話を聞くのはいいけど。俺、あんまり協力できないと思うよ」

「なんで? 一緒に仕事した仲じゃん?」

「それはそうなんだけどさ。ハバキさんの仕事、いい思い出ないから」

「そんなこと言わずにさー。六原さんと一緒に協力してよ。マジ頼むって」

 俺じゃなくて三郎狙いか。

 こいつ、いまの俺さまが能力者だってことを知らないらしいな。まあ知らないままでいいけど。こういうのは吹聴するとすぐ悪用される。手持ちのカードをバラすのは軽率な人間のやることだ。

「ナインさんに聞いてから判断するよ。ヤバくなかったらね」

「いやいやいやー、そうは言うけどさ。協力してくれるって俺信じてるから! ねっ!? くれぐれもよろしくねっ! またなんかあったら連絡すんねっ!」

 すると星はクソみたいにノリノリで去っていった。杉下に至っては俺のナッツを鷲掴みで食っていった。少しは遠慮しろよ……。


 結局、ナインも三郎も姿を現さなかった。

 その代わり、三郎から自宅に呼び出された。

 住所は世田谷の、倒壊しそうなボロアパートだ。すべての部屋をひとりで借りている。まあそれはいいんだが、古い上に掃除もしていないから非常に小汚い。虫も出るしネズミも出る。そして食物連鎖の頂点たる姉も、屋根裏や窓から入ってくる。地獄のような場所だ。

 できることなら行きたくなかったが、どうしても来てくれということなので、俺は渋々そこへ向かった。


 老朽化で音の歪んだチャイムを鳴らすと、三郎はすぐに顔を出した。

「よう、早かったな」

「ビール買ってきたぜ」

「さすがだな。あがってくれ」

 なにがさすがなんだよ。ビールを飲む以外にやることがあるのか。

 俺を先にあげ、三郎は外を覗き込んだままキョロキョロした。

「ツケられてないよな?」

「誰に?」

「姉貴だよ。来客があると、必ずついてくるからな」

「ついてくるもなにも、ここの屋根裏に住んでるんじゃないの?」

 俺は軽くジョークを飛ばしつつ、リビングに入った。

 すると信じられないことに、少女がちょこんと座していた。

 犯罪のにおいがする!

 そいつはゴシック調の服を着た、黒髪縦ロールの少女だった。歳は十六、七ってところか。見るからに小綺麗で、この部屋には似つかわしくない。よくできたシリコン人形、というわけではなさそうだ。

 三郎はドアに施錠し、複雑そうな表情で戻ってきた。

「そいつは黒羽さやかだ。黒羽麗子の姪だってよ」

「えっ」

 おどろいて振り向くと、さやかは首をかたむけた。

「はじめまして、黒羽さやかと申します」

「や、山野栄です……」

 すると三郎は、俺が持ったままのビニール袋からビールを一本抜いた。

「仕事の依頼があるそうだ」

「はっ?」

 待ってくれ。

 いま重要な局面なんだ。東アジア支部が介入してきて、ナンバーズと日本支部が手を組もうとしている。そのナンバーズは、ハバキにちょっかいをかけたばかりだ。なにが起きてもおかしくない。そこへ来て黒羽麗子の姪だと?

 さやかは少女とは思えない目つきで、こう告げた。

「祖母の殺害をお願いします」

「……」

 祖母? つまりは黒羽麗子の母親ってことだよな? 確か黒羽アヤメとかいう、黒羽グループの会長だ。もしそんなことをすれば大事件になる。

 三郎は笑いながら缶ビールを一口やった。

「五千万だと」

「五千万!?」

 デカすぎんだろ。死ぬぞ。というか、子供に払える額なのかよ。

 俺はようやく腰をおろし、さやかに尋ねた。

「でも厳しいぜ。そういう仕事は、組合を通してもらったほうが……」

 すると彼女は、キッと睨むような目になった。

「あなたバカですの? 組合を通せないから、わざわざこうしてここへ来てお話していますのに」

「なっ……。バカとはなんだ、バカとは。こう見えても俺は大学になあ、途中まで通ってたんだよ」

「どちらの大学ですの?」

「それは……アレだけど……個人情報だから!」

 なんだこいつ、強いぞ。

 いや俺が弱いだけか。大学の話なんてするんじゃなかった。

 三郎は鼻で笑った。

「小学校すら出てない人間もここにいるんだが。まあとにかくだ。ほかに頼める相手もいなかったそうでな。黒羽一族に恨みをもつ俺に頼みに来たんだそうだ」

「……」

 黒羽に恨みをもつランカーのところへひとりで来るとは。度胸があるのか無謀なのか。

 もっと言えば、俺も腹に硬球をぶつけられて、そこそこの恨みを抱いているところだ。当たり前だよなぁ?

 さやかはぐっとスカートをつかんだ。

「祖母のしていることは絶対に許せませんわ。お金のために妖精たちを殺して……素性のよくない方たちに売ったりして……。およそ人間のすることとは思えません!」

 なるほど、妖精の存在についても、黒羽の事業内容についても把握してるってわけか。

 しかし素性のよくない方ってのは、ハバキのことを言ってるのか。そんな上品な言い方しなくても、ヤー公とでも言えばいいのに。

 だがまあ、用件は理解できた。ナインや三角たちのやろうとしていることと近いなら、巻き込めないこともないだろう。なんだったらサイードでもいい。また麗子の怒りを買いそうだけど。

 俺は三郎に尋ねた。

「六原くんはどうなの? やるの?」

「やるわけないだろ、こんなの。内容はいいがな。問題は金だ。五千万だぞ? そんな額、こいつに出せるわけないだろ」

 これにさやかが猛反発した。

「ですからっ! お金は分割で必ずお支払しますっ! わたくしは黒羽宗家を継ぐ人間なのですからっ!」

「金を相続するつもりなら、親もぶっ殺さないとダメだろ」

「それは……でも……」

「いまその金がないんだろ? だったらダメだ。話にならない」

 するとさやかは腕を振るい、テーブルに置かれた俺の缶ビールを糸で両断した。

「わたくしにも黒羽の力はあります」

「うおおおっ、なにやってんだお前っ」

 三郎は慌ててティッシュを抜きまくり、テーブルを拭き始めた。

 まあ、ビールを切るのはアウトだな。なにせこいつは俺たちにとって崇拝の対象なんだから。クリスチャンの目の前で聖書を引き裂くようなものだ。

「たしかにわたくしはまだ学生ですけど、すぐに頂点に立ってみせますわ。五千万でダメなら、一億出します」

「いやいや、まずは謝れよっ! こんなことするやつの言うことなんて信用できるかっ!」

 これには三郎もマジギレである。

 やっぱり、こういうところは大事にしないとね。相手の大事なもの傷つけるのはダメだよ。彼女にとって、ビールがいかにくだらないものであったとしても。あと部屋がいかにクソ汚かろうと、さらに汚していいってわけじゃない。

「えっ、なんですの? ただのお酒で……」

 すると三郎はびしゃびしゃになったティッシュをビニールにぶち込み、こう返した。

「そういう傲慢なところ、いかにも黒羽って感じだぜ。いいか。あんたが嫌ってる婆さんも、おおかたそういう態度なんだろうよ。自分の考えが絶対で、他人のことなんて考えようともしない。似た者同士なんだろ? 仲良くやれよ。そして帰れ」

「えっ、そんな……」

「だいいち、あんたの言ってる五千万にしても、自分で稼いだ金じゃないだろ。婆さんからぶん取る予定の金で、その婆さんを殺せって言うんだろ? そういう発想がガキだっていうんだよ」

「で、でも、アルバイトは母から禁止されていますし……」

 さやかは泣きそうな顔になった。

 悪いけど、俺も三郎の言ってることのほうが正しいように感じる。こんな正論吐くような人間だったかどうかはともかく。いや、でも意外と常識人なんだよな。

 三郎は頑として譲らなかった。

「婆さんってくらいだからババアなんだろ? ほっときゃそのうち死ぬだろ」

「ご、五十万くらいなら貯金が……」

「自分で稼いだ金か?」

「……」

「悪いことは言わない。もうやめるんだな。組合にも行くなよ。悪い大人がいっぱいいるからな。あんたみたいのは、もてあそばれて終わりだ」

「でも、ほかに頼れる人……いないですし……」

「この話は忘れろ」

「……」


 さやかを追い払ったあと、俺たちはしばし無言でビールをやった。

 三郎がシケたツラになっていたから、俺は袋をあけてバタピーをすすめた。

「六原くん、なんで俺のこと呼んだの?」

 自分で聞いておいてなんだが、用件はすでに分かってる。仕事の話だからだ。しかしそれだけじゃない。三郎の顔を見ていれば分かる。

「もしかしたら山野さんなら、受けるかもって思ってな」

「本当は受けたかったの?」

「いや、それが自分でも分からないんだ。金をもらって黒羽を殺せるなら、俺だってそれでいい。しかも依頼主まで黒羽だから、次はあのガキがターゲットになるだろ? その仕事も受ければ、黒羽をふたり殺せる」

 この業界、報復が許されるのは、その仕事をやった組合員ではなく、依頼した人間だけというルールがある。

 もしこの仕事に成功すれば、黒羽は頭領と後継者を失い、大打撃を受けるはずだ。なのに三郎はこれを突っぱねた。金や難易度の折り合いがつかなかったにせよ、だ。

 三郎は溜め息をついた。

「なんか、妹を思い出してな」

「妹? いるの?」

「死んだよ。例の抗争でな。しかも姉貴に死体まで食われた。もうどんな顔だったのかも思い出せない」

 痛ましい記憶だな。

 三郎はこうも続けた。

「けど、べつに姉貴のことは恨んでないぜ。いや、ずっと恨んでたけど。最近、なんとなく分かったんだ。家族の死体をあのまま放置してたら、ファイヴに使われてた可能性もあったんだってな」

「行動に難はあるし、趣味もだいぶアレだけど、いいお姉さんだと思うぜ」

「いや、いい姉ではないだろ。山野さんさ、アレが自分の家族だったらって想像してみろよ? どう思うんだよ?」

「すまん、ムリだ」

 アレはない。

 しかし俺も、なんとなく一子の気持ちは推察できた。彼女は例の事件を、ずっと負い目に感じてきたのだろう。それでいまこんなに三郎につきまとっているのだ。一子とて、もう家族を失いたくはないのだ。

 恨みをぶつけるべきファイヴは、すでに死んだ。

 過去は変えられない。


 それから俺たちは、特に会話もなく深夜までアニメを観ながら飲んだ。三郎のコレクションだ。いまどきLDだぞ。どこから発掘してきたんだ。

 しかし夜もふけ、うとうとし始めたころ、ふとスマホに通知が来た。連絡先を交換したおぼえもないセヴンからだ。メッセージが一件ポストされていた。

 内容はこうだ。


>【緊急速報】黒羽さやか 東アジア支部に誘拐される


 悪い冗談はよしていただきたい。

 俺は缶ビールを飲み干し、こうレスした。


>詳細きぼんぬ


 返事はこうだ。


>税込十万


 高すぎだろ。

 俺は三郎に画面を見せた。

「こんなのが来たぞ。君の感想は?」

「いや、山野さん、きぼんぬはないだろ……」

 かなりの嘲笑だよ。

「そこは流してよ。どうすんの。事件だぞ」

「金になるのか?」

「ならんな、この時点では。だが先生に恩を売る機会ではあると思うぜ」

「恩なんか売ってもな……」

 ま、それもそうだな。

 三郎にとっては、黒羽一族を殺せるかどうかが重要なんだ。仲良くなりたいわけじゃないだろう。

 俺はピーナッツをむさぼった。

「じゃあ十万貸してくれ。情報買うから」

「貸す? 必要経費だろ。出すよ」

「じゃあ折半だな」

 なんだかんだ言って、俺たちに仕事を持ってきた顧客が誘拐されたんだ。報復しないわけにはいかない。

 なにより、東アジア支部には借りがある。仕事を妨害されただけでなく、盗撮までされたのだ。おかげで原始人扱いだぞ。絶対に許さんからな。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ