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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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27/70

ビューティフル・サンデー

 一連の情報から分かったことは、ペギーはいま他界にいて、そこへはワームを使わなければ行くことさえできないということだ。しかもなんだか分からない動物とファックさせられそうになっている。

 状況は、端的に言ってクソだ。

 ニューオーダーでナッツを齧りながら、俺は溜め息ばかりを繰り返していた。

 ほかにできることといったら、ひたすらビールを飲むことくらいだ。

「そうカリカリするなよ。聞いたぜ。検非違使からご指名だったんだって?」

 三郎が来た。

 こいつはいつも気楽でいい。

「仕事のついでに情報をもらった。ペギーに関して、いろいろ分かったことがある」

「俺はいつでも動けるぜ」

「そう言ってもらえると助かる。ただ、いまはダメだ。ワームってのを用意しないといけない」

 すると三郎は、不敵な笑みを浮かべた。

「おう、任せろ」

「はっ? いや、分かってんの? ワームだよ? 見たことあんの?」

「ない。ところで山野さん、今度の日曜、暇か?」

「なんだ? またメイド喫茶にでも行くのか?」

「そうじゃない。アベトモコから協力の申し出があったんだ」

「協力?」

 三郎は揚々とビールを飲んだ。

「ペギーの件だよ。三角のやったことに、かなり怒ってるみたいだった。人権侵害ですぅ、とか言ってたな」

 本当にそんな言い方してたのか?

 ともあれ、協力してくれるのはありがたい。

 ナンバーズ的には過激派の残党と中立派の対立ってことになるのかもしれないが。使えるものは使わせてもらおう。

「分かった。日曜だな」

 しかしこうなると……いやだいぶ前からそうだったのだが、俺たちはナンバーズの中立派とだいぶ親しくなってしまっている。

 本当にこのままでいいのだろうか。

 俺は少なくなったビールを飲み干し、重い腰をあげた。

「新しいのもらってくる」


1.ドン・カルロス

2.カメレオン

3.枕石居士ちんせきこじ

4.六原三郎

5.マリー

6.砂原次男

7.ブルーマンデー・ホリオカ

8.青村雪

9.フラッシュバム

10.葉山哲


 カウンターでビールをもらっている間、俺は壁に張り出されたランカーのリストを眺めていた。これは去年の賞金額を基準にランキングされている。

 葉山の名前があるのは気に食わないが、まあ、おおむね妥当な順位だろう。三郎は今年に入ってだいぶ稼いでるから、次回はもっと上に行きそうだ。

 俺の名前はもちろんない。杉下も星もランク外だ。

 カメレオン、砂原次男、青村雪は、かの青猫の所属。さすがにメンバー全員ランクインしている。

 店でも現場でも遭遇したことのない人物が数名いるが……。きっとどこかで活躍しているのだろう。

 ナンバーズの名前が一つもないのは気になるが、あるいは彼らもよそで稼いでるのかもしれない。副業のほうが忙しいようだからな。というより、むしろこっちが副業なのか。


 *


 そして迎えた日曜日。

 俺はなぜかメイド喫茶に来ていた。

 いや、本当はそんなつもりじゃなかった。なのだが、なぜかアベトモコが行きたいと言い出し、入ることになった。

「お帰りなさいませ、ご主人さまっ! 三名さまでしょうか? お席へご案内しますっ!」

 可愛らしいメイド服の店員が、愛想よくやってきた。

 和装のトモコは、ほくほく顔だ。

「初めて来ました」

「お、おう……」

 三郎もやや引いている。

 なんだこれは? オフ会か?

「お嬢さま、いつもお着物なんですか? とっても似合ってますよ」

「でへへ、ありがとうございます……」

 これがザ・ワンに次ぐ能力をもつ、ナンバーズ・ツーの真の姿なのか。ただのキモオタと化してるじゃねーか。

 まあ確かに、トモコの着物はよく似合っている。灰色の着物に薄紫の羽織を合わせて、地味すぎず派手すぎず、絶妙に景色に溶け込んでいた。

「お決まりになりましたらお呼びください」

 店員は営業スマイルでそう告げると、別のテーブルへ向かった。

 トモコはそわそわしながらメニューを眺めた。

「ケチャップで絵を描くやつ、見てみたいです」

 そういうの、十年くらい前に流行った気がするが。まだあるんだな。伝統芸能みたいに。

 この店は何度か来たから、オーダーは決まっている。俺はグラスの水を飲み、三郎へ尋ねた。

「で、今日はなんの集まりなんだっけ?」

「親睦会だ」

「六原くん、本当は自分が来たかったんじゃないの?」

「まあ、それもある」

 素直なのはいいことだ。

 しかしこんなオープンな場所で仕事の会話はできない。かといってニューオーダーにトモコを連れて行くこともできないが。

 トモコはキラキラした目で手を挙げた。オーダーが決まったらしい。店員が小走りでやってきた。

「ご注文お決まりでしょうか?」

「私、メロンソーダと……こ、この、オムライスの……お願いします」

「はい、メロンソーダと、森の妖精の萌え萌えオムライスですね」

 妖精ねぇ……。すっかりいいイメージがなくなってしまったな。頭にプシケがチラついてしまってダメだ。一刻も早くペギーを取り戻さなくては。

「俺はバドワイザー」

「コロナください」

 三郎に続いて、俺もオーダーした。

 当然、ビールだ。ほかの飲みのものなんて飲んだら死んでしまうからな。

 店員が去ってから、三郎がこう切り出した。

「この子、実家が京都だから、こういうの珍しいらしいんだ」

「六原さんに案内してもらえて助かりました」

「向こうにはないのかよ?」

「あるにはありますが、案内してくれる人が……」

 友達がいないのか。

 泣ける話だな。

 トモコは興奮気味にこう続けた。

「ところで六原さん、それ、びょーどーちゃんですよね?」

「ああ、このシャツな。知ってるのか?」

「毎週観てます」

「マジで?」

「異世界に飛ばされたびょーどーちゃんが、お肉を両面焼きしたびょーどー焼きの回が一番好きです」

「アレは流れるようなマウンティングだったな。けど、そのあと目玉焼きまで両面焼きして、異世界から追い返されたシーンも好きだぜ」

「平等主義もやりすぎはいけませんね」

 な、なんだこいつら、すげー盛り上がってる……。

 まあ、ひっくり返したら、もう目玉焼きじゃないしな。俺もその回は観た。というか毎週観てる。そのびょーどーちゃんも、今週はゴルフ中継のせいでお休みだ。

 俺は働くメイドの絶対領域を眺めながら、水を一口やった。一つもうまくない水道水だ。飲んでるだけで苦い気持ちになる。

「あのー、アベトモコさん。ペギーの件、手を貸してくれるって?」

 俺の言葉に、トモコはにわかに神妙な表情を見せた。

「はい。私、三角さんのやりかたは許せません。ウソをついて誘拐して、あんなこと……」

「助かるよ。けど、他界に行くにはワームってのが要るらしいんだ」

「用意できます」

「えっ?」

 デマカセを言うタイプには見えない。しかもあのナンバーズ・ツーだ。本当に用意できるのか。

 彼女はこうも続けた。

「ただし、生きた妖精が一体必要です」

「……」

 いるところに行けば、イヤというほどいる。

 しかし生きたまま確保するとなると、かなりハードルが高い。学会の妖精研究所を襲撃するか、ハバキから買うしかない。あるいは輸送中のをぶん取るか。

 どれも危ない。

 例の島に行けば捕まえることはできるかもしれない。しかし生きたのを持ち帰るのは不可能だろう。

 あるいは、長野を探すか。あのときすべての妖精を殺処分できたわけではない。繁殖能力がないという理由で、逃げた妖精までは追わなかったはず。

 トモコがうなずいた。

「近いうち、長野へ行きましょう。ファイヴさんともお話しなくてはいけませんし」

 これに顔をしかめたのは三郎だ。

「ファイヴ? 生きてんのか?」

「かろうじて」

「結局、アレがなんなのか、あんた知ってんのか?」

 この問いに、トモコは左右にトんだ目をぎょろりと動かした。

「神のなりそこない、でしょうか……」

「妖精じゃないのか?」

「妖精でもあります。ファイヴさんが寄生したことで、異様な変貌を遂げてしまったんでしょう。ああなることは、三角さんも予想外だったと思います」

 だいぶ深い話になってるが大丈夫か?

 まあ、周りに聞かれたところで、意味不明だと思われるだけだろうけど。いや、むしろカルトだと思われる可能性もあるな。そろそろ機構をバカにできなくなってきた。

 店員が飲み物を持ってきた。オムライスはまだだ。

 俺は瓶にライムをねじ込みつつ、こう尋ねた。

「ま、できる限り準備はしておくよ」

 しばらく飲んでいるとオムライスが来た。店員はケチャップを持っている。

「お待たせしました。なにかリクエストはありますか?」

「あ、あの、猫を……」

「かしこまりました」

 ナンバーズ・ツーよ、それでいいのか……。


 *


 解散後、俺はニューオーダーへも寄らず、そのまま帰宅した。

 北千住の賃貸マンションだ。ふと、エントランス前に停まっていた車から、スーツの男が出てきた。そいつはまっすぐこちらへ近づいてくる。マネキンのような無表情の、スーツの男だ。

「ちょ、ちょ、人違いですよ!」

 俺は思わず、意味不明なことを口走っていた。

 仕事でもないのにP226を持ち歩いたりはしない。さすがに丸腰だ。襲われたら死ぬ。

 だが男は、やや唖然としたまま、不気味な静けさでこちらを見ていた。まだ若い。二十前後か。スラッとしたモデルのような男だ。

「人違い? 山野栄さんではありませんか?」

「いや、山野栄ですけど……。なんです? こんなところで始める気ですか?」

 暗殺依頼を出されるようなおぼえはない。仮に出されたんだとしたら、せめて額面くらいは教えて欲しい。一万円とかだったら、さすがに成仏できない。

 男は小さく息を吐いた。

「猪苗代湖南と言います。ナンバーズ・イレヴンと言えば分かるかもしれませんが」

 名前だけは知っている。

 しかしそのナンバーズ・イレヴンが、いったい俺になんの用なんだ。

 すると彼は、車のほうへ視線をやった。

「お話があります。一緒に来ていただけませんか?」

「お話? それってヘヴィーな話? 行ったら帰ってこれるの? 生きたまま?」

「えっ?」

 なに言ってんだこいつ、という顔で見られてしまった。

 ジョークが通じない相手らしいな。

「どこに行くのか、どんな話なのか、生きて帰れるのか、その三点がハッキリしない限り、素直に応じる気になれませんね」

 すると運転席から黒羽麗子が出てきた。

「なにグズグズやってんの。早く乗りなさい」

「はい」

 クソ、拒否権はないってワケか。

 黒羽麗子の車だったのか。どうりで見覚えがあると思った、


 後部座席に乗せられた。湖南は俺の隣。運転席には麗子。そして助手席には、見覚えのある巫女さんがいた。

 こっちもオフ会か。

 麗子がギアをローに入れ、車を発進させた。

「これがどういう集まりか、先に説明しておくわ。ナンバーズの穏健派よ。それもフルメンバー」

 なんてことだ。穏健派ってのはたったの三人しかいないのか。プシケが入る前の過激派も三人だった。ずいぶん小規模な内ゲバだったんだな。

「この道、狭いわね。来るんじゃなかったわ」

「はあ」

「で、トモコちゃんと会ったんでしょ? どうだったの?」

 情報の流出が早すぎんだよなあ。

 というより、きっと三郎が話を持ってきた時点でダダ漏れだったんだろう。

「俺たちに協力してくれるそうですよ」

「断りなさい」

「はっ?」

 ずいぶん一方的な物言いだ。

 いつものことだけど。

 麗子はせわしい手つきでガコガコとギアを入れた。

「いまあなたたちに他界に入られたくないの」

「ペギーを見捨てろって言うんですか?」

「そうは言ってない。ただ、彼女は大丈夫なのよ。余計なことをしないで欲しいだけ」

「大丈夫って……。なにを根拠にそんなこと?」

「女の勘よ」

 科学とはいったい。

「先生、さすがにそりゃないですよ。俺は行きますよ。仲間の無事がかかってるんだから。止めたけりゃ、ここで俺を殺してくださいよ」

「ホントにやるわよ?」

「え、ウソでしょ? なんでそんなに必死なんです? なにか不都合でもあるんですか?」

「説明すべきかどうか、ちょっと悩むわね」

「……」

 込み入った事情でもあるのか?

 できれば分かるように説明して欲しいな。

 麗子は一つ嘆息し、こう続けた。

「じゃあヒントをあげるわ。ヒントっていうか、これもう答えだけど。三角さんは、ペギーさんを保護してるの。私のお願いでね」

「はっ?」

「もっと言えば、三角さんが他界にいるのも同じ理由。こっちの世界の汚い連中に食い物にされないよう、あっち側に逃したのよ」

「え、先生がやったことなんですか?」

「人道的でしょ? 妖精に神を産ませようっていうのは、三角さんじゃなくて、機構のプランなのよ。もうすぐザ・ワンが目をさましてしまうから、なりふり構ってられなくなったのね」

「信じていいんですか?」

 いろいろ腑に落ちないところはある。

 しかし確かに、機構がペギーを呼び戻そうとしたタイミングとも一致する。どこかへ逃がそうと思ったら、他界がベストかもしれない。

「信じてもらうしかないわね」

「ナンバーズ・ファイヴがああなった件は?」

「それは想定外よ。ファイヴが思いつきで行動した結果でしょ。彼の能力、妖精の体とは相性がよくなかったみたい」

「長野の妖精花園ようせいガーデンは?」

「それも想定外よ! 私としては、ずっと他界に閉じこもってて欲しかっただけなの。まさか、あんなにふらふらするとは思わなかったわ。まあおそらく、ファイヴの口車に乗せられたんだと思うけど」

 なるほど。

 ファイヴは妖精の体を使いたかった。それで三角をそそのかし、あそこに妖精花園を作らせた。その結果がアレと。

「まあだいたい分かったんですけど、それならトモコさんやナインさんにも事情を説明したほうがよかったんじゃないですか? あの人ら、どうも状況を把握してないみたいだし」

「中立派とかなんとか言ってるけど、正体は日和見主義者オポチュニストよ。到底真実を伝えることはできないわ。それよりあなた、他人の心配より、自分の心配をしたら?」

「えっ? 自分の?」

 まさか殺さないよね?

「この車、あなたの監禁場所に向かってるのよ」

「か、監禁……?」

 過去に聞いたことのないたぐいのジョークだ。なんなら俺の聞き間違いであっていただきたい。

 麗子は静かに告げた。

「だって真実を知ったいま、あなたを野放しにはできないもの。聞かれたことをペラペラ喋るに決まってるんだから」

「いや、それは親切心が……」

「大丈夫。期間限定だから」

「正気ですか?」

 すると麗子は、バックミラー越しにこちらを睨みつけてきた。

「あなたバカなの? まさか、なんでこうなってるか理解してないの?」

「それは先生が横暴だから……」

「さっきも言ったでしょ? 知りすぎたからよ。そしてまた、知ろうとしたからよ。詮索なんてせずに、おとなしくしていればこんなことにはならなかったのに。いい? 監禁ってのは殺人よりコストがかかるの。これがいかに人道的な対応か分かる? 私の慈悲を、よくよく噛み締めなさい」

「……」

 いやー、怖いっす。

 俺が派遣社員だったころ、こんな恫喝してくるヤツいなかったよ……。さすが二千万の女は言うことが違うな。


(続く)

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