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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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16/70

黒い話

 デカい船だからなのか、船酔いはしなかった。

 しかしペギーの話を聞いてからというもの、俺は自分でも分かるほど露骨に消沈していた。彼女がラウンジを去ったのちも、ベンチから動けなかった。

 たまたま何回か一緒に仕事をしただけで、俺たちは特に固定のチームってわけじゃない。本来、彼女がどこでなにをしようが自由なのだ。頭では分かっている。

 ずっと仲良しでいたいとか、そういう牧歌的な話でもない。しかしこのまま行けば、俺たちは現場で敵として出会う可能性がある。もしそうなれば、どちらかが死ぬことになるのだ。それはさすがにキツい。

「ふぅー……ふぅー……」

 息を切らせながら一子が戻ってきた。

 後ろには、やはり肩で呼吸をする三郎。

 スタミナだけはバカみたいにある三郎が、こんなに疲れ切っているのは珍しい。どれだけ走り回ったのやら。

「サブちゃん……ジュース飲みたい……」

「だったら船からおりろ。好きなだけ飲めるぞ、タダでな」

「サイダーがいい……」

「百倍にして返せよ」

 文句を言いつつも、三郎は自動販売機でジュースを買ってやった。それを姉に押し付け、本人はこちらへ来た。

「いやー、大変だったぜ。久々の全力疾走だ。姉貴、足速かったんだな。いや足っていうか、腕っていうか」

 また獣みたいに四つん這いで走ったのか。本当に俺たちと同じホモ・サピエンスなんだろうな。

「獲物はとれたの?」

「いや。ネズミを追いかけて厨房まで行ったから、力づくで連れ帰った」

「ネズミ?」

「食うんだよ……。ネズミ、ヘビ、カラス、それに虫。むかしからそうだ。ガキのころなんて、餌を巡って近所の猫と縄張り争いしてたんだぞ。人間のやることじゃないだろ」

「それは想像以上だな」

「ただ、うちの一族は……そういうのに寛容でな。久々にホンモノが出たって言って、けっこう姉貴のことチヤホヤしてたんだ。そしたらこのザマだよ」

「ホンモノ?」

 この問いに、三郎は表情を苦くした。

「前も言ったろ。俺らはもともと墓をあさってた一族だって。ただ、もうそういう風習はなくなっててさ。完全にすたれてたらしいんだ。なのに、なぜか姉貴にはその素質があって……。故郷があんなことにならなければ、一族の巫女にでもなってたんだろうな」

 内容はアレだが、彼女は一族のアイデンティティーを体現する才媛だったってわけか。

 俺は少し内容をそらした。

「そのー……故郷ってのは、どこなの?」

「長野だ」

「え、長野? そんなに遠くないじゃん」

「物理的な距離はな」

 そして精神的な距離は、果てしなく遠い。

 この話題は、どこからどういう切り込んでも地雷のようだな。

 一子が立ち上がった。

「サブちゃん……生肉……」

「は?」

「生肉……食べたい……」

「姉貴、頼むから周りの人にだけは迷惑をかけるな。かけるとしても、最低限、俺だけにしろ。いや俺にもダメだけど」

「うん……」

「分かったらおとなしくしててくれ」

「うん……」

 少しキツく言われて、一子はしゅんとベンチに腰をおろしてしまった。

 こうしておとなしく座っていれば、じつに儚げな美人に見える。長いまつげ、その奥にひそむ超越的な瞳、すっと通った鼻筋、雪のように白い肌、艶のある長い黒髪。ぱっと見、ごく控えめな、深窓の令嬢に見えなくもない。いやセンスが古いか。しかし俺の感想がどうあれ、この女は正真正銘の獣だ。動物園で管理してもらったほうがいいレベルの。

 すると三郎が、飲み終えた缶を握りつぶした。

「山野さん、なんか元気ないな。まさか船酔いか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが」

「じゃあアレだ、自販機にビールがないからショゲてんだろ」

「アタリ」

 気を利かせてくれたのか天然なのかは分からない。しかし三郎のこういうところは、本当に助かる。

 姉が突き出した缶も回収し、三郎はゴミ箱へそれを突っ込んだ。

「ま、ちょっとした旅行みたいなもんだし。気楽にやろうぜ」

「そうだな」

「管理してんのも妖精学会だろ。いつもの調子でやれば問題ないよ」

「まあね……」

 俺は生返事をしつつ、しかしふと、不審な点に気づいた。

 いや気づくもなにも、最初から自明だった。おそらくそういうことなのだ。

「あのさ、六原くん。この仕事の依頼主ってハバキだよね」

「またその話か」

「いやそうじゃないんだ。ハバキの仕事なのに、その現場を管理してるのは妖精学会なんでしょ? もしかしてこいつら、グルってことなんじゃないか?」

「まあ、そうかもな」

 う、軽い返事が来た。

「え、なに? 知ってたの?」

「知らなかったけど。ハバキも学会も、どっちも似たようなもんだろ。驚くようなことじゃない」

「いや、そんなお気楽な話じゃ……」

 ハバキと学会は、妖精を売買するほどの間柄だ。おそらくビジネスパートナーというには深すぎる仲なんだろう。ヤバいヤツとヤバいヤツがセットになったとき、だいたいヤバいことが起こる。ただでさえヤバいのに。

 すると一子が、ややうんざりしたように目を細め、こうつぶやいた。

「なにを……知りたいの……?」

「要するに、これから行く島が危ないんじゃないかってことですよ。そもそも、どういう由来の島なんです? なんで妖精がいるんです?」

 本来、俺たちは事情なんて知らなくていい。言われた作業をするだけなんだから。

 それでも、いちど気になってしまうと、疑問はいつまでも脳裏にこびりついた。むかしからの悪癖だ。疑問が解消するまで、このもやもやはおさまらない。

 一子が小さく片眉をつりあげた。

「詮索好きは……死ぬ……」

「じゃあいまのナシで」

「けど……心配する必要はないわ……あの島は……いまは抜け殻……危険はない……」

「一子さん、なにか知ってたりします?」

「……」

 おいおい、いきなり無視か。

 まあ彼女の言う通り、詮索好きが死ぬのはコモンセンスだ。いやマナーと言い換えてもいい。知る必要のない情報は、知らないほうがいい。

 とはいえ俺も、すでに片足を突っ込んでいる。乗りかかった船だ。いや乗りかかるどころか、完全に乗っている船だ。他人事じゃない。

「旅費の五万、立て替えましたよね。おかげでふところが寒くなって凍死しそうなんですよ。少しくらい教えてくれてもいいんじゃないでしょうか」

「くっ……お金で人を……叩くようなこと……」

「この際なんで、汚い手でも使います。いったいどんな島なんです? なにか知ってるんでしょう?」

 学会の管理する島があって、そこに妖精がうろついている。これはどう考えても楽観できない。檻の壊れた動物園と一緒だ。

 一子は観念したらしく、じつに恨めしそうな表情を見せた。

「はじめはなにもない島だった……それを学会が買い取って……実験を始めたの……そのうちに妖精があふれて……撤収した……」

 以前俺が受けた仕事も、そんな感じだった。学会の研究所に妖精が溢れて、手に負えなくなっていた。

 思えば六原一子も一緒だったな。ナインと巫女さんと女子高生も来た。

「あの学会、いつもそうなんですか?」

「いつも……じゃないけど……妖精花園ようせいガーデンが暴走すると……こうなる……」

 確か妖精花園というのは、あのデカいブタのことだったな。ブタというかクジラというか。ナインは「妖精たちの子宮」と言っていたっけ。

 一子は小さく息を吐いた。

「妖精はね……絶滅したと思われてたの……けど……三角さんが出てきて……妖精花園が出てきて……」

「えっ、出てきた?」

「これ以上は……先生に聞いて……」

「先生? 黒羽先生ですか?」

 この念押しに、一子はこくりとうなずいた。

「学会は……ハバキと……黒羽グループの……共同出資で……先生も研究に……協力してたから……」

「マジかよ……」

 どういうことだ。

 黒羽麗子といえば、ナンバーズのサーティーンであり、なおかつ検非違使にまで在籍している女だ。そいつがハバキと一緒にやってる学会で、妖精の研究をしていたとなると……。

 裏で暗躍しているのがどこのどいつなのか、調べるまでもなくなった。彼女に二千万の殺害依頼が出るのも納得だ。

 一子は後ろめたそうに顔をそむけた。

「分かったでしょう……? この島には……三角さんも……妖精花園も……もう存在しない……だから安全……。これ以上は……なにも言えない……」

 十分だ。

 かつて学会がこの島で研究をしていた。その結果、三角と妖精花園が「出てきた」。しかしその二つともいまは存在しない。だから安全。ということだ。

 それ以上の情報は、俺たちには必要ない。


 *


 翌朝、特に問題もなく島へついた。

 かなり南へ来たのだろう。あたたかいというより、暑かった。湿度はそれほどでもないのだが、体の準備ができていないまま一足飛びに夏を迎えた気分だった。服が邪魔に感じる。

 港で出迎えたのは、アロハシャツにサングラスというスタイルのチンピラだった。まだ若い。

「どもー、お疲れさまでぇーす。山野さん御一行、三名さま……あん? なんか一人多くないスか?」

「見ての通り増えました」

 俺は思わず逆ギレ気味に返した。

 仕方がない。増えてしまったんだから。文句があるなら自分で交渉していただきたい。そしてきちんと追い返していただきたい。そうしてくれると、俺も助かる。

 チンピラもさすがに眉をひそめた。

「ふ、増えた? まあ借りてる部屋に泊まるのは別にいいッスけど……」

「なにか問題が?」

「いやー、メシがですね。人数確認して仕入れしてるんで……。まあ、対応できなくもないッスけど。金とってメシ出してる以上、一人あたりの分量って決まってるんですよね……。ここって孤島でしょ? 廃棄が出ないよう、キッチリ計算してやってるんで。栄養のバランスとかもあるし」

 見た目のチャラさに反し、ごくまっとうなことを言っている。確かにこの孤島で廃棄なんて出したらもったいない。物資は有限なのだ。

 一子はしかし不気味な笑みを浮かべていた。

「食べ物はいらない……わ……自分でとるから……」

 刃物のような歯を見せ、不気味な笑み。

 勘弁してくれ。妖精はあくまで「捕獲」なのだ。食べてはいけない。

 この女がどういうたぐいの人間なのか、アロハシャツも理解したらしい。

「あー、はいはい、そういうんでしたら、まあ、いいんですけど……。いや、もしアレでしたら缶詰なんかは売店に置いてあるんで、それ食べてもらえばいいかなーとも思ったんですけど。あ、別料金っすよ」

 まあ、保存食をおいてないわけがないよな。安いはずもないけど。輸送費を考えれば当然だ。

「あ、こっちです。お足元気をつけて」


 *


 チンピラの先導でしばらく進むと、事務所らしきコンクリの建物に出くわした。高さは二階建て。しかし横幅がけっこうデカい。というより、いったいどこからどこまで続いているのか分からないほどの壁だ。前にテレビで観た刑務所の塀を思い出す。

 これで妖精を囲い込んでるつもりか? しかしこの程度の高さでは、簡単に飛び越えられてしまうのでは?

 中に入ると、病院を思わせるリノリウムの廊下が続いていた。奥の休憩所では談笑する声。わりと気楽な空間なのかもしれない。

 などと気を抜いていた俺は、休憩所でそいつらに出くわした。

 キラーズ・オーケストラだ。

 リーダーの葉山はいない。下っ端が五名。きっと二軍の研修だろう。連中は俺を見るや、ぴたりと談笑をやめ、舌打ちまでカマしてきた。俺たちがここに来るとは思っていなかったんだろう。

「おい見ろ、また女連れだぞ」

「いい御身分だよなァ」

「裏切り者のくせによ」

 小声とはいえ、好き放題言ってくれる。

 裏切り者というのは誤解だ。確かに葉山に助けてもらったことはあるが、アレはそういう策略なのだ。ハバキと揉め事を起こさせておいて、颯爽と葉山がフォローに入る。そういう方法で業界内の影響力を保とうとしている。あえて言わないけど。葉山も分かってるから、俺には直接言ってこない。怒ってるのは下っ端だけだ。

 だが俺が言われているうちはまだよかった。

 問題は次の一言だ。

「ほっとけよ、どうせヤリに来ただけだろ」

「ヤリまくりだろうな。俺らも混ぜてくんねーかな」

 そして品のない大爆笑。

 やってしまいましたな……。

 一子が、凄まじい形相になって足を止めた。ゾッとするような、殺意に満ちた目だ。

「いまの言葉……」

「うわああっ」

 彼女が振り向いた瞬間、チンピラたちは椅子からずり落ちた。

 いや、ずり落ちるほど怖いのは分かるけど。だったら言わなけりゃいいのに。一番怒らせちゃダメな相手だろ。

 一子は血走った目で口から黒い障気を吐き、ゆらゆらとした足取りでチンピラに近づいた。

「サブちゃんはね……サブちゃんは……」

「は、はい……」

「まだ童貞なのよ……」

「えっ」

「ヤリまくりじゃない……」

「じゃないですっ! はいっ! すみませんっ! 言い過ぎましたっ!」

「次言ったら……生きたまま内臓を食う……わ……」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! もう二度と言いませんっ! 言いませんからっ!」

 一斉に土下座。

 こんなところで殺し合ったところで、一円にもならない。そんなのは、業界の常識だ。しかし六原一子、プロとは言い難いところがある。本当にこの場で殺りかねない。土下座で済むなら安いものだろう。

 すると三郎が溜め息混じりに、一子の腕を掴んだ。

「おい姉貴、いちいち構うなよ。ムキになって恥ずかしいだろ」

「でもサブちゃん……ヤリまくりって……」

「動物と死体がカウントされるならな。まあ安心しろ。生きてる女とはまだだから」

「えっ……えっ……」

 おいこの空気。

 みんな固まってんぞ。一子に至っては完全に放心してしまっている。体をくの字にして笑いを堪えているのはペギーだけ。

 でもこれ、気の利いたジョークとかじゃなく、たぶん実話だからな……。俺には笑えないよ。

 アロハシャツが申し訳なさそうに口を開いた。

「あのー、そろそろいいっすかね? 宿舎すぐそこなんで……」

 うむ、とっとと案内してくれたまえ。

 一刻も早くこの場から離れたい。


(続く)

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