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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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21/70

ノスタルジア 一

 俺が洗いざらい話すと、サイードは満足して立ち去った。

 とはいえ俺もよく分かっていないから、なぜか現地に三角プシケがいて、二人きりで話したいと言われて連れ去られた、としか説明できなかったが。

 それはともかく、姪っ子をダシに脅されたせいで最低の気分だった。ビールがマズくなる。

 などと憤慨しつつビールを一口やったが、特にマズくはなっていなかった。さすがはビールだ。こいつだけは俺を裏切らない。もうビール教でも作って、毎日拝み倒したいもんだな。実際、むかしは修道院でもビールを作っていたようだし。

 などと一人でちびちびやっていると、ナインが顔を見せた。

「やっと来たな。あれから何日だ? 赤字だったのがそんなにショックかね」

「そっちじゃなくて、ペギーのほうですよ。それにいま、機構のサイードってのが来ましてね。あれこれ聞かれて、ついつい親切心がね……」

「教えてやったのか?」

「仕方ないでしょう。家族を脅されたんだから」

 するとナインは腰をおろし、ふっと笑った。

「君の家族っていうと、妹さんとその娘さんか」

「なんで知ってるんです?」

「一緒にやる人間の素性くらい調べるさ。君もそうしたほうがいい」

 なんてことだ。俺だって、今日の今日まで姪がいるなんて知らなかったのに。まさかこいつら、俺の脳内嫁を全員言えるんじゃないのか。俺でさえ把握してないってのに。

 ナインはビールを一口やった。

「なに、気にすることはない。君の情報が機構に流れたところで、問題にはならないよ。だが、知りすぎていたらこうはならなかっただろう」

「ありがたいお話ですね。てことはなんですか? 俺はこのままずっと、なにがなんだか分からないままあんたらのビジネスに貢献しなきゃならないと?」

 俺の皮肉に、ナインは肩をすくめた。

「そのほうが安全だろう? 重要人物だと思われたら、もっと厳しいマークがつく」

「それはそうなんですけどね」

「真相はいずれ知ることになる。それより、三郎くんが来たら打ち合わせをしよう。一週間の遅れを取り戻さないとな」

「打ち合わせ? なにかやることでもあるんですか?」

 確かこの人、いま俺たちの人質だったよな。なんで仕切ってんだ。

 いやまあ、状況を把握しているのはナインのほうだし、そうするのが自然なんだろうけれども。


 世間話をしつつ飲んでいると、三郎が来た。

「山野さん、やっと来たのか。ほら、姉貴の借りてた五万だ」

「おお、ありがとう」

 いきなり現金を出された。

 三郎はいつも財布に大量の万札を突っ込んでいる。なくしたりしないのだろうか。まあ他人からぶん取られることはないんだろうけども。

 ともあれ、この五万があればキャバクラにも行ける。いや、その前に家賃だな……。

「では次の仕事について話し合おうか、友人たち」

「お前は友人じゃない」

 三郎の鋭いつっこみが入ったが、ナインは気にしたふうもなく続けた。

「現場は長野。三郎くん、君の故郷だ」

「興味ないな」

「そう言うな。舞台はまさにあの集落だぞ」

 三郎はこれに片眉をつりあげただけだったが、内心では憤慨しているらしく、ナッツをわしづかみにして食った。俺のナッツをだ……。

 ナインは構わずこう続けた。

「いまあそこは、妖精の巣になっていてな」

 そっぽ向いてビールを飲もうとしていた三郎も、さすがに顔色を変えた。

「どういうことだ?」

妖精花園ようせいガーデンが出たんだ」

「あの三角ってヤツの仕業か?」

「いや、それが……」

「ハッキリ言え」

「俺にも把握できていないんだ。確かに、妖精花園を製造する能力は三角にしか備わっていない。だがそれも、神話の時代の話だ。どこかの誰かが、現代の科学力でそれをやった可能性もある」

「本人に吐かせれば分かるだろ」

 三郎の追求に、ナインは珍しく困惑した表情を見せた。

「じつはいま、三角に会えなくてな」

「おい、話はシンプルに頼むぜ。三角を殺すっていうんなら、その仕事受けてやってもいい。だがナンバーズの尻拭いをさせる気なら、絶対にやらない。俺が言いたいのはそれだけだ」

「三角は殺さない。しかし正式な依頼だ。料金も支払う。場所が場所だから、まずは君たちに打診しようと思っただけだ。君だって、どこの誰とも分からない人間に故郷を荒らされたくはないだろう」

「……」

 返事こそしなかったが、三郎はいまの言葉に抗し難いものを感じたようだった。

 まあ、なんだかんだ言って故郷は故郷だ。金だけが目当てのそこらの組合員に、土足で踏み込まれたくはないはずだ。

「依頼はシンプルだ。里に乗り込んで、なんらかの手がかりを探す。ナンバーズからは俺とシックス、ツーが出る」

 シックスは六原一子。三郎の姉だ。よく知っている。

 ツーはアベトモコ。妖精研究所にも来たオカッパの少女だ。背中から腕を生やし、妖精花園を引き千切っていた。

 三郎がビールを飲み干し、強めにグラスを置いた。

「黒羽の一族はどうなったんだ? 俺たちの代わりに、あそこで暮らしてたはずだろう?」

「死んだよ」

「はっ?」

「全滅だ。妖精花園の餌にでもされたんだろう」

「なのに黒羽は動かないのか?」

 三郎の責めるような口調に、ナインは渋い表情を見せた。

「そこも気になるところでな。麗子くんは、なにか知っているはずなんだが」

「また仲良しごっこか。ぶん殴って吐かせれば済む話だろ」

「いたずらな暴力は問題を大きくするだけだ。いいか、黒羽一族は火薬庫みたいなものなんだ。無闇につつくのは得策じゃない」

「平和主義者ぶりやがって。どうせ金の問題だろ」

「否定はしない」

 ナンバーズも利権でがっぽりやりたい口だ。慎重なんだろう。

 俺としては別の疑問がある。

「でも不思議ですね。何人死んだのか分かりませんけど、そんなことがあったらニュースになってると思うんですけど」

 するとナインは、小さく息を吐いた。

「この手の案件は検非違使の管轄だからな。刑事事件じゃないし、警察からの発表もない。マスコミだって知りようがない。特にあの場所は……もともと隔離されていたわけだしな」

「なるほど」

 まあそうだ。ハバキが何人死のうがニュースになんてならない。死体が出れば、検非違使がやってきて綺麗さっぱり片付ける。

 山梨の料亭にしたって、あれだけの殺戮さつりくがあったのに、ヤクザ同士の抗争ということで片付けられた。さすがに民間人に死者が出ている以上、「なかったこと」にはできなかったようだが。巻き込まれた人たちは気の毒だった。

 ナインは神妙な表情で身を乗り出した。

「日当は百万。メインは戦闘ではなく調査だから、あまり出せないが……。どうだ?」

 三郎は返事をしなかった。

 俺の出方を待っている。

「つまり、ペギーの件は後回しってことですか?」

「いや、考えようによっては彼女とも関係する。なにせ妖精絡みの案件なんだ。現地で新たな発見があれば、それについて説明できることもあるかもしれない。君の疑問も、一つか二つは解消する可能性がある」

 本当か?

 妖精に絡めれば、なんでも乗ってくると思ってるんじゃないだろうな。

 俺の関心は、なぜペギーが連れ去られたのかという、ただその一点だ。ほかのことはどうでもいい。

 だがまあ、俺の都合だけでもな……。三郎は受けたそうにうずうずしている。俺の気分だけで降りるわけにもいくまい。いつも助けてもらってるしな。

「ま、いいでしょう。どっちにしろ金は欲しかったところですし」

 これに三郎も鼻で笑った。

「いいぜ。俺も受けてやる。調査ってんなら、道案内が必要だろうからな」

 姉も来るらしいから、道案内はすでにいるはずだが……。まあそれでも話が通じない一子より、三郎のほうがはるかにいい。


 *


 数日後、俺たちは長野の山中にいた。

 道路がないから車は置いてきた。途中からずっと徒歩での山登りだ。

 もう夏も近い。膝まで草の生えた斜面を、ただひたすらのぼっていると、頭からダラダラと脂汗がたれてきた。草いきれというのか、湿度もすごい。デカい虫もいる。

 感想をごく簡単に言えば、「クソ最悪」だった。

 だが俺の疲労をよそに、三郎は涼しい顔で先頭を歩いていた。一子も同様。ナインだってスーツ姿なのに、まったく疲れた様子がない。あとなんだか分からないが、足元に青白い雲を浮かべ、すいーっと滑っている着物姿のオカッパ少女もいる。

 おかしいのは俺のほうなのか?

 よくよく考えたら、この中で、ただの凡人は俺だけだ。あとはナンバーズだったり、六原一族だったり、なにかしらの能力を備えている。俺は分不相応に、人外の領域にまで深入りしているというわけだ。

 オカッパ少女が近づいてきた。

「苦しそうですけど、大丈夫ですか? 少し休憩しましょうか?」

 喋ると歯列矯正器が見える。目も左右にトんでいて、やや常人離れした顔立ち。しかし話してみるとこの子が一番まともだ。

「ありがとう。けど、まだ大丈夫」

 彼女は呪禁長じゅごんちょう。ナンバーズ・ツーのアベトモコ。十六歳。狐とかいう一族の代表だ。そして、ワンに次ぐ能力の持ち主。爆発的な力を有していて、それをセーブするのに力の大半を使っているらしい。

 想像を絶するヤバさらしいが、とてもそんな子には見えない。

「そろそろ地蔵堂だ」

 三郎がつぶやいた。

 地蔵ってのは、さえの神としても使われる。つまり人間たちが、なにかを塞ぎ、遠ざけたいときに、そこに設置するものだ。

 こんな山奥に地蔵堂があるってことは、やはり六原一族を隔離する目的で置かれたものだろう。


 地蔵堂などと大仰な名前で呼ばれていたが、実際のところ小さな祠だった。

 朽ちた木の祠の中に、苔むした地蔵が六体。そのうちの何体かは、頭部を粉々に粉砕されている。

「あら……お地蔵さまが……」

 憐れむような一子の言葉に、三郎が笑った。

「俺がやったんだ」

「えっ……」

「こいつらは、なにも守ってない。偉そうに突っ立ってる資格もないだろ。だから、俺がぶっ壊した」

「そう……なの……」

 一子は叱らなかった。

 三郎の言う通り、六原一族は二人を残して滅んだのだ。彼の怒りももっともだろう。その行為が正当であるか否かは別にして。


 里はクレーター状の盆地だった。いま俺たちがいる地蔵堂は、そのクレーターのふちの部分。

 里の中央には一本の大きな水路が通されており、それが土地を東西に分断していた。西側が六原の集落、東側が黒羽の集落だ。土地のほとんどは田畑である。民家が集中しているのはずっと奥の北側。南からの太陽光を受けるための配置だろうか。

 それにしても水車が回っていたり、電信柱が木だったりと、懐古趣味を絵に描いたような農村だ。

 一部の民家の周辺に、妖精の飛び回っているのも見えた。まるで蚊柱のように、巨大な肉塊の上を旋回している。

「あっちは黒羽の集落だな」

 三郎が睨むような目になった。

 妖精花園は死骸を餌にするとかいう話だから、黒羽一族が犠牲になったのだろう。

 トモコもうっすらと目を細めた。

「先客がいるようです」

「誰だい?」

 ナインの問いに、トモコは深い溜め息をついた。

「ナンバーズです。それもたくさん」

 いよいよ凡人の出る幕じゃなくなってきたな。


(続く)

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