トランスポーター 一
なにかが仕込まれている。
それは最初の段階で分かった。
某月某日、それもかなりの早朝、俺たちは庁舎の駐車場に集められていた。
依頼主は黒羽麗子のはずなのに、ちゃっかり検非違使が絡んでいる。用意されたハイエースは四台。俺たちはこの四台に分乗し、ゴールを目指すことになる。
「ルートはナビに入力してあるわ。その通りに進んで頂戴。荷物はそれなりに高価だから、間違っても紛失しないようにね。あなたたちじゃ一生かかっても返済できない額だから」
黒羽麗子は朝から高圧的だった。
荷物運びの仕事なんだから、荷物を紛失したらダメなことくらい、いちいち言われなくとも分かる。たとえ中身が高級品であろうが、二束三文のゴミであろうが同じことだ。
しかし俺にとっては別の問題があった。
いや問題というほどではないんだが。この場にキラーズの葉山が来ていたのだ。荷物の運送なんて下っ端にやらせればいいものを、リーダー直々のお出ましだ。
まあ、ここのところキラーズもミスが続いてるからな。いい加減、挽回しようと思ったんだろう。俺に絡んでこなければなんでもいい。
「それじゃあ出発して。無事を祈るわ」
俺は運転席につき、シートベルトを締めた。
同乗するのは六原姉弟。いや一子を呼ぶつもりはなかった。しかし戦力を増強しようとしたら、ほかにアテがなかったのだ。ナインにはなぜか断られてしまったし。あの人、たしか俺たちの人質だったはずなんだが……。
「サブちゃん……途中でアイス食べようね……」
「いいけど、服にこぼすなよ」
三郎、自分のことを棚に上げてずいぶんな態度だ。
俺はバックミラーごしに二人に合図した。
「じゃあ出発しまーす」
二人の後ろには荷物も見える。
筒状の、金属の、デカい炊飯器みたいなものだ。そいつがなんなのかについては、さっき出た「それなりに高価」という情報しかない。長野に運ぶんだから、用途はある程度推測できるが。
庁舎を出てすぐ、二台とはぐれた。
いや、はぐれたんじゃない。ナビの指示通りに進んだだけだ。そしてある程度行ったところで、もう一台とも別ルートに入った。
四つのルートで同時に運び出すプランか。襲撃を警戒していなければ、こんな手の込んだことはしないはずだ。
ハズレクジを引くマヌケはどこのどいつだろうな。俺たちでなければいいが。
「サブちゃん……長野行くの楽しみね……」
「は? 楽しみじゃねーよ。仕事だぞ、仕事」
「お姉ちゃんは……楽しみ……」
「……」
二人にとっては何度目かの帰郷だ。
住んでる人間が全員ぶっ殺されようが、どれだけ血なまぐさい記憶にまみれていようが、それでも故郷は故郷なんだろう。
ふと、車載無線が入った。
『山野班、応答して』
ややヒステリックな、黒羽麗子の声だった。
まだ出発したばかりだというのに、いったいなんだっていうんだ。
「はい、山野です」
『葉山班が指定のルートから逸れたわ。あなたたちに接近してる。警戒して』
「えっ?」
『分かってると思うけど、可能な限りトラブルは回避すること。いいわね?』
「それは向こうに言ってくださいよ。こっちは指示に従って運転してるだけなんですから」
『無線が通じないの。それくらい言われなくても分かりなさい』
「いや、そんなこと言われてもですね……」
俺の反論の最中、無線はブツリと切れた。
ホント、なんなの。キラーズの皆さん、言われたことさえまともにできない人たちなの? 社会人の自覚ないの?
まあ、ないんだろうな。
ブーッ、ブーッ、と、背後からクラクションを鳴らされた。
さっき別れたばかりのハイエースだ。煽られている。運転席にいるのはキラーズの下っ端だ。葉山は助手席でニヤニヤしている。ゴールドのチェーンネックレスをさげ、オールバックでサングラスの、いかにもチンピラといった風貌。堂々とトカレフをいじくっている。
こいつ、警察にパクられたいのか。
二車線なのをいいことに、ヤツらは速度をあげ、俺たちの横にピタリとつけてきた。
「おい、山野。無視してんじゃねーよ」
葉山が、拳銃の尻でコツコツと窓ガラスを叩いてきた。
まさか揉め事を起こす気か? 一円にもならないのに? 依頼を無視して暴れれば、賠償やらなにやらで大変なことになるのに?
後ろで三郎が笑った。
「邪魔なら言ってくれ。二秒でぶっ殺してやる」
「そのときは頼む」
俺は小声で応じながら、窓ガラスを開けた。
「なんです? なにかご用ですか?」
愛想よく返事してやる気になどなれない。
だが葉山は、ニッと白い歯を見せた。
「そんなツラすんなよ。ちょっと挨拶したかっただけだろ」
「ルートを逸れてるって、黒羽先生怒ってましたよ?」
「あ? 俺に命令すんじゃねーよ。要はゴールまで持ってきゃいいんだろ?」
「そりゃそうかもしれませんけど……。それで、ご用は?」
イライラしてきた。こんなバカと世間話をしている気分じゃない。
すると葉山は窓から身を乗り出し、俺の髪を掴んできた。
「あだだっ」
「なあ、山野。お前、最近大活躍じゃねーかよ」
「えっ? 危ないでしょ。事故りますよ」
「俺たちが運んでる荷物、なんなのか知ってるよな? 教えてくれよ」
話がしたいなら停車してからにしてくれないかな。なんでこんなにバカなんだよ。
「知りませんよ」
「あ? しらばっくれてんじゃねーぞ。ナンバーズと機構が現場を荒らすようになってから、俺たちはずっと失敗続きだ。お前、その両方と仲良しだったよな? 知らねーワケねーよなァ?」
「知らないものは知らないですよ。そろそろ手を離してもらえませんか?」
「離して欲しかったら質問に答えろ」
「いや、こっちの後部座席にいるのが誰か、葉山さんも分かってるでしょ? 腕、千切れますよ?」
「……」
俺がゴーサインを出したら、その瞬間に葉山の腕は切断される。のみならず、その腕は姉の餌となるだろう。
葉山は舌打ちし、腕を引っ込めた。
「なんでも六原頼みだな、ザコのクセしやがって」
「一人じゃなにもできないのはお互いさまでしょう?」
「おい、この俺にそんなクチきいていいのか? 殺すぞ?」
「依頼もナシに殺したら、普通に警察沙汰ですよ」
「相変わらずムカつく態度だな……。じゃあ公平に勝負しようぜ」
「はっ?」
ここは学校じゃないんだが。
よくこんなオラついた態度のまま社会に出られたな。いくらまっとうな業界でないにしてもだよ。学生気分でいられちゃ困るんだよなあ。
「先にゴールしたほうが勝ちってのはどうだ? お前が勝ったらいまのふざけた言葉は忘れてやる。その代わり、俺が勝ったらお前はキラーズに入れ。俺の部下にしてやる」
「公平とは……」
葉山はふたたび舌打ちした。
「やんのかやんねーのかどっちだ? あぁ? いまこの場で頭ふっ飛ばされてーのか?」
「そんなことして、なにかメリットがあるんですか?」
「ンだよ腰抜け野郎が。どっちにしろお前に拒否権なんかねーんだよ。もう始めるからな。本気で来いよ」
すると葉山たちは車を急加速させ、ぐんと先へ行ってしまった。
勝負なんかするわけないだろ。こっちは法定速度を守って走行するし、途中のサービスエリアで六原姉弟にアイスを食わせないといけないんだから。
三郎が溜め息をついた。
「いいのかよ、山野さん。言われっぱなしで」
「まあ、やり返してもよかった気もするけど……。あとで黒羽先生にチクチク言われるのもイヤだしな」
すると無線機から反論があった。
『聞こえてるけど』
「聞こえてるなら、どっちが問題起こしてるのか分かりますよね?」
『この件にはあとで対処するわ。それより、くれぐれも安全運転でお願いね。事故にでも遭われたら、処理が大変だから』
「後ろの荷物、爆発したりしませんよね?」
『しないから安心しなさい。とにかく安全運転でね。くれぐれも安易な挑発に乗らないこと』
以上、通信終わり、だ。
どいつもこいつも、自分の言いたいことだけ言ってくれる。
だが事件は起きた。
高速道路に入ってしばらく進んだところで、葉山たちに追いついたのだ。べつにこっちがムキになって追いかけたわけじゃない。向こうがノロノロ運転をしていたからだ。高速料金の無駄遣いだな。
しかし無理からぬ理由もある。葉山車はゴツいSUVに両脇を挟まれていた。待ち伏せされていたのだ。もし葉山が先行していなかったら、俺たちがこうなっていた。
「運転手、死んでないか?」
三郎の指摘通り、運転席は鮮血でびちゃびちゃだった。助手席の葉山がどうなっているかまでは分からないが。
俺は無線に告げた。
「こちら山野班、応答願います」
『聞いてるわ』
「キラーズの車両が襲撃を受けたようです」
『えっ?』
「詳細は分かりませんが、両脇をデカい車に挟まれてます。あれ外車かな……」
『機構ってこと?』
「いや分かりませんけど……」
悠長な会話をしながら、俺も彼らも、互いに動きが取れなかった。
こっちからすればもちろん想定外だが、向こうにしても想定外だったのかもしれない。なにせこのルートを通る車両は、本来なら一台だけのはずだったからな。軽率な連中が軽率な行為に出たおかげで、俺たちの計画も狂ったが、敵の計画も狂ったってわけだ。
『振り切れる?』
「いやー、どうでしょうね。俺ペーパーだからなあ」
『いいから逃げなさい。銃撃戦になったら、あなたたちの不利なんだから』
「了解」
味方で拳銃を持ってるのは俺だけだ。ただでさえヘタクソなのに、その上ドライバーまで担当している。とてもじゃないが銃撃戦を展開できる編成じゃない。
俺はぐっとアクセルを踏み込んだ。
大きめにハンドルを切ってSUVを避け、一気に追い越す。するとSUVも慌てて追いかけてきた。
カーチェイスの始まりだ。これは事故る。
道はまっすぐだし、平日だからさほど混んでもいない。かといってその条件は向こうも同じだ。あとはエンジンの性能を信じるしかない。
タンッと、なにかが当たった音がした。
空き缶に釘を打ち込んだような音だ。なにが起きたのかは、目で見なくても分かった。
こんなオープンな場所で発砲してくるなんて、どう考えてもまともじゃない。
「あ、アイス……」
過ぎ去るサービスエリアを見て、一子がそんなことをつぶやいた。が、それどころじゃない。
悪いがアイスはあとだ。
何発か撃ち込まれているはずだが、内部に弾が飛んで来ることはなかった。黒羽麗子が用意したハイエースは、どうやら防弾仕様だったらしい。
とすると、葉山たちはなぜやられたんだ? 窓を開けてオラついてたのか。最低限、その程度の危機意識は持ってる連中だと思ってたんだんだが……。
しかしそうなると、次に狙われるのはタイヤだな。現在、時速にして百四十キロ。俺のテクだと、このスピードでスリップしたら間違いなくコケる。
後ろから三郎が身を乗り出してきた。
「いっぺん車止めて殺り合ったほうがよくないか?」
「うーん、そうするか……」
走行している限り、六原姉弟の戦力はまるまるムダになる。この防弾車両を盾にして戦えばなんとかなるかもしれない。
ただし、敵は二両で来ている。囲まれたら蜂の巣だ。
『ダメよ。そのまま止まらず進みなさい』
無線から麗子の命令が来た。
敵の銃弾が通らないのだとしたら、麗子の言う通り走り続けるという手もある。ただしタイヤを撃たれたり、左右を挟まれたりしたらアウトだ。そして敵の二両は、じわじわとこちらに迫りつつある。追いつかれるのも時間の問題だ。
もっとアクセルを踏み込むべきか。車のスペック的には大丈夫そうだが、問題は俺のテクだ。経験上、欲をかいた瞬間シクって自滅する。ヤバいときほどコントロール可能な範囲でやったほうがいい。
口の中が渇いてきた。
クソ、なんだってこんなに追い詰められてるんだ。ただの運送業務のはずだろう。
イライラしながらバックミラーを見ると、車両が一台増えているのに気づいた。葉山たちの車両だ。生き残りがいたようだな。協力して連携すればなんとかなるか。連携……できればだけど。
だがまあ、生き残りが葉山だろうがそうでなかろうが、借りは返したいはずだ。そのために法定速度を無視してぶっ飛ばして来たんだろうし。連中は「メンツ」にうるさいはずだからな。
俺は後部座席へ告げた。
「二人とも、シートベルトしてるよね? ちょっと荒い運転するから備えておいて」
ただでさえクソ重い荷物を積んでるのに、横転しないよう急ブレーキをかけられるか自信はないが……。
(続く)




