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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
34/70

科学力

 解散とはいうものの、俺はそのまま集会所に残った。

「ペギー、少し話せるか?」

「少し? いくらでもいいよ。ちょうど暇してたし」

 ごく気楽な返事だ。

 いや、あまりにもお気楽すぎる。俺が必死こいてのたうち回ってたのはいったいなんだったんだ。

「ここにはしばらくいられるの?」

「先生次第かな」

「じゃあ、実験ってのが終わったら、また他界に……」

「たぶんね。あ、でもそんなに心配しなくていいよ。意外と快適なところだから」

「マジかよ」

 思った以上に他界生活を満喫してるようだ。他界とか聞くと、地獄しか思い浮かばないけど。

 ペギーはふっと笑った。

「なに? 一緒に来たい?」

「そこってビールはあるの?」

 俺がもっとも重要な疑問をぶつけると、ペギーもさすがに苦い笑みになった。

「ないよ」

「じゃあいいや」

「禁酒したら?」

「死んだらそうする」

 いや、べつにアル中じゃない。やめようと思ったらいつでもやめられるから。ホントだから。


 しばらく会話していると、黒羽麗子が戻ってきた。

「さっき連絡があって、あなたたちを襲撃した犯人の正体が分かったわ」

「お、さすが検非違使さんだ」

 俺の言葉に、麗子は顔をしかめた。

「茶化すなら教えないけど」

「すみません。いまのナシで」

「犯人は世界管理機構よ。ただし、日本支部ではなく、東アジア支部」

 麗子がそう告げた瞬間、ペギーの表情が曇った。

「もう介入してきたの」

「きっとここでやる実験のことも掴んでるんでしょうね。早く済ませて切り上げたいところだけど、ポッドの調整に時間がかかるから……。ああ、ポッドっていうのはみんなが運んできたあの機材のことよ。四つの力を代用するジェネレータみたいなもの」

 これには思わず間抜けな声が出た。

「へっ? 代用?」

「そうよ。言わなかった? 代用できるって」

「いや、でも……機械で?」

 代用できるというのは聞いていたが、しかし人間がやるものだと思っていた。それを機械でやるとは。

 すると麗子は表情をやや苦くした。

「そう、機械よ……と、言いたいところだけど、実態は違うわね。あのポッドの中身、見てみる? あなたにとっては不快なものが見られると思うわ」

「どういう意味です?」

「妖精よ。コンパクトな形状にして、あのポッドに密閉してあるの。生体部品としてね」

 なぜそんな猟奇的なことができるんだ、この人たちは。

 麗子はさめた眼差しで、すっとメガネを押し上げた。

「最小の犠牲で最大の成果を出そうと思ったら、自然とこうなったのよ」

「いや、まあ、科学者のやることに口を挟むつもりはありませんよ。俺たちの見えないところで犠牲になってるものなんて、いくらでもあるわけだし」

「あなたにしては賢明な判断ね。けど、このシンプルな理屈が分からない人間もいるのよ。いえ、人間じゃないわね」

「ナインさんですか?」

 妖精絡みでムキになりそうな、しかも人外の存在といえば、該当するのはナンバーズ・ナインしかいない。しかも今回、ナインは俺たちの協力要請を断りやがった。人質のはずなのに。

 麗子は眉をひそめた。

「ちょっと警戒するわね。あなた、そんなに利口だったっけ?」

「消去法で割り出しただけですよ」

「なるほど。たしかに、彼以外にはいないわね。ナインさんは偽善者よ。妖精を保護することでより多くの血が流れるのであれば、本末転倒だわ。好みの動物だけを保護して、嫌いな動物を駆除するみたいな、偏った博愛主義よ。目先の価値観に惑わされて全体が見えていない」

 思えば黒羽麗子とナインは、穏健派と中立派であった。そもそも合わないんだろう。

「それでナインさんは不参加ってわけですか」

「ええ。いまごろ自宅でヘソ曲げてるんじゃないかしら」

 すると検非違使のエンジニアが、麗子を呼びに来た。

「先生、機材のチェックお願いします」

「すぐ行くわ」

 ポッドの調整とやらは、なかなか大変なようだ。

 ここへ機構の東アジア支部が入ってこなければいいけど。


 その後、一子が空腹を訴えて外出し、三郎がそのあとを追いかけたため、集会所は急にガランとなった。

 アベトモコが来た。

「あの、山野さん、紹介しておきますね。こちらがナンバーズ・フォーの土蜘蛛さんです」

「えっ?」

 彼女の指差した先には、なぜか服を着た白骨死体と、土くれが散らばっていた。さっきまでそこには老人がいたような気がするんだが。

 意味が分からない。

 トモコも困惑した表情になった。

「あの、だいぶお爺ちゃんなので、寝ていると、よくこの姿に……」

「いや、死んでるよね、これ……」

「生きてるはずです」

 白骨死体なんだけど。

 寝てるっていうか、永眠なんだけど。

 土蜘蛛はナンバーズ・フォー。祭文長さいもんちょうだ。

 この「なんちゃら長」という役職になんの意味があるのかは分からないが。少なくとも業界ではこの異名で知られている。だが本人に会うのは初めてだ。

 本人というか、やはりどう見ても骨だけど。

 土蜘蛛は、四つの力の一角を担う重要な人物だ。これでは仮に生きていたとして、本番では役立つまい。ポッドとやらで代用できるのなら、たしかにそうしたほうがいいのかもしれない。

 トモコは続いて、他の面々へ目をやった。

「桐山さんとは面識があるんでしたよね? 赤城さんは? 初めてですか? 四つの力のひとつを担当しています」

 俺の記憶によれば、ナンバーズに赤城という男はいなかった。桐山月子も同じ。あの手の能力者は、ナンバーズの専売特許じゃないってことだ。思えば出雲もそうだった。わりとそこら中にいるのかもしれない。

 目つきの鋭い赤い髪の若者が、こちらを睨みつけてきた。

「あんたもナンバーズなのか?」

「いや、ただの組合員ですよ。山野栄といいます」

 赤城はふんと鼻を鳴らした。

「俺は赤城武雄あかぎたけお。物好きだな、こんな集まりに顔出して」

「まあ、成り行きで」

 この感じ、出会ったばかりの六原三郎に似ている。周囲を信用せず、全員敵だと思っているような態度だ。ただし全員敵だから、誰に対しても態度は一定である。言葉遣いはアレだが、意外と礼儀正しかったりする。もっとも、三秒後には同じ態度で相手を殺していたりするのだが。

 三郎と俺は趣味が合ったから打ち解けたが、この赤城ってのが同じ趣味とは思えない。

 彼は不敵な笑みを浮かべた。

「あんた、そのペギーって女と付き合ってんのか?」

「いやあ、そういうんじゃないですよ。仕事仲間ってやつで」

 俺の言葉に、ペギーもにこりと笑みを浮かべた。少しも含みはない。互いにそう思っている。

 すると赤城、値踏みするように目を細めた。

「じゃ、遠慮はいらねーってワケか」

「えっ?」

「いまどこも少子化だろ? うちの一族も先細っててな。親戚一同から、結婚しろ結婚しろって詰められてんだ。ちょうど手頃な女を探しててよ。見ろよその女のケツ。いいガキ産みそうじゃねーか」

 な、なんなのこいつ……。ガツガツ来やがる。

 ペギーは唖然として返事もできず、口をへの字にしていた。

 ふっと笑ったのは月子だ。

「やめときなよ、赤城。その子は、あんたの手に負えるような女じゃないよ」

「なんだと?」

「彼女、妖精だよ? 神の子を産むかもしれない女なんだ。あんたの子供なんか産みやしないよ」

「あ? やってみなくちゃ分かんねーじゃねーか。それともなんだ? お前が代わりに産むか?」

「なにそれ? 女なら誰でもいいわけ?」

「ふざけんなよ。誰でもってことはねーよ。だがまあ……そうだな。健康なら誰でもいいぞ」

 たくましいヤツだな。

 月子はやれやれと溜め息をついた。

「私はパス。こっちもこっちで力の継承者を産まなきゃいけないんだから」

「そういやそうだな。じゃあお前はナシだ。なあ、ペギーさんよ。俺の子供を産む気はねーか? 言っちゃなんだが、夜の俺は意外と優しいぞ」

 真顔でジョークを言えるとは、コメディアンの素質がありそうだ。

 ペギーも苦笑している。

「気持ちは嬉しいけど、いまはちょっとそういう気分になれないかな」

「いつならいいんだ?」

「全部済んだら考えてもいいよ。ただし女性を誘うなら、もっとやり方を考え直したほうがいいと思う。そんなんじゃ誰も誘えないよ」

「やり方? なんだよ? 寝てるところに忍び込むとかか?」

「論外だね……」

 許してやってくれ、彼は江戸時代からタイムスリップしてきたばかりなんだ。いやそんなわけないけど。

 仏のトモコさまも凄まじいジト目になっている。彼女をこんな表情にさせるとは、よっぽどだぞ。

 するとさっきまで白骨死体だった爺さんが、唐突に生き返って顔をあげた。

「む? わしゃ寝とらんぞ? ほえ? ここはどこじゃ……」

 白いヒゲを伸ばした、頭つるつるの仙人のような老人だった。肌が土気色だ。

 トモコがかいがいしく近づいていった。

「土蜘蛛さん、ここは六原の里です」

「む、そういうお主はアベの……。ずいぶん若返ったようじゃのぅ?」

「孫のトモコです」

「トモコ……。はて、聞いたことのない名じゃな」

「……」

 うーん、これは本当に限界が近いのではないか。

 前にナインが仕事を依頼してきたとき、俺はナンバーズでやればいいじゃないかと切り返した。しかしそのときの説明では、ナンバーズも人材不足ということだった。実際、そうなのかもしれない。内部分裂しているだけでなく、老朽化もしている。

 ともあれ、土蜘蛛、桐山月子、赤城武雄、そして六原姉弟。この場に四つの力の保持者が揃った。のみならず、一人ですべての力を扱えるというアベトモコもいる。それらを代用するポッドさえある。

 これだけの力を集めて、麗子はなんの実験をするつもりだろうか。

 もし神を復活させる気なら、ザ・ワンとプシケ、そして妖精文書も必要なはずだ。あるいはペギーがプシケの代わりになるかもしれない。妖精文書もワームで代用できるかもしれない。しかしザ・ワンはどうする?

 まさかとは思うが、鏡餅みたいになったファイヴを使う気か。確かアレは神のなりそこないだったはず。しかもまだ生きているという話だ。

 つまり実験というのは――神の復活そのものなのか?

 そんなことは機構が許さんだろう。絶対に妨害しにくるぞ。はたしてそのとき、この戦力で応戦できるのか?

 いや、できそうだな。ここにはヤバい連中しかいない。ちょっとした仕事の現場なんかより、高い戦力が集中している。

 だが平穏には済むまい。これを止めようと思ってるのは機構だけじゃない。というより、検非違使こそ神の復活を阻止したい勢力のはずだ。民間人のいないこの里なら、実験してもいいってのか。

 いや、そんなのは些細なことだ。

 真の問題は、そんなヤバい場所にいたら、俺の身が危ないってことだ。死んだらもうビールも飲めないんだぞ。分かってんのかよこいつら……。


(続く)

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