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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
3/70

その労働の報酬

 数日後、安全そうな依頼が来ていたので三郎と一緒に受けた。

 内容は、荷物の運送。

 依頼主は不明だが、それがハバキでないことは組合に確認済みだ。

 べつにハバキがヤクザだから忌み嫌ってるわけじゃない。キラーズ・オーケストラがハバキの仕事を好んで受けているから、あいつらと同じ現場にならないようにしているだけだ。連中との仕事にはいい思い出がない。


 朝早くに集合し、連れてこられたのは群馬県。郊外の廃工場だった。

 そこで組合のバンからおろされた。

 春先の、まだ昼過ぎの時間帯だ。周辺の野山から、小鳥たちのかわいらしい鳴き声が聞こえてくる。

 今日は流血のない快適な仕事になりそうだ。

「あ、どうも。組合のかた? お待ちしておりました」

 待ち受けていたのは二人組の中年男性だった。メガネをかけた中堅サラリーマンといった風貌。

「こんにちは。本日はよろしくお願いします」

 俺もサラリーマンをしていたことがあるから、一応の礼儀は心得ている。名刺交換まではしないが。

 にしても、こんな場所からいったいなにを運び出すつもりなんだろう。

「お二人には、この車を東京まで運んでいただきます。ナビに到着地点をセットしてありますので、そちらの指示に従ってください」

 用意された車は、組合で使ってるのと同じハイエースだった。きっとデカい荷物なのであろう。

 メガネの男はやや半笑いでこう続けた。

「まあ、おそらく大丈夫かとは思いますが、狙われている可能性もありますので、そういった集団などにはじゅうぶん注意していただければと」

「ええ、お任せください。細心の注意を払います」

 俺は歴戦の仕事人といった顔で、自信満々に応じた。

 実際はペーペーだ。戦闘は三郎がやる。俺はただのドライバー。まあ、こういうのはイメージが大事だから。

「ときおり荷物のほうから物音がするかもしれませんが……爆発物などではないので、お気になさらず。中は覗かないほうがいいですよ」

「もちろん心得てますよ。トラブルには慣れてますし、荷物の中身も気にしません」

「そうですか。それは安心だ。では、くれぐれも安全運転でお願いします」

「はいっ!」

 俺の空返事に、男はほっとした表情を見せた。


 荷物は、本当にデカかった。棺桶ほどの箱が三つ、ぎっちりと後部に押し込まれている。

 俺は運転席、三郎は助手席だ。

 県道はすいているし、天気もいい。ちょっとしたドライブのようだ。

 やや進んだところで、三郎が助手席から身を乗り出した。

「なあ、中見てみようぜ」

「ダメだって。こういうの、バレたら大変なんだから。盗聴器あるかもしれないし」

「ぜんぜん音しないぞ」

「つつかないようにね」

「分かってる」

 ホントに子供だ。

 好奇心を抑えきれていない。

 口では分かってると言いながら、まだ後部座席を覗き込んでいる。外観はただの木箱なのに。

 信号が赤だったので、俺はそっとブレーキをかけた。荷物もかなり重いらしく、少し滑るような感じを受けた。普段あまり車に乗らないから、襲撃よりも、交通事故のほうに注意しないと。

 三郎がふたたび後ろへ身を乗り出した。

「いまなんか、人の声がしなかったか?」

「えっ?」

 ゾッとした。

 人間? 箱の中から?

 つまり俺たちは人間を運んでるのか? それも、生きた状態で?

 いやいやいや、ウソだろ……。あのサラリーマンふうの連中、人身売買の業者だったのか? いくらなんでもそんなヤバい仕事、いままでなかったと思うんだが……。

 荷物はデカいにはデカいが、仮に人間だとすると、サイズ的に大人は入れそうにない。となると、子供。

 マズい。手が震えてきた。

 途中で検問にかかったら、間違いなくパクられる。いや、それはほかの仕事でも同じだけど。さすがに子供はヤバい。

 三郎はしばし箱を凝視したものの、やがて興味をなくして正面へ向き直った。

「いや、気のせいかも」

「勘弁してよ」

「それよりこないだの『びょーどーちゃん』観た? あれ笑ったよな?」

「えっ?」

 俺の心配などよそに、三郎はアニメの話を始めた。

 この「びょーどーちゃん」というは、日曜の朝にやっている子供向けの番組だ。平等でないものを腕力で矯正するという、なかなか過激な内容である。一部からは「幼児に全体主義を刷り込もうとしている」との批判もあがっているが、基本的にはギャグアニメと認識されている。

 多数決でクラス委員長を押しつけられたびょーどーちゃんが、「びょーどーチョップ」でクラスメイトを処刑したエピソードは涙なしには語れない。

「マラソン大会のゴールで、チョップの体勢で待ってんの。ゴールも平等って。マラソンの意味ないだろ」

「アレはひどかったな……」

「しかも自分はマラソンに参加してないから、結局は平等じゃないんだぜ。最高のクソシナリオだ」

「振り切ってるよな」

「なんの説明もなしに、いきなりエンディング入ったし」

「しかも新エンディングだ」

 六原三郎は、いままさにその「びょーどーちゃん」のTシャツを着ていた。正規品ではない。怪しい店から買ったものだ。


 クソみたいな話に花を咲かせながら、俺たちは東京までやってきた。

 東京というか、ほとんど神奈川だ。港である。カーナビがあるにもかかわらず、路地を間違えてかなり時間をロスしてしまった。

 途中、襲撃はなかった。

 ま、そんな物騒なことは滅多にないのだ。この仕事は、要するに車を運転していれば終わる。

 アクシデントが起きたとすれば、途中に寄った道の駅で三郎がTシャツにソフトクリームを落としたことくらいで。

 本当にヤバい問題が起きたのは、到着後だ。


 ナビゲーションに指示された場所は、港の倉庫街だった。近づくと、黒塗りの高級車が二台停まっているのが見えた。のみならず、高級すぎるスーツとゴツすぎる腕時計の男たちが、車に寄りかかって談笑していた。

 これはどう考えても、その筋の連中だろう。

「おう、やっと来たぞ」

「おせぇんだよタコ」

 タバコをその場に捨てて、靴で踏み潰した。

 いやー、帰りたいっす。

 俺はバンを停め、やむをえず運転席からおりた。

「お待たせしましたぁ」

 ヤクザの一人が、怒ったふうではなかったが、なかなかの威圧感で笑いかけてきた。

「なんだ? 道混んでたのか?」

「安全運転を心がけましたもんで……」

「おう、そうか。荷物確認するから、ちっと待ってろ」

「はい」

 依頼主はハバキではなかったが、受取人がハバキというオチだった。ちゃんと説明しとけよ組合のクソども。こいつらが客だって分かってたら、仲良くソフトクリームなんか食ってねーっつーんだよ。

 しかもこのタイミングで、スカイラインが一台、流れるように入ってきた。

 荷物を確認しようとしていたハバキの連中が固まったところを見ると、想定外の客人らしい。

 頼むから、目の前でドンパチするのだけはやめてくれよ……。

 降りてきたのは、ひょろひょろとした四十がらみの青白い男と、凄まじく背の高い男、それに右足が義足の若い女。

 検非違使けびいし――業界で警察ヅラをしている連中だ。

 この三人組は、現場でよく見かける。

「はいそこまで。みんな動かないで。おとなしくしてないと死にますよ」

 青白い男がそう告げると、デカブツがダーンと発砲した。

 ふところに手を入れていたヤクザが一人、胴体に風穴を開けられて即死。

 リーダー格のヤクザが怒鳴った。

「おいバカっ! 抵抗すんじゃねぇ! 言われた通りにしろっ!」

「けど……」

「けどじゃねぇっ! 抵抗すんなっ!」

 検非違使がヤバいってのは、ハバキにとっても共通の認識らしい。

 まあ結局のところ、どんな業界だろうが、国家権力が一番エグのだ。こいつらを敵に回すのは賢い選択ではない。

 青白い男が告げた。

犬吠埼いぬぼうさきくん、積み荷の確認して」

「はい」

 デカブツは銃をしまい、バンの後部へ回った。

 義足の女は腰の刀に手をかけ、いつでも抜ける状態だ。まだ若いだろうに、ヤクザ相手に物怖じしていない。いや顔に出にくいだけかも。かすかに手が震えている。

 犬吠崎は箱の一つを乱暴に引きずり出すと、そのフタを力任せに剥ぎ取った。

 虚空を見つめた妖精が一体、まばたき一つせず横たわっていた。口には謎の管を突っ込まれて、かすかに呼吸している。周囲に敷き詰められているのは、無造作に丸められた新聞紙。

 青白い男がやれやれと溜め息をついた。

「妖精の売買ねぇ……。ハバキさん、これ、やっちゃダメだって前にも言いましたよねぇ? まさかおぼえてない?」

「いや、俺ら……俺らだって、荷物の中身がこれだとは……ねぇ?」

「知らなかったと?」

「そう! そうですよ! 俺らもハメられたんです! あの組合の連中に!」

 うわー、来たよ。

 そんな面白いジョークでこの場を切り抜けられると思ってんのかよ、この田吾作は。小学校からやり直せ。

 青白い男がこちらへ来た。

「えーと、組合のかた? そういえば何度か見た気がしますね」

「えへへ、ええ、まあ」

 笑ってごまかすしかない。

 いや、こっちはやましいことなんてひとつもないんだ。焦る必要はない。

「現場の組合員は、依頼主や荷物の中身について知らされないはずですよね? とすると、あなたがたがハバキさんをハメた、ということはない」

「ないです! はい!」

「となると、ですよ。ハバキさん。あなた、いまウソをついたということになりますよね?」

 これに慌てたのはさっきのヤクザだ。

「いやいやいや、ウソじゃないですよっ! そいつらがハメたんじゃないとしても、取引先がハメたんでしょ?」

「取引先とは?」

「あ、いや、だから……仮に! 仮に、という話ですよ! 俺らここで立ち話してただけなんですよ。そしたらその車が勝手に入ってきて……。信じてくださいよ」

 すると青白い男は、それはそれは深い溜め息をついた。

「ま、ここで死体を増やしたところで、掃除をするのも結局はうちですからねぇ。自分で仕事を増やしてれば世話ない。いいでしょう。あなたたちのことは大目に見てあげます。ただし、荷物は置いていってくださいね。処分しないといけませんから」

「はっ? 置いていく? こいつにいくらかかったと思って……」

 言いかけたヤクザに、青白い男は濁った目を向けた。

「いくらです? その金額は、ここにいる全員の命より高いんですか?」

「あ、いえ! いまのナシで!」

「じゃあお帰りください。ここにはもう用もないでしょう」

「失礼しますっ!」

 え、帰っちゃうの?

 俺は思わず、ヤクザに尋ねた。

「あの、受領の確認は……」

「知るかボケ! 消えろカス!」

 思いっきり突き飛ばされて、俺は思わず尻もちをついてしまった。

 なんて乱暴な! まさかの踏み倒し?

 ヤクザは高級車に乗り込み、急発進でいなくなってしまった。逃げ足だけは速い。

 青白い男が、俺たちに告げた。

「あなたたちも、もう帰っていいですよ。分かっているとは思いますが、ここで起きたことはくれぐれも内密に。この業界、口の軽い人間はすーぐ死んじゃいますから」

「は、はい、もちろんです」

 俺は立ち上がり、尻の砂を払った。

 一円にもならない仕事、これにて終了だ。

 マジでクソだな。ソフトクリーム代が赤字だ。

 俺の憤慨をよそに、六原三郎はTシャツの汚れをずっと気にしていた。真面目に仕事に取り組めと言いたい。


(続く)

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