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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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32/70

トランスポーター 一

 なにかが仕込まれている。

 それは最初の段階で分かった。


 某月某日、それもかなりの早朝、俺たちは庁舎の駐車場に集められていた。

 依頼主は黒羽麗子のはずなのに、ちゃっかり検非違使が絡んでいる。用意されたハイエースは四台。俺たちはこの四台に分乗し、ゴールを目指すことになる。

「ルートはナビに入力してあるわ。その通りに進んで頂戴。荷物はそれなりに高価だから、間違っても紛失しないようにね。あなたたちじゃ一生かかっても返済できない額だから」

 黒羽麗子は朝から高圧的だった。

 荷物運びの仕事なんだから、荷物を紛失したらダメなことくらい、いちいち言われなくとも分かる。たとえ中身が高級品であろうが、二束三文のゴミであろうが同じことだ。

 しかし俺にとっては別の問題があった。

 いや問題というほどではないんだが。この場にキラーズの葉山が来ていたのだ。荷物の運送なんて下っ端にやらせればいいものを、リーダー直々のお出ましだ。

 まあ、ここのところキラーズもミスが続いてるからな。いい加減、挽回しようと思ったんだろう。俺に絡んでこなければなんでもいい。

「それじゃあ出発して。無事を祈るわ」


 俺は運転席につき、シートベルトを締めた。

 同乗するのは六原姉弟。いや一子を呼ぶつもりはなかった。しかし戦力を増強しようとしたら、ほかにアテがなかったのだ。ナインにはなぜか断られてしまったし。あの人、たしか俺たちの人質だったはずなんだが……。

「サブちゃん……途中でアイス食べようね……」

「いいけど、服にこぼすなよ」

 三郎、自分のことを棚に上げてずいぶんな態度だ。

 俺はバックミラーごしに二人に合図した。

「じゃあ出発しまーす」

 二人の後ろには荷物も見える。

 筒状の、金属の、デカい炊飯器みたいなものだ。そいつがなんなのかについては、さっき出た「それなりに高価」という情報しかない。長野に運ぶんだから、用途はある程度推測できるが。


 庁舎を出てすぐ、二台とはぐれた。

 いや、はぐれたんじゃない。ナビの指示通りに進んだだけだ。そしてある程度行ったところで、もう一台とも別ルートに入った。

 四つのルートで同時に運び出すプランか。襲撃を警戒していなければ、こんな手の込んだことはしないはずだ。

 ハズレクジを引くマヌケはどこのどいつだろうな。俺たちでなければいいが。

「サブちゃん……長野行くの楽しみね……」

「は? 楽しみじゃねーよ。仕事だぞ、仕事」

「お姉ちゃんは……楽しみ……」

「……」

 二人にとっては何度目かの帰郷だ。

 住んでる人間が全員ぶっ殺されようが、どれだけ血なまぐさい記憶にまみれていようが、それでも故郷は故郷なんだろう。

 ふと、車載無線が入った。

『山野班、応答して』

 ややヒステリックな、黒羽麗子の声だった。

 まだ出発したばかりだというのに、いったいなんだっていうんだ。

「はい、山野です」

『葉山班が指定のルートから逸れたわ。あなたたちに接近してる。警戒して』

「えっ?」

『分かってると思うけど、可能な限りトラブルは回避すること。いいわね?』

「それは向こうに言ってくださいよ。こっちは指示に従って運転してるだけなんですから」

『無線が通じないの。それくらい言われなくても分かりなさい』

「いや、そんなこと言われてもですね……」

 俺の反論の最中、無線はブツリと切れた。

 ホント、なんなの。キラーズの皆さん、言われたことさえまともにできない人たちなの? 社会人の自覚ないの?

 まあ、ないんだろうな。

 ブーッ、ブーッ、と、背後からクラクションを鳴らされた。

 さっき別れたばかりのハイエースだ。煽られている。運転席にいるのはキラーズの下っ端だ。葉山は助手席でニヤニヤしている。ゴールドのチェーンネックレスをさげ、オールバックでサングラスの、いかにもチンピラといった風貌。堂々とトカレフをいじくっている。

 こいつ、警察にパクられたいのか。

 二車線なのをいいことに、ヤツらは速度をあげ、俺たちの横にピタリとつけてきた。

「おい、山野。無視してんじゃねーよ」

 葉山が、拳銃の尻でコツコツと窓ガラスを叩いてきた。

 まさか揉め事を起こす気か? 一円にもならないのに? 依頼を無視して暴れれば、賠償やらなにやらで大変なことになるのに?

 後ろで三郎が笑った。

「邪魔なら言ってくれ。二秒でぶっ殺してやる」

「そのときは頼む」

 俺は小声で応じながら、窓ガラスを開けた。

「なんです? なにかご用ですか?」

 愛想よく返事してやる気になどなれない。

 だが葉山は、ニッと白い歯を見せた。

「そんなツラすんなよ。ちょっと挨拶したかっただけだろ」

「ルートを逸れてるって、黒羽先生怒ってましたよ?」

「あ? 俺に命令すんじゃねーよ。要はゴールまで持ってきゃいいんだろ?」

「そりゃそうかもしれませんけど……。それで、ご用は?」

 イライラしてきた。こんなバカと世間話をしている気分じゃない。

 すると葉山は窓から身を乗り出し、俺の髪を掴んできた。

「あだだっ」

「なあ、山野。お前、最近大活躍じゃねーかよ」

「えっ? 危ないでしょ。事故りますよ」

「俺たちが運んでる荷物、なんなのか知ってるよな? 教えてくれよ」

 話がしたいなら停車してからにしてくれないかな。なんでこんなにバカなんだよ。

「知りませんよ」

「あ? しらばっくれてんじゃねーぞ。ナンバーズと機構が現場を荒らすようになってから、俺たちはずっと失敗続きだ。お前、その両方と仲良しだったよな? 知らねーワケねーよなァ?」

「知らないものは知らないですよ。そろそろ手を離してもらえませんか?」

「離して欲しかったら質問に答えろ」

「いや、こっちの後部座席にいるのが誰か、葉山さんも分かってるでしょ? 腕、千切れますよ?」

「……」

 俺がゴーサインを出したら、その瞬間に葉山の腕は切断される。のみならず、その腕は姉の餌となるだろう。

 葉山は舌打ちし、腕を引っ込めた。

「なんでも六原頼みだな、ザコのクセしやがって」

「一人じゃなにもできないのはお互いさまでしょう?」

「おい、この俺にそんなクチきいていいのか? 殺すぞ?」

「依頼もナシに殺したら、普通に警察沙汰ですよ」

「相変わらずムカつく態度だな……。じゃあ公平に勝負しようぜ」

「はっ?」

 ここは学校じゃないんだが。

 よくこんなオラついた態度のまま社会に出られたな。いくらまっとうな業界でないにしてもだよ。学生気分でいられちゃ困るんだよなあ。

「先にゴールしたほうが勝ちってのはどうだ? お前が勝ったらいまのふざけた言葉は忘れてやる。その代わり、俺が勝ったらお前はキラーズに入れ。俺の部下にしてやる」

「公平とは……」

 葉山はふたたび舌打ちした。

「やんのかやんねーのかどっちだ? あぁ? いまこの場で頭ふっ飛ばされてーのか?」

「そんなことして、なにかメリットがあるんですか?」

「ンだよ腰抜け野郎が。どっちにしろお前に拒否権なんかねーんだよ。もう始めるからな。本気で来いよ」

 すると葉山たちは車を急加速させ、ぐんと先へ行ってしまった。

 勝負なんかするわけないだろ。こっちは法定速度を守って走行するし、途中のサービスエリアで六原姉弟にアイスを食わせないといけないんだから。

 三郎が溜め息をついた。

「いいのかよ、山野さん。言われっぱなしで」

「まあ、やり返してもよかった気もするけど……。あとで黒羽先生にチクチク言われるのもイヤだしな」

 すると無線機から反論があった。

『聞こえてるけど』

「聞こえてるなら、どっちが問題起こしてるのか分かりますよね?」

『この件にはあとで対処するわ。それより、くれぐれも安全運転でお願いね。事故にでも遭われたら、処理が大変だから』

「後ろの荷物、爆発したりしませんよね?」

『しないから安心しなさい。とにかく安全運転でね。くれぐれも安易な挑発に乗らないこと』

 以上、通信終わり、だ。

 どいつもこいつも、自分の言いたいことだけ言ってくれる。


 だが事件は起きた。

 高速道路に入ってしばらく進んだところで、葉山たちに追いついたのだ。べつにこっちがムキになって追いかけたわけじゃない。向こうがノロノロ運転をしていたからだ。高速料金の無駄遣いだな。

 しかし無理からぬ理由もある。葉山車はゴツいSUVに両脇を挟まれていた。待ち伏せされていたのだ。もし葉山が先行していなかったら、俺たちがこうなっていた。

「運転手、死んでないか?」

 三郎の指摘通り、運転席は鮮血でびちゃびちゃだった。助手席の葉山がどうなっているかまでは分からないが。

 俺は無線に告げた。

「こちら山野班、応答願います」

『聞いてるわ』

「キラーズの車両が襲撃を受けたようです」

『えっ?』

「詳細は分かりませんが、両脇をデカい車に挟まれてます。あれ外車かな……」

『機構ってこと?』

「いや分かりませんけど……」

 悠長な会話をしながら、俺も彼らも、互いに動きが取れなかった。

 こっちからすればもちろん想定外だが、向こうにしても想定外だったのかもしれない。なにせこのルートを通る車両は、本来なら一台だけのはずだったからな。軽率な連中が軽率な行為に出たおかげで、俺たちの計画も狂ったが、敵の計画も狂ったってわけだ。

『振り切れる?』

「いやー、どうでしょうね。俺ペーパーだからなあ」

『いいから逃げなさい。銃撃戦になったら、あなたたちの不利なんだから』

「了解」

 味方で拳銃を持ってるのは俺だけだ。ただでさえヘタクソなのに、その上ドライバーまで担当している。とてもじゃないが銃撃戦を展開できる編成じゃない。

 俺はぐっとアクセルを踏み込んだ。

 大きめにハンドルを切ってSUVを避け、一気に追い越す。するとSUVも慌てて追いかけてきた。

 カーチェイスの始まりだ。これは事故る。

 道はまっすぐだし、平日だからさほど混んでもいない。かといってその条件は向こうも同じだ。あとはエンジンの性能を信じるしかない。

 タンッと、なにかが当たった音がした。

 空き缶に釘を打ち込んだような音だ。なにが起きたのかは、目で見なくても分かった。

 こんなオープンな場所で発砲してくるなんて、どう考えてもまともじゃない。

「あ、アイス……」

 過ぎ去るサービスエリアを見て、一子がそんなことをつぶやいた。が、それどころじゃない。

 悪いがアイスはあとだ。


 何発か撃ち込まれているはずだが、内部に弾が飛んで来ることはなかった。黒羽麗子が用意したハイエースは、どうやら防弾仕様だったらしい。

 とすると、葉山たちはなぜやられたんだ? 窓を開けてオラついてたのか。最低限、その程度の危機意識は持ってる連中だと思ってたんだんだが……。

 しかしそうなると、次に狙われるのはタイヤだな。現在、時速にして百四十キロ。俺のテクだと、このスピードでスリップしたら間違いなくコケる。

 後ろから三郎が身を乗り出してきた。

「いっぺん車止めて殺り合ったほうがよくないか?」

「うーん、そうするか……」

 走行している限り、六原姉弟の戦力はまるまるムダになる。この防弾車両を盾にして戦えばなんとかなるかもしれない。

 ただし、敵は二両で来ている。囲まれたら蜂の巣だ。

『ダメよ。そのまま止まらず進みなさい』

 無線から麗子の命令が来た。

 敵の銃弾が通らないのだとしたら、麗子の言う通り走り続けるという手もある。ただしタイヤを撃たれたり、左右を挟まれたりしたらアウトだ。そして敵の二両は、じわじわとこちらに迫りつつある。追いつかれるのも時間の問題だ。

 もっとアクセルを踏み込むべきか。車のスペック的には大丈夫そうだが、問題は俺のテクだ。経験上、欲をかいた瞬間シクって自滅する。ヤバいときほどコントロール可能な範囲でやったほうがいい。

 口の中が渇いてきた。

 クソ、なんだってこんなに追い詰められてるんだ。ただの運送業務のはずだろう。

 イライラしながらバックミラーを見ると、車両が一台増えているのに気づいた。葉山たちの車両だ。生き残りがいたようだな。協力して連携すればなんとかなるか。連携……できればだけど。

 だがまあ、生き残りが葉山だろうがそうでなかろうが、借りは返したいはずだ。そのために法定速度を無視してぶっ飛ばして来たんだろうし。連中は「メンツ」にうるさいはずだからな。

 俺は後部座席へ告げた。

「二人とも、シートベルトしてるよね? ちょっと荒い運転するから備えておいて」

 ただでさえクソ重い荷物を積んでるのに、横転しないよう急ブレーキをかけられるか自信はないが……。


(続く)

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