トランスポーター 二
全力でブレーキを踏むと、耳障りな摩擦音とともに、車は前のめりになりながら急停止した。スリップはしたものの、左右にはふらつかない。最近の車ってのは、こんなに性能がいいのか……。
そして停車した俺の両脇を、二台のSUVがビュンと追い越していった。葉山班の車も。
連中もすぐにブレーキをかけたものの、その一台のケツに葉山班のハイエースが猛スピードで激突。ガッシャーンと派手な音を立てながら、いろいろ撒き散らした。
キラーズの連中も、せめて人様の役に立って死んだか。
さて、俺たちも敵のツラを拝ませてもらうか。
「行こうぜ」
ダッシュボードからP226を取り出し、俺は運転席から出た。
距離は百メートル超ってところだ。だいぶ遠い。少なくとも拳銃でやり合う距離じゃない。飛距離はまあいいとして、俺のテクがな……。
俺が駆け出すと、六原姉弟が横を猛スピードで追い抜いていった。常人のスピードじゃない。オリンピックにでも出たほうがいい。
SUVから出てきたのは、中東系の顔立ちをした連中だった。黒服ではなく私服。左手のSUVからは四名、事故った右手からは二名が出てきた。遠くてよく見えないが、武装は拳銃のみ。イングラムではない。
機構の連中ではないのだろうか。かといって、ただの窃盗団とも思えないが。
一子がまるで狂犬のように四人組へ飛びかかり、血の雨を降らせた。おくれて三郎も加勢。俺は仲間に当たらないよう、右手の二名に応戦した。
走りながらで当たるわけもないが、なにもしないよりはマシだ。
が、どういうわけか、今日の俺は冴えていた。適当にぶっ放していただけなのに、二名が血を吹きながら倒れたのだ。
俺は充分に近づき、うめいている二名にトドメを刺した。
いや生かしたまま話を聞くべきだったかもしれないが。
だがその直後、俺の心臓は縮みあがった。SUVの物陰に、拳銃を構えた男を見つけたからだ。つい気を抜いていた。デコッキングして、ふところに銃をしまったところだった。いまから抜いても間に合わない。
だがそいつはふらふら立ち上がると、SUVにどっと身をあずけた。
「相変わらずヘタクソだな、テメーは。一発くらい当てろや」
「は、葉山さんか……」
血まみれだったから、誰だか分からなかった。あんなスピードで正面衝突したのに、まだ戦えるのかこいつ。タフすぎるだろ。死んで欲しいヤツに限って生き延びる。
葉山は握った拳の腹でSUVを叩いた。
「ダッジ・デュランゴ……。外車だな。こいつら機構の連中か?」
「いや、機構ならイングラム持ってますよ。けどこいつらは……」
トカレフだ。
まさかハバキか? いや、トカレフならどこからでも手に入る。必ずしもハバキってことはない。
三郎が敵の一人を引きずってきた。
「一人だけ生かしておいてやったぞ。話はできる状態だ」
上出来だ。しかしどこからどう見ても瀕死なんだが。
葉山がそいつの顔面を蹴り上げ、ヤンキー座りになってトカレフを突きつけた。
「どこの差し金だ、言え」
すると男は苦しそうに顔をしかめ、絞り出すように応じた。
「殺せ……」
「素直に答えれば楽に殺してやるよ。だが答えなければ指を一本ずつ折る」
「ぐっ……」
男は言葉に詰まった。
指なんか折ったら死んでしまいそうだ。それに、そんなバイオレンスなシーンは見たくない。
まあ、車両の影で食事をしているお姉さんのほうが、はるかにバイオレンスなんだけど。つーかアイスはもういいのかよ。別腹か。
すると男が、ふところに手を伸ばした。葉山のトカレフが火を噴くのと、ナイフが飛来するのはほぼ同時だった。もっと言えば、ナイフを投げた腕が切り落とされるのもほぼ同時。
ナイフは空を切った。男は銃弾を腹に受け、ピクピクしていた。これはもう会話どころではない。
ともあれ、襲撃者は全員死亡だ。業務に戻る必要がある。
「えーと、じゃあ、ひとまず片付いたってことで……」
「待てッ」
撤収しようとすると、葉山が声を荒げた。
「なんです?」
「俺もそっちの車に乗せろ」
「はっ?」
「はっ、じゃねーだろクソが。見て分かんねーのか? こっちの車はもうオシャカなんだよ。お前たちの車に乗るしかねーだろ」
「……」
なんでこうも偉そうなの。ちゃんとお願いしてくれないと、その気になれないなぁ。
「まさか、本気で置いてく気じゃねーよな?」
「いや、まあ、お願いされれば断りませんけど……」
「お願いだァ?」
「レースは俺の勝ちってことでいいんですよね?」
「ンなもん、無効試合だろ。だいいち、こっちが盾になったおかげで、お前らは襲撃を回避できたんだぞ。そこ考えろボケ」
いや自爆だろボケ。
「ちょっと黒羽先生に相談してみます」
車へ戻ると、無線がやかましくがなりたてていた。
『ちょっと聞こえてるの? 生きてるんでしょうね!? 返事しなさいっ!』
「生きてますよ。トイレ行ってました」
『はっ?』
「というのは冗談で、襲撃してきた連中を殺処分してました。で、キラーズの車なんですけど、どうももう走れない状態みたいで……」
『走れない? 全損ってこと?』
「葉山さんだけ生きてます」
『荷物は?』
「無事です」
そりゃまあ、依頼主にとっては人命より荷物のほうが大事だよな。
すると麗子は、とんでもないことを言い出した。
『じゃあ葉山車の荷物は、山野車に載せて移動しなさい』
「えっ?」
『質問はナシよ。言われた通りにしなさい。以上』
で、ブツリ、だ。
相変わらずだな、この女は……。
その後、クソ重い荷物をなんとか荷台に押し込み、楽しい小旅行の再開となった。
通報によって警察も駆けつけてきたのだが、車のナンバープレートを照合させたらお咎めナシということになった。検非違使の仕事はこれだからいいよな。警官は納得いかない様子だったけど。
いま荷台に二基の炊飯器を載せ、後部座席には六原姉弟を、助手席には葉山を乗せてのドライヴとなっていた。
しかもこいつ、人に断りもなしにタバコを吸いやがる。
後ろで食事をしている姉から苦情が来たので、俺は窓を開けた。
「ったく、ツイてねぇぜ……」
窓の外に煙を吐きながら、葉山は顔をしかめた。
「景気よくないんですか?」
「お前も知ってるだろ。ここんとこずっと赤字続きだ。メンバーも全盛期の半分になっちまった」
「運を損ねるようなことしてるからじゃないですかね」
「お前な……。まあいい。しかしハバキさんの仕事ならともかく、検非違使の仕事でこんなことになるなんて思うか?」
「状況が変わったんですよ。もう以前のやり方は通じないってことでしょう」
「はぁ……」
大きく溜め息をつき、葉山は天を仰いだ。
偉そうにオラついてるけど、ちゃんとショック受けてたんだな。まあ、仲間たちにそういう姿を見せないのは立派かもしれないけど。そのダシに俺を使うのはヤメて欲しいものだ。
「山野、やっぱうちに入らねーか? お前は戦力としてはザコだが、状況がよく見えてる。俺の直属の部下として採用してやってもいい。どうだ?」
ちっとも嬉しくないどころか、車から蹴り落としたくなるようなリクルートだ。
俺はなるべく穏やかに、こう応じた。
「いや、俺じゃ務まらないですよ」
「なんだ? 俺たちと一緒にやるより、死体を食うような連中のほうがマシだってのか」
すると小さな声で「おいしいのに」という反論が来たが、聞かなかったことにしよう。
「いや、いくら俺が助言しても、キラーズの人たち聞かないでしょ。そもそも俺の印象、あそこじゃクソ最悪なんですから。なぜかは知りませんけどね」
「誤解があるなら俺が解いてやってもいい」
「遠慮しときますよ。フリーのほうが気楽でいいですし」
だがどういうわけか、葉山は退かなかった。
「じゃあ提携ってのはどうだ?」
「えっ?」
「うちとお前らで業務提携するんだ。必要に応じて協力し合うってことだよ」
「いやー、そう言われても、俺ら固定のチームってわけじゃないんで」
「めんどくせーなテメーはよ。じゃあ率直に言うぞ。情報だけよこせ。タダとは言わねぇ。なんかヤバそうな情報が入ったら、まっさきに流せ。金は払う」
「……」
ここのところ失敗続きで、挽回に必死ってわけか。
たしかに、情報の有無がいちいち命を左右する業界だ。敵対する二つの勢力から依頼があったとき、どちらにつくかで明暗が別れる。
だが俺はキラーズにナメられている。情報なんて持っていったところで、安く買い叩かれるのがオチだ。協力してやる義理もない。無下に断れば角が立つから、ここは適当に承諾しておいて、そのまま放置するとしよう。
「分かりました。なにかあったらそのときは」
「おう。くれぐれもよろしくな」
人徳がないってのは哀しいことだな。
まさか血まみれでサービスエリアになんて寄れないから、長野へはノンストップで向かった。
ゴールは例の集落。というより、集落の手前の、道路のある地点までだ。
現地には、黒羽麗子がヘリで先乗りしていた。青猫班も、杉下班もすでにいた。ビリは俺たち。
時刻は十五時を少し回ったところ。日はだいぶ傾いている。
「お疲れさま。四基とも無事到着したわね。報酬はニューオーダーで受け取って」
人の腰ほどもある炊飯器が、四つ並べられていた。内部がどうなっているのかは分からないが、男二人で持ち上がるかどうかという重量だ。あの山道を人力で運ぶことはできない。だから麗子は、このあとヘリで集落まで運び込むつもりだろう。そもそも最初から最後までヘリで運べよと思わなくもないが。検非違使にもいろいろ都合があるのだろう。
すると麗子は、予想外のことを言い出した。
「以上で解散とします。ただし山野班は残りなさい。話があります」
「えっ?」
「葉山さんは帰っていいわ。青猫さん、一緒に乗せてあげて」
「……」
すると葉山がしかめっ面でやってきた。
「分かってるだろうな? あとで話を聞かせろよ」
「まあ、守秘義務に反しない範囲で」
「……」
葉山は舌打ちすると、睨むような表情のまま向こうへ行った。
車は一台、また一台と走り去り、ついには俺たちだけが残された。
いったいなんの用なんだ。これからビールが飲めると思ったのに。
麗子はヘリに乗り込んだ。
「ほら、乗りなさい。中に入るわよ」
「えっ」
「ペギーさんに会いたくないの? 早くしなさい」
「……」
なんだって?
いるのか?
ここに?
*
案内されたのは、見覚えのある集会所だった。前もここに集まったっけ。
中には数人の先客。見知らぬ人間もいたが、見知った人間もいた。前に秩父で救出した桐山月子に、アベトモコ、そしてペギーだ。
「ウソだろ?」
俺の言葉に、ペギーはふっと妖しい笑みを浮かべた。
「ウソってなにが?」
「どうしてここに?」
「いちゃいけない?」
「いや、いけなくはないけど……」
衰弱した様子はない。
見るからに健康そのものだ。ノースリーブのシャツにショートパンツという、夏のリゾートを満喫するような格好で。
三郎が悪い笑みを浮かべた。
「てっきり死んだかと思ったぜ」
「アテが外れた?」
「いや、正直ほっとしてるよ。山野さん、ガキみたいにビービー泣いてたからな」
「あらホント?」
いまとなっては懐かしい、いたずらっぽい表情。
感動の再会のはずが、ずいぶん軽い感じになってしまったな。まあ、そのほうがこっちも気楽でいい。
「泣いてないよ。まあ心配はしてたけど。よく出てこられたね」
「実験に参加するって名目でね」
「実験?」
謎の炊飯器が四つも持ち込まれ、そのうえアベトモコまで待機しているのだ。そもそも場所が場所である。なにも起きないわけがない。
黒羽麗子がみんなの前に立った。
「全員揃ってるわね。事情を知らない人のために、簡単におさらいしておくわ」
こうしているとまるで教師のようだ。少なくとも先生ではある。
「明日の昼から、四つの力の同調実験を始めます。理論上の計算は済んでいるけれど、実際にやるのはこれが初めてになるわ。少なくとも、今世紀に入ってからはね。なにが起こるかは未知数だから、それなりの覚悟で挑んでもらいます。もちろんこちらも可能な限りバックアップするわ」
すると、ぼうっと聞いていた三郎が、麗子を二度見した。
「四つの力?」
「そう、あなたも協力するのよ」
「は? 聞いてねーぞ?」
「えっ?」
麗子は眉をひそめた。
心外といった表情だ。となると、彼女は言ったということになる。
二人の視線は、一子に注がれた。
「あ……うん……そういうことだから……」
これは完全に忘れてたな。信用ならない相手に伝言を頼むからこうなる。
三郎はぐっと眉をひそめた。
「おいブス、なにが『そういうこと』だ? 金は出るのか? まさかタダじゃないだろうな」
「金一封……出る……あとブスじゃない……」
「だから、具体的にはいくらだよ、ブス」
「……」
金額も確認しないで受けたらしく、一子は頭の上にハテナマークを浮かべていた。
麗子が深い溜め息をついた。
「百万よ」
「やる」
「じゃあいいわね。今日のところは以上よ。解散」
その実験ってのは、部外者の俺が見てもいいのか。いや、もう部外者って感じじゃないけど。いっそ当然の権利として見届けさせてもらおうか。
(続く)