選抜チーム
数日後、検非違使庁からの呼び出しがあった。
さっそく身体検査でもされるのか。などとうんざりしながら庁舎へ向かったのだが、待ち受けていたのは黒羽麗子ではなく、倉敷弓子だった。
彼女の案内で通されたのは、先日も連れてこられたミーティングルームだ。俺以外にも、見知った組合員が席についていた。
杉下耕介、マリー、星。このうちマリーだけがランカーで、あとは俺含めてペーペーだ。
「おかけください」
弓子にうながされ、俺も席についた。
ホワイトボードの前にでんと座しているのは、虎のマスクの川崎源三だ。
「よし、揃ったな」
すると倉敷弓子が退室し、源三と組合員だけが残された。
いったいなんだ?
非人道的な健康診断でも始まるのか?
「お前たちに頼みたい仕事がある」
「仕事?」
杉下が、その神経質そうな顔をしかめた。
ネクタイをゆるめたスーツ姿で、現場ではいつも金属バットを引きずっている。さすがにここへは手ぶらで来たようだが。
源三は「うむ」と野太い声を出した。
「とある組織に女性が連れ去られ、そのまま軟禁されてしまったのでな。その女性の救出を頼みたい」
女性?
俺は思わず挙手していた。
「あの、それってペギーのことですか?」
「違う。桐山月子という女だ」
「とある組織というのは?」
「知る必要はない」
出たよ、お得意のフレーズ。
なんだか分からない連中を相手に、見ず知らずの女を救出しろっていうのか。この寄せ集めのメンバーで。
目の下にクマのあるマリーが、イライラしたように貧乏ゆすりを始めた。
「なんであたしらなの? あんたらのチームは?」
マリーなどという名前だが、本名ではない。彼女はスナイパーだ。ただし頭がアレな女で、スコープ越しに見えたターゲットは、敵だろうが味方だろうが全員狙撃してしまう。ランカーではあるが、やり方に問題のある組合員だ。正直、こいつのいる現場には出たくない。
源三はマスクの下に苦い表情を作った。
「うちのチームは出せん。お前たちだけでやってもらう。ややこしい事情があるからな。ただし、全力でバックアップするぞ。額も規定の三倍出す」
三倍ってことは九十万。そこそこの仕事だ。
しかしペギーの救出さえままならないのに、よく知りもしない女のために命を張るってのはな。
俺はふたたび挙手をした。
「敵の素性を言えないにしても、せめてどの程度の武装をしているのか、ヒントくらいはありませんか?」
「ハバキのチンピラを想定してもらえればいい。拳銃は所持していると思うが、まあ、先手を取れば難しい相手でもあるまい」
「規模は?」
「現場を固めてるのは四、五人ってところだ。ただし時間をかければ、無尽蔵に援軍が来る」
「はあ」
生返事しながら、俺は内心震え上がっていた。
敵の組織がなんなのか、分かってしまったからだ。ポイントは「無尽蔵に援軍が来る」ってところ。そんなの警察しかない。公権力だ。検非違使が動けないという話とも合致する。
源三も、俺の表情で勘づいたのだろう。
「パッと行ってパッと帰ってくれば、問題なく終わる。連中は、まさか自分たちが襲撃を受けると思ってないだろうからな」
マジなの?
「俺たちの身の安全は保証されるんですか?」
「そのために管轄ってのがある」
ほら警察だ。
クソ、俺は降りるぞ。こんなヤバい仕事できない。
源三はふっと不敵な笑みを浮かべた。
「おっと、逃げるつもりか? それも構わんが、話は最後まで聞いたほうがいい」
「脅すんですか?」
「その逆だ。ボーナスを用意してある。山野、たしかお前、ペギーについての情報を欲しがってたな。協力できるぞ」
「ぐっ……」
こいつ……。
その名を出されれば、こっちに選択肢はないも同然だ。
源三は勝ち誇った顔で、さらにこう続けた。
「杉下、マリー、星、お前たちも受けるよな? 貸しがあるのを忘れてないぞ。もし断るってんなら、きっちり清算してもらうからな」
「……」
一同、沈黙。
この三人は、検非違使に対して負い目があるってわけか。なにも悪いことをしていないのは俺だけだ。品行方正な俺が、こんな素行不良のヤツらと一緒にされるとは。
杉下がすでにゆるんでいるネクタイを、さらにゆるめた。
「あのさぁ、俺、そーゆーのよくないと思うんだよね。なんていうの? 強制労働? 人権問題じゃん? 国連に怒られちゃうよ?」
「じゃあ、お前が意味もなく破壊した設備の費用、請求してもいいんだな?」
「いや、だって壊せって命令するから」
「誰が命令したんだ?」
「だから、そのとき頭の中に出てきたおっさんだよ。いや、マジなんだって。リアルでやれって言うからさ。あ、でもおっさんじゃなくてハムスターだったかも。まあ、とにかくゴーサインが出たからさ」
あぶねーなこいつ……。
するとマリーも不満を口にした。
「あたし、設備なんて壊してない」
「その代わり、うちの職員を撃ったよな? 三人も」
「けど、スコープに入ったら撃たなきゃいけないから……」
「そんな決まりはない」
あぶねーなこいつも……。
そしてもう一人の組合員、星はずっと黙っていた。自分のなにが問題なのか、よく理解しているようだ。まあこいつが薬事法を遵守せず商売してるのは周知の事実だから、いまさらではあるが。
源三は立ち上がった。
「用件は以上だ。出動は一時間後。弾薬は支給できるから、必要なら言え」
*
俺たちが強制連行されたのは、おそらく秩父の山中だと思われる。
ターゲットは、ぽつりと建っている二階建ての山小屋。玄関前にバンが一台停められているから、中に人がいるのは間違いなさそうだ。
作戦はこうだ。
俺、杉下、星の三人で、裏口から襲撃したフリをする。顔を出すヤツがいればそのまま攻撃。玄関側から逃げたヤツはマリーが狙撃する。人数を減らしてから、三人で内部に突入。桐山月子という女を連れ出し、脱出する。
しかし警官相手に突入ってのもな。まあ警察って言ってもピンキリだから、そんなに強くない可能性もあるけど。拳銃で武装しているのが自分たちだけだと思って、慢心していてくれると助かる。
にしても、なんだって警察はこんな場所に女を軟禁するんだ? 犯罪者ならムショにぶち込むべきだろう。それとも俺が勘違いしているだけで、敵は警官じゃないのか。もしかして敵は、検非違使自身だったりして……。
いや、もう考えるのはやめよう。仕事がしづらくなる。
時刻は十四時すぎ。日はやや傾いている。
マリーが震える手で、星になにかを催促した。
「姐さん、またですか」
「いいからよこしなよ。金は払うから」
「こういうことしてるから、検非違使に目ェつけられるんだよなあ」
「あたしの手が震えたままだと、あんたらみんな死ぬってこと忘れないで」
「はいはい」
星はふところから取り出したパッケージを、マリーに手渡した。
なんの薬かは分からないが、マリーはぶるぶるしながら乱暴にパッケージを開け、錠剤を口の中に放り込んだ。水も飲まずに奥歯でガリガリと噛む。
いやー、この人、現場に出るたびにこうなのか。ちょっと引いちゃうな……。これでもランキング五位だってんだからな。
一方、星も星で……なんだな。十年前のラッパーみたいな格好をしている。いまだにヤンキース帽で、だぶだぶの服だ。しかもわりと小柄だから、本気で服がデカすぎる。もっとサイズの合う服を着ればいいのに……。
万年鼻炎の杉下が鼻をすすった。
「手の震えが止まったら教えてくれ。それまでハムスターと会話してるから」
どこにいるんだよ、そのハムスターってのはよ。
俺にも震えが来そうだ。
いやいや、しかし待てよ。この中に、俺の探してたヤツがいるかもしれない。ウイルスに感染して、能力の覚醒したヤツが。
脳内のハムスターと会話している杉下か、それとも血走った目でドラグノフ狙撃銃を準備しているマリーか……。星は違うような気がする。まあ、見た目で判断できたら苦労はないんだが。
「そろそろいいわ。行って」
マリーが苦しそうに呼吸をしながら告げた。
いやー、この人の前に立つの怖いな。
「マリーさん、後ろから撃たないでね」
「うるさい。あんたがスコープに入らなければいい話でしょ」
「……」
はあ、こういう連中と仕事をしてると、一人だったころを思い出すな。まあキラーズの中に一人で放り込まれるよりマシか。こいつらみんなチームを持たないフリーランスだからな。
杉下がハッと我に返った。
「カナコ! カナコが消えた……」
最初からいねーよそんなヤツ!
「行こうぜ杉下さん。仕事の時間だ」
「お、そうか。えーと……そうか。仕事中だったな」
頼むぞマジで。
見張りが立っていなかったから、山小屋へはすぐに接近できた。
あとは裏口で適当に暴れて、敵が俺たちの想定通りに動いてくれれば成功だ。
俺はP226を、星はUSPを構えた。いい銃だ。まだ明るいのに、レールにデカいフラッシュライトをつけてるのは気になるが。まあ室内で役に立つか。
「じゃあ、いっせーのせで撃ちましょうか」
「オーケー」
俺と星がうなずきあったその直後、ドアへ向かって杉下が金属バットを振り下ろした。
「こんにちはーッ! 開けろオラァッ!」
ガンガンとやかましい。
ホント助けて。なんなのこの子。いまの話聞いてなかったの?
山側からターンと発砲音がした。さっそく顔を出したヤツがいたらしい。ともかく、俺たちを撃たないならなんでもいい。
再度、ターンと音が響いた。これで二人目。
が、それきり静かになった。
いやいや。
こっちのドア、開く気配がないんだけど。というか内部から足音一つ聞こえないんだけど。というか杉下のバカ騒ぎがうるさすぎて、なにも聞こえないんだけど。
「キャーッ! 開けてーッ! 開けてくださいよーッ! クソ漏れんだろうがコラァ! 開けろテメーッ!」
「ちょっと杉下さん、いっぺん止めてください」
「はっ? 俺の迫真の演技……邪魔? やめたほうがいい?」
「一時停止してください」
「はい」
キチってるくせに物分りがいいな。でも知ってるぞ。こういうヤツは「待て」ができない。
俺は身をかがめ、壁にピタリと張り付いたまま、逆サイドの玄関側を覗き込んだ。
死体が一つ。あとはバンがあるだけ。マリーは二度発砲した気がするんだが。もう一つの死体はどこだ……。血痕はあるのに本体がない。見上げると、二階のベランダに死体があった。
が、それだけだ。
まさか中のヤツら、籠城したまま援軍を待つ作戦に出たのか?
考えてなかった。あークソ、俺のマヌケめ。そりゃ向こうは無尽蔵に援軍を呼べるんだ。長期戦に持ち込むのが得策だろう。
さいわい、ここは山の中だ。援軍が来るにしてもだいぶ時間がある。法定速度を守ってくれるならな。
「開けろオラァッ! 赤ちゃん産まれちゃうだろーがッ! バブバブってなーッ! ンだこの野郎ッ!」
始まった。
さて、参ったぞ。
拳銃弾でドアノブをぶち抜ければいいんだが、跳ねたら危ないしな。どうしたもんか。
ターンと発砲音がしたと同時、俺のすぐ脇の窓ガラスがパーンと砕け散った。
えーっと……。狙われてるのって俺じゃないよな。さらに身を屈めて山側を見たが、マリーの姿は見えない。これだからスナイパーはイヤなんだよ……。
俺は地を這うようにしてドアへ戻った。
杉下はなぜか大爆笑だ。
「ヒャハハ! 山野さん、いますげー顔してたぜ。撃たれたと思った? でも助かってラッキーだったじゃん? 山に感謝だな。いや、地球に感謝? まさに母なる大地!」
「……」
一つとして意味が分からん。
しかし山からの射撃がやんだってことは、ターゲットは射殺できたってことでいいんだよな。これで死体は三つ。源三の話では、残りあと一人か二人ってところだ。
俺は顔をあげた。
「あまり時間がないんで、向こう側から回り込みましょう」
「玄関から入るの?」
「だって、いつまで経っても開かないんで」
「俺たちがいなくなってから出る計画かも」
一理ある。
かといって二手に別れるのも……。
敵は銃で武装しているから、金属バットの杉下を一人で置いていくことはできない。かといって星が一人でここを担当してくれるとも思えない。俺だって一人はイヤだ。
やむをえんな、じゃんけんでもするか。
などと考えていると、内部から男のうめき声がした。二階だ。ガタガタと物音がする。
仲間割れか? それとも別の侵入者か?
かと思うと、玄関側に猛スピードで車の入ってくる音が聞こえた。
援軍にしては早すぎる。まさかハメられたんじゃないだろうな。
キーッと耳障りなブレーキ音に続き、聞こえてきたのはぞろぞろと数名の足音。これは結構な数だ。銃撃戦になったら火力で負ける。先手を打つしかない。
ここで判断をミスったら、たぶん、全滅しかねないからな……。
(続く)




