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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
33/70

トランスポーター 二

 全力でブレーキを踏むと、耳障りな摩擦音とともに、車は前のめりになりながら急停止した。スリップはしたものの、左右にはふらつかない。最近の車ってのは、こんなに性能がいいのか……。

 そして停車した俺の両脇を、二台のSUVがビュンと追い越していった。葉山班の車も。

 連中もすぐにブレーキをかけたものの、その一台のケツに葉山班のハイエースが猛スピードで激突。ガッシャーンと派手な音を立てながら、いろいろ撒き散らした。

 キラーズの連中も、せめて人様の役に立って死んだか。

 さて、俺たちも敵のツラを拝ませてもらうか。

「行こうぜ」

 ダッシュボードからP226を取り出し、俺は運転席から出た。

 距離は百メートル超ってところだ。だいぶ遠い。少なくとも拳銃でやり合う距離じゃない。飛距離はまあいいとして、俺のテクがな……。

 俺が駆け出すと、六原姉弟が横を猛スピードで追い抜いていった。常人のスピードじゃない。オリンピックにでも出たほうがいい。

 SUVから出てきたのは、中東系の顔立ちをした連中だった。黒服ではなく私服。左手のSUVからは四名、事故った右手からは二名が出てきた。遠くてよく見えないが、武装は拳銃のみ。イングラムではない。

 機構の連中ではないのだろうか。かといって、ただの窃盗団とも思えないが。

 一子がまるで狂犬のように四人組へ飛びかかり、血の雨を降らせた。おくれて三郎も加勢。俺は仲間に当たらないよう、右手の二名に応戦した。

 走りながらで当たるわけもないが、なにもしないよりはマシだ。

 が、どういうわけか、今日の俺は冴えていた。適当にぶっ放していただけなのに、二名が血を吹きながら倒れたのだ。

 俺は充分に近づき、うめいている二名にトドメを刺した。

 いや生かしたまま話を聞くべきだったかもしれないが。

 だがその直後、俺の心臓は縮みあがった。SUVの物陰に、拳銃を構えた男を見つけたからだ。つい気を抜いていた。デコッキングして、ふところに銃をしまったところだった。いまから抜いても間に合わない。

 だがそいつはふらふら立ち上がると、SUVにどっと身をあずけた。

「相変わらずヘタクソだな、テメーは。一発くらい当てろや」

「は、葉山さんか……」

 血まみれだったから、誰だか分からなかった。あんなスピードで正面衝突したのに、まだ戦えるのかこいつ。タフすぎるだろ。死んで欲しいヤツに限って生き延びる。

 葉山は握った拳の腹でSUVを叩いた。

「ダッジ・デュランゴ……。外車だな。こいつら機構の連中か?」

「いや、機構ならイングラム持ってますよ。けどこいつらは……」

 トカレフだ。

 まさかハバキか? いや、トカレフならどこからでも手に入る。必ずしもハバキってことはない。

 三郎が敵の一人を引きずってきた。

「一人だけ生かしておいてやったぞ。話はできる状態だ」

 上出来だ。しかしどこからどう見ても瀕死なんだが。

 葉山がそいつの顔面を蹴り上げ、ヤンキー座りになってトカレフを突きつけた。

「どこの差し金だ、言え」

 すると男は苦しそうに顔をしかめ、絞り出すように応じた。

「殺せ……」

「素直に答えれば楽に殺してやるよ。だが答えなければ指を一本ずつ折る」

「ぐっ……」

 男は言葉に詰まった。

 指なんか折ったら死んでしまいそうだ。それに、そんなバイオレンスなシーンは見たくない。

 まあ、車両の影で食事をしているお姉さんのほうが、はるかにバイオレンスなんだけど。つーかアイスはもういいのかよ。別腹か。

 すると男が、ふところに手を伸ばした。葉山のトカレフが火を噴くのと、ナイフが飛来するのはほぼ同時だった。もっと言えば、ナイフを投げた腕が切り落とされるのもほぼ同時。

 ナイフは空を切った。男は銃弾を腹に受け、ピクピクしていた。これはもう会話どころではない。

 ともあれ、襲撃者は全員死亡だ。業務に戻る必要がある。

「えーと、じゃあ、ひとまず片付いたってことで……」

「待てッ」

 撤収しようとすると、葉山が声を荒げた。

「なんです?」

「俺もそっちの車に乗せろ」

「はっ?」

「はっ、じゃねーだろクソが。見て分かんねーのか? こっちの車はもうオシャカなんだよ。お前たちの車に乗るしかねーだろ」

「……」

 なんでこうも偉そうなの。ちゃんとお願いしてくれないと、その気になれないなぁ。

「まさか、本気で置いてく気じゃねーよな?」

「いや、まあ、お願いされれば断りませんけど……」

「お願いだァ?」

「レースは俺の勝ちってことでいいんですよね?」

「ンなもん、無効試合だろ。だいいち、こっちが盾になったおかげで、お前らは襲撃を回避できたんだぞ。そこ考えろボケ」

 いや自爆だろボケ。

「ちょっと黒羽先生に相談してみます」


 車へ戻ると、無線がやかましくがなりたてていた。

『ちょっと聞こえてるの? 生きてるんでしょうね!? 返事しなさいっ!』

「生きてますよ。トイレ行ってました」

『はっ?』

「というのは冗談で、襲撃してきた連中を殺処分してました。で、キラーズの車なんですけど、どうももう走れない状態みたいで……」

『走れない? 全損ってこと?』

「葉山さんだけ生きてます」

『荷物は?』

「無事です」

 そりゃまあ、依頼主にとっては人命より荷物のほうが大事だよな。

 すると麗子は、とんでもないことを言い出した。

『じゃあ葉山車の荷物は、山野車に載せて移動しなさい』

「えっ?」

『質問はナシよ。言われた通りにしなさい。以上』

 で、ブツリ、だ。

 相変わらずだな、この女は……。


 その後、クソ重い荷物をなんとか荷台に押し込み、楽しい小旅行の再開となった。

 通報によって警察も駆けつけてきたのだが、車のナンバープレートを照合させたらお咎めナシということになった。検非違使の仕事はこれだからいいよな。警官は納得いかない様子だったけど。

 いま荷台に二基の炊飯器を載せ、後部座席には六原姉弟を、助手席には葉山を乗せてのドライヴとなっていた。

 しかもこいつ、人に断りもなしにタバコを吸いやがる。

 後ろで食事をしている姉から苦情が来たので、俺は窓を開けた。

「ったく、ツイてねぇぜ……」

 窓の外に煙を吐きながら、葉山は顔をしかめた。

「景気よくないんですか?」

「お前も知ってるだろ。ここんとこずっと赤字続きだ。メンバーも全盛期の半分になっちまった」

「運を損ねるようなことしてるからじゃないですかね」

「お前な……。まあいい。しかしハバキさんの仕事ならともかく、検非違使の仕事でこんなことになるなんて思うか?」

「状況が変わったんですよ。もう以前のやり方は通じないってことでしょう」

「はぁ……」

 大きく溜め息をつき、葉山は天を仰いだ。

 偉そうにオラついてるけど、ちゃんとショック受けてたんだな。まあ、仲間たちにそういう姿を見せないのは立派かもしれないけど。そのダシに俺を使うのはヤメて欲しいものだ。

「山野、やっぱうちに入らねーか? お前は戦力としてはザコだが、状況がよく見えてる。俺の直属の部下として採用してやってもいい。どうだ?」

 ちっとも嬉しくないどころか、車から蹴り落としたくなるようなリクルートだ。

 俺はなるべく穏やかに、こう応じた。

「いや、俺じゃ務まらないですよ」

「なんだ? 俺たちと一緒にやるより、死体を食うような連中のほうがマシだってのか」

 すると小さな声で「おいしいのに」という反論が来たが、聞かなかったことにしよう。

「いや、いくら俺が助言しても、キラーズの人たち聞かないでしょ。そもそも俺の印象、あそこじゃクソ最悪なんですから。なぜかは知りませんけどね」

「誤解があるなら俺が解いてやってもいい」

「遠慮しときますよ。フリーのほうが気楽でいいですし」

 だがどういうわけか、葉山は退かなかった。

「じゃあ提携ってのはどうだ?」

「えっ?」

「うちとお前らで業務提携するんだ。必要に応じて協力し合うってことだよ」

「いやー、そう言われても、俺ら固定のチームってわけじゃないんで」

「めんどくせーなテメーはよ。じゃあ率直に言うぞ。情報だけよこせ。タダとは言わねぇ。なんかヤバそうな情報が入ったら、まっさきに流せ。金は払う」

「……」

 ここのところ失敗続きで、挽回に必死ってわけか。

 たしかに、情報の有無がいちいち命を左右する業界だ。敵対する二つの勢力から依頼があったとき、どちらにつくかで明暗が別れる。

 だが俺はキラーズにナメられている。情報なんて持っていったところで、安く買い叩かれるのがオチだ。協力してやる義理もない。無下に断れば角が立つから、ここは適当に承諾しておいて、そのまま放置するとしよう。

「分かりました。なにかあったらそのときは」

「おう。くれぐれもよろしくな」

 人徳がないってのは哀しいことだな。


 まさか血まみれでサービスエリアになんて寄れないから、長野へはノンストップで向かった。

 ゴールは例の集落。というより、集落の手前の、道路のある地点までだ。

 現地には、黒羽麗子がヘリで先乗りしていた。青猫班も、杉下班もすでにいた。ビリは俺たち。

 時刻は十五時を少し回ったところ。日はだいぶ傾いている。

「お疲れさま。四基とも無事到着したわね。報酬はニューオーダーで受け取って」

 人の腰ほどもある炊飯器が、四つ並べられていた。内部がどうなっているのかは分からないが、男二人で持ち上がるかどうかという重量だ。あの山道を人力で運ぶことはできない。だから麗子は、このあとヘリで集落まで運び込むつもりだろう。そもそも最初から最後までヘリで運べよと思わなくもないが。検非違使にもいろいろ都合があるのだろう。

 すると麗子は、予想外のことを言い出した。

「以上で解散とします。ただし山野班は残りなさい。話があります」

「えっ?」

「葉山さんは帰っていいわ。青猫さん、一緒に乗せてあげて」

「……」

 すると葉山がしかめっ面でやってきた。

「分かってるだろうな? あとで話を聞かせろよ」

「まあ、守秘義務に反しない範囲で」

「……」

 葉山は舌打ちすると、睨むような表情のまま向こうへ行った。

 車は一台、また一台と走り去り、ついには俺たちだけが残された。

 いったいなんの用なんだ。これからビールが飲めると思ったのに。

 麗子はヘリに乗り込んだ。

「ほら、乗りなさい。中に入るわよ」

「えっ」

「ペギーさんに会いたくないの? 早くしなさい」

「……」

 なんだって?

 いるのか?

 ここに?


 *


 案内されたのは、見覚えのある集会所だった。前もここに集まったっけ。

 中には数人の先客。見知らぬ人間もいたが、見知った人間もいた。前に秩父で救出した桐山月子に、アベトモコ、そしてペギーだ。

「ウソだろ?」

 俺の言葉に、ペギーはふっと妖しい笑みを浮かべた。

「ウソってなにが?」

「どうしてここに?」

「いちゃいけない?」

「いや、いけなくはないけど……」

 衰弱した様子はない。

 見るからに健康そのものだ。ノースリーブのシャツにショートパンツという、夏のリゾートを満喫するような格好で。

 三郎が悪い笑みを浮かべた。

「てっきり死んだかと思ったぜ」

「アテが外れた?」

「いや、正直ほっとしてるよ。山野さん、ガキみたいにビービー泣いてたからな」

「あらホント?」

 いまとなっては懐かしい、いたずらっぽい表情。

 感動の再会のはずが、ずいぶん軽い感じになってしまったな。まあ、そのほうがこっちも気楽でいい。

「泣いてないよ。まあ心配はしてたけど。よく出てこられたね」

「実験に参加するって名目でね」

「実験?」

 謎の炊飯器が四つも持ち込まれ、そのうえアベトモコまで待機しているのだ。そもそも場所が場所である。なにも起きないわけがない。

 黒羽麗子がみんなの前に立った。

「全員揃ってるわね。事情を知らない人のために、簡単におさらいしておくわ」

 こうしているとまるで教師のようだ。少なくとも先生ではある。

「明日の昼から、四つの力の同調実験を始めます。理論上の計算は済んでいるけれど、実際にやるのはこれが初めてになるわ。少なくとも、今世紀に入ってからはね。なにが起こるかは未知数だから、それなりの覚悟で挑んでもらいます。もちろんこちらも可能な限りバックアップするわ」

 すると、ぼうっと聞いていた三郎が、麗子を二度見した。

「四つの力?」

「そう、あなたも協力するのよ」

「は? 聞いてねーぞ?」

「えっ?」

 麗子は眉をひそめた。

 心外といった表情だ。となると、彼女は言ったということになる。

 二人の視線は、一子に注がれた。

「あ……うん……そういうことだから……」

 これは完全に忘れてたな。信用ならない相手に伝言を頼むからこうなる。

 三郎はぐっと眉をひそめた。

「おいブス、なにが『そういうこと』だ? 金は出るのか? まさかタダじゃないだろうな」

「金一封……出る……あとブスじゃない……」

「だから、具体的にはいくらだよ、ブス」

「……」

 金額も確認しないで受けたらしく、一子は頭の上にハテナマークを浮かべていた。

 麗子が深い溜め息をついた。

「百万よ」

「やる」

「じゃあいいわね。今日のところは以上よ。解散」

 その実験ってのは、部外者の俺が見てもいいのか。いや、もう部外者って感じじゃないけど。いっそ当然の権利として見届けさせてもらおうか。


(続く)

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