円卓会議
検非違使のヘリから出てきたのは、情報屋のセヴンと車椅子のトゥエルヴだった。この二人は過激派。先日ナンバーズになったばかりの三角も、いちおう彼らの派閥とみなされている。
この場にいる穏健派はサーティーンこと黒羽麗子のみ。巫女さんと湖南は車で移動中とかいう話だった。湖南は頭を撃ち抜かれたのに元気だ。
残りは中立派の面々。書記長の六原一子を筆頭に、ナイン、土蜘蛛、アベトモコ。もう一人のナンバーズ・エイトは東北にいるらしく、検非違使がヘリで迎えに行っている。
「そろそろ始めようか」
ナインの言葉に、セヴンが顔をしかめた。
「なんであんたが仕切るのよ? 始めるのは書記長でしょ。それに、そこに居座ってる組合員はなんなの? またこの件に首を突っ込ませるの?」
矛先が俺にまで向けられた。
が、ナインはすまし顔だ。
「彼は一子くんの後見人だよ」
「意味が分からないんだけど」
イライラしたようにロン毛をかきあげるセヴン。
するとナインは、乱れてもいないネクタイを整えて応じた。
「いいかね。これまで一子くんは、さんざん麗子くんの言いなりになってきた。裏で餌付けされていたせいでね。これは不正な買収だよ。そのせいで会議の進行がさまたげられていたことは、誰の目にも明らかだったろう」
これに声を荒げたのは麗子だ。
「異議あり! 一子さんは立派な大人よ? 彼女の言葉は、彼女の意思によって発せられたものだわ。それを恣意的に捻じ曲げることは許されないのでは?」
「由緒あるナンバーズを、黒羽の裏工作で私物化するのはもうやめにしてもらいたい」
「答えになってないわ、ナインさん」
「一子くん、今後は麗子くんの要求に対して、中立的な立場で応じるように。君の後見人は、これからは山野くんなんだからね。そのほうが三郎くんも喜ぶ」
これに一子は、「サブちゃん」と遠い目になった。
つまり俺は会議にどうしても必要な存在というわけではなく、一子を麗子から引き離す口実にしたかっただけということだ。まあ、居合わせたからには話を聞かせてもらうが。
「では書記長、号令を」
「これより……ナンバーズの円卓会議を……開始します……」
ナインに促され、一子がいつになく神妙な表情になった。
円卓には上座も下座もないとされる。きっと普段は円卓で和やかにやっているのだろう。しかしここには四角いテーブルとパイプ椅子しかないのだから、これは円卓会議とは呼べない。
セヴンがニヤニヤしながらナインに尋ねた。
「で、議題はなんなの?」
「議題というより、提案だ。いまや一刻の猶予もない状態だというのは、誰しも認めるところだと思う。そこで、ナンバーズの方針をひとつにまとめたい。中立派、穏健派、過激派などという、バラバラの方針で行動をするのではなくね」
「はぁ、まるでダメね。前からずっと言ってるでしょ? アタシらのことは過激派じゃなくて、改革派って呼びなさいよ」
「今日ですべての呼称はなくなるんだ。なんでもいいだろう」
「ねえ、ナインさん。そういう強圧的な態度が対話を困難にしているとは思わないの? あなたのそれは命令よ。ナンバーズのメンバーは、お互いに対等のはずよね?」
部外者ながら、俺もそれは思った。
ナインはいちど反論しかけたが、ひとつ呼吸をしてこう応じた。
「失礼。では訂正する。改革派の諸君、ぜひともご協力願いたい」
「よろしい。聞くだけ聞いてあげる」
セヴンは満足げだが、トゥエルヴはこの茶番に舌打ちした。過激派も一枚岩ではないようだ。三角に至っては、聞いているのか聞いてないのか無表情のまま。まるで置物だ。
まあ置物といえば、うとうとして眠りそうな土蜘蛛も似たようなものだが。どうせそのうち白骨化するんだろう。
麗子が挙手をした。
「その前に、解決すべき事案があるわ。この里に妖精花園が出現した件。誰か説明できるの? あのときファイヴに妖精を提供したものがいるはずよね? そのせいで余計な労働を強いられたんだから」
のみならず、彼女は五百万の出費まで強いられた。
三角が幼い顔立ちのまま、超越的な眼差しで応じた。
「私です」
「やっぱりね。理由を言いなさい」
「人類を殲滅するために必要な行動をとったのです。それ以上の理由はありません」
「それよ! それ! なんなのよ殲滅って!」
「私の最終目的は、ここを妖精の星にすることです。そのためには、人間の排除は必須。仮に蟲喰みが神になれば、人類を殲滅するという話でしたので、一時的に力を貸したのです」
「よかったわね。少なくともここの住民は全員死んだわよ。あなた、それで嬉しいわけ?」
「いえ、人間はまだまだ存在しています。全然足りません」
ひどい会話だ。
麗子はすると、今度はナインを睨みつけた。
「だから私は反対だったの。こんな危険思想をもったメンバーをナンバーズに迎え入れるなんて」
「本気にするんじゃない。妖精は自分たちの生活圏が欲しいだけだ。それに、三角は初期メンバーだぞ。特に功績もなかったのに、あとから強引に入り込んできた黒羽一族より古株だ」
「古株だろうがなんだろうが、いちどは抜けた身でしょ? それを強引にねじ込んだナインさんにも、今回の責任はあると思うわ」
「なんの責任だ?」
「黒羽の集落で起きた虐殺よ」
「それをしたのはファイヴだろう」
「彼一人でそれが可能だったとでも?」
「可能だよ。事実、六原の一族もそれで滅んだんだろう?」
古い話を蒸し返すものだ。
というより、ナンバーズはいつもこの調子でケンカしているのだろうか。そりゃ分裂もする。
麗子は猛然と鼻息をふいた。
「ともかく、この件に関しては、いつか必ず追求しますから。いいわ。本題に戻って」
六原の件を持ち出されて応戦する気を失ったのか、麗子は口を閉ざした。
一方、ナインは揚々たる態度だ。
「では本題に入らせてもらおう。まず、どの派閥に属しているにせよ、最低限の共通認識はあるはずだな。それは、俺たちナンバーズがザ・ワンを管理するのだという、確固たる事実」
セヴンが挙手をした。
「その『管理』という言葉の解釈で、百万回はモメたわよね? 納得いく提案ができるの?」
「納得ではない。協力を願いたい」
「目の前に莫大な利権が転がってるのに、一円も稼ぐなってのはもはや拷問よ?」
「思い出して欲しい。ナンバーズに、ある種の特権が与えられているのはなぜなのか。大正期に起きたザ・ワンの暴走を抑止し、見守り続ける役目を果たすという約束事があるからだ」
「異議あり。総則に『抑止』なんて言葉はないわ。あくまで『管理』よ。捏造しないで」
「少なくとも、叩き起こすことを『管理』などと言わないだろう」
「どう『管理』するかは、そのときどきの判断じゃない? 『抑止』したいなら、あんたはそうすればいい。アタシは『ビジネス』をするわ」
「そのビジネスとやらは、人の命を天秤にかけてまでやることなのか?」
「は? むしろそうじゃないビジネスがあるの? どんなビジネスだって、お金をやり取りするわけでしょ? それは人の命に換算可能なものよ。そもそも労働ってのは、人の肉体を資本に換算することなんだから」
そこで土蜘蛛の体が土となって崩れ落ち、白骨死体と土くれになった。
メンバーたちは「またか」という顔をしただけで、もはやなにも言わない。どうやら「いつものこと」らしい。
ナインは気を落ち着けるように息を吸い込んだ。
「ビジネスをするなとは言わない。しかし危険性の高い行為は認められない。余計な騒動を招きかねないからな」
「あんたに認めてもらう必要もないわね」
「そういう言動が検非違使を過剰に刺激していると、何度も指摘したはずだぞ。ザ・ワンの管理を、ナンバーズではなく出雲に任せようという動きもある」
「いいんじゃない? そしたらアタシ、こっち抜けて出雲に入れてもらうし」
過激派は、以前から出雲と取引していた。きっとこういう流れも視野に入れた上での展開だったのであろう。妖精文書の管理権の譲渡は、そのための手土産だった可能性もある。セヴンが移籍というのは十分にありえる話だ。
ここで一子が口を挟んだ。
「穏健派の……先生の話も聞いてみましょう……」
意外なことに、まともに進行役をしている。
麗子は得意満面だ。
「ハッキリ言うわ。ザ・ワンの管理権を失ったナンバーズなんて、ただの危ない武装集団よ。さんざん問題を起こしたあとで、手を切れば済むなんて簡単な話じゃないの。検非違使は特権を与える代わりに、きちんと最後まで管理しろって言ったんだから。その契約を一方的に破棄するようなら、ある程度の処分もやむをえないでしょうね」
セヴンがチロチロと舌を出した。
「さすが検非違使の犬は言うことが違うわね。けどアタシは疑問だわ。そもそもナンバーズってのは、アタシたち能力者が、誰からの指図も受けずに独立して生きていくための組織でもあるワケでしょ? なのに、なんでいちいち検非違使の指図を受けないといけないワケ?」
「あのね、ここは無法地帯じゃないの。能力があろうがなかろうが、誰だって許された範囲でしか活動できないはずなの。当然のことでしょう? 与えられた特権をどこまで拡大解釈すれば気が済むの?」
「異議あり。人権への意識が低すぎるわ。彼女は、アタシたち能力者が、能力のない連中にコントロールされるべきだと思ってる。でもそんなのおかしいわ。一般的な日本人が、検非違使のツラをうかがいながら暮らしてる? そんな制約受けてるの、アタシたちだけでしょ」
「それがイヤならナンバーズを抜ければいいだけよ。もちろん問題を起こす前にね。特権だけ受けて制約を受けたくないなんて、そんなの通るわけないわ」
話がズレてきている。誰かが意図的にズラしたとしか思えないが。
ふたたび一子が動いた。
「いっかい待って……まだ発言してない人……なにか意見を……」
するとトゥエルヴが、神妙な表情で右手を挙げた。
「ひとついいか?」
「どうぞ……」
「ピンクコンパニオンはいつになったら現れるんだ? それだけが楽しみでここに来たんだが」
「死になさい……ほかは……?」
今度はトモコが挙手。
「私は難しい話は分かりませんけど、ザ・ワンを刺激するのだけはやめたほうがいいと思います。気配からして、今日の実験体とは桁が違いますから……」
するとナインが手も挙げず口を挟んだ。
「彼女の言う通りだ。前回、ザ・ワンと交戦したものなら分かると思う。あれには絶対に手を出すべきではない。蛭子の状態でさえ手に負えないのに、もし完全体にでもなられたら……。そのときは誰にも止められんぞ」
いまここにいるメンバーで、大正期に交戦したと思われるのは、ナイン、三角、土蜘蛛の三名だけだ。あとは二代目や三代目ということになる。
するとセヴンも挙手せず応じた。
「勘違いしてるみたいだから訂正するけど、アタシたちだって、どうしても起こしたいワケじゃないのよ? ほっといても起きちゃうんだから、せめてそれで金を稼ごうって言ってんの。『抑止』にも費用がかかることくらい、あんたにも分かるわよね? その費用は? どこから出るの?」
麗子が身を乗り出した。
「政府から補助金が出てるはずよ」
「あんなハシタ金でザ・ワンを『抑止』できるとでも? 命がけで戦った挙げ句、赤字になるっての? アタシたちは奴隷なの?」
「もう十分すぎるくらい補助金受け取ってるでしょ」
「経費に消えてるわよあんなもん」
「どうせ全額着服してるんでしょ」
「黒羽一族に言われたくないわね。あんたこそ明細出しなさいよ。どうせ全部『使途不明金』なんでしょ」
「書記長、いまのはあきらかに挑発行為よ。懲罰を要求します」
見ているぶんには気楽でいいが、進行役にとってはたまったもんじゃないな。一子が参加を渋るのもよく分かる。
そしてその一子、やや疲れた表情で口を開いた。
「いったん落ち着いてください……お互い冷静に……。これからは反論ではなく……あくまで統一案を出してください……」
するとトゥエルヴが挙手をした。
一子は眉をひそめたものの、やむをえずといった様子で指名した。
「トゥエルヴ……」
「確認したいんだが、ナインさんはビジネスそのものは否定してないんだよな?」
ピンクコンパニオンの話ではなく、議論を進める気だ。
ナインは深くうなずいた。
「そのつもりだが」
「てことは、俺たち改革派とは大筋で合意できるってことだ」
「俺はずっとそう主張してきたつもりだ。方法さえまともならだが」
セヴンが溜め息をついた。
「あのね、何度も言わせないで。アタシたちがザ・ワンを刺激するかどうかは関係ないの。アレは勝手に起きるの。時間の問題なの」
ペギーも言っていた。ザ・ワンが目を覚ますのだと。
麗子が小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「そっちこそ何度も言わせないで。起きたらすぐに寝かせるのがナンバーズの役目でしょ。それをビジネスに応用している時間はないワケ。可能な限り検非違使と協力して、安定状態にしなくちゃダメなの」
「じゃあなに? そのあとならビジネスしてもいいってことじゃない」
「あとってなによ? もう寝てるのよ? また埋め立てることになるのよ? それをどうするのよ? 神殿でも立てて参拝料をとるの? ナンバーズは、いつから宗教団体になったワケ?」
セヴンは溜め息をつき、やれやれと首を振った。
「神で商売するんだから、そりゃ宗教団体でしょ。それに、この情報化社会で、暴れたザ・ワンの存在を隠し通せると思ってるの? 通行人はみんなカメラを持ってるのよ? 前回とは状況が違うの。アレの存在は、誰もが知るところとなる。となれば、それを『管理』しているアタシたちナンバーズの重要性も認知されるってことでしょ?」
「ナンバーズの名は表には出ない。検非違使の名もね。ザ・ワンは巨大な害獣ということで、表向き環境省あたりの管轄ってことになるわ」
「そんなのが通じると思う?」
「白いものでも黒と言って逃げ切るなんて、政府の得意技じゃない。そのための広報に、いくら税金つぎ込んでると思ってるのよ」
「だったらこのナンバーズってビジネスは、一円にもならないってことになるわね」
「そういう苦情は、いままで受け取ってきた補助金を全額返済してから言ってくれない?」
また始まった。
金に汚いのはお互いさまだろうに。
一子が慣れない咳払いをした。
「あ、あの……静粛に……建設的な提案を……お願いします……」
だんだん可哀想になってきた。
トゥエルヴがまたしても挙手。こいつは横柄な態度のわりに、発言の前に必ず挙手をする。
「どうぞ……」
「ザ・ワンは必ず起きるんだよな? で、そいつに対処する必要がある。そこまではいい。誰もが分かってることだ。しかし問題は、そいつがちっともうまくねービジネスだってことだよな」
麗子が顔をしかめた。
「補助金でうまい思いしてきたでしょ」
「黙れ。本題はここからだ。検非違使どもは、もし俺たちが駄々をこねれば、出雲に切り替えるって言ってんだろ? だがこれは間違いなく、出雲にとってもうまくねー話だ」
「彼らが欲しいのは、お金じゃなくて権威よ。タダでもやるわ」
「タダじゃ済まねーだろ。赤字だぞ、赤字。そこで、俺たちと出雲で手を組むってのはどうだ? よくある談合ってヤツだ。俺たちで結託して金額を釣り上げるんだよ。さすがにこのタッグに並ぶ勢力は、この国には存在しないだろ」
汚いやり口だが、確かに妥当に思える。
麗子はしかしあきれた表情で嘆息した。
「自己評価が高すぎるわね。いまや私たちの能力は、科学の力で代用できるのよ。仮に能力者がいなくとも、自衛隊がやればいいだけの話なの。古い慣習で、それがたまたまうちに任されてるってだけの話で。それ以上の要求をできる立場じゃないの」
「じゃあ自衛隊とも手を組んでだな……」
「組めるわけないでしょ? バカなの?」
俺も途中まではいいアイデアだと思ったんだが。しかし黒羽麗子の反論ももっともである。どうせ税金を使うなら、自衛隊だけいい。
この話は、穏健派の提案でまとまることになりそうか……。
(続く)




