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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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31/70

廃品回収

 船上で二週間は過ごしただろうか。

 出港してはどこかの港に寄った。なかなかの旅路だ。パスポートを所持していない俺は、もちろん船を降りることなんてできなかったが。そもそもそんな自由もない。

 いまもまっしろな研究室で、ドクター・ダージャーの診察を受けている。

「ヤマノ、君はなかなか頑固だな」

「えっ?」

 唐突になんだ。

 ダージャーはモニターを見つめながら、溜め息をついた。

「ほとんど反応がない」

「え、ない? 促進剤もちゃんと飲んでますよ」

 カプセルだ。食後に飲めと言われている。この俺は律儀にも、その怪しい薬を言われた通りに服用していた。なにか能力を獲得できれば、現場での生存率もあがるだろうと考えたからだ。

「いいか。ここの連中は迷信深いから、絶対に彼らの前で言うんじゃないぞ。人間というのはね、誰しも、必ず能力を有しているものなんだ。能力がないように見えるのは、あくまでそう見えるだけであって」

「えっ?」

「だから連中の言う『純粋な人間』なんてものは、どこにも存在せんということだ。両者に差があるとしても、まつ毛が長いとか短いとか、その程度のものさ。例のウイルスにしたって、あくまで本人の才能を拡張しているに過ぎないわけだしな。種としての差があるわけじゃない」

 ダージャーはパソコンを少しカタカタやって、こちらへ向き直った。

「もちろん君にも能力がある。タイプを特定できないほど微弱ってだけでな。つまりこれ以上は、研究費のムダってことだ」

「……」

 無能みたいな言い草だ。

 俺はなかば悔し紛れに尋ねた。

「俺、なにか変なんですか?」

「いや、よくあることだよ。というより、基本的にはこうなる。伸びる人間は、促進剤の投与で一気に伸びるんだが……まあ、まれだな。そうでなければ、人材確保にこんなに苦労せんよ。なにせこの能力ってやつは、現代人にとっては不要な代物だからな」

「退化したと?」

「いや、進化だ。あるいは単に、変異でも構わんが」

 よく分からない。

 ダージャーは肩をすくめた。

「強制はしないが……。どうしてもというのなら、神の肉片を直接移植するという手もある」

「えっ?」

「ペギーにはそうした。ウイルスの投与だけでは、やはりうまくいかなかったからな」

 黒羽麗子が健康診断で水を飲ませていたのは、まだおとなしい手段だったってことか。

 いや、それより問題はペギーだ。想像以上の処置を受けていた。

「彼女にも移植を?」

「サンプルを培養したものがある。それをペギーの心臓に移植したんだ。まるごと全部じゃないぞ。少量を埋め込んだだけだ。その結果、なかば妖精化するという予想外の結果になったがね」

「移植はちょっと」

「ま、オススメはせんよ。ワーム化したという報告もあるしな。上はそれでも嬉しいかもしれないが、私は反対だ。ここにはワームを囲っておくだけの予算もない。これ以上余計なことに予算を割かれたら、ろくに研究もできんしな」

 金の問題かよ。

 というよりこの人、もしかしたら金で雇われてるだけで、機構の正所属じゃないのかもしれない。俺のような部外者がワームになったら、機構としてはこの上ない収穫だろうに。

 ダージャーはどっと背もたれに身をあずけた。

「ま、上には私からレポートをあげておく。君は放免となるだろう。それまで船内でも見学して回るといい」

「はあ」

 あれだけ派手に誘拐されたのに、あっさり解放されてしまうのか。

 まあ現状、タダ飯を食わしてもらってるだけの居候だしな。


 *


 だが数日後、俺は予想外の扱いを受けていた。

 両手両足を拘束され、口にも猿ぐつわを噛まされ、車椅子に乗せられたのだ。サイードの話では、人質交換に使われるそうだ。

 殺されないだけマシだが、普通に帰らせてはくれないようだな。まあ、交渉の材料に使えるってんなら、俺が逆の立場でもそうするけど。

 俺は港の倉庫街へ運ばれた。サイードを先頭に、イングラムを手にした構成員たちがぞろぞろとついてきた。

 倉庫に待ち受けていたのはナンバーズの穏健派。黒羽麗子、巫女さん、そして死んだはずの猪苗代湖南だった。ジョークかと思ったのに、本当に生きていたようだな。さすがはナンバーズ。

 サイードは、あまったるいにおいのするタバコを地面に捨て、靴底で踏み潰した。

「久しぶりだな、ドクター・クロバネ」

「ずいぶん強気な取引を仕掛けてきたわね、サイードさん。私たちから盗んでいった仲間を、妖精文書ようせいもんじょと交換だなんて」

「盗品なのはお互いさまだろ」

 え、いいの?

 たぶん俺、妖精文書ほどの価値もないと思うんだけど。

 麗子は無防備にも、ヒールをカツカツと鳴らして近づいてきた。

「エーテル反応はないわね」

「妖精化してないことは事前に伝えておいたはずだが」

「ただの確認よ」

 湖南がやってきて、妖精文書を機構の黒服へ渡した。

 すると黒服も謎の計器を取り出し、こう告げた。

「エーテル反応、確認しました。本物です」

「よし。引き上げるぞ」

 それだけ告げると、サイードは車椅子の俺を置き去りにし、黒服たちと倉庫を出ていってしまった。

 じつにあっけない別れだった。これでもいちおう人身売買なんだから、もっと大仰にやって欲しいもんだが。

 湖南が猿ぐつわをとってくれた。

「いやー、ありがとうございます。一時はどうなることかと……」

「あなたはもう帰っていいわ」

「えっ?」

 麗子の言葉に、俺は耳を疑った。

 もう用ナシ? 超重要人物だから妖精文書と交換したんじゃないの?

「どうせなんの能力にも覚醒してなかったんでしょ? そうでなければ機構が手放すわけないもの」

「だったら、なんで妖精文書を……」

「アレにたいした価値がないことくらい、あなただって理解してるでしょ? それに出雲からも、いまさらになって『機構とモメたくない』って泣き言が入ってね。タダで返却してもよかったけど、せっかくだからあなたと引き換えにしただけよ」

「あ、そうですか……」

 クソショボいオチがついた。不用品の交換じゃねーか。

 まあ、俺の能力にまったく期待できないってことは、すでに判明してしまったわけだしな。のみならず、俺が持ってる情報も、全部漏らしたことになっているはずだ。かくまう理由もない。

 俺としては、死ななかったことを素直に祝うべきだろう。どっちの組織から見ても、まったく利用価値のない人間なんだ。生きているだけでも奇跡みたいなものだ。

 麗子は目を細めた。

「自由っていっても、ボケっとしてる時間はないわよ。これから忙しくなるんだから」

「はあ」


 *


 拘束を解かれた俺は、自宅へも戻らず、まっさきにニューオーダーへ向かった。祝杯は缶ビールではなく、エールであげたい。

 ビールとナッツを手に揚々といつもの席へ向かうと、すでに六原三郎が待っていた。

「よう、来ると思ってたぜ」

「聞いた? どうやら俺は妖精文書と同じ価値らしいぞ? VIP待遇だ」

 俺のこのつまらないジョークに、三郎は鼻で笑った。

「ま、死ぬことはないと思ってたけどな」

「そっちは? なにか変わったことはなかった?」

「ハバキの仕事を受けたら、現場で剣菱ってのに会ったよ」

 確か警察の子飼いだっけ。秩父の山中で桐山月子を軟禁していた勢力だ。

 俺は乾杯もせずビールを一口やり、先を促した。

「で、どうだった?」

「メチャクチャ強かったぞ。こっちは完敗だ。キラーズのテーブル見てみろよ。あいつらも参加してたんだけど、だいぶ殺られた。生き延びたのは俺と、あと何人かだけだ」

 三郎はピンピンしている。

 それに比べてキラーズのテーブルは、確かに人が減っていた。

 ハバキの仕事と言えば、これまでは汚いけれど稼ぎのいいものが多かった。天敵となるのは検非違使くらいだし、彼らは通常業務を抱えているからあまり現場に出てこなかった。しかし警察まで参戦したとなると、難易度は格段に跳ね上がる。

 俺はしかし疑問を口にした。

「剣菱ってそんなに強かったっけ? まあ銃は持ってるけど。ハバキのチンピラと同レベルじゃない?」

「いや、なんか凄いおっさんがいてな。いつの間にか、そいつに背後を取られてたんだ。パニックになってワーワーやってるうちに、挟み撃ちにあって壊滅した」

 そんな人間、秩父にはいなかったように思う。汚名を返上すべく、ボスみたいのが出てきたってことか。


 しばらく飲んでいると、珍しく木下がやって来た。

「あの、お二人に仕事の依頼が来ています」

 タブレットを手に、スーツでキメている。現場では役に立たないくせに、格好だけはイッパシだ。

 しかし三郎の態度は違った。

「なんでも言ってくれ」

 二秒前までふんぞり返っていたのに、途端に居住まいを正し、前のめりになった。バカみたいなキリリ顔だ。

 こいつはホントに……。

 木下も苦笑気味だ。

「あのぅ、それが……依頼主が、黒羽麗子さんなんですが……それでもよければということで……」

「……」

 三郎、硬直。

 分かりやすい二律背反だ。

 さてどうする。脳内嫁の木下を取るのか、それとも仇敵の黒羽麗子を取るのか。

 だが三郎が固まったまま動かなくなったので、代わりに俺が返事をした。

「内容は?」

「あ、はい。荷物の運送です。長野まで、届けて欲しいものがあるそうなんです。報酬は、一人あたり三十万ということですが……」

 検非違使の規定の額だが、ただの運送で三十万はウマい。ただし問題は、黒羽麗子が個人名義で依頼してきたってことだ。

 三郎が我に返った。

「いいぜ。やってやる」

「本当ですかっ!? ありがとうございますっ! では手配しておきますね。日時はのちほど指定がありますので、そのときまたご連絡しますね」

「ああ、任せてくれ。このランカーの六原三郎さまが、完璧に片付けてやるよ」

 いやにアッサリ引き受けたな。

 運転するのは俺なのに。

 木下は愛想笑いとともにテーブルを離れた。かと思うと、今度は青猫のテーブルへ向かった。指名の依頼が複数来てるのか。

 三郎はごくごくとビールを飲み干した。

「山野さん、春が来たぞ」

「そろそろ夏だが」

「詩心だよ。見たか、あの笑顔。俺に求婚してたぞ」

 いや困惑してたぞ。

 俺は心配になり、ついつっこみを入れてしまった。

「三十万だけど、いいの? ていうか黒羽麗子だけど……」

「細かいことは気にするな。問題は、嫁が俺の力を必要としてるってことだ。愛の前では、すべてが些細なことだからな」

「はあ」

 だがその嫁は、青猫のテーブルを離れたかと思うと、今度はキラーズのテーブルへ向かった。もしかして同じ依頼を、ここの全員にするつもりじゃないだろうな。それとも指名の依頼が重なっただけか。

「ちっとビールもらってくる」

「おう……」

 上機嫌の三郎はまるで気づいていない。空いたグラスを振り回しながら、はしゃいだ様子でカウンターへ向かった。

 だが木下を観察していると、彼女は次にマリーと星のテーブルへ向かった。少し離れた席の杉下も、そのテーブルへ呼ばれた。

 まさか四台の車で、同時にモノを運ばせるつもりか?

 大仰な荷物運びだな。これは間違いなく襲撃の対象になるぞ。あるいはさも重要そうに見せかけて、あえて襲撃を誘っている可能性もある。敵は機構か剣菱か。意表をついて出雲って線もあるな。

 念のため、もう一人くらい同行させたほうがよさそうだ。


(続く)

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