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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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22/70

ノスタルジア 二

 地蔵堂から里へは道らしきものが伸びていた。

 俺たちは警戒しながらも、その道をまっすぐに進んだ。たとえ獣道だろうと、草まみれの斜面なんかよりはるかにマシだ。

 川沿いに、バス停のような木造の休憩所があった。

 トモコはそこに「いる」と指差した。しかし警戒した様子はない。いるとしても、ナンバーズの誰かってことなんだろう。

 どうせなら、そいつが誰なのかも教えて欲しかったところだが。

「遅かったわね」

 出くわしたのは黒羽麗子だった。

 白衣ではなく、タイトなスーツ姿だ。この田んぼだらけの景色から完全に浮いているが。まあそれを言ったらナインも同じだ。

 そのナインが顔をしかめた。

「君か……。いったいなぜここに?」

「なぜ? 黒羽の所有地なんだから、黒羽がいてもおかしくないでしょ」

「歩いてきたのかい?」

「まさか。ヘリで来たのよ」

「ヘリ?」

 ナインが困惑するのもムリはない。周囲にヘリコプターの姿はない。

 麗子はすっとメガネを押し上げた。

「いったん里から出したわ。妖精たちが警戒してたから」

「一人で?」

「あなたは嫌な顔するでしょうね。仕事で来たのよ」

「仕事ってどっちの?」

 この問いに、麗子はぐっと眉をひそめた。

「それ毎回言わなきゃ分からない? 私の本業は検非違使よ。ナンバーズでも製薬会社でもないわ」

 ということは、検非違使の連中もここに来ているというわけだ。

 麗子は嘲笑するような顔になった。

「それにしても、トモコちゃんまで連れてくるなんて……。あなたどういうつもりなの? この里を、地図から消し去るつもり?」

「失礼だぞ。都合の合うメンバーが彼女しかいなかったんだ」

「中立派なんて気取ってるからでしょ。あなたがもっと立場をハッキリさせたら、協力してくれるメンバーもいたんじゃないのかしら?」

「またその話か。俺たちは過激派にも穏健派にも与しない。それよりどういうつもりだ? なぜ検非違使を呼んだ?」

 得意の内ゲバか。

 ナンバーズ同士で三つ巴の争いとかヤメてくれよ。そんなのに巻き込まれたら、俺なんてまっさきに死ぬからな。見てろよ。秒で死んでやる。ギネス記録だ。

 麗子はうんざり気味に息を吐いた。

「ナンバーズ同士の衝突を避けるためよ。情報もナシに乗り込んできた脳天気な誰かさんが、その場のノリで殺し合いをしないようにね」

「ここに過激派もいるのか?」

「そうよ。しかも騒動の元凶。連中が出雲と取引してたのは知ってるでしょ? その共同作業の結果があの肉塊ってわけ」

「ウソだろう? 連中のどこにそんな技術力が?」

「技術を供与した人間がいるってことでしょ」

 そんなの一つしかない。黒羽だ。

 自分は無関係みたいな顔をしているが、黒羽はすべての組織に介入している。学会やハバキを経由して過激派に手を貸すくらいはするだろう。そうして組織を潰し合わせておいて、最後にウマいところを持っていくつもりなのだ。

 そもそも、ここは黒羽の所有地だ。ここで実験したというのなら、黒羽の承認があったと考えるのが自然だ。

 ナインもそのことに気づいたらしい。

「いままで目をつむってきたが、これはさすがに看過できんぞ」

 だが麗子は動じない。むしろ見下すような目になっている。

「ナインさん、あなた人のこと言えるの? 妖精花園ようせいガーデンを作ろうと思ったら、プシケの力が必要なのよ? 誰が協力したかはあきらかよね?」

「まだ確定していないッ!」

 ナインが声を荒げた。

 こんなに動揺する姿を見るのは、初めてかもしれない。

 一方、麗子は余裕の笑みだ。

「あなたが恋人をかばいたくなる気持ちは分かるわ。けれど、ちゃんと管理してくれないと困るの。あの子、なんだかんだ言って、人並みの判断力を持っているとは言えないんだから」

「そんな理由で、彼女をタンクに閉じ込めておくことはできない」

「ご立派ね。その博愛主義の結果が、このバカげたアリサマなの? ねえ、知ってる? 彼女、さっそく過激派に取り込まれてるわよ。あなたがどうしてもって言うから自由にしてあげたのに、これじゃあまたタンクに戻ってもらうしかないわ」

 ナインには悪いが、これはどうもプシケの仕業としか思えない。このまま行けば、プシケとの対決になるだろう。

 麗子は揚々と続けた。

「そんな顔しないでくれる? あなたが想像している最悪の事態を避けるために、検非違使を動かしたんだから。うちの実行部隊には、すでに対妖精用の麻酔弾を配備してある。ナンバーズ同士の殺し合いにならないようにね」

 向こうのほうが一枚上手だったか。

 というより、初動の情報量からして違いすぎた。こっちはそもそも肉塊の見学以上のプランではなかった。それに比べて、検非違使は誰がなにをしたのか把握した上で乗り込んできている。勝てっこない。

 見るからに落ち込んでいるナインに、俺は脇から提案した。

「ナインさん、先生の言葉にも一理ありますよ。ここは協力して調査にあたるというのは?」

「穏健派に手を貸せと?」

「穏健派にではなく、検非違使にですよ。向こうもそういう顔してるんですから。これならメンツも立つでしょう」

「いまはそれもやむをえんか……」

 ナンバーズってのは、派閥争いになるとじつに意固地だな。同じチームなのに。互いの命と金が天秤にかかってるのは分かるけどさ。

 麗子はふっと笑った。

「物分りがよくて助かるわ。川崎さんと話をして」


 *


 検非違使は、六原集落の集会所を占拠し、堂々と居座っていた。

 虎のマスクの川崎源三と、その手勢が六名。一班と二班だ。一班はともかく、二班は相変わらず頼りなさそうだ。

 源三はマスクの下にニッと笑顔を見せた。

「よく来たな。歓迎する」

 歓迎するもなにも、他人の敷地であろうと思われるが。

 しかし三郎も一子も、文句一つ言わなかった。もうどうでもいいと思っているのか、あるいは我慢しているのか。

 俺たちは靴を脱いであがりこみ、古びた畳に腰をおろした。

 交渉にあたったのはナイン。

「俺たちはここでなにが起きているのか、それを調査に来た。君たちと利害が相反していなければいいんだが」

「安心してくれ。俺たちは利害では動かん。税金でメシを食ってる公務員だからな」

「そういう連中が、利害を気にしなかった記憶がないんだが」

「まあそう言うな。今回に限って言えば事実だ。土地所有者からの通報を受け、純粋な気持ちで駆けつけたんだ。被害が拡大せんようにな」

「あの肉を処分するのか?」

「いや、それは上がストップをかけてる。あとで学会に調査させるつもりらしいからな」

 癒着している。検非違使に学会に黒羽に、もうズブズブだ。

 学会なんかに妖精花園を渡したら、必ずハバキに妖精を売りつけ始めるだろう。検非違使はそれを摘発して存在感を示し、予算を確保する。マッチポンプだ。

 こいつらがやっているのは正義のための戦いなどではなく、誰と手を組んでもいいから、とにかく権益を最大化しようという、あさましい戦いなのではなかろうか。

 源三はしかし不敵な笑みだ。

「だが現場に事故はつきものだ。戦闘に巻き込まれて、妖精花園がまっぷたつにならんとも限らん」

 いまいるナンバーズの顔ぶれを考えれば、それも可能だろう。

 ナインも渋い笑みになった。

「いいのか? 出世が遅れるぞ?」

「俺は現場にいたいクチでな。だいいち、アレを放っておいたら、通報の内容を無視することになるだろう。これじゃあ税金を使って長野まで旅行に来ただけだ。妖精もろともあの肉をぶっ叩くぞ。協力してくれるなら規定の額を出す。ちょうど火力が欲しかったところでな」

 検非違使は、麗子を除けば、俺と同じく普通の人間の集まりだ。超人的な戦いはできない。

 ナインはこちらへ振り向いた。

「というわけだ。構わんな?」

 検非違使のいう「規定の額」は三十万。正直ショボすぎるが。しかしナインのくれる百万と合わせて考えれば、悪い額ではない。

 なにより、俺の相棒がやる気だ。

「殺せるならなんでもいいぜ」

 こんなことを言ってはいるが、三郎はしかし殺人狂ではない。口ではカマすが、無用な殺しはしない。

 余計に殺したところで、ボーナスが出るわけでもないしな。

 だがトモコがおずおずと身を乗り出した。

「私はそういう仕事をしていないので、お金を受け取るわけにはいきません」

 頭をなでてやりたい。

 なんて謙虚な子なんだ。こんな子、ここに連れてきちゃダメだろ。

 ナインはしかし悪い笑みだ。

「安心したまえ。君の分はナンバーズの活動資金に回す。もちろん俺の分もだ」

「お姉ちゃんは……もらう……」

 一子さん、ちょっと黙っててください。

 トモコは承服したらしく、うなずいたきり口を閉ざした。

 さて、話はまとまったようだな。俺は源三へ向けて手を挙げた。

「質問ですっ!」

「組合員か。質問を許可する」

「妖精以外の脅威はないんですか? どうも、それ以外の存在が絡んでるとしか思えないんですが」

 妖精は自然発生ではない。それをやった人間が必ずいる。

 これに源三、満足げに膝をぽんぽんと打った。

「さすがに気づいたな。もちろんいる。俺たちが把握してるだけでも、出雲の工作部隊が来ている」

 これにトモコが、神妙な顔で補足した。

「それと、ナンバーズ・ファイヴ」

「……」

 場が、静まり返った。

 餌食長えじきちょう。通称「腐敗の王」。蟲喰むしばみ。新宿で遭遇したあの老婆だ。

 倉敷弓子が、刀を握りしめた。

 確か彼女は、ファイヴに片足を奪われたんだったな。

 弓子の上司の青白い男が、小さく息を吐いた。

「課長、ファイヴは俺たちにやらせてもらえませんか」

「勝算はあるのか?」

「六原姉弟をつけてもらえれば」

 この提案に三郎が顔をしかめた。

「勝手に決めるな。ナンバーズが相手なら喜んでぶっ殺してやってもいい。しかしたったの三十万だろ? 悪いが協力できないな」

 一理ある。

 黒羽麗子を殺せば二千万なのに、ファイヴを殺してたったの三十万ってのはな。

 すると静かに座していた麗子が、すっとメガネを押し上げた。

「金額に不満があるのなら、私が五百万の賞金をかけるわ」

「それだとあんたの四分の一だ。ファイヴは、過激派のリーダーなんだろ? あまりに安くないか?」

「素直に受けておいたほうがいいわよ。本来なら、タダでも殺りたくなる相手なんだから」

「あ?」

 よく分かっていない三郎とは対象的に、一子がそっと目を伏せた。なにか事情を知っているらしい。

「なんだよ、姉貴……。なにか知ってるのか?」

「……」

 一子は下唇を噛み、顔を背けてしまった。

 代わりに口を開いたのは麗子だ。

「よく聞いてね。以前ここで起きた黒羽と六原の抗争ね、裏でファイヴが暗躍していた可能性があるの」

「は?」

「事件のだいぶ前から、ファイヴはこの里に入り込んでいた。蟲喰みは、死体から死体に乗り移ることができるから。宿主を変えて、次々と姿を変えて……。そしてあるとき、あなたのお爺さんになりすましたの」

「爺さんに?」

「事件の当日、蟲喰みに操られたお爺さんは、橋を渡って黒羽の集落に入った。そして民家に押し入って、ナタで一家を殺し始めたの。そこから総力戦に発展してしまった」

 とんでもない話だ。もし事実だとすれば、だが。

 三郎も怒るどころか、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「いやいやいや、証拠はあるのか、黒羽麗子さんよ。あんたの妄想を聞いてる時間はないぜ」

「証拠なんてないわ。目撃した人間も、もう全員死んじゃったんだから」

「ただの推測だ」

「けどね、断片的な情報を総合すると、これ以外に合理的な説明がつかないの」

 これに三郎、なおも不真面目な表情だ。

「で? その妄想で、五百万が四倍の価値にふくれあがるってのか?」

「信じないなら信じないでかまわないわ。ただし、ファイヴが死んでから後悔しても遅いわよ。死んだ人間は、殺せないんだから。せいぜい他人に先を越されないようにね」

「なんだそれ、ふざけんなよ……」

 三郎の怒りももっともだ。

 客観的な証拠がない以上、なんとでも言える。

 ファイヴが死体を乗り換えるのだとすれば、麗子の話も事実という可能性がある。しかしその習性を利用してストーリーを作り、黒羽側の襲撃を正当化している可能性もある。

 すると一子が、三郎のシャツを掴んだ。

「たぶん事実よ……サブちゃん……」

「姉貴まで……。黒羽の言うことだぞ? 信じられるのか?」

「違うの……あの日……お爺さまの様子……本当におかしかったの……私のことも分からなくなっていたし……お話の内容も……ちぐはぐだった……」

「証拠はあるのか?」

「ないわ……」

「話にならない」

「でもあの日……死んだ人間のにおいがしたのよ……お爺さまから……」

「……」

 三郎の目つきが変わった。

「本当か? 本当にそういうにおいがしたのか?」

「うん……」

 これも六原一族の能力か。いや、三郎には分からず、一子にだけ分かるというのなら、もっと個人的な才能かもしれない。

 三郎は神妙な表情になった。

「間違いないのか?」

「うん……間違えるわけない……あのにおいだけは……」

 一子はいつになく真剣な目をしていた。

 彼女がここまで言うのだ、少なくともにおいについては事実なんだろう。

「そうかよ……。分かった。完全に信用したわけじゃないが、五百万で受けてやる。もし違ってたとして、そこそこの稼ぎにはなるわけだしな。おい、検非違使の女」

 三郎の言葉に、弓子が顔をあげた。

「倉敷弓子です」

「倉敷さんよ、あんたも足の恨みがあるんだってな。こいつは競争だぜ。俺が殺るか、あんたが殺るか。いっちょ勝負しようや」

「望むところです」

 検非違使の一班と六原姉弟が協力するなら、ファイヴは死んだも同然だろう。ナンバーズに欠番が出るが、ナインが止めないところを見ると、やむをえない犠牲ってことだ。過激派は今日で解散になりそうだな。

 ナインがネクタイを正した。

「で、俺たちは? 妖精花園を解体すればいいのかな?」

 源三は首を縦には振らなかった。

「いや、散華長どのには、出雲を追い払ってもらいたい」

「多いのか?」

「見たところ、三十はいる」

「得意の混成部隊か。厄介だな。プシケはどうだ? 来ていないのか?」

「プシケ? あんた、あの妖精の数を見ただろ? みんな同じ顔だぞ」

「彼女は服を着ている」

「じゃあ見てないな。まあ、とにかく、だ。うちの二班は対妖精用の装備で来ているから、出雲の相手はさせられん。あんたらに頼みたい」

 俺、ナイン、アベトモコの三人ってことか。

 俺はともかく、残りの二人がいれば大丈夫だろう。ナインだけでも心強いのに、今回はもっとヤバいのがいるんだからな。


(続く)

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