情勢の変化
その後、残りのメンバーが集まるまでのあいだ、昼食をとりながら小休止ということになった。
テントの外では、さっきのヘリで一緒に来ていたらしい検非違使たちが、巨人の死骸を見つめて黙り込んでいた。処置に困っているようだ。
「む? 山野、お前もいたのか……」
虎のマスクの川崎源三が、不審そうに目を細めた。
「成り行きで」
「じゃあ、神が復活する瞬間も見たんだな」
「見ましたよ。一部始終ね。というより、俺も戦いましたから」
源三だけでなく、一班の三人もいた。二軍は来ていない。
彼は溜め息混じりに野太い声を出した。
「ペギーにも会えたんだな?」
「ええ。なにか、問題が?」
「いや、お前が気にしてないならいいんだ。しかし協力すると約束したのに、まるで役に立てなかったからな。正直、申し訳ないと思っている」
意外と謙虚な人だな。
俺は笑った。
「気にすることないですよ。結果オーライってヤツです」
「この件は、ひとつ借りにしておく。なにかあったら言ってくれ。できる範囲で協力する」
「ありがとうございます」
*
午後の会議には新たな参加者があった。
穏健派の梅乃と湖南が到着したのだ。ただでさえ黒羽麗子の意見が優勢だったのに、その味方が二人も増えた。これは流れが決したと見ていい。
「ではこれより……円卓会議を……再開します……」
一子の号令で、なかば行方の分かりきった会議が再開した。
土蜘蛛、開始と同時に白骨化。
誰からもやる気の感じられない雰囲気であった。
ナインがやれやれと溜め息をついた。
「まず、現在確認されている要点をおさらいするぞ。ザ・ワンは必ず復活する。ナンバーズはそれに対処する。その後、ビジネスが可能ならやるし、不可能なら別のプランを考える。といったところだな。現時点では、俺はここまでの合意ができればいいように思う。別のプランとやらは、あとで考えるべきだ」
これにセヴンが難色を示した。
「大筋では構わないけど、ひとつだけ確認させて。保守派の皆さんは、一切ビジネスするなとは言わないわよね? あるいは口では合意しておいて、妨害してくるなんてことはないわよね?」
黒羽麗子は眉をひそめた。
「なんでそういちいち突っかかってくるワケ? 最低限の常識さえわきまえていれば、やかましく言ったりしないわよ。最低限の常識さえわきまえていればね」
二度も言いやがった。
誰かが口を挟む前に、一子が告げた。
「詳細な線引は……あとでしましょう……ひとまずいまは……ナインさんのまとめた内容で……合意ということで……」
やけにアッサリ終わりそうだな。
などと気を抜いていると、テントに源三が入ってきた。
「ちょっといいか」
「なに? いまナンバーズの円卓会議の最中よ。いくら川崎さんでも、許可なく立ち入ることは――」
すると麗子の苦情を途中でさえぎり、源三は言った。
「悪いニュースがある。神の復活を記録した映像が、ネットに流出した」
「……」
一同沈黙、だ。
そりゃそうだ。俺だって言葉がなかった。
政府は税金を投入し、情報をもみ消し、白を黒と言って知らん顔をする計画だったはず。それが流出だと?
源三はマスクの下に渋い表情を作った。
「いま状況の分析を急がせてる。新たな事実が発覚しだい連絡する。以上だ。邪魔したな」
それだけ告げると、彼は足早にテントを去った。
流出するにしても早すぎる。ついさっき撮影されたばかりだぞ。この流出スピード、ギネス記録じゃないのか。
ああいう超常的な存在が、ネット住民の知るところとなったら――。神の存在は、ついに周知されるかもしれない。いや、特撮映像だと思われるか。巨人ではあるが、神とまでは思われないかもしれない。
セヴンがスマホをいじり、テーブルに放り投げた。
画面に再生された動画には、たしかに巨人が映り込んでいた。ちょうど尻もちをつき、大量の土蜘蛛に抑えつけられているシーンだ。小さいが、画面の端で石を投げる俺の姿も見えた。じつに不格好だ。絶対バカにされる……。
この映像には、しかし気になる点があった。
かなりの遠距離、それも斜め上からのアングルで撮影されている。里はクレーター状の盆地だから、こういう映像を撮ろうと思えば、周囲の小山から撮影することになる。
これは検非違使の動画が流出したものではない。第三者が撮影し、故意にアップロードされたものだ。
セヴンがふっと不敵に笑った。
「これ、盗撮映像よね? インドネシアからアップロードされてるわ。まあ偽造アカウントだろうけど」
「……」
麗子は歯ぎしりしたまま、返事さえできなかった。
昨日の昼間、機構の東アジア支部が仕掛けてきたばかりなのだ。あとをつけられていて当然だ。
まあそうは言っても、この里の周囲をすべて警備するのは不可能だろうけど。範囲が広すぎる。なんなら衛星からでも覗けるわけだし。
セヴンがスマホを回収した。
「もう隠蔽できそうもないわね。ビジネスの始まりよ」
「それでも本庁の許可はとって」
麗子の言葉に、セヴンは余裕の笑みだ。
「許可? ええ、かまわないわ。こうなったら、彼らも許可しないわけにはいかないでしょうからね」
形勢逆転だ。
それも、無関係な外部からの漏洩によって。
ま、秘密が暴露されたのだとすれば、俺としては気が楽だ。ここに居合わせたってだけの理由でまた誘拐される可能性があった。しかし誰もが知る情報ならば、わざわざ俺を拉致して聞く必要もない。
*
東京へ戻った俺は、三郎と二人でビールを飲んでいた。
ナンバーズの派閥争いが一時的に休止となった歴史的な一日、のはずなのだが、しかし彼らの合意は俺たちの生活にはあまり関係がない。代わり映えのしない一日だ。
ふと、脇を通りがかったキラーズの連中が、「おい原始人がいるぞ」などと笑った。きっと石を投げていた俺のことだろう。バカにしやがって。
三郎もビールを噴いた。
「原始人っ! それ笑えんなっ!」
「クソ……」
しかし一日も経っていないのに、情弱のキラーズでさえ知るところとなった。情報の伝達が速すぎる。
まあ世間では、ただの特撮映像という扱いのようだが。「石投げて意味あんの?」とか「イミフ」とか「こいつ最高にバカ」というコメントがついていたが。仲間が戦っているのに逃げるよりマシだ。
そして、よりによってサイードが来た。
「見たぞ、ヤマノ。災難だったな」
手にしているのはウイスキーだ。相変わらず高そうなスーツを着ている。
三郎が「誰だ?」とつぶやいたので、俺は教えてやった。
「機構のサイードさんだ。まあペギーの上司みたいなもんだな」
「あんたのことはよく知ってるよ、ミスター・ロクハラ。腕のいいランカーだってな」
これに三郎は気を良くした。
「なら話が早いな。言うまでもないが、サシで戦えば最強だ。来年はランキングのトップにいる。そんな六原三郎だ」
まあ強いのは認めるが、トップは厳しいと思うぞ。
俺は警戒しつつ、話を振った。
「で、サイードさん、なんのご用で?」
「そう身構えるなよ。世間話をしに来ただけだ」
「そう言って世間話だったためしあります?」
するとサイードは、グラスを揺すってウイスキーを口にした。
「じゃあ核心から言うぞ。俺たち日本支部は、ナンバーズとは敵対すべきでないとの結論に至った」
「えっ?」
「べつに心変わりしたわけじゃない。東アジア支部からの圧力が思った以上に凄くてな。高速道路の襲撃にしても、こちらの許可もとらず一方的にやって来やがった。映像を流したのもやりすぎだ。そこへ来て、ナンバーズが内部抗争を休止した。俺たちは、二正面作戦をやるほど愚かじゃない。戦略上の問題だ」
「それで? 東アジア支部と手を結ぶんではなく、なぜナンバーズなんです?」
「東アジア支部は過激すぎる。高速道路で待ち伏せなんて、日本の警察さえ敵に回す行為だ。なにより、無関係な人間まで巻き込むことになりかねないしな。俺たちは、そんなことまでして神を復活させたいとは思わない。人類の救済のためにやっているのに、結果として人類に被害を出すなんて論外だろう」
意外というべきか、まともな判断だな。
俺はビールをすすった。
「で、そいつをナンバーズに伝えればいいんですか?」
「いや、すでにドクター・クロバネにはコンタクトをとっている。あとは返事待ちだ」
「じゃあ、なぜ俺にその話を」
「世間話って言ったろ」
サイードは渋い表情になった。
本当に、ただの世間話だったのか。過去はどうあれこれからはよろしくな、ってことか。
三郎がふっと笑った。
「けど、いいのか? ナンバーズもまともな組織かどうか怪しいもんだぜ」
「そうなのか? あんたのお姉さんは、確かナンバーズで書記長をやっていたよな?」
「だからこそだ。あんな頭のイカレた女が書記長なんて。まともな組織のはずがない」
サイードが困惑していたので、俺は補足してやった。
「どうも家族間で不理解があるようで」
「なるほど。哀しい話だな」
おそらく彼もペギーと兄の関係を思い浮かべたことだろう。殺し合いをするような仲ではないし、ときおり仲良しに見えなくもないが、それでも円満な関係とは言いがたい。
俺はある疑問を口にした。
「けど、ナンバーズは神でビジネスをするつもりですよ? 機構はそれを許容できるんですか?」
サイードは苦い笑みを浮かべた。
「どんな宗教にしろ、組織の運営には金がいる。問題は、そこであがった利益をなにに使うかだ。いいか、ヤマノ。俺たちは慈善団体だ。私腹を肥やすために活動してるわけじゃない。まあ組織がデカくなれば、結果として裕福になってしまうことはありえるがな」
慈善団体ねぇ……。
俺はビールを飲み干し、こう尋ねた。
「ペギーはどうなるんです? 例の、あの非人道的な計画は?」
「ああ、神の子を産ませるって話か。前も言った通り、そいつはあくまで東アジア支部の計画だ。連中はいまでもペギーの身柄を要求しているが、幸いなことに、俺たちの手元から離れてしまっているからな。その件は、保留になっている。さっきも言った通り、俺たちは誰かを犠牲にしてまで神を復活させる気はないしな」
「はあ」
しかしナンバーズの中には、誰かを犠牲にしてでも復活を望んでいるメンバーがいる。旧過激派の連中だ。のちのち利益の相反でもめなきゃいいけど。
「待て」
俺がビールをとりに立ち上がると、サイードがそれを制した。
「ひとつ、仕事を受ける気はないか。安心しろ、人道的なヤツだ。俺も出る」
ただの世間話だったはずだが。
俺は立ち上がり、こう応じた。
「先にビールをとってきます」
物事には、順序ってものがある。一にビール、二にビール、それからずっとすっとばして仕事は百番目くらいだ。
(続く)




