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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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42/70

秒速2500センチメートル

 発光する花々のおかげであたり一面が明るかったが、行く手にはもっと大きな光のドームが見えた。

 小山の周囲を、大量の妖精が飛び回っていたのだ。その妖精から噴出されたエーテルが、まばゆく夜空を照らしていた。

 プシケの巣だろうか。

 近づいてみると、小山のように見えたのが妖精花園ようせいガーデンであることが分かった。いままで見てきたどの個体よりもデカい。そいつがC字型に寝そべり、花園を取り囲んでいた。妖精たちの花園を形成しているから、こいつは妖精花園なんて名前なのかもしれない。


 中央広場らしきところにゆったりとした白い円卓があり、白い椅子が置かれていた。テーブルには白磁のティーセット。

 ペギーが優雅に紅茶を飲んでいた。

「お帰り。みんな無事だったみたいね。安心した」

 これに眉をひそめたのはサイードだ。

「なぜここに?」

「表での実験が終わったからね。またここにかくまってもらうことになって」

「そうか。東アジア支部の介入も激しくなってきてるしな。ここなら安全だろう」

 ペギーはにこりと笑った。

「エイブ、少し変わったね。なんだか丸くなったみたい」

「大人をからかうな」

「なにそれ? 私も大人になったんだけどな」

 サイードは「ふん」と鼻を鳴らし、肩をすくめた。

 しかしケンカしているふうではない。いつもこんな感じなのだろう。

 ペギーはこちらへも視線をよこした。

「そういうわけだから、山野さん。お酒はまた今度ね」

「はいよ」

 元気ならそれでいい。

 いや、空元気かもしれないが。


 帰還には例のウツボカズラを使った。

 気味の悪いぶよぶよの肉だ。妖精の変形したものらしい。そいつに頭からつっこんで、まっしろな部屋に出た。

 本当に、ワープするみたいに簡単に行き来できるんだな。

 見た感じ、俺たちが出たのは研究室のような場所だった。機材の中央にウツボカズラが一体置いてある。

 白衣の黒羽麗子が入ってきた。

「お帰りなさい。検査の準備はできてるわ」

「はあ」

 さっそくこれか。

 麗子はすると、不快そうに目を細めた。

「ナインさん、なんで半裸なの?」

「全裸よりマシだろう」

「人間性を疑うわね」

「そもそも君は、俺を人間だと思ってないだろう」

「それもそうね。川崎さんが上で待ってるわ。ハバキの件はそっちで釈明して。サイードさん、あなたもよ」

 これは思ったより面倒なことになりそうだな。

 まあ、俺はそっちに顔を出さなくて済むんだ。不幸中の幸いってやつだ。

 麗子は三角にも厳しい目を向けた。

「三角さん、あなたは他界へ戻りなさい」

「なぜ?」

「話がややこしくなるからよ。どうせまた人類の殲滅がどうとか言いだすんでしょ?」

 これに三角も眉をひそめた。

「ほかになにか主張すべきことが?」

「まあそういうわけだから、帰って」

 賛成だ。帰したほうがいい。事情を聞きたいのならナインひとりいれば十分だからな。


 サイードらと別れてから、俺は麗子の執務室へ案内された。

 話の流れで分かってはいたが、どうやらここは検非違使庁の地下研究所らしい。てことは、検非違使はワームを持ってたってことだ。

「前に川崎さんに聞いたとき、検非違使はワームは持ってないって話でしたけど?」

 俺が皮肉を込めて尋ねると、麗子はうっとうしそうに溜め息をついた。

「あら知ってたの? じゃあ、なんであそこにワームがあるのか少しは考えてみた? ついさっき、あなたたちを救出するためにトモコちゃんが作ってくれたの。つまり、いままで持ってなかったけど、ついさっき手に入ったのよ。あなたたちのおかげでね」

「すみません」

 土下座したい。

 トモコは仕事を終えてさっさと帰ってしまったから、ろくに礼も言えていない。この件はのちほど対応するとしよう。またメイド喫茶に連れて行ったら許してくれるだろうか。ついでにびょーどーちゃんグッズでも持っていくか。

 麗子はボールペンの尻で頭をかいた。

「正直、手に入ったのは嬉しいけど、維持がね」

「結構かかるんですか?」

「ワームは妖精が変形したものだってことは知ってるわよね? じゃあ、あなたたちが出入りに使ってた部分、もともとどの部位だったか分かる?」

 考えたこともなかった。俺たちは妖精の体内を通過したということだ。

「口とかですか?」

「下のね」

「……」

 知りたくなかった。

 麗子はメガネを押し上げた。

「つまりは産道よ。それが他界側のワームの産道とつながってるの。まあそれはいいんだけど。あれほど変形してるってことは、上の口もどうにかなってるってことよね」

「はあ」

「分かる? 食事できないのよ? 別の方法で栄養を与えないと死んじゃうの。点滴で栄養を与えてもいいんだけど、それだけじゃダメでね。死にはしないけど、ワームの機能が消失しちゃうから。エーテルも一緒に与え続けないといけないの」

 面倒なんだな。ダージャー博士が嫌な顔をしていたのもよく分かる。

 麗子はしばらく俺の顔を見て、落胆したように溜め息をついた。

「なにも分かってないのね」

「すみません、素人なもんで」

「そうじゃないの。エーテルよ? とんでもない貴重品だった、ほんの数日前までは」

「なにか発明があったんですか?」

「まだ分からないの? 深海デプスよ。あれはエーテルそのものなの。それが大安売りしてる。ハバキみたいな連中が、よく生成できたわね」

 白々しいなあ。

 俺はついニヤニヤしながらつっこみを入れた。

「ハバキじゃなくて学会では?」

「なに? まさか、私が手を貸してるとでも言いたいの?」

「違うんですか?」

「いい加減にしなさいよ。私はね、だいぶ前に研究から外されたのよ。いまは姉のグループが参加してるわ」

「同じ黒羽でしょ?」

「なにが同じなの? 姉は母の後継者として、優秀なスタッフに囲まれて仕事をしてるのよ? こっちだってひとりってわけじゃないけど……。扱えるリソースが違いすぎるわ」

 地雷を踏み抜いた気がする。

 にしても兄弟姉妹で円満じゃないやつらが多すぎるな。俺はだいぶ恵まれた環境だったのかもしれない。


 その後、あれこれ症状を聞かれた挙げ句、トレーニングルームのような場所へ連行された。

 身体測定で使うような器具がたくさん並んでいる。

 まあそれはいいんだが……。

「じゃあ始めるわね」

「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ! こんなの絶対死にますって!」

 俺はいま、壁際に固定され、ピッチングマシンの前に立たされていた。顔と股間にはプロテクターがある。しかしそれ以外は無防備だ。

 せっかく他界を生き延びたのに、ここでメジャーリーガーばりの豪速球をぶち当てられて死ぬなんて絶対にごめんだ。

「死なない程度にやるから安心しなさい」

 すると麗子は、助手に「やって」と告げた。

 本気なのかよ。死んだら亡霊となって現れて風呂覗くからな。毎日だぞ。覚えてろよ。

 助手が命令に従ってスイッチを入れ、ピッチングマシンがゴウンゴウンと稼働しだした。コンベアが白いボールを運んでくる。頼むからせめて軟球であってくれ。硬球は死ぬからな。あれほとんど砲弾だから。

 そして球が飛んできた。いや、飛んできたと思った次の瞬間には、俺の腹に直撃していた。なにが起きたか理解する前に、圧迫感が来た。

「ふごほっ」

 自分でもよく分からない声が出た。

 これはアレだ。ハバキのチンピラに、靴で腹を蹴り上げられたときの痛みに似ている。硬球じゃねーかぶっ殺すぞクソ女!

 と思ってるうちにさらに二発来た。

 直撃した瞬間、ドッという音が体の内側から響いた。

 痛すぎて吐きそう。

「どう? 観測できた?」

 麗子がそう尋ねると、助手の女は「反応ありません」と応じた。

 データより先に俺の心配をしろよ。

 すると麗子は、つまらなそうな目でこう続けた。

「いま何キロ? 九十? じゃあ百にあげて」

「はい」

 はいじゃないだろ助手……。

 麗子はこちらへつめたい目を向けた。

「真剣にやりなさいよ? そうやって遊んでたら、いつまで経っても終わらないからね」

「この野郎……」

「じゃあ続けて」

 こいつ絶対Sだろ。

 バリアが出なかったらどうすんだよ。そろそろ肋骨がいくぞ。

 などと考えているうちに、マシンが動き出した。白いボールが徐々に流れてきて、ガションという音とともに俺の腹に直撃した。

「んぎッ」

 バリアなんて出ねーじゃねーか!

 代わりに別のものが出そう。

 だが二球目が直撃する瞬間、ある種の覚醒があった。頭から首、背中にかけて、自分でコントロール可能ななにかを見つけた。そのなにかにアクセスすると、体全体がもやに包まれるような感覚になった。

 飛んできたボールが、バチィと弾かれた。

 その後に来た三球目も同じ。

「反応ありました」

 助手がモニターから顔をあげた。

 そりゃそうだろう。こっちは漏らしそうになるまで踏ん張ったんだからな。おかげでコツがつかめた。

 黒羽麗子はヒールを響かせながらこちらへやってきた。

「攻撃には転用できそう?」

「どうでしょうね」

「防御専用ってことかしら。じゃあこれは防げる?」

「えっ?」

 麗子が腕を振り上げた。

 まさかあの、巨人の指を切り落としたやつを使うのか? この俺に?

 今度は反射的に出た。色はついていないが、バリアに包まれた部分がほんの少しゆらめいて見える。

 麗子は攻撃してこない。

「反応ありました」

 助手の言葉で、麗子は手をおろした。

「なるほどね。たぶんクモの能力だと思うわ。スパイダーじゃなくて、クラウドのほうね」

「なにするんですか、心臓止まるかと思いましたよ」

「イージスって言葉、聞いたことあるでしょ? かのゼウスがアテナに授けた防具のことよ。雷雲の加護とも言われているわ。あなたの能力は、その神話になぞらえて雲って呼ばれてる。ボールを弾いたくらいじゃそんなに驚くようなものでもないけど。シュヴァルツの鎌を弾いたんでしょ? かなりのものね……。機構の促進剤と、深海デプスの大量吸引が原因かしら」

 俺の抗議も無視して一方的に説明を始めた。

 防御の力か。どうせなら一撃必殺の攻撃技が欲しかったな。それなら拳銃を使わなくて済む。それに、こんな能力があるって発覚したら、みんなから盾にされるに決ってる。最悪だ。

「回復力も見るわ。しばらく入院して」

「えっ?」

「副作用があるかもしれないでしょ。まあ、ほぼ雲で確定だと思うけど。注射はしないから怖がらなくていいわ」

「……」

 まるで小児科に来たガキみたいな扱いだな。たしかに注射は嫌いだけど。

 だが入院する前に、どうしてもひとつだけ確認しておきたいことがある。

「先生、入院中、ビールは飲めるんですか」

「あなたバカなの? 飲めるわけないでしょ。飲んだら本当に切り刻むわよ」

「ちょ、ちょっとしたジョークですよ。そんなに怒らなくても……」

「直したほうがいいわよ、そうやってTPOもわきまえないで思いついたことを口にする癖。この業界、なんでそんなのばかりなのかしらね」

 そりゃまあ、冗談言ってないと死ぬ人種だからだろう。というジョークを言うと、本当に切り刻まれそうだからやめておこう。口を滑らせて死ぬのは労災じゃなくて自殺だからな。


(続く)

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