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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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17/70

人生のターニングポイント

 廊下を突っ切って塀の内側へ出ると、そこには街が広がっていた。活気のある街じゃない。廃墟だ。道路には瓦礫が散乱しているし、窓ガラスも割れ放題。戦争でも起きたかのような荒廃ぶりだ。

 ざっと見渡した限りでは、妖精の姿もない。

 ただし出入口を守る警備員は、腰から拳銃をさげていた。ここが物騒な場所であることは間違いなさそうだ。

 南の島で妖精探しなんていうから、もっと気楽なものを想像していたが、気持ちを切り替えたほうがよさそうだ。

「こっちです」

 アロハシャツに案内されたのは、塀の内側に入ってすぐ、三階建てのビルだった。

 もともとホテルだったのだろう。一階にはロビーが広がっており、受付もあった。この施設は窓も割れていないし、清掃も行き届いている。

 受付カウンターにいた老婆は、ぶちゃむくれた猫のような顔をしていた。

「婆さん、例の山野さんグループ」

「あいよ」

「じゃあ俺はこれで。なんかあったらさっきの事務所にいますんで」

 事務所ってのは、塀の中のことか。正確な位置を確認したかったが、アロハシャツはすぐに行ってしまった。

 老婆はカウンターにキーを置いた。

「これが鍵。部屋は二階だよ」


 *


 廊下などは、内装の剥がれている場所もあるにはあったが、古びているわりには綺麗に使われている様子だった。おそらく業者も入ってこないだろうから、自分たちで修繕しているのだろう。

 部屋もよく清掃されていた。

 俺は上着を脱ぎ捨て、荷物からメモ帳だけを取って廊下に出た。女性陣が出てくるのを待ち、今後の予定を話し合うつもりだ。

 それにしても、女性二人を同じ部屋にしてしまったが大丈夫だろうか。ペギーはともかく、一子は好き嫌いが激しそうだからな。

「ちょっと上見てくる」

「上?」

 三郎の唐突な提案に、俺は首をかしげた。

「見通しがよさそうだろ。この辺りの地形を把握しておきたい」

「ああ、なるほどね。分かった。行ってらっしゃい」

 高いところに登りたいだけかと思って、一瞬焦ったけど。さすがにプロだな。

 しばらくすると、部屋から一子とペギーが出てきた。一子は涼しげな白のワンピースだったが、ペギーはタンクトップとショートパンツのみ。動きやすくていいんだろうけど、あまりに薄着だ。

「おまたせ。六原さんは?」

「上見てくるって」

「そう」

 普通にしている。

 ごく自然だ。

 しかしこの露出の多さは……気にするなと言われて気にしない男はいないだろう。すらりと伸びた長い手足、そしてチラチラと見えそうになるヘソ。俺はいい。俺はいいんだが、他の男たちがどういう反応をするやら。いや余計なお世話なんだろうけども。

 一子が奥歯をギリギリ言わせた。

「この女……きっと痴女だわ……サブちゃんを狙ってる……」

 狙ってないから安心しろ。

 ペギーは気にしたふうもない。

「水着も持ってきたんだけど、泳げる場所はあるのかな」

「そろそろ一子さんが憤死するぞ」

「なんで? 南の島なんだから、泳ぐと思うじゃない」

「ビジネスで来てるんだぜ」

「休み時間くらいないの? ブラック企業みたい」

「……」

 どこでおぼえたんだ、そんな言葉。

 だがまあ、たしかに休み時間ならいくらでもある。一週間も滞在するんだ。妖精一匹で採算がとれる。気楽にやってもいい。

 やがて三郎が戻ってきた。表情が厳しい。

「奥のほうにかなりいるぜ。けどアレは……」

「アレは?」

 俺の復唱に、しかし三郎はぎょっとした表情のまま黙り込んでしまった。

 ペギーの格好に目が止まったようだ。

「なんだこいつ、痴女だったのか」

「近寄っちゃダメよ……サブちゃん……変態さんだわ……」

「姉貴の言うとおりだぜ……」

 こういうときだけ意見が一致するのか。まあ気持ちは分かるけど。

 あまりの批判に、ペギーも少々傷ついたらしい。さっきまで晴れやかな顔つきだったのに、急に自信なさそうになってしまった。

「この服、そんなに変?」

「ああ、全裸みたいなもんだぞ」

「そんなに出てない」

「おい姉貴、服貸してやれよ」

 すると一子、「ヤダ」の二文字でこれを拒否。

 子供かよ。

 俺は思わず深い溜め息をついた。

「その辺にしときなよ。べつに変な格好じゃない。それより、ロビー行こうぜ。今後の予定を立てなきゃ」


 *


 丸テーブルを囲み、俺たちは打ち合わせを始めた。

「まず六原くん、上から見えた状況について教えて」

 俺はリーダーではなかったが、進行役をつとめることにした。ほかのヤツに任せると、天才が才能だけで動くハメになるからな。凡人の俺は死ぬ。

「見ての通り、向こうまでずっと廃墟だ。妖精はそこら中にいるが、基本的に奥に溜まってる。しかもただ溜まってる感じじゃない。なにかを中心にぐるぐる飛び回ってる感じだった」

「そのなにかってのは?」

「死角になってて見えなかった」

「じゃあそっちには近寄らないとして。なるべく手前でふらふらしてる妖精を見つけて、なんとか捕獲……って感じかな」

 すると六原は腕組みした。

「道が碁盤の目になってるから、たぶん迷いやすい。常に方角だけは把握しておいたほうがいいぞ。ま、太陽の出てる方向見れば、すぐ分かるか」

「……」

 いや、俺は分からんぞ。

 俺たちは北から上陸して、まっすぐ塀に入ったから、ここは塀の最北端だろう。帰るときも北を目指せばいいことになる。太陽は東からのぼって西に沈むわけだから……。いや、これで分かるのか?

 老婆が盆に茶を載せて持ってきた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「あのね、さっきは言い忘れたけどね。捕獲用品が必要なときは、カウンターで言ってね。お兄さんたち、銃は何ミリ使ってるの?」

「九ミリのNATO弾です」

「それなら、そのまま使える麻酔弾あるからね。必要なら言ってね。半ダースで三万円ね」

「三万……」

 クソ高ぇ!

 半ダースってことは六発だ。それで三万。一発あたり五千円ということになる。

 ヤー公ども、ぼったくってやがるな……。殺すだけなら百発で一万が相場だ。普通にぶっ殺すほうが安いって、どうなってんだよ。人権問題だよ。

 まあ、ある程度分かってはいたけど……。

「あのね、専用の麻酔弾なんだから、高いに決まってるでしょ。台車は一日千円で貸し出してるよ。紛失したら一万円ね」

 じつにどんぶり勘定だな。まあいい。

「あとでお願いします」

「じゃあそのときになったら言ってね」

 わざわざお茶を出してくれたんだ、悪い人ではなかろう。金額設定にしたって、老婆がやっているわけではないだろうし。しかし弾丸のサイズを把握している老婆ってのもな……。

 ペギーが慎重に茶をすすった。

「じゃあ、私と山野さんが麻酔弾を撃つとして……」

 彼女の不審の目は、六原姉弟へ向けられた。

 こいつらは素手でも戦える。その代わり、相手は死ぬ。捕獲どころではない。

 三郎はしかし余裕の笑みだった。

「なにか問題か? まあ見てろ。俺のありあまる運動性能で、妖精どもを撹乱してやるからよ。こっちもプロだ。殺すなっていうなら殺さない。当然だろう。そんなことしたら、三十万がオシャカだ」

 オシャカっていうかホトケだな。

 三郎は確かにプロだ。その仕事ぶりは信頼できる。

 問題は、姉のほうだ。この打ち合わせ中も、虚空を見つめてぼうっとしている。まるで人の話を聞いていない。

「一子さん? お姉さん? 聞いてます?」

「聞いてない……」

「分かってると思いますけど、殺しちゃダメですからね? 六原くんと一緒に、妖精の撹乱お願いしますよ? ね? いいですね?」

「……」

 しまいにゃ返事もしてくれなくなった。

 この人、いますぐ家に帰ってくれないかな。

 まあいい。

 俺の銃の腕は信用ならないが、ペギーなら当ててくれるだろう。それで三十万。三匹くらい捕まえれば、満足できる結果になるだろう。

 間違って殺してしまっても、一子のメシになるだろうし。

 俺も茶をすすった。田舎の婆さんが淹れるような、熱くて苦い茶だ。嫌いじゃない。

「ま、旅の疲れもあるだろうし、今日ぐらいはゆっくりしましょう。明日は朝からやって、日が暮れる前に撤収という感じで」

 これにペギーがいたずらっぽい笑みで応じた。

「海にはいつ行くの?」

「もう諦めなよ」

「ダメなの? せっかくかわいい水着買ったのに」

「……」

 ふざけんな。そんなの俺だって存分に拝みたいですよ。だけど、この辺の海岸が整備されているとはとても思えないし、安全の保証もできない。エイとかサメとかいそうだし。

 すると一子が顔をしかめた。

「サブちゃん……あれが痴女の手口……よ……」

「世も末だな」

「都会の女はみんなこう……気をつけなさいね……」

「ああ、姉貴の言った通りだぜ」

 二人ともセットで故郷に帰ってくれ。

 すると一子が、ぬるりと立ち上がった。

「じゃあ……お姉ちゃん……ご飯取ってくるね……おなか……すいちゃった……」

「……」

 行くのか。

 もう自由時間になるから、なにしてもらっても構わないけど……。

 テーブルのメニュー表によれば、保存用の肉も売っている。が、金がないんじゃ仕方がない。というかこの人、そもそも一円も使わずに生活するつもりだったのか。

 三郎も立ち上がった。

「安心しろ。俺が一緒に行く」

 この「安心しろ」というのは、姉ではなく俺たちへ向けられた言葉だ。一子が死ぬことはないだろう。しかし一子がほかの誰かに迷惑をかける可能性はある。三郎はいま、それを阻止するという重大な使命を帯びている。

 そもそも姉は三郎を追ってきたわけだし、少しは責任を感じているということか。

「サブちゃんと……デート……」

「勘違いするな。ただの監視だ。放っておくとみんなに迷惑がかかるからな」

「ぎひ……ひひひ……」

 じつに気味の悪い笑いが出た。

 本当に弟のことが好きだな、この姉は。俺にも妹はいるけど、こんなに仲良くはない。というかここ数年、会ってさえいない。生きてるとは思うけど。


 *


 六原姉弟がいなくなってからも、俺とペギーはロビーに残った。

 いや、部屋に戻ってもいい。しかしなんだか帰りたくなかった。彼女とはこの仕事が最後なんだ。できるだけ一緒にいたかった。

 たぶん恋愛感情じゃない。それよりも、仲間意識のほうが強い。

 この業界、利害関係が命に直結するから、みんな警戒心が強い。その警戒心を乗り越えて仲間になれるのは、本当にごくわずかだ。だから、葉山みたいな姑息な手口でチームを作るヤツもいる。

 俺は三郎と一緒にやるまで、ずっと一人だった。一人のときは常に背後がガラ空きだし、困ったときに相談する相手さえない。こういう精神的な消耗は、自覚できないだけに怖い。いつの間にかすり減っている。仲間というのは、そういった問題をクリアしてくれる貴重な存在だ。なんなら才能なんてなくてもいい。信用さえできれば。

 ペギーはぐっと伸びをしたついでに、目だけをこちらへ向けた。

「山野さん。海、嫌い?」

「えっ?」

 なんでそういう話になるんだ。

 彼女の表情からはなにも読み取れない。

「嫌いじゃないよ。好きでもないけど。けどここは、泳げる環境になってなさそうだから……」

「昨日も言ったけど、機構は土地を持ってないんだ。ずっと船で暮らしてる。古い時代に追い出されて、そのときからずっとね。だから私は、生まれたときから海の上だった」

「泳ぎたいの?」

「そういう話じゃない。もし山野さんが機構に来るなら、海に慣れてもらおうと思って」

「……」

 うーむ、その話か。

 船の上で一生を終えるのはゴメンだな。いや、そもそも機構とは手を組まないわけだけど。

 俺は意を決し、こう告げた。

「機構に戻るの、先に伸ばせない? もうしばらく俺らと一緒に……」

「それはムリ」

 即答だ。

 せめてもう少し、考え込むフリくらいはしてくれてもいいだろう。

 じゃあ俺も言わせてもらおう。

「悪いけど、俺も機構には行けないよ」

「それ、いま言う必要ある?」

「気づかないフリをしているのもイヤだから、ハッキリさせておくぞ。もし今後、俺たちが別々の道を歩んだ場合、現場で敵に回る可能性がある。そのときのことを考えれば、いま俺たちはあまり親しくすべきじゃないと思う」

「だから?」

 まあ、そう言われてしまえばそれまでなのだが……。

 それでも俺は、どうしようもなく悔しかった。本来、誰がどうしようと自由だけど。ある日を境に、もう仲間じゃありませんなんて。そんなに簡単に割り切れるものなのか。

「君はそういうの、平気なのか。こうして会話した相手を、躊躇なく殺れるのか」

 すると彼女は不快そうに眉をひそめ、小さく呼吸をした。

「平気なわけない」

「じゃあ……」

「はじめは平気だと思ってたの。こうなる前は。山野さんのことも、六原さんのことも、ナンバーズへの足がかりとしか思ってなかったはずなの。私だって困ってるの。あんまり責めないで」

「……」

「もうこの話はしないで。最初からこうなる予定だったんだから。思い出だけ作らせて。もし敵として会うことがあっても、知らない人だと思ってくれていいから……」

 口調は感情的ではなかったが、彼女の内側で、気持ちが大きく動いているのが分かった。目が震えていた。

「ごめん、配慮が足りなかった」

「謝らないで」

「部屋に戻るよ」


 *


 相場より高い缶ビールを買い、俺は部屋へ戻った。

 今日は仕事がないんだ。昼間から飲んだって、誰からも文句を言われる筋合いはない。

 ここにはテレビがない。海も見えない。窓から見えるのは廃墟と塀だけ。世界の終わりを、一人で迎えているような気分だった。

 ビールはよく冷えていた。ドライのビールは、正直あんまり好きじゃないけれど。いまは酔えればなんでもよかった。

 溜め息しか出ない。

 ときどき忘れそうになるが、ペギーはまだ十九の少女だ。機構から飛び出し、期限付きで自由を得た。一連の行動は、あまり計画的なものではなかったのだろう。

 この業界に十代の少女がそうそういるわけもないから、一緒にやるのも俺たちのような男ということになる。その中から、ナンバーズに近かった俺と三郎が選ばれた。キッカケはそれだけ。

 彼女がナンバーズについてどれだけ知ることができたのか、それは分からない。いやむしろ、理解不能ということが、よく分かったのではないかと思う。俺もそういう感想だ。

 ザ・ワンとやらが目を覚ます。

 そこに妖精文書、三角プシケ、四つの力が揃えば、神が復活するという。

 妖精文書と三角の所在はすでに分かっている。四つの力についても、前に黒羽麗子から聞かされた。

 駒は出揃っている。

 神とやらが復活したら、この業界だけでなく、日本全土――いや世界中が混乱に巻き込まれることになるだろう。

 機構はずっと「そのとき」に備えていた。土地も持たず、船の上で。

 ペギーもその船で生まれた。神を復活させようという組織の、一員だ。

 検非違使は、これを阻止しようとしている。だからもし検非違使と手を組めば、自動的に機構と対立することになる。

 ナンバーズは一枚岩ではない。分裂しようとしている。妖精文書を巡って機構と戦闘までした。のみならず、ザ・ワンという次の火種まで抱えている。

 組織間の覇権争いなんて、俺には正直どうでもいい。しかし仲間の動向については、そうではない。

 三郎はナンバーズではないが、姉がナンバーズだ。口ではいろいろ言っているが、姉とは戦いたくないだろう。俺だってそれは望まない。

 ナンバーズとも対立せず、機構とも対立しない方法……。そんな都合のいいプランが、はたしてあるのだろうか。

 せめてもう少し、俺がクレバーだったなら。あるいは超人的な能力を持っていたなら……。

 ぐだぐだ生きて、ただ流れに身を任せ、ここまで来てしまった。あきらめのよさだけが俺の取り柄だったし、生き延びて金が稼げればなんでもよかった。しかしこのままでは、確実に大切なものを失うことになる。

 おそらくここが人生のターニングポイントだ。流れに身を任せていてはいけない。俺が流れを作らなくては。のらりくらりと生きているだけの人生は、おしまいにしなければ。

 気持ちを切り替え、生まれ変わるんだ。

 ま、とりあえずこのビールを飲み終えてからは、だけど。いや、もう一本買ってこようかな。神さまだって、ビールが一本増えたところで文句を言ったりはしないだろうし。


(続く)

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