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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
2/70

飲むパン

 青白い腕は、いつの間にか消え去っていた。巫女さんも女子学生も終始無言。二人とも目が怖い。

 爽やかな笑顔はナインだけだ。

「用も済んだし、俺たちはこれで失礼するよ」

「あ、はい……」

 可及的速やかにお帰りいただきたい。

 生き物をあんなふうに灰にするんだから、俺を殺すのだって一瞬だろう。あまりに危険すぎる。

 この業界、一見フレンドリーなやつほどヤバい。笑顔のままぶっ放すやつはそこら中にいる。

 ナインは去り際、六原一子にも声をかけた。

「一子くん、拾い食いも程々にしたまえよ。また腹をこわすぞ」

「だいじょうぶ……」

 妖精の腕を齧りながら、一子はうるさそうに応じた。

 いったいなにを根拠に大丈夫と判断したのかは不明だが。

 俺に言わせれば、火も通さずに肉を食うこと事態どうかしてる。腕のいい板前が包丁を入れたならともかく。

 ナインは肩をすくめ、スタスタ行ってしまった。女性二名も無言のまま後続。

 残された俺たちは、もはや、することもなかった。


 *


 施設を出ると、組合のバンが待っていた。

 合法か非合法かを問わず、人を運送するのによく使われる有名なあの車両だ。それが俺たちの移送にも使われる。

 運転手はこちらの人数だけ確認すると、なにも言わずに車を発進させた。往路と復路で人数が違うことはよくある。さいわい今日は変化ナシだ。

 基本的に、死体はその場に置いて帰ることになっている。すべての始末は、業界を仕切っている検非違使けびいし庁とかいう省庁がやる決まりだ。まともな組織なのかどうか怪しいが。

 車中、木下はスマホをいじりつつ、クリップボードにチェックを入れていった。ぜんぶスマホでいいじゃねーかと思わなくもないが。まあ、紙での管理ってのは、結局のところなくならないんだろう。

 木下は頭を抱え、溜め息をつき、ペンを走らせてはまた頭を抱えた。

 その間、会話はない。

 六原一子は幽体離脱したように虚空を見つめているし、この運転手は愛想がないことで有名だった。誰にも声をかけられるような状況じゃない。

 いや、いいんだ。

 俺だって、そんなに話し好きってわけじゃない。黙っていろというのなら、そうする。


 *


 到着したのは「ニューオーダー」という店だ。

 ここは会員制のバーという体裁だが、じつのところ組合の営業所だった。仕事を受けるのも、金を受け取るのもここでする。

 俺はカウンターで受け取った報酬からさっそく千円札を抜き取り、ビールをオーダーした。アイリッシュパブとまではいかないが、そこそこビールが充実している。

 木下や一子とは、店に入ってすぐに別れた。木下は事務仕事が残っているし、一子は酒を飲まないらしいからだ。いや、仮に酒を飲むとして、死体をむさぼるような女とテーブルを囲みたくはない。

 とはいえ、俺がこれから同席する予定の人間も、まともなのかというと疑問符がつくが。

「無事だったか」

 そう声をかけてきたのは六原三郎。一子の弟だ。

 男に「美人」という表現はおかしいかもしれないが、よく見ると姉にそっくりだ。短い髪のよく似合う爽やかなイケメン。これでおたく趣味じゃなかったら、いまごろリア充になっていたことだろう。もちろん俺とも友達になっていなかったはずだ。

 俺は向かいの席に腰をおろした。

「現場で君のお姉さんと一緒になったよ。どんな人間なのか、よく分かった」

「な? 最悪だろ?」

「うむ……」

 彼女の食事の趣味がもう少し上品だったら、ここの男たちも放ってはおかなかったはずだ。しかし、現実はそうはいかなかった。

 俺はさっき見た血なまぐさい光景を頭から追い出し、ナッツを齧った。木の実の滋味とかすかな塩味が仕事で疲れた体に染みた。

 さらにビールを一口やってから、三郎に向き直った。

「あとはナインと、ツーとテンも来たよ」

「えーと、誰だって?」

「ナイン、ツー、テンだよ。仲間なんでしょ?」

 これに三郎は露骨に顔をしかめた。

「やめてくれよ。俺はあいつらの仲間じゃない。もっと言えば、姉貴のことだって、もう姉貴だとは思っちゃいないんだ。この話、何回もしただろ」

「そうは言うけどさ、ナンバーズを敵に回そうなんての、君くらいのもんだぜ」

 するとつまらない話でも聞かされたような顔で、彼は嘲笑気味に応じた。

「だったらなんだってんだ? 戦えば俺のほうが勝つんだから、問題ないだろ」

「頼むから俺のことは巻き込まないでくれよ……」

 三郎はなぜか姉とナンバーズを異様に敵視している。理由は知らない。追求したこともない。気にはなるが、家庭の事情に踏み込むのは俺の趣味じゃない。

 ふと、三郎がぎょっとした表情を見せた。

 なにかあるのかと振り向き、俺もぎょっとなった。

 調理前のフライドチキン――すなわち生肉を手にした六原一子が、そいつを齧りながら席についたからだ。

「お姉ちゃんの話……してるの……?」

 白いワンピースに返り血を浴びたままの異常な格好だ。この女、血をケチャップかなにかと勘違いしてそうだな。

 三郎も顔をしかめた。

「外で話しかけてくんなっつったろ」

「お姉ちゃんのこと……話してた……」

「ああ、言ってたよ。気味の悪いバケモノだってな」

「ふふ……ふふふ……」

 白くて細長い指が、三郎の顔面をアイアンクローにとらえた。もう片方の手でチキンをむさぼりながら。

「いででっ」

「反抗期……なの……?」

「離せバカっ! なにが反抗期だ! 保護者気取りはやめろっつってんだろブス! こっちはもう成人してんだよ! つーか爪切れ、爪っ!」

「爪……」

 アイアンクローを離し、一子はまじまじと爪を見つめた。そんなに伸びているわけでもないが、切ってもいい長さだ。が、彼女はすぐに飽きて、生肉を齧りだした。

 まさしく暴食の権化だ。

 食うのはいいが、せめて火は通して欲しいな。なぜあえて調理前のやつをもらってくるんだ。

 ともあれ、不毛な姉弟ケンカが再発する前に、俺はすかさず口を挟んだ。

「六原さん、えーと、お姉さんのほうの六原さん」

「一子でいいです……」

「一子さん、さっきのアレはなんなんです? 妖精花園ようせいガーデンでしたっけ? 動物?」

「知らない……」

「えっ? 知らないってどういうこと? ナインさんたちは、アレを危険視してたからわざわざ来たわけですよね?」

「たぶん……」

「……」

 う、うん?

 三郎はともかくとして、一子はナンバーズのメンバーだ。知らないということはないだろう。というより、露骨に興味がないという態度だ。この話を続けようと思ったら、切り口を変えるしかない。

「にしてもビックリしましたよ。あんな処分の仕方。人間業じゃないですよね。ナンバーズの皆さんは、どこであんな能力を?」

「知らない……」

「生まれつきってこと?」

「たぶん……」

 この会話、成立してるのかな。

 六原姉弟は、現場では銃も使わず、真空波で敵を切り殺す。これはあきらかに人間の能力を逸脱している。

 すると三郎がビールを飲み干し、顔をしかめた。

「山野さん、前も言っただろ。俺たちは普通の人間だ。ただ、人よりちょっと特殊な能力を持ってるだけで」

「すまん、そうだったな」

「勘弁してくれよ。俺たちの一族が隔離されてたのも、そういう安易な差別意識のせいなんだからさ。まあ俺たちの先祖は、どうも死体をあさって暮らしてたらしいから、嫌がられるのも分からなくはないんだけど」

「マジですまん。意識低い系として出直してくる」

「いや、分かってくれればいいんだけどさ」

 しかし三郎の言う通りだ。

 なにかが違う、というだけの違和感で、彼らに人間ではないという疑いをかけてしまったのだ。これは礼を失しているにも程がある。

 三郎はナッツをわしづかみにし、バリバリと食った。

「けどまあ、ナンバーズが人間じゃない可能性はあると思うぜ。特にナインだ。あいつは間違いなく人間じゃない」

「あの灰のね……。今日も見たよ」

「けど、それだけじゃないんだぜ。あいつ、自分の体も灰にできるんだ」

「自分の体を……?」

 そんなわけないだろ、と、言いたい。仮に事実だとすれば――そいつはもはや人間ではないし、そもそも俺たちの知る動物の範囲からも逸脱している。しかしこの業界にいると、そんなこともあるような気がしてくる。

 人外といえば、もう一つ気になることがあった。

「そういや今日の処分対象、妖精ってやつだったんだ。見た目は人間なんだけど……なんていうんだろうな、ちょっと違うらしいんだ。六原くん、なにか知ってる?」

「ちょっと前から話題になってたな」

「なってた? 知らないんだけど」

「捕獲の仕事、よく来てるだろ。あ、でも山野さんは見てないかもな。ハバキの仕事だから」

 ハバキというのは、この業界によく仕事を出してるヤクザだ。俺はハバキの仕事は受けないから、完全にノーマークだった。

 さて、ここで一つ、新たな疑問が湧きあがった。

「捕獲? 妖精を捕まえるの? 殺処分じゃなくて? つーか、なんでヤクザが妖精なんて」

「さあな」

 妖精とかいう意味不明な生き物の捕獲を、ヤクザが、この非合法な組合に依頼してくるなんて。ヤバさのロイヤルストレートフラッシュだ。考えるまでもなく、よからぬ理由があるに決まっている。

「ちっとビール買ってくる」

 空いたグラスを持ち、三郎が席を立った。

 すると当然ではあるが、この席には俺と一子だけとなった。

 会話なんてない。

 というかこの人、なにしに来たんだろうな。

 タイミングの悪いことに、ガラの悪そうな同業者がニヤニヤしながらそばを通り過ぎた。キラーズ・オーケストラというチンピラ集団のメンバーだ。やがて連中が溜まり場に到着すると、どっと笑いが起きた。きっと俺たちを笑いのネタにでもしたのだろう。

 こういう粗暴さを競い合うような職場では、性格の悪いやつがふんぞり返る。まだ人間になりきれていない生き物の集まる「学校」とかいう場所に近い。オラついているほうが偉いのだ。俺のような良識派は、光栄なことに、このゴミカスヒエラルキーでは最下層に属してしまう。

 まあランカーの六原三郎はともかく、俺はペーペーの三流だからな。ナメられるのもムリはない。

 すると一子が、ギョロリとした眼球でこちらを見た。

「山野さん……妖精……気になるの……?」

「ああいうの見るの初めてだったんで。一子さんは?」

「うん……でも味は……人間と同じ……よ?」

「そ、そう……」

 それはいらねー情報だよ。

 まあこの女にしてみれば、味が同じなら人間も妖精も平等に扱うってことなんだろう。博愛の精神を感じるよ。

 六原三郎、早く戻ってきてくれ。このままでは心が死ぬ。なんなら俺もビールを飲み干して、新しいのを買いに行きたい。


 しばらく無言でナッツを食っていると、ようやく三郎が戻ってきた。

「ずいぶん遅かったな」

 俺の苦情に、三郎は肩をすくめた。

「ハバキの依頼書を見てたんだ。例の、妖精の捕獲の」

「なにか分かった?」

「捕まえれば一体あたり三十万だってよ。ただし、死体じゃダメだ。あくまで生け捕り」

「生け捕り? ヤクザが生きたままの妖精を捕まえて、なにするの?」

「俺が知るかよ」

 仰せの通り。

 腰をおろした三郎は、すでに半分減っているビールを一口やった。かと思うと、ふと、視線を遠くへ飛ばした。

「ま、それはいいんだけどさ」

「ん?」

「ここの職員に木下さんって子いるじゃん? あの子、どう思う?」

「木下さん? まあ、あんまり現場に慣れてない感じするけど……」

「かわいいよな」

「はっ?」

 顔は、まあ、かわいいと言われればかわいいかもしれない。しかし少々、顔立ちが地味な気もする。ていうか薄いんだよな。化粧で化けるかもしれないけど。

 三郎は目をつむり、感慨深げにつぶやいた。

「おさげでメガネにしたら最高だぜきっと」

「それ、本人に言わないほうがいいぞ」

「そうか?」

 こいつ、顔はいいのに、センスがすこぶる怪しい。

 すると食い終えたチキンの骨で遊んでいた一子が、がばりと顔をあげた。

「サブちゃん……まさかメスに発情……してる……?」

「まだいたのかよ、ブス。黙ってろ。ビールがマズくなんだろ」

「ふふ……強がっちゃって……かわいい……ふふふ……」

「……」

 さすがの三郎も閉口だ。

 もちろん俺も閉口だ。

 ケンカはよそでやって欲しい。というか、お姉さんにはもうお帰りいただきたい。すごく絡みづらいので……。

 かと思うと、一子は突然鬼のような形相になった。

「ぐっ……おなかが……痛む……」

「……」

「誰かの……呪いでは……」

「……」

 火も通さないで生肉ばかり食うからだ。

 だがこの女、転んでもただでは起きない。三郎のビールを奪い取り、ごくごくと飲み干した。

「あ、なにやってんだ! 俺のビール!」

「アルコール……消毒……」

「は? ふざけんなブス! ぶっ殺すぞ? つーか死ね! 食中毒で死ね!」

「そして吐きそう……」

「トイレ行けブス! 二度と戻ってくんな!」

 一子は凄まじい顔つきで、冷や汗を流しながらよたよた席を立った。

 返り血を浴びたままだから、殺人鬼が徘徊しているようにしか見えない。

 ここにいる組合員は人殺しみたいな連中ばかりではあるが、さすがにここまで異様ではない。

「お姉さん、一人で大丈夫なの?」

「気にするな。あの程度で死ぬようなヤツじゃない。むしろ死んで欲しいくらいだ。つーかビールとってくる」

「お、おう……」

 しかし妖精か……。このよく分からない存在に、ハバキもナンバーズも絡んでるとはな。

 どう考えても危ない。

 今後は近寄らないようにしないと。


(続く)

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