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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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35/70

神との対峙

 襲撃の緊張に身をこわばらせていたのは俺だけで、周りの連中はじつに気楽なものだった。

 実際、日が没しても、まったく襲撃などなかった。

「山野さん、なにキョロキョロしてんだ?」

 夕飯のサンマをつつきながら、三郎が苦い笑みを浮かべた。

 検非違使から供与された食料だ。火を使わずに加熱できるタイプで、いわゆる非常食というかレーションに近い。味も悪くない。

 俺はなるべく神妙な表情で、こう告げた。

「いつ敵が襲ってくるか分からないんだぜ。警戒するに越したことはない」

「は? 敵? 誰だよ?」

「いや、だから昼間みたいな連中とかだな……」

 サンマを奪おうとした一子の手を、三郎がぺしとはたき落とした。

「連中がこんな山奥に入ってくるかよ」

「実験を妨害しに来るかもしれない」

「まあ、そのときはそのときだろ。まあ見てろって。俺が全部追っ払ってやるから。この辺ぜんぶ庭みたいなもんだしな」

 まあ実際、庭なんだろう。

 しかしこの危機感のなさはどうだ? 赤城武雄も桐山月子も、アベトモコも、ごく普通に食事をとっている。のみならず、土蜘蛛にいたっては、気を抜きすぎてまた白骨化している。

 ペギーが小さく溜め息をついた。

「ま、山野さんの言いたいことは分かるよ。けどそこまで心配しなくていいと思うな」

「なんで?」

「神が復活するなら、彼らの希望通りの結果になるからさ。少なくとも予行演習にはね」

「えっ? だったら昼間はなんで襲ってきたの?」

 するとペギー、肩をすくめた。

「例のポッドが欲しかっただけでしょ。いま機構は、四つの力が欲しくて仕方ないんだから」

「なるほど。そういやその件で必死になってたっけ」

「それに、ベースとして使うのってファイヴの変異体でしょ? あれがどんな変貌を遂げようと、機構は神だと認めないはずだよ」

「根拠は?」

「正統性の問題だよ。機構が五百年前にコーンウォールから持ち出したのは、あくまでザ・ワンだから。たとえ中身が同じでも、ファイヴじゃ信仰の対象にならないよ」

「じゃあ仮に復活したとして、見た目がどうあれ、それはパチモンとしか判断されないってことか」

「そ」

 ペギーはつぶやいて、たくあんをポリポリ齧った。

 いつもならナッツを食いながらビールを飲んでいるところだが……。タダ飯を食わせてもらっている以上、贅沢は言えまい。

 ともあれ、機構はこの実験の成果を見守ってくれる可能性があるってことか。ポッドを奪いにくるなら、実験が終わったあとかもしれない。


 *


 翌日、清々しい気持ちで朝を迎えた。

 もう初夏だというのに、じつに涼しい。空気もうまい。避暑地としては最高のリゾートだ。一子が野生に帰るのも分かる。

 実験は昼からだから、まだだいぶ時間がある。

 朝食後、俺は集会所を出てポッドとやらを見に行った。


 元ファイヴだったもの――その鏡餅は、前回見たときより肥大化していた。前回はまだ人間サイズだったのだが、いまや一軒家ほどのサイズもあった。ちょっとした肉の山だ。

 その手前に置かれているのは、人間サイズのウツボカズラ。おそらくこれがワームってやつだろう。豚のようなピンク色の皮膚をしている。そのワームを囲むように、四つのポッドが設置されていた。

 機構の伝承に則った配置だろうか。

 仮設テントの中では、黒羽麗子がノートパソコンを眺めていた。

「おはようございます。調子はどうです?」

「あら、おはよう。こっちは順調よ。気温も湿度も申し分ないし」

「しかし意外でしたよ。こんなタイミングで復活の儀式をやるなんて」

 すると麗子は顔をしかめた。

「儀式? そんな非科学的な呼称やめてくれる? これからやるのは、あくまで実験よ」

「はあ」

 儀式ではなく、科学で神を復活させようっていうのか。皮肉な話だ。

 麗子はターンとエンターキーを叩いた。

「学者内でずっと異端視されてた若葉一っていう鬼才がいてね。彼の理論のおかげで、他界についての研究が一気に進んだの。その理論がなければ、私たちのこの能力も説明がつかなかったわ。だって、なんだか分からない魔法みたいなものでしょ? この世界と他界の間にエネルギーの壁があって、そこから力を借りてるなんて、誰も証明できなかったんだもの。彼はそれを観測し、実在することを証明してみせた。このポッドも、彼の理論がなければ完成しなかったわ」

「なんだか世界三大発明みたいですね」

 俺の素朴な感想に、麗子はふっと笑った。

「その三つ、言える?」

「えーと、確かビールとポルノと、あと年金制度だったかな」

「実際なにが三大発明かは、人によって異なるかもしれないわね。けど確かに、若葉博士の研究が三大発明に比肩するのは事実よ。神話と科学がリンクすることを証明したようなものなんだから」

 ボケをスルーされるのは哀しい。

 だが一つ分かったのは、この手の研究がここ最近のものだということだ。まあそうでもなければ、機構だって五百年もぶらぶらしていなかっただろう。急に動き出したのは、やはり状況に変化があったからだ。

「この実験、平和に終わりますかね」

「私が梅乃さんではなく、トモコちゃんを呼んだってことから察してほしいわね」

 名草梅乃はナンバーズ・テン。穏健派の巫女さんだ。詳細は分からないが、アベトモコとは問題を抱えているという噂を聞く。つまり梅乃とトモコを同時に呼ぶことはできない。そして麗子は、同じ穏健派ではなく、あえて中立派のトモコを呼んだ。

 正統性はともかく、神が復活するっていうんだからな。よりヤバいほうを連れてきたってことか。

「でも意外ですね。検非違使は神の復活を阻止したかったんじゃないんですか? なのにこれって、復活させる実験ですよね?」

 俺がこう尋ねると、麗子はあきれた様子で嘆息した。

「ずいぶん突っ込んでくるわね。あなた、懲りてないの? また誘拐されるわよ?」

「性分なんですよ」

「まあ、あと数時間もすれば分かることだし、特別に教えてあげるわ。検非違使は神の復活には反対してる。けど、反対してるからといって、その過程や結果を知らないままってわけにはいかないでしょ? 事前に小規模な実験をおこなって、なにが起こるのかを理解しておきたいのよ。事と次第によっては、追加予算がおりるかもしれないし」

「また金の話ですか」

 すると麗子は、すっとメガネを押し上げた。

「いつだってお金の話よ。その予算がショボければ、それだけ被害が増えるってことも忘れないで。お金がなくて対処できませんでした、なんていうんじゃ話にならないでしょ。機構が先手を打った場合も同じ。だからこうして実験するの」

「はあ」

 ごもっともだ。


 十一時を少し過ぎたころだろうか。

 召集がかかり、皆、テントの前に集められた。

「揃ったわね。これから同調実験を始めます。基本的にはそこで見てるだけでいいわ。四つの力はポッドが放出するから。ただ、もしポッドが故障した場合、代わりをお願いするわね」

 黒羽麗子の説明はじつにザックリしていた。

 まあでも、そういうことだよな。そのためのポッドなんだから。

「ペギーさんは最初から参加してね。プシケの代理だから」

「はーい」

 また気楽な返事をして。


 ファイヴ、ウツボカズラとポッド、ペギーという並びになった。

 ポッドにはアンテナのようなものが取り付けられており、それらはすべてウツボカズラの頭上へ向けられていた。

 ペギーは手を合わせ、祈るような格好。ややすると、彼女の背面から青いエーテルが噴出した。

 麗子は神妙な表情だ。

「全ポッド、安全弁を解除」

「はい」

 各ポッドについていたエンジニアたちが、スイッチを入れ始めた。

 途端、キーンと甲高い音がして、アンテナの中央が光を帯びた。これもエーテルのような青い光だ。

 麗子はノートパソコンを確認。

「三番ポッド、出力弱いわ。レベルを一段階あげて」

「はい」

 そうしてしばらく画面をモニターしていた麗子は、小さくうなずいた。

「出力の安定を確認。照射を開始して」

「はい」

 するとアンテナから照射された四つのビームが、空中でぶつかりあった。ちょうどウツボカズラの真上だ。

 途端、ウツボカズラがガバリと口を開き、噴水のようにエーテルを放射し始めた。

 そいつはしかし拡散することなく、ビームの中心に溜まり始めた。肥大化して球体となり、青い宝石のような、海の塊となった。

 ペギーの噴出するエーテルも盛大なものになっていた。青かったエーテルはキラキラと輝いて銀の粒子となり、好き放題に乱反射してわけの分からない色になっていた。

 やがて球状の海は、ペギーの力に押されて細く飛び出し、矢のようにファイヴへ突き刺さった。

 膨大なエネルギーが、一気に注ぎ込まれているかのようだ。ファイヴのぶよぶよした肉体は、光の直撃を受けて気味悪く波打った。

 いや、波打っているだけではない。なにか、成長している気がする。潰れた鏡餅にしか見えなかった肉塊は、徐々に手足を得て、人の形になっていった。それだけではない。胸元には豊かな乳房が現れた。

 どう見ても女だ……。それも、体長五メートルはあろうかという巨体の。

 光がおさまると、ペギーはふらりとその場に崩れ落ちた。脇で待機してたスタッフがすぐに駆けつけ、担架で運び出した。

 ペギーのことは彼らに任せるとして。

 しかしこれはいったいどういうことだ。源三の話では、男がザ・ワンで、女が妖精だったんじゃなかったのか。いやあくまで仮説とは聞いている。男も女もいるのか。あるいはベースが妖精だからこうなったのか。

「ぐっ……ぐぎはっ……」

 強靭そうなアゴを動かし、巨人は地鳴りのような声を吐いた。

「ははは、なるほど。これが神の体というものか……。よくやったぞ、虫けらども……」

 獰猛な笑みを浮かべ、巨人は重い腰を浮かせた。が、バランスを崩してすぐに転倒。ずしーんと重苦しい音を立てた。

 なにが起きたのかは、すぐ理解できた。こいつの体を操ってるのはナンバーズ・ファイヴだ。やはり生きていたのだ。

「細かいコントロールが効かんな。まあいい。実戦で慣らすとしよう」

 ゆらりと立ち上がると、その大きさはじつに際立った。

 驚異的なのは背の高さだけではない、腕や足の太さが、もう電信柱よりも太い。むかし立ち上がったゾウを見たことがあるが、アレよりデカい。

 で、俺たちはこいつをどうするんだっけ?

 麗子へ目をやると、彼女は呆然としたまま固まっていた。

 ファイヴは上空から告げた。

「我にこの体を与えた褒美として、貴様らを我が下僕しもべとしてやろう。まあ拒否しても構わんが。その場合、いまこの場で死んでもらうことになる……」

 動作が緩慢だから、全力ダッシュすれば逃げられるかもしれない。しかし歩幅がデカそうだ。すぐに踏み潰されるだろう。

 ふと、老人がその正面に立つのが見えた。土蜘蛛だ。

「お主、蟲喰むしばみか? ずいぶんおおきうなったのぅ……」

「土蜘蛛……。貴様、話は通じるのか?」

「はえ?」

「話は通じるのかと聞いている」

「はて……。にしてもお主、なぜ服を着ておらぬのじゃ? 若いおなごがむなちを丸出しにしおって、けしからんやつじゃ」

「失せよ」

 持ち上がった巨人の足が、真上から土蜘蛛を踏み潰した。どーんと、土煙を巻き上げながら。

 一撃だ。

 もはや技とかそういうものではない。力での圧殺。

 麗子はまだ動けない。ここはもう、各自の判断で生き延びるしかないようだ。

 俺は仲間たちに向き直った。

「みんな、逃げよう」

「断る」

「はっ?」

 やる気まんまんだったのは六原三郎だ。

 なぜか笑みを浮かべ、闘志を剥き出しにしていた。

「逃げるんなら、山野さんだけ逃げてくれ。俺は残る」

「いやいや、こいつと殺り合うって? 一円にもならないのに?」

「金なら前に黒羽麗子から受け取った。俺は仕事は最後までやるタチでな」

「……」

 そういや五百万ふっかけて、それで交渉成立したんだっけ。

 俺は溜め息をついた。六原三郎は頑固だ。言葉でああしろこうしろ言ったところで、その通りにする人間じゃない。

「分かった。じゃあ俺も残る」

「一円にもならないのに?」

「仲間を見捨てるようなマネはしない」

 俺はP226を抜き、コッキングした。昨日何発か撃ったが、まだ残っている。少しは役に立つだろう。

 エンジニアたちも行動を開始していた。

「黒羽先生! 対妖精用の麻酔弾、準備できました。ご命令を」

「そ、そうね。あるだけ撃ち込んで頂戴」

「はい!」

 部下たちのほうが立派だな。

 彼らが射撃を開始したので、俺もトリガーを引いてバックアップした。ターゲットがデカいだけあって、さすがの俺も外さなかった。手は震えたが。いや、しかしまるで現実味がない。信じられないほどデカい人間が目の前にいるのに。本当に、こんなのが実在するのか。

 巨人はよろめいて、数歩後退した。が、ダウンを奪えるほどではない。

 しばらくの間、山の斜面に銃声だけがむなしく響き渡った。エンジニアたちが使ってるのは、見たことのないライフル銃。検非違使の大好きなポリマーフレームだ。

 俺が撃ち切ると、しばらくしてエンジニアたちも声をあげた。

「残弾ゼロです」

 麻酔弾ってことは、殺傷能力は低いんだろう。巨人に効くまではしばらくかかりそうだ。というより、アレだけデカい相手なのだから、まったく効かない可能性もある。

 となると、巨人がよたついたのは実弾を撃っていた俺のおかげってことだ。さすが俺だな。もう弾切れだけど。もしこの戦いを生き延びたのがいたら、俺の墓標にこの活躍を刻むように。

 すると巨人の体を、数匹の青白い狐が這い上がった。かと思うとボンボンと次々に小爆発を起こし、巨人の肉をえぐった。

 アベトモコだ。

「狐のガキかァ!?」

 巨人はたまらず尻もちをついた。

 もしや、勝てるのか。

 三郎と一子が駆け出し、上空から腹へ飛びかかった。そこへ巨人の手が襲いかかると、さっと飛び退いて回避。鬱陶しい蚊のような戦いぶりだ。

 地面からは、死んだはずの土蜘蛛がぞろぞろと生えてきた。それも、数十体。彼らは一斉に巨人にすがりつき、地面に引きつけた。

 死んだり生き返ったり忙しい老人だな。

 赤城武雄は炎をまとった拳での打撃、桐山月子は水の蛇での攻撃。

 能力者でもなんでもない俺は、道端の石を拾って投げ始めた。バカにされるかもしれないが、投石は立派な戦闘術だ。というより、ほかにやりようがないんだから仕方がない。近づきたくないし。

 すると黒羽麗子が、メガネを投げ捨てて力強い足取りでやってきた。かと思うと大きく手をふるい、細い糸のようなもので巨人の足の指を切り落とした。

 まあナンバーズなんだから、なにがしかの力は持っているわけだよな。

「ぐぎぁッ! 待てッ! 殺すなァッ!」

 ファイヴはいまごろになって命乞いを始めた。

「我を殺せば神の命も失われるのだぞッ! 貴様ら、それを分かっているのかッ!?」

 これには黒羽麗子が反論した。

「できそこないの量産品が偉そうなこと言わないで頂戴ッ! 腹が立つわッ!」

 腕をふるい、足の裏を縦に裂いた。

 あまりにえげつない攻撃だ。ざばと裂けた部分から、大量の血液が滲み出してきた。

 まるで妖精花園ようせいガーデンを殺処分したときのような、大量の出血だ。体がデカいと、血液量も相当なものになる。

 ファイヴはもはや身動きもとれないまま、一方的になぶられていた。

「ぐっ、抜け出せん……まさか死ぬのか……この我が……」

 いや、たぶんしぶとく生き延びるぞ。あとでガソリンでもかけて燃やしたほうがいい。

「や、やめ……よ……」

 もはやすべての指を失い、両目も潰された巨人は、虚ろな命乞いを繰り返すだけのデカい肉と化していた。

 麗子は深い溜め息をつき、助手とおぼしき人物へ告げた。

「川崎さんに連絡して、応援を要請して頂戴。これを処理しないといけないから」

「はい」

 ま、放置しておくわけにもいかないよな。

 この図々しい肉は、いちおう神を名乗っていたわけだし。


(続く)

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