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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
26/70

その能力の値段

 山側からターンと音が鳴り、ほぼ同時、チュンと跳弾する音が響いた。

 殺ったのか?

 いや、これは車を撃って弾かれた音だ。

 乗り込んできた連中はさすがにプロらしく、慌てふためいて騒いだりはしていない。

 厄介な相手のようだ。

 とはいえ、射殺には至らなくとも、マリーが牽制し続けてくれれば敵の行動を遅滞させることはできるかもしれない。その間にこちらも展開しなければ。

「ど、どうすんだ? 囲まれてるぞ?」

 星が身をちぢこめて、足をバタバタやりだした。

 なんだこいつトーシロか。

 まあ俺も以前はこうだったけど。銃声を聞くたび小便をちびりそうになり、死体を見れば体が勝手に震えたもんだ。死の可能性に遭遇すると、本能は勝手に体をコントロールする。理性まで停止することはないが、ほぼ傍観者のようになる。

 なんていうか、テレビゲームをやっている最中に、うまいヤツにコントローラーを奪われた状態だ。うまいヤツっていうか、自分のことしか考えないヤツだな。結局は自分自身なんだけど。

 なおまだ囲まれてはいない。マリーが阻止している。

「どうせ死ぬなら派手にやろうぜ」

 杉下はぶんぶんと素振りを始めた。

 こいつは、むしろ緊張感がなさすぎだ。よくこんなんでいままで生きてこれたな。いや、これくらい大胆なほうが生存率も上がるのかもしれないが。

 ま、お望みとあらば盾として使わせてもらおう。

「さっき言った通り、側面から回り込みましょう。マリーさんが牽制してるから、背後の心配はいらないはず」

「オーケー」

 返事をするが早いか、杉下は金属バットをギャリギャリ引きずりながら先陣を切って歩き出した。

 いやー、ホントに死にたいのかなこの人。

 まあ、死なせてやらないけどな。俺のパーフェクトな射撃テクでバックアップしてやる。間違って後ろから撃ったらごめんな。


 あたふたする星を置き去りにし、俺は杉下とともに仕掛けた。

「正義のヒーロー参上ッ!」

 金属バットを刀のように構え、杉下が特攻した。

 なかなかの俊足だ。

 コソコソやってもどうせ当たらない。俺も壁から飛び出し、堂々と構えた。慌てて振り向いた一人に、集中して連射。一発で当たらないなら、あるだけぶち込んでやりゃいいだけの話だ。全部ハズレたら知らん。

 運のいいことに、三発でヒットした。

 向こうも慌てて撃ち返してくるが、狙いが定まっていないせいか俺に命中しない。意外とみんなヘタクソだな。顔の近くを一発通り抜けた気もするが。つーか安全装置かけっぱなしのヤツもいる。

 杉下はまだ敵に接近しないうちから振りかぶり、いきなりフルスイングした。

 キン、と、甲高い音。

 は?

 いま、弾を撃ち返したのか?

「ヒャッハーッ! ハワイ旅行に当選だーッ!」

 そのまま天国まで行ってくれ。

 やがて星も、壁に隠れつつではあるが射撃に参加した。チンピラみたいな横撃ちなのに、わりと当たっている気がする。もしかして、横のほうが当たるのか?

 クソ、不条理な世界だ。

 杉下の金属バットが、敵の一人を捉えた。鈍器ってのは残酷だから好きじゃないよ。

 撃っていると、P226がいきなりスライドオープンした。弾を数えてなかった。マガジンを落とし、換えを押し込んだ。スライドを引いて狙いをつける。

 が、もうみんな死んでいた。

 ゲームセットだ。

 俺たち、意外と優秀だったみたいだな。やり方はメチャクチャだけど。

 これが場数の差ってヤツか。

 二階の窓ガラスを割り、女が飛び降りてきた。ベリーショートの髪の、鋭い目つきの女。二十代前半といったところか。出発前に写真で見せられた桐山月子の容姿と一致する。

 彼女は何事もなく着地すると、こちらへぐっと手を突き出してきた。武器は所持していない。しかし経験上、この手からなにか出るはず。

「所属は?」

「組合員ですよ。依頼主は明かせませんけど、あなたを救出に来ました」

「どうせ検非違使でしょ?」

 鋭いな。

 というより、心当たりでもあったのか。

 すると女は、手から白いなにかを放出した。そいつはスピンしながら猛スピードで俺のすぐ脇を通過。あとにはひんやりとした空気だけが残された。

「ハバキの水の力よ。これが必要なんでしょ?」

 四つの力の一つだ。

 この女、ハバキなのか?

 というかいまの攻撃、誰にも直撃してないよな。振り向いたが、星は無事だった。大きくのけ反ってはいたが。

 月子は小さく嘆息し、手をおろした。

「案内して。素直に拉致されてあげる」

「拉致じゃなくて救出ですよ」

「検非違使が見返りもナシにこんなことするとは思えない」


 合流地点には、すでに組合のハイエースが待っていた。

 車が発進すると、月子はふっと笑った。

「それにしても、悪いタイミングで来たものね」

「なにか不都合でも?」

「ちょうど警備が交代する時間だったのよ。おかげで倍の敵を相手するハメになったでしょ?」

「なるほど」

 最初からあの時間帯に来る予定だったわけか。援軍にしては早すぎると思った。検非違使のインテリジェンス部門は、ちゃんと仕事してるのか?

 月子は俺たちを見回し、嘲笑気味に鼻息をふいた。

「それにしても、検非違使もズルいわね。なにも知らない組合員に、こんな汚れ仕事やらせるなんて」

「いつものことですよ」

 この女は、神の復活に絡んだ人物だった。

 もうブツの所在は判明しているから、今度は四つの力を回収し始めたってところか。しかし検非違使は、神の復活を阻止しようとしていたはず。能力者を集めていったいなにをするつもりなのだろうか。機構に利用されないよう、飼い殺しにでもする気か。

 俺は思い切って尋ねてみた。

「さっきの連中は何者なんです? 警察?」

「惜しいわね。剣菱よ。警察と専属契約してる警備会社みたいなもの」

「その警備会社が、なぜあなたを?」

「さあね。神が一大ビジネスになりそうだから、警察も一枚噛もうと思ったんじゃない? このままじゃ、検非違使ばかりが利権を拡大しそうだし」

「同じ行政機関なのに?」

「同じ行政機関だからこそ、管轄が問題になるんでしょ。そもそも警察は、前から検非違使のこと嫌ってるのよ。この業界で人が死ぬたび、警察の未解決事件が増えていくんだから。犯人が分かってても逮捕できないからね」

 そりゃ嫌われもする。

 なくなって欲しいとさえ思ってるだろうな。


 *


 庁舎へ戻ると、源三は満足顔で出迎えた。

「よくやった。完璧な仕事だ。報酬はニューオーダーで受け取ってくれ」

 予想外とスムーズに終わったな。

 いやスムーズとはいえ、死ぬかと思ったけど。

 この場に月子はいない。健康診断に回された。いま室内にいるのは、源三と組合員のみ。

「杉下、マリー、星、お前たちは解散していいぞ。ただし赦されたわけじゃない。処分が無期延期されただけだ。また頼む」

「もう勘弁して」

 マリーの手がふたたび震えだした。


 三人が退室すると、俺と源三の二人きりとなった。

「さて、ボーナスの時間だ。いくらか情報をやる」

 来たぞ。

 どれだけ聞き出せるのかは分からないが、なるべく慎重に攻めないとな。

「では早速お尋ねします。ペギーはいま、どこにいるんです?」

 やべ、核心から入ってしまった。

 源三は小さく唸った。

「プシケが『秘密の花園』と呼ぶ場所だと認識している。ただし、その花園とやらがどこにあるのかまでは把握できていない。おそらく他界だと思われるが」

「他界……」

 この世界と重なるようにして存在するという、もう一つの世界だ。どうやって行くのかは不明。

 源三は野太い声でこう続けた。

「現状、他界へは、ワームを使う以外に移動手段がない。ワームについては知ってるか? テレポーターのようなものだ」

「以前ナインさんから聞きました」

「ワームの扱いは特別な技術と許可を要する。いまは使えん。ほかに質問は?」

 バッサリやられた。

 やむをえん、質問を変えよう。

「ペギーは、なぜプシケに連れ去られたんです? 長野の件と関係があるんでしょうか?」

 これに源三は、露骨に表情を渋くした。

「それなんだがな……。隠すわけではないが、俺たちもまだ正確には把握できていないんだ。だが想定はあるぞ。妖精というのは、ザ・ワンとよく似たDNAを持っている。男がザ・ワンになり、女が妖精になるという説もあるくらいだ。しかし妖精たちは……生殖機能が未発達なまま成長が止まるせいで、通常の生殖活動では繁殖できない。妖精花園ようせいガーデンを使って個体をコピーするのがせいぜいだ。しかしペギーは違う。おそらく通常の生殖活動で妊娠するだろう」

「……」

 嫌な予感がした。

 源三もやや言いづらそうだ。

「つまりプシケは、ペギーに神を産ませようとしているのではないか、という見方もある。他界には、繁殖に適した遺伝子をもつ雄もいるはずだからな」

 頭がまっしろになった。

 あのとき妖精文書で妥協してしまったばかりに、取り返しのつかないことになってしまった。

 俺は思わず立ち上がった。

「通報したら、検非違使は救出に動いてくれますか? 俺も手伝います!」

「落ち着け。いま他界へ行くことはできん。そのための準備が、まるでできていない」

「じゃあ俺だけでもいいんで、行く許可をください。あとワームってのも……」

「座れ」

 源三が有無を言わさぬ態度だったので、俺も渋々腰をおろした。

「気持ちはよく分かる。しかしいま動くべきではない。ナインの情報では、まだそういうことにはなっていないようだしな」

「けど、いつかはなるってことでしょう?」

「確証はない」

「本人が望んでそうするならいいですよ。けど、そうじゃないなら……」

「ナンバーズ・ナインも同じ考えだ。あの男は、むしろプシケを止めようとしている」

「止められるんですか? それができなかった結果が、あの長野なんじゃないんですか?」

 この追求に、源三も口をへの字にした。

「うむ。プシケはそもそも、人類の殲滅せんめつを望んでいたからな。野放しにすべきではなかったかもしれんな」

「なんでそんなヤバいのを解き放ったんです?」

「黒羽先生の判断だ。表向き、ナインに説得されて自由にしてやったという話だが……。裏で取引でもあったのかもしれんな」

 黒羽麗子はいったいどういうつもりなんだ。

 一貫した思想が感じられない。とにかく混乱を起こして、みんなが疲弊したところで全部かっさらっていくつもりなのか。

 源三も腕組みし、難しい表情を見せた。

「先生には俺からも追求しておく。この件に関しては、俺だって納得してるわけじゃないからな。組合員から見れば、利権や癒着でズブズブに見えるかも分からんが。俺たち検非違使は、これでも業界の警察機構だ。正義を忘れたわけじゃない。俺を信じろ。なにか分かったら、言える範囲で報告する。くれぐれも早まったマネはするなよ」

「はい」

 この人は信用できるかもしれない。

 こういう場をもうけてくれたのも、きっと、良心からだろう。仕事の内容そのものは、若干汚かった気もするが……。


(続く)

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