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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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39/70

深海

 数日後、俺たちは港の倉庫街に来ていた。

 まさか機構の仕事を受けることになるとは思わなかったが。なんでも、妖精に関する取引現場を調査する、とかいう話だった。襲撃ではなく調査だから、戦闘にはならない予定だ。

 三郎は受けなかったから、ここに来ているのは俺とサイードだけ。

 俺たちふたりは薄暗い倉庫の二階通路に身を潜め、ダンボールをかぶっていた。階段は鉄骨、フロアはブチ抜きになっているから、全体の様子がよく見える。逆に一階からも目視可能だから、こんなんでバレないのか不明だが。

 まあ軽い取引らしいから、あんまり危なくないという話だが。いや危なくないわけがないんだけど。

 あとは売人の登場を待つだけだ。


 先日流出した神の動画については、世間ではそれほど大きな話題になっていなかった。

 おおむね「意図のよく分からない変な動画」という扱いだ。確かに、ああいう特撮まがいの動画はありふれている。アメリカの有名なアーティストが大プッシュでもしない限り、一気に広まることはないだろう。

 おかげで俺の投石を嘲笑するコメントも、あれからほとんど増えていなかった。マルガリータを名乗るアカウントが顔文字付きで「石とかめっちゃ笑える」とコメントしていたのが気になるが。


 さて、仕事だ。

 売人が入ってきた。

 ホストのような風貌の若いチンピラに、麻薬密売人の星。護衛にはマリーと杉下も連れている。こいつらいつもこんな仕事してるのか。

 チンピラがブルーシートをよけると、ダンボールの山が出てきた。

「これっすよ。新型。名前は深海デプス。スペックは前に見せた通りっす。金額とか、上から聞いてるっすよね?」

「はあ。けど、けっこうな量積んでますね」

 星の言葉に、チンピラはニヤリと笑った。

「ちょっとヤってみます? なんか、海が見えるらしいっすよ?」

「えー、どうしよっかな。俺、売るの専門で、自分では使わない主義っていうか」

「マジっすか? まあ、それでも別に。俺もやってみたけど、なにも起きなかったし。あ、でもクる人はクるらしいっすよ。かなりいい感じっていうか。上はかなりアガってたんで、かなりイケると思いますよ」

 チンピラはダンボールの箱をひとつ開き、中からパッケージを取り出した。青い粉末だ。

「中身はこれっす。飲み物に混ぜてもらっても、普通に舐めてもらってもオケっす」

「なんか光ってるんだけど……」

「あ、ぜんぜんヤバいアレとかじゃないんで。大丈夫っす。まあ、あとは前に渡した資料見てもらえれば」

「はあ。じゃあ、まずは得意先にサバいてみます。ここにあるの全部?」

「そうっす。なんか流行らしたいらしいんで」

「分かりました。じゃあ早速」

「車? 積むの手伝いますよ」

「あざーっす」

 それから一同は行ったり来たりと、忙しそうにダンボールを運び出した。

 やがてドアが閉まり、完全に撤収。


 いや、妖精の仕事って聞いてたんだけど。

 俺が目を向けると、サイードは「なるほど」と立ち上がった。

「いや、なにがなるほどなんです? 妖精は?」

 この空疎な取引を、サイードと一緒に見届けるだけで十万。もし戦闘になったらさらに四十万という仕事だった。交戦しなかったから四十万はナシだ。

 サイードは肩をすくめた。

「ヤマノ、精霊って知ってるか?」

「精霊? なんか、妖怪みたいなのでしたっけ?」

「いや。妖精の体内に、そういう名前の臓器があるんだ。エネルギーの壁からエーテルを引っ張ってくる働きをしててな。妖精はそいつを使ってエーテルを噴く。さっきの深海デプスってヤクを見ただろ? 精霊ってのは、ちょうどあんな色をしている」

「えっ?」

「まあ実際、そいつの加工品だ」

「じゃああの薬、妖精の内臓ってこと?」

「そういうことになるな」

 サイードは内ポケットからタバコを取り出し、しかし思い直してまたしまいこんだ。柱に禁煙と書いてある。

「学会が妖精を養殖してるのは知ってるだろう? ハバキに売るとき、精霊を抜くんだ。そうすると妖精は、共感能力を失って人形になる。いままで精霊は捨ててたはずだが、なにかに応用しようと考えたんだろうな。それが深海デプスだ」

「じゃあハバキは、人形と麻薬をサバいてウハウハってわけですか」

「儲かって仕方ないだろうな」

 まあそれはいい。

 しかし機構にとって、妖精の優先度はそんなに高くなかったはずだ。神の復活のための一要因に過ぎないんだから。それがなぜこんなことを。

 裏口から倉庫を出たところで、サイードはようやくタバコに火を付けた。

「腑に落ちないって顔だな、ヤマノ。なんで俺たちが妖精のケツを追いかけ回すのか、疑問に思ってるんだろう」

「顔に書いてありました?」

「俺も疑問に思ってるところだ。なんでこんなことしてるんだろうってな。実のところ、これはドクター・クロバネからの依頼なんだ」

「先生からの?」

「ハバキのスキャンダルをつかめば、検非違使とナンバーズ、両方にいい印象を与えることができるそうだ。ま、それを真に受けたわけじゃないが」

「へえ。機構はホントに方針転換したんですね」

「ヤツらはいま、あまり派手に動けないようだしな」

「というより、俺らみたいにじっと観察なんてしてられないでしょう。出会い頭にすぐ始めますから」


 サイードのカマロに近づいたとき、俺たちは異変に気づいた。

 後部座席に乗客がいたのだ。隠れるつもりもないらしく、中から手を振ってきた。ナインだ。隣には三角もいる。

 デートならよそでやって欲しいもんだな。

「お邪魔してるよ」

「用があるなら窓口を通してくれ、ナンバーズ・ナイン」

 サイードはイラだたしげに運転席につき、強くドアを閉めた。

 俺は助手席。シートベルトをしつつ、サイードをなだめた。

「まあまあサイードさん。話を聞いてみましょうよ」

「そう。話の基本は、まずは聞くことだ。最近、そういう基本的なマナーを守れない人間が多くてね。じつに嘆かわしいよ」

 ナインは偉そうに語っているが、自分のマナー違反は完全に棚の上だ。

「話ならドクター・クロバネと進めている。あんたと話すことはなにもない」

「こっちにはある。提案なんだが、今日の件、麗子くんへの報告を少し待ってもらえないだろうか」

「なんだって?」

 意味不明な提案が来た。

 ナインは、いったい俺たちになにをやらせる気なんだ。

「なにも、もみ消してくれって言ってるんじゃない。少し待ってくれるだけでいい。君たち日本支部は、ナンバーズと仲良くしたいんだろう? だったら、俺の心象もよくしておいたほうがいいと思うがね」

「俺たちが今日ここへ来たことは、ドクターもすでに知っている。このままなにも連絡しなかったら、それこそおかしいだろう」

「じゃあトラブルに巻き込まれて、レポートを書く暇がなかったってストーリーはどうだ? そのアリバイづくりのために、たとえばこの車をオシャカにするのを手伝ってもいい」

「くっ……」

 可哀想だが、あまり同情する気になれない。こっちだって姪の件で脅されたのだ。

 サイードはハンドルを叩いた。

「せめて、なぜそうするのか、理由だけでも教えてくれ」

 するとナイン、ふっと不敵な笑みを浮かべた。

「理由? 君が麗子くんに報告すると検非違使が動く。となると、この事件は検非違使の仕事になる。しかし俺たちは、俺たち自身の手で決着をつけたいと思っていてね」

「ワット?」

「ハバキに鉄槌をくだすのは俺たちの仕事だ。検非違使のやり方では手ぬるい」

「……」

 サイードが黙り込んだのもムリはない。

 というより、俺だって絶句した。

 ハバキに抗争を仕掛けると言っている。

 普通なら、バカがバカなことを言っていると切って捨てるところだ。ところがナインなら、おそらく不可能ではない。

 しかしメリットは? 金になるのか?

 いや、そうじゃないな。ナインの隣に座しているのは、妖精の始祖だ。彼女にしてみれば、自分の子供たちが内臓を抜かれ、人形として売買されている状況だ。なんとも思わないわけがない。

 ナインは乱れてもいないネクタイを整えた。

「もし手ぶらのまま帰れないっていうんなら、俺の家に来るといい。麗子くんには、俺に拉致されていたとでも言えばいいわけだしな」

「あんたはそれでいいのか?」

「すべては覚悟の上だ。もし協力する気があるなら日当を出してもいい。ミスター・サイード、君もいちおう組合員だろう?」

「登録してるだけだ」

「同じさ。それに、早く終わらせたいのは君も同感だろう?」

 本気でハバキと殺り合うつもりなのか。

 個人的にはあまり気乗りしないが。

 サイードは苦々しい表情で、バックミラーを睨みつけた。

「もし俺が、このまま報告しに行ったらどうなる?」

「報告? 車があると思うのか? 歩いて行くことになるが……。いや、その足もあるかどうかだな」

「……」

 ハナから俺たちに選択肢なんてない。やるしかないのだ。

「あークソ。分かった。協力するよ。ただし、一週間だ。どんなに長くとも、それ以上は付き合えないぞ」

「交渉成立だな。俺の自宅へ向かってくれ。ビールでも飲みながら今後の予定を立てよう」

 タダでビールを飲ませてくれるのか。もしかしてこの人、神なのでは。


(続く)

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