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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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25/70

選抜チーム

 数日後、検非違使庁からの呼び出しがあった。

 さっそく身体検査でもされるのか。などとうんざりしながら庁舎へ向かったのだが、待ち受けていたのは黒羽麗子ではなく、倉敷弓子だった。

 彼女の案内で通されたのは、先日も連れてこられたミーティングルームだ。俺以外にも、見知った組合員が席についていた。

 杉下耕介、マリー、星。このうちマリーだけがランカーで、あとは俺含めてペーペーだ。

「おかけください」

 弓子にうながされ、俺も席についた。

 ホワイトボードの前にでんと座しているのは、虎のマスクの川崎源三だ。

「よし、揃ったな」

 すると倉敷弓子が退室し、源三と組合員だけが残された。

 いったいなんだ?

 非人道的な健康診断でも始まるのか?

「お前たちに頼みたい仕事がある」

「仕事?」

 杉下が、その神経質そうな顔をしかめた。

 ネクタイをゆるめたスーツ姿で、現場ではいつも金属バットを引きずっている。さすがにここへは手ぶらで来たようだが。

 源三は「うむ」と野太い声を出した。

「とある組織に女性が連れ去られ、そのまま軟禁されてしまったのでな。その女性の救出を頼みたい」

 女性?

 俺は思わず挙手していた。

「あの、それってペギーのことですか?」

「違う。桐山月子という女だ」

「とある組織というのは?」

「知る必要はない」

 出たよ、お得意のフレーズ。

 なんだか分からない連中を相手に、見ず知らずの女を救出しろっていうのか。この寄せ集めのメンバーで。

 目の下にクマのあるマリーが、イライラしたように貧乏ゆすりを始めた。

「なんであたしらなの? あんたらのチームは?」

 マリーなどという名前だが、本名ではない。彼女はスナイパーだ。ただし頭がアレな女で、スコープ越しに見えたターゲットは、敵だろうが味方だろうが全員狙撃してしまう。ランカーではあるが、やり方に問題のある組合員だ。正直、こいつのいる現場には出たくない。

 源三はマスクの下に苦い表情を作った。

「うちのチームは出せん。お前たちだけでやってもらう。ややこしい事情があるからな。ただし、全力でバックアップするぞ。額も規定の三倍出す」

 三倍ってことは九十万。そこそこの仕事だ。

 しかしペギーの救出さえままならないのに、よく知りもしない女のために命を張るってのはな。

 俺はふたたび挙手をした。

「敵の素性を言えないにしても、せめてどの程度の武装をしているのか、ヒントくらいはありませんか?」

「ハバキのチンピラを想定してもらえればいい。拳銃は所持していると思うが、まあ、先手を取れば難しい相手でもあるまい」

「規模は?」

「現場を固めてるのは四、五人ってところだ。ただし時間をかければ、無尽蔵に援軍が来る」

「はあ」

 生返事しながら、俺は内心震え上がっていた。

 敵の組織がなんなのか、分かってしまったからだ。ポイントは「無尽蔵に援軍が来る」ってところ。そんなの警察しかない。公権力だ。検非違使が動けないという話とも合致する。

 源三も、俺の表情で勘づいたのだろう。

「パッと行ってパッと帰ってくれば、問題なく終わる。連中は、まさか自分たちが襲撃を受けると思ってないだろうからな」

 マジなの?

「俺たちの身の安全は保証されるんですか?」

「そのために管轄ってのがある」

 ほら警察だ。

 クソ、俺は降りるぞ。こんなヤバい仕事できない。

 源三はふっと不敵な笑みを浮かべた。

「おっと、逃げるつもりか? それも構わんが、話は最後まで聞いたほうがいい」

「脅すんですか?」

「その逆だ。ボーナスを用意してある。山野、たしかお前、ペギーについての情報を欲しがってたな。協力できるぞ」

「ぐっ……」

 こいつ……。

 その名を出されれば、こっちに選択肢はないも同然だ。

 源三は勝ち誇った顔で、さらにこう続けた。

「杉下、マリー、星、お前たちも受けるよな? 貸しがあるのを忘れてないぞ。もし断るってんなら、きっちり清算してもらうからな」

「……」

 一同、沈黙。

 この三人は、検非違使に対して負い目があるってわけか。なにも悪いことをしていないのは俺だけだ。品行方正な俺が、こんな素行不良のヤツらと一緒にされるとは。

 杉下がすでにゆるんでいるネクタイを、さらにゆるめた。

「あのさぁ、俺、そーゆーのよくないと思うんだよね。なんていうの? 強制労働? 人権問題じゃん? 国連に怒られちゃうよ?」

「じゃあ、お前が意味もなく破壊した設備の費用、請求してもいいんだな?」

「いや、だって壊せって命令するから」

「誰が命令したんだ?」

「だから、そのとき頭の中に出てきたおっさんだよ。いや、マジなんだって。リアルでやれって言うからさ。あ、でもおっさんじゃなくてハムスターだったかも。まあ、とにかくゴーサインが出たからさ」

 あぶねーなこいつ……。

 するとマリーも不満を口にした。

「あたし、設備なんて壊してない」

「その代わり、うちの職員を撃ったよな? 三人も」

「けど、スコープに入ったら撃たなきゃいけないから……」

「そんな決まりはない」

 あぶねーなこいつも……。

 そしてもう一人の組合員、星はずっと黙っていた。自分のなにが問題なのか、よく理解しているようだ。まあこいつが薬事法を遵守せず商売してるのは周知の事実だから、いまさらではあるが。

 源三は立ち上がった。

「用件は以上だ。出動は一時間後。弾薬は支給できるから、必要なら言え」


 *


 俺たちが強制連行されたのは、おそらく秩父の山中だと思われる。

 ターゲットは、ぽつりと建っている二階建ての山小屋。玄関前にバンが一台停められているから、中に人がいるのは間違いなさそうだ。


 作戦はこうだ。

 俺、杉下、星の三人で、裏口から襲撃したフリをする。顔を出すヤツがいればそのまま攻撃。玄関側から逃げたヤツはマリーが狙撃する。人数を減らしてから、三人で内部に突入。桐山月子という女を連れ出し、脱出する。

 しかし警官相手に突入ってのもな。まあ警察って言ってもピンキリだから、そんなに強くない可能性もあるけど。拳銃で武装しているのが自分たちだけだと思って、慢心していてくれると助かる。

 にしても、なんだって警察はこんな場所に女を軟禁するんだ? 犯罪者ならムショにぶち込むべきだろう。それとも俺が勘違いしているだけで、敵は警官じゃないのか。もしかして敵は、検非違使自身だったりして……。

 いや、もう考えるのはやめよう。仕事がしづらくなる。


 時刻は十四時すぎ。日はやや傾いている。

 マリーが震える手で、星になにかを催促した。

「姐さん、またですか」

「いいからよこしなよ。金は払うから」

「こういうことしてるから、検非違使に目ェつけられるんだよなあ」

「あたしの手が震えたままだと、あんたらみんな死ぬってこと忘れないで」

「はいはい」

 星はふところから取り出したパッケージを、マリーに手渡した。

 なんの薬かは分からないが、マリーはぶるぶるしながら乱暴にパッケージを開け、錠剤を口の中に放り込んだ。水も飲まずに奥歯でガリガリと噛む。

 いやー、この人、現場に出るたびにこうなのか。ちょっと引いちゃうな……。これでもランキング五位だってんだからな。

 一方、星も星で……なんだな。十年前のラッパーみたいな格好をしている。いまだにヤンキース帽で、だぶだぶの服だ。しかもわりと小柄だから、本気で服がデカすぎる。もっとサイズの合う服を着ればいいのに……。

 万年鼻炎の杉下が鼻をすすった。

「手の震えが止まったら教えてくれ。それまでハムスターと会話してるから」

 どこにいるんだよ、そのハムスターってのはよ。

 俺にも震えが来そうだ。

 いやいや、しかし待てよ。この中に、俺の探してたヤツがいるかもしれない。ウイルスに感染して、能力の覚醒したヤツが。

 脳内のハムスターと会話している杉下か、それとも血走った目でドラグノフ狙撃銃を準備しているマリーか……。星は違うような気がする。まあ、見た目で判断できたら苦労はないんだが。

「そろそろいいわ。行って」

 マリーが苦しそうに呼吸をしながら告げた。

 いやー、この人の前に立つの怖いな。

「マリーさん、後ろから撃たないでね」

「うるさい。あんたがスコープに入らなければいい話でしょ」

「……」

 はあ、こういう連中と仕事をしてると、一人だったころを思い出すな。まあキラーズの中に一人で放り込まれるよりマシか。こいつらみんなチームを持たないフリーランスだからな。

 杉下がハッと我に返った。

「カナコ! カナコが消えた……」

 最初からいねーよそんなヤツ!

「行こうぜ杉下さん。仕事の時間だ」

「お、そうか。えーと……そうか。仕事中だったな」

 頼むぞマジで。


 見張りが立っていなかったから、山小屋へはすぐに接近できた。

 あとは裏口で適当に暴れて、敵が俺たちの想定通りに動いてくれれば成功だ。

 俺はP226を、星はUSPを構えた。いい銃だ。まだ明るいのに、レールにデカいフラッシュライトをつけてるのは気になるが。まあ室内で役に立つか。

「じゃあ、いっせーのせで撃ちましょうか」

「オーケー」

 俺と星がうなずきあったその直後、ドアへ向かって杉下が金属バットを振り下ろした。

「こんにちはーッ! 開けろオラァッ!」

 ガンガンとやかましい。

 ホント助けて。なんなのこの子。いまの話聞いてなかったの?

 山側からターンと発砲音がした。さっそく顔を出したヤツがいたらしい。ともかく、俺たちを撃たないならなんでもいい。

 再度、ターンと音が響いた。これで二人目。

 が、それきり静かになった。

 いやいや。

 こっちのドア、開く気配がないんだけど。というか内部から足音一つ聞こえないんだけど。というか杉下のバカ騒ぎがうるさすぎて、なにも聞こえないんだけど。

「キャーッ! 開けてーッ! 開けてくださいよーッ! クソ漏れんだろうがコラァ! 開けろテメーッ!」

「ちょっと杉下さん、いっぺん止めてください」

「はっ? 俺の迫真の演技……邪魔? やめたほうがいい?」

「一時停止してください」

「はい」

 キチってるくせに物分りがいいな。でも知ってるぞ。こういうヤツは「待て」ができない。

 俺は身をかがめ、壁にピタリと張り付いたまま、逆サイドの玄関側を覗き込んだ。

 死体が一つ。あとはバンがあるだけ。マリーは二度発砲した気がするんだが。もう一つの死体はどこだ……。血痕はあるのに本体がない。見上げると、二階のベランダに死体があった。

 が、それだけだ。

 まさか中のヤツら、籠城したまま援軍を待つ作戦に出たのか?

 考えてなかった。あークソ、俺のマヌケめ。そりゃ向こうは無尽蔵に援軍を呼べるんだ。長期戦に持ち込むのが得策だろう。

 さいわい、ここは山の中だ。援軍が来るにしてもだいぶ時間がある。法定速度を守ってくれるならな。

「開けろオラァッ! 赤ちゃん産まれちゃうだろーがッ! バブバブってなーッ! ンだこの野郎ッ!」

 始まった。

 さて、参ったぞ。

 拳銃弾でドアノブをぶち抜ければいいんだが、跳ねたら危ないしな。どうしたもんか。

 ターンと発砲音がしたと同時、俺のすぐ脇の窓ガラスがパーンと砕け散った。

 えーっと……。狙われてるのって俺じゃないよな。さらに身を屈めて山側を見たが、マリーの姿は見えない。これだからスナイパーはイヤなんだよ……。

 俺は地を這うようにしてドアへ戻った。

 杉下はなぜか大爆笑だ。

「ヒャハハ! 山野さん、いますげー顔してたぜ。撃たれたと思った? でも助かってラッキーだったじゃん? 山に感謝だな。いや、地球に感謝? まさに母なる大地!」

「……」

 一つとして意味が分からん。

 しかし山からの射撃がやんだってことは、ターゲットは射殺できたってことでいいんだよな。これで死体は三つ。源三の話では、残りあと一人か二人ってところだ。

 俺は顔をあげた。

「あまり時間がないんで、向こう側から回り込みましょう」

「玄関から入るの?」

「だって、いつまで経っても開かないんで」

「俺たちがいなくなってから出る計画かも」

 一理ある。

 かといって二手に別れるのも……。

 敵は銃で武装しているから、金属バットの杉下を一人で置いていくことはできない。かといって星が一人でここを担当してくれるとも思えない。俺だって一人はイヤだ。

 やむをえんな、じゃんけんでもするか。

 などと考えていると、内部から男のうめき声がした。二階だ。ガタガタと物音がする。

 仲間割れか? それとも別の侵入者か?

 かと思うと、玄関側に猛スピードで車の入ってくる音が聞こえた。

 援軍にしては早すぎる。まさかハメられたんじゃないだろうな。

 キーッと耳障りなブレーキ音に続き、聞こえてきたのはぞろぞろと数名の足音。これは結構な数だ。銃撃戦になったら火力で負ける。先手を打つしかない。

 ここで判断をミスったら、たぶん、全滅しかねないからな……。


(続く)

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