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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
4/70

ナッツ!

 その後、組合のバンでニューオーダーへ戻った。

 当然、金は受け取れない。仕事に失敗したからだ。

 それでもビールは飲む。

 いま俺たちは、テーブルを挟み、すこぶる苦い表情でビールを飲んでいた。たまにあることとはいえ、あまりにも渋すぎる。報酬ゼロ! まるでボランティアじゃないですか。

「やってらんねーな、クソ」

 俺はナッツを手にとり、一斉に口へ放った。

 途端、ピスタチオの殻が強固に咀嚼を阻害した。最悪だ。よく見てなかった。なにがミックスナッツだクソが、許さねーぞ。

「ありえねーわ、ホント」

 口の中でピスタチオだけを選別し、床に吐き捨てた。

 クソすぎる出来事の連続に、普段は聖人君子のごとき俺でさえ、かくも下劣な行為に出ようというもの。

 三郎はしかし笑っていた。

「ま、こういうこともあるぜ」

「ランカーさまは余裕でいいね。こっちはカツカツだっつーのに」

「無駄遣いしすぎなんじゃないのか? 質素に暮せばいいのに」

「質素に?」

 キャバクラの頻度を減らすか。

 行ってもどうせモテねーしな。クソ。


 こっちは不景気だというのに、盛り上がってるテーブルもあった。キラーズ・オーケストラの連中だ。外で飲んできたらしく、だいぶ出来上がっていた。ハバキがビジネスでシクったってのに。あいつらはオフだったんだろうか。

 俺は思わず溜め息をついた。

「ま、どっちにしろ、検非違使が相手じゃな……」

 ゴネたところで疲れるだけだ。いや、疲れるだけならまだいい。ヘタすりゃ死体になる。ハバキの若いのも問答無用でぶち殺された。

「ビールとってくるわ」

 俺は空のグラスを手に、カウンターへ向かった。

 少しペースが早いような気もするが、今日くらいはいいだろう。なんせタダ働きだったんだからな! これもう何度でも言うぞ。

 バーカウンターには先客がいた。

 ぴったりとしたライダースーツの描く曲線美、すらりとした長い脚、健康的な褐色肌、爽やかな笑み、つややかな長い黒髪。外国人だろうか。クッキリとした目鼻立ちだが、どこか日本人的な親しみやすさもある。

 初めて見る女だった。

 モデルでも紛れ込んだのか? いや、そんなはずはない。ここは会員制だ。部外者が紛れ込むことは絶対にない。つまり彼女は、同業者ってことだ。

 彼女はグラスを二つ受け取り、こちらへ振り返った。その拍子、進行方向に俺がいたからか、少し驚いたような顔を見せた。

「おっと、失礼」

「そ、そーりー」

 英検四級レベルの英語がつい出てしまった。

 正面から見ると、信じられないほどの美人だった。

 六原一子に比肩するレベルか。いや、彼女の美は死と隣り合わせだから、比べることはできないかもしれない。

 こっちの美女は健康そのもので、生命力に溢れていた。こんなところにいるのが不思議なくらいだ。

 しかしグラスを二つ持っているということは、誰かと一緒ってことだ。期待するだけ虚しい。俺はカウンターに千円札を出し、ビールをオーダーした。


「六原くん、あっちのテーブル見てみなよ。すげー美人がいるぜ」

「はっ?」

 俺がそう告げると、六原三郎はすこぶる渋い顔になった。

「ほら、そっちのテーブル」

「あのガイジンか? 見ない顔だな」

「興味ない?」

「ないな。山野さん、ああいうのがタイプなの?」

「タイプっていうか……。あのクラスの美人、そうそういないぜ」

「そうか?」

 ダメだこいつ。

 姉が美人すぎるせいで、基準がおかしくなってる。

 それにしても……。

 同席してる黒人の男も、ちょっとした俳優みたいだ。どこのだか知らないが高そうなワイシャツを着て、見たこともないタバコをふかしている。

 しかし恋人同士といったふうでもない。ここへは純粋にビジネスで来てるのだろうか。とすれば、現場で会うこともあるかもしれない。

「女の話もいいけど、仕事の話しようぜ」

 三郎が珍しくまともな提案をしてきた。

「仕事? なんかいいのある? 荷物の配達以外で」

「ハバキのやつやろうぜ。妖精つかまえるやつ」

「いや、だからハバキの仕事はさ……」

「選べる立場なのかよ」

「それでもダメなんだって……」

 いまでこそ三郎と一緒に仕事をしているが、俺も以前は一人で仕事をしていた。

 そのころ一度、仕事のミスでハバキから追い回されたことがあった。貸与された銃を紛失してしまったのだ。そのとき間に入ってくれたのが、キラーズ・オーケストラの葉山という男だった。

 恩がある、という格好だ。なのに俺は、その恩を一つも返していない。いや、返すどころか、むしろ彼らと距離をおいている。はたから見れば不義理とも言える状況だ。

 これにはきちんと理由があるし、葉山もそれを理解しているから、衝突には至っていないが。

 しかし事情を理解していないキラーズの下っ端は、俺のことを恩知らずのゴミ虫かなにかだと思っている。直接的な接触は葉山が止めているはずだが。

 俺は連中の縄張りに踏み込まないし、連中も俺に関わらない。互いに干渉しないのが一番だ。

 三郎はあきれたように鼻で笑った。

「ハバキもダメ、ドライバーもダメとなると、あとはアレしかないな」

「アレ? どれだよ?」

「殺しだよ。ナンバーズの殺害依頼だ」

「はっ?」

 また始まったよ。ナンバーズを相手にして、生きて帰れるわけないだろ……。

 三郎は笑みを浮かべてはいたが、目は真剣だった。

「あんたも知ってる女だぜ。ナンバーズ・サーティーン。黒羽麗子だよ」

「えっ、黒羽先生を……」

 ナンバーズ・サーティーン。黒羽麗子。検非違使の保健部を仕切る有名な女医だ。仕事で怪我を負った組合員は、ほぼ必ず彼女の世話になる。

 まさかその殺害依頼を受けたいとは。

 いや、それだけじゃない。黒羽グループといえば、表でも大々的に商売をしている大企業だ。病院や製薬会社まで持っている。黒羽麗子はそこの令嬢。

 彼女に手を出せば、検非違使、ナンバーズ、黒羽グループ、これらすべてを敵に回すことになる。

「黒羽は一族の仇でな。いつかぶっ殺してやろうと思ってたんだ。この殺害依頼を受ければ、黒羽を殺せるだけでなく、金までもらえるんだぜ? 俺にとっちゃこの上ない条件ってわけだ」

「いやいや、六原くんよ、そいつぁちっと考えもんだぜ。さすがに相手がデカすぎるよ」

「二千万だぞ」

「二千万!?」

 家が買えそうだ。いや買えないか。しかし結構な額だ。

 三郎はビールを一口やってから、悪い笑みを浮かべた。

「たぶん、言えば姉貴も乗ってくるぞ」

「君とお姉さんがセットで来るのか……。そりゃあかなりの戦力だけど……」

 などと考え込んでいると、いきなりスーツの男がやってきた。テーブルにビールグラスを置き、俺たちに断りもなく席につきやがる。ナンバーズ・ナインだ。

「あまり関心できるプランじゃないな」

 ヤバいヤツに聞かれたぞ。

 ナンバーズの殺害計画を、ナンバーズに聞かれたんだ。ただでは済むまい。

 いや、ここは交戦禁止エリアだ。殺られるとしても外に出てからだろう。常識の通じる相手ならば、だけど。

 ナインはすました表情でビールを飲んだ。

「君たち、仕事を探しているのか? だったら斡旋できそうなのが一つあるんだが……」

 なんだと?

 この男、俺たちに仕事を持ってきてくれたのか……。

 ところが六原三郎、これを即座にはねのけた。

「お断りだ」

「つめたいな友人よ、話を聞いてからでもいいだろう」

「友人じゃない。帰れ。お前の話は全部うさんくさい」

 狂犬というかコミュ症というか。三郎の態度は、やたらと攻撃的だった。そんなにナンバーズが嫌いか。

 ナインはしかし気にしたふうもなく、こう続けた。

「君たち、今日群馬に行ってきたんだろう? じつはその近くに、妖精研究所があってね」

「もしかして、また大量発生でもしたんですか?」

 俺の問いに、ナインは苦い笑みで肩をすくめた。

「いや、そうじゃない。あそこの研究所では、まだ問題は起きていない」

「じゃあ、なんなんです?」

「俺たちが問題を起こすんだ。中に入って、一人の少女を連れ出したい」

「えっ?」

 つまりは研究所を襲撃して、少女を誘拐しろと言っている。

 とんでもないクソ仕事だ。こんな破壊活動、ハバキだって依頼してこないぞ。節度があるからじゃない。単に後始末が大変だからだ。派手にやると検非違使に睨まれる。

 ナインはふたたびビールをすすり、小さく息を吐いた。

「彼女は特別な少女だ。これから始まる事態に備えて、彼女の力が必要になる。長らく行方が知れなかったんだが、ようやく居場所が特定できた。またどこかに連れ去られる前に、ぜひともナンバーズに迎え入れたい」

 ん?

 いや、ふと思ったんだが……。

「あのー、その話、なぜ俺たちに? もしやるなら、ナンバーズさんでやればいいんじゃないですか? 戦力的にも、そのほうが確実でしょう?」

「最近うちも忙しくてね。外部リソースに頼らざるをえない状況なんだ。それも、できれば妖精について知識のある人材が望ましい」

 こっちは知識なんてないぞ。なにせつい先日知ったばかりなんだから。

 三郎はそっぽを向いてナッツを食っている。参加する気はなさそうだ。こいつが来ないなら、俺だって参加したくない。死にに行くようなもんだ。

 ナインは涼しい笑みだ。

「誤解しているかもしれないが、これは悪い作戦じゃない。むしろ俺たちは、囚われのプリンセスを救出する勇者のようなものだ」

「物は言いようですよ」

「あの研究所がどんな組織なのか、君たちはまだ知らないんだろう。彼女にどんなことをしているのかも」

「さあ」

 妖精研究所なんだから、妖精の研究でもしてるんだろう。内容までは知らないが。

 するとナインは、やや眉をひそめた。

「実際にその目で見たんじゃないのか? あそこから運び出された妖精が、ハバキに売られている現場を」

「ええ、まあ……」

「研究所は妖精を大量生産し、ハバキはそれを売りさばいている。悪趣味な玩具としてね。囚われのプリンセスは、その養殖のために、解剖まがいのひどい扱いを受けている。金のために、無垢な少女が犠牲になっているんだ。誰かがなんとなしなくちゃいけないとは思わないか?」

「……」

 この話を素直に聞けば、まことにおっしゃる通りだ。

 しかし俺たちは、ことの善悪を無視まではしないが、あくまでビジネスでやっている。金はいいのか。生きて帰れるのか。その二つがハッキリしないことには首を縦に振れない。

 三郎が、目だけをナインに向けた。

「いくらだ?」

「一人あたり二百万。黒羽麗子の殺害よりは安いが、悪い仕事じゃないだろう」

「俺は乗ってもいい。山野さんはどうする?」

 げ、マジか。

 こいつ、意外とこういうのやる気になるタイプなの?

 いやまあ、三郎が来るなら参加してもいい。俺の知る限り、六原三郎は戦闘で負傷したことがない。戦力としては申し分ない。

 研究所の警備はザルだ。妖精たちの暴動を、自分たちで解決する力さえなかった。なにせ銃さえ持っていないんだからな。三郎がいれば余裕だろう。

 俺はビールを飲み干し、ダンとグラスを置いた。

「分かりました。お受けしましょう」

 二百万だ。

 それだけあれば、キャバクラ通いを減らさなくて済む。


(続く)

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