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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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29/70

客人

 二度目の来客があったのは、その翌日だった。

 俺が食い入るようにスポーツ新聞を読んでいると、突然、ターンと音がして、湖南が椅子からずり落ちた。

「えっ?」

 まだ昼だ。

 襲撃の時間には早すぎる。

 かといって、廃墟マニアのレクリエーションにしては派手すぎる。

 礼儀知らずがハッスルしたせいで、ナンバーズ・イレヴンもまさかの即死だ。頭に風穴が開いている。

 俺は慌ててベッドから転げ落ち、床へ伏せた。

 遠方から狙撃された。この部屋を上から狙える場所はないから、下からのスナイピングだろう。頭を低くしていれば撃たれないはず。

 俺は地面を這ったまま移動し、湖南のブローニングを拝借した。鍵も外したかったのだが、死体をまさぐっている時間はなさそうだ。

 廊下から、ギャリギャリとなにかを引きずる音がした。

 まさか杉下か?

 銃で撃たれるのはイヤだけど、金属バットで殴られるのはもっとイヤだぞ。スナイパーに頭をぶち抜いてもらったほうがはるかにいい。

「こんにちはーッ! ピザの宅配だオラァ!」

 階下から、威勢のいい声が響いた。

 ピザになるのは俺のほうってオチだろ。

 ドアからアホヅラを出したら、まっさきに撃ち抜いてやるからな。

 ところで、この銃の安全装置はどこなんだ? 慣れない銃は勝手が分からんな。

 すると、別の男から声があがった。

「抵抗しないほうがいいぞ! おとなしくしてれば殺さない!」

 星の声だ。

 先日一緒にやった連中が、今度は敵として来たか。しかもこの編成、まさか依頼主は検非違使か。あるいはそう思わせたい別の組織か。

 俺も大声で返した。

「どういう依頼だッ! 用件を言えッ!」

「言えるかバカっ!」

 星のもっともな反論に、杉下も同調した。

「ったりめぇだろバカ野郎ッ! これはなぁ、テメーを拉致するって依頼なんだよッ!」

 俺を拉致する?

 誰だ?

 まったく心当たりがないぞ。

「依頼主は誰だッ!?」

「知るかボケェ! 普通に組合から回ってきた仕事だオラァ!」

 てことは、前のように庁舎に集められたわけじゃないのか。

 このメンバーなのは偶然かもしれないな。どうせ暇人ばかりだろうし。

「分かった。抵抗しない。武器を捨てよう」

 だが俺の言葉も聞かず、杉下はドアをバットでガンガンやり始めた。

「開けろオラァ!」

「おいやめろ。鍵開いてるぞ」

「テメーそれ先に言えコラァ! 手首痛めただろうがッ!」

 自分のせいだろ。

 ドアが開くと、杉下は目を丸くした。

「し、死んでる……」

「外から撃たれたんだよ」

「あ、やべ」

 杉下も蒼白になり、地面に身を伏せた。

 外にいるスナイパーは、やはりマリーのようだな。あの女、スコープに入った人影は、敵だろうが味方だろうがお構いなしにトリガーを引く。

 星も頭を低くして入ってきた。

「じゃあ外行こうぜ。カマロを待たせてる」

「カマロ?」

「外車だよ、高ぇぞ」

 知らんな。

 俺の親父が乗ってたカローラとなにか違うのか?


 手錠のキーは、湖南の遺体からすぐに見つかった。

 それはいいんだが、外に出た瞬間、俺はもうリアクションもとれずに顔をしかめるしかなかった。

 待っていたのは例の黒人男性。エイブラハム・P・サイードだ。

 依頼主は機構だったというわけだ。拉致から拉致の大冒険。ついでに言えば、命の保証もない。

「久しぶりだな、サカエ・ヤマノ。乗れよ。案内する」

「はあ……」


 やたら平べったい、高そうな外車だ。それ以外の感想はない。

 俺はいま、杉下らと別れ、カマロとやらに乗せられていた。それも助手席だ。どういうつもりなんだか。

「ヤマノ、ドクターがあんたに会いたがってる」

「ドクターって? 黒羽先生?」

「ドクター・ダージャー、うちのサイエンティストだ」

 ということは、俺はこいつらの船に連行されるってことなのか。

 サイードは細いタバコに火をつけた。

「俺からも、個人的に話があるしな」

「もうなんでも聞いてくださいよ。拒否権がないのは分かってますから」

「そうふてくされるなよ。ナンバーズから救出してやったんだ。感謝してくれてもいいだろ?」

 不敵な笑みだ。

 彼は深く煙を吸い込み、こう続けた。

「それに、連中には妖精文書ようせいもんじょの件で借りがある。これくらいは許されるだろう」

「許さないと思いますよ。俺はともかく、ナンバーズ・イレヴンの頭がふっ飛ばされたわけだし」

「あの程度で死ぬようなヤツじゃない」

「いや、どう見ても死んでましたよ。ヘッドショットですよ?」

 するとサイードは口をへの字にし、肩をすくめた。

「じゃあ死んだかもな」

 適当こきやがって。

 しばらくして県道へ出たところで、サイードはこう切り出した。

「で、結局のところ、プシケはなんでペギーを連れ去ったんだ? 前よりは賢くなったんだろ? 教えてくれ」

「機構の皆さんが、ペギーの人権を無視しようとしたからですよ。ムリヤリ神を産ませるなんて……」

「ドクター・クロバネの研究で、妖精にそういう可能性があるってことが分かったからな」

 あの女の研究結果かよ。

 サイードは小さく息を吐いた。

「まあ、しかし……。彼女がそこにいる限り、例の計画は実行されないってことか。ひとまず安心だな」

「安心? 本気でそう思ってます?」

「前も言っただろう。ペギーは家族みたいなものなんだ。彼女の不幸を願ったりはしない」

「けど、機構が計画したことですよね?」

「正確には東アジア支部だ。俺たちじゃない」

「東アジア支部?」

「聞いてないのか? 俺たちは支部ごとに、それぞれの船で暮らしてる。俺やペギーは日本支部。東アジア支部はお隣だ。連中、以前から日本支部を吸収したがっていてな」

 こいつらも内部で派閥争いしてるのか。

 俺は素朴な質問をぶつけた。

「日本だけ、東アジアとは別枠なんですか?」

「ザ・ワンが眠ってるからな」

「そもそも、なんで日本に? 機構の所有物だったんですよね?」

 サイードは一つ呼吸をした。

「五百年前のエクソダスから始めるか? 出発の地はイギリスのコーンウォールだ。妖精もそこから来た」

「イギリス?」

「それ以前はエジプトにあったとか、ペルシャにあったとかいう説もあるが……。真相は分からん。記録を辿れるのはイギリスまでだ。ともかく、俺たちの先祖は船でザ・ワンを海に逃した。なにせ殺されるところだったからな。ピューリタンどもには、ザ・ワンがモンスターにしか見えなかったらしい」

 見たことはないが、まあ、モンスターだろう。

「その後、マグリブを超え、ケープタウンを超え、東回りのインド航路でアジアに入った。しかしどこへ行ってもクリスチャンが先回りしていてな。それで日本に行き着いたってわけだ。ちょうど明治になるタイミングだな」

「明治……」

「当時の日本は混乱していて、外国船の管理が甘かったんだ。土地を持ってなかった機構にとっては、絶好の穴場に見えたってわけだ。ま、いまだに回収できていない以上、選択ミスだったと言わざるをえないが。ともかく、そのときザ・ワンは日本に来た」

 二世紀も前だ。

 機構はそんな時代から日本に来ていたのか。

「そのとき妖精も一緒に?」

 この問いに、サイードはかぶりを振った。

「アレは別ルートだ。サンドイーターって窃盗団が、プシケから妖精文書を盗み出した事件があってな。そいつを追って、大陸経由で日本にたどり着いたって記録がある」

「いつ頃です?」

「大正時代だ。それも、ちょうどザ・ワンが目を覚ますタイミングでな。サンドイーターってのがその後どうなったのか知らんが……。プシケは、のちにナンバーズとなる連中と協力して戦ったらしい」

 そういえば三角は初期メンバーだとか言われてたな。

「ザ・ワンはふたたび眠りにつき、地中深くに埋められた。その管理を政府から託されたのがナンバーズだ。ザ・ワンを元凶として始まったから、ナンバーズになったって話だ」

「その話は誰かから聞いた気がします」

 サイードはふっと笑った。

「ま、いつしかそいつが利権となり、抗争の火種にまでなったってのは皮肉な話だがな」

「機構が持ち込んだ火種でしょう」

「だから回収しようとしてるんだ。素直に協力してくれてもいいんだぞ?」

「はあ」

 一理ある気がする。

 ザ・ワンなどという厄介なものが存在するから、こんな抗争になるのだ。

 それに、もし神が復活するにしても、海の上ならまだ被害も少なかろう。東京でやられた日には、被害も計り知れない。

 すでに利権になってしまっている以上、ナンバーズも手放さないだろうけれど。政府から託されているってことは、税金が投入されている可能性もある。

 サイードは笑いながらも、表情を歪めた。

「しかしただのジョークじゃないぞ。アメリカもザ・ワンが欲しくてうずうずしている。なにせ生命の特異点だからな。日本が抱え込むには危険な代物だ」

 アメリカがよこせって言ったら、日本は素直に渡してしまいそうだけどな。または共同研究という道もある。


 *


 食事休憩を挟みつつではあったが、横須賀港まで三時間近くかかった。

 接岸していた船の脇腹から車ごと入り、中の駐車場で降りた。

 ただの船じゃない。デカいなんてもんじゃない。ちょっとしたマンションほどもある。こんなのが海に浮いていていいのか。

「こっちだ」

 サイードはエレベーターのボタンを押した。

 必要な機能は一通り揃ってるって感じか。

 やって来たエレベータに乗り、俺たちは下へ。

 真っ白な通路に出た。蛍光灯ではなくLEDライトだ。硬質な光が廊下に反射して眩しい。

 サイードはとあるドアの前で足を止めた。

「ドクター、入るぞ」

 返事も待たず入室。

 中では、小柄な老人が顕微鏡を覗き込んでいた。彼は振り向くと、しわだらけの顔をいっそうしかめた。

「なんだエイブか。そっちのアジア人は?」

 髪もボサボサで、いかにも研究者といった風貌だ。いやこんな研究者、ほかにいるのか分からないけど。

「サカエ・ヤマノだ」

「クロバネがいじくっていた被検体か。それで? どこまでやっていいんだ?」

 えっ?

 サイードも慌てた様子で応じた。

「言っただろ。傷はつけるな。俺たちの大事なゲストなんだからな」

「しかしエーテル反応がない。少なくとも妖精じゃないぞ。我々の役に立つのか?」

「それを調べるのがあんたの仕事だろ」

「ふん。じゃあヤマノ、座ってくれ」

 ドクターに促され、俺は椅子に腰をおろした。

「山野です、よろしくお願いします」

「私はダージャー。この船での研究を取り仕切ってる。というより、研究者は私しかいないがね。これがなにを意味するか分かるか? 書類整理に忙殺されて、肝心の研究が一向に進まないということだ。エイブ、分かったら助手を用意してくれ。私は各国の研究機関から熱烈なオファーを受けているんだ。それを蹴ってまでここに残って……」

 これにサイードが顔をしかめた。

「分かった。分かったからその話はあとにしてくれ。上には言っておく」

「頼んだぞ。さて」

 ダージャーは一通り苦情を申し述べたのち、こちらを見つめてきた。

「あんたの体がどうなっているのか、じっくり見せてもらおうかね」

「……」

 大丈夫なのかこの人。

 俺の大事なものを奪っていったりしないよな?


(続く)

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