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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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14/70

首を縦に振る機械

 戦況を見守っていると、玄関からではなく、料亭の裏手から黒スーツが数名逃げてきた。手にはイングラム。間違いなく機構の連中だ。

 連中の火力はヤバい。撃ち合いになる前に、一方的に始末しないと。

 俺は植え込みに身を隠しながら、なるべく狙いをつけてP226のトリガーを引いた。スライドがさがり、手首にガツンと振動が来た。構わずトリガーを引きまくる。

 先頭の黒服は死んだ。しかし後続の連中は足を止め、壁に隠れた。

 イングラムの連射はえげつない。もちろん植え込みなんか盾にならないし、適当に掃射されただけでも俺たちは蜂の巣にされるだろう。連中は狭い通路にいるから、一人ずつ潰せるのがこちらの強みか。

 だが俺たちは……。クソ、何発撃ったか数えてなかった。とにかく全部で十五発しかないから、残りはそれ以下ってことになる。換えのマガジンはあるが、それをいじくっている時間もない。

 仮に二班の連中が本気を出してくれたとして、五分五分ってところか。

 だが黒服たちも慎重だった。顔を出さないどころか、まるで動きを見せない。あまりに静かだから、もしかしたら道を引き返したかもしれない。いやここで気を抜くと死ぬ。絶対に頭を出してはいけない。

 いまのうちにリロードしておくか……。

 なにか手はないかとキョロキョロしていると、ふと、瓦屋根の上に人が立っているのに気づいた。敵だろうか。機構の黒服でも、キラーズのチンピラでもない。月を背に、長い髪をなびかせたシルエット――。ペギーだ。

 あそこから援護してくれるつもりか。

 どう出る?

 いや、信じるしかないな。こっちがおとりになってやってもいい。死んだら骨は拾ってくれよ。

 俺は身を乗り出し、おそらく黒服がいるであろう辺りへ発砲した。俺の連射に、二班の連中も呼応した。

 しかしこの……検非違使の使ってる拳銃はなんなんだろうな。見たところポリマーフレームだが。動きのなめらかな上品な銃だ。その代わり、威力が犠牲になっていそうだけど。

 ふと、ペギーが飛んだ。

 空中で身を翻しながら、大地へ向かってリズミカルに射撃。俺の目の錯覚でなければ、彼女はその背に光の羽をもっていた。青いエーテルの噴射。妖精に特有の現象。

 黒服たちがバタバタ倒れていった。

 ペギーもふわりと着地。屋根からアクロバティックに飛んだのに、着地は軽やかだった。光の羽も、そのとき消えた。

 彼女は妖精なのか?

「ちょ、ストップ、ストップ! あれ仲間ですよっ!」

 まだ検非違使が撃っていたので、俺は慌てて止めに入った。

 こいつら、それすら見分けられないのか。というか、そもそもターゲットを見てもいないな。ブラインド・ショットってヤツだ。

 ペギーは苦笑いでこちらへ駆けてきた。

「危ない危ない。味方に撃たれるところだった」

「いきなり前に立ったらそうなるよ。ていうかさっき、背中に……」

 俺が尋ねようとすると、ペギーはひとさし指を立ててシーッとやった。

「あとで」

 なんかやらしいな。

 いや、そんなことを考えてる場合じゃない。先に確認すべきことがある。

「戦況は?」

「ほぼ制圧したよ」

「ほぼ?」

「搬入口と非常口はまだ交戦中。だけどそろそろ終わるんじゃないかな」

 二班の連中がインカムに手を当て、なにやら耳を澄ませたのもその時だった。

 やがて宗司は「了解」とつぶやき、こちらへ顔を向けた。

「終わったようです」


 *


 中にいた連中がぞろぞろと出てきて、検非違使たちも集まってきた。

「治療が必要な者がいれば申告してくれ。優先的に搬送させる」

 源三の言葉に応じるものはいなかった。

 無傷で済んだか、死体になったか、そのどちらかしかいなかったのかもしれない。いや、あるいは検非違使の世話になりたくなかったか。

 ナンバーズの連中も出てきた。ファイヴは相変わらず無愛想な老婆、トゥエルヴもスキンヘッドの車椅子だ。しかしセヴンは……ロン毛に口ひげで寡黙そうな中年男性だった。どうも記憶の中の人物像と一致しない。影武者かな。

「では解散だ。後始末はうちで引き受ける」


 車に乗り込むと、どっと疲労が襲ってきた。まったく活躍できなかったのに。

 時刻は二十一時を回っている。東京につくのは二十三時ってところか。ドライバーはナイン。丁寧な運転だから、安心して任せられる。

 車が動き出すと、俺は三郎に尋ねた。

「中はどうだった?」

「大変だったぜ。どさくさに紛れてナンバーズをぶっ殺そうと思ったが、忙しくてそれどころじゃなかった」

「そうか」

 傷を負っていないところを見ると、そんなにハードな戦場でもなかったようだ。あくまで三郎にとっては、だが。俺なら死んでる。中に入らなくて正解だった。

 ナインがハンドルを切りながら言った。

「妖精文書は手に入らなかったが、目的は達成できた。約束通り、報酬を出そう。ニューオーダーで受け取ってくれ」

「ありがとうございます」

 しかし金持ちだな。報酬は一人あたり四百万。それが三人いるから、ナインにとっては総額千二百万の出費だ。それを気前よくポンと支払うとは。

 こっちはナインからの四百万と、検非違使からの三十万で、計四百三十万の収入。ボロ儲けだ。しばらくは遊んで暮らせる。

 ペギーが楽しそうにつぶやいた。

「まさかこんなに儲かるなんてね」

 これにナインもふっと笑った。

「確か、機構は給料制だったな」

「出動したら手当は出るよ。けど、こんなにはもらえない」

「組合に入った目的はそれかい?」

「いや、お金もいいけど、それがメインじゃない。機構にはそのうち戻るよ。ただちょっと、気まぐれを起こしただけ」

 気まぐれ、か。

 いったいなんなんだろうな。


 *


 レンタカーを返却する都合で、ナインとは途中で別れた。

 他の二人がどうかは知らないが、俺はかなり浮かれていた。仕事を成功させて金と名誉を手に入れたんだ。四百三十万という大金は、これまででもっともデカい報酬だった。

 同じ仕事でシクったヤツがニューオーダーにいるなんてことは、完全に失念していた。

 受け取った金でビールを手に入れた俺は、テーブルにつくや乾杯もせずに飲み始めた。最高の気分だった。彼らの視線に気づいたのは、その直後だ。

 キラーズ・オーケストラの連中が、こちらを睨みつけていた。

 基本的に、終わればノーサイド。ビジネス上での対立は、ここには持ち込まないことになっている。

 だが、それもあくまで理念上のことだ。人間、そう簡単に割り切れるものではない。かたや生きたまま金を手に入れ、かたや死体となって検非違使に回収される。ケチの一つもつけたくなるというものだ。

 まあここは交戦禁止エリアだから、仕掛けてくることはないはずだが。それでもずっと見られていた。俺を睨んだところで、死んだ仲間が生き返るわけでもないのに。

 構わずナッツを齧った。

「最高だ、なにもかもが」

 こんな仕事をしてれば、いつ死ぬか分からないんだ。少しくらい浮かれてもいいだろう。

 俺のP226には安全装置がない。トリガーはちょっと重いが、向こうがやる気ならやってやってもいい。ただし、せめてこの一杯を飲み終えてからだ。ビールを残して死んだ日には、成仏なんてできないからな。

 キラーズの連中は一斉に立ち上がり、移動を開始した。

 いや待て! まだ飲んでる! あと五分待て!

「あークソッ、気分悪ぃ」

「ざけんじゃねーっつーんだよなァ!?」

「ザコがッ」

 聞こえよがしに怒鳴り散らし、キラーズのチンピラどもは店を去っていった。

 ふん、この俺さまの威光が眩しすぎて逃げ出しおったか。クソどもめ。二度と来るな。

 ペギーもふっと吹き出した。

「ずいぶん荒れてたね」

「あれじゃあ反省会もうまくいかんだろうなァ」

「悪い顔になってるよ」

「いつもやられてることをやり返してるだけだよ。つまるところあいつらは、鏡を見てキレてるってわけだ。エテ公と一緒でさ」

「おとなげない」

 そうは言うが、ペギーも楽しそうだ。

 いや、俺の態度が滑稽だから笑ってるだけかもしれないが。

 三郎も気前よくビールを飲み干し、不敵な笑みを浮かべた。

「ま、これで気兼ねなく飲めるんだ。景気よくいこうぜ」

 さすがは俺のソウルブラザーだ。いいこと言う。

 今日飲まずしていつ飲むんだって話だな。


 だが二杯、三杯と飲んでいるうち、むしろテンションがさがってきた。

 いや眠くなってきただけかもしれないが。

 口数が減ってくると、現場での光景が唐突にフラッシュバックしてきた。

 屋根から飛び降りたペギーは、背に羽を持っていた。あれはエーテルだ。妖精が飛ぶときに、背中から青い光を放つ。過去に見たのは一度きりだが、アレと同じものだと断言できる。

 ペギーは妖精なのか?

 目の色も、髪の色も、肌の色も、三角とは違う。つまりペギーは三角のコピーではない。骨格も身長もだいぶ違う。

 となるとあの光はなんだったのだろうか。

「山野さん、どうしたんだ? 真面目な顔して」

 三郎が新しいビールを手に、どっと席に腰をおろした。

 こいつ、けっこう酔ってるのか。足元が少しふらついている。

「いや、なんでもない。ちょっと腹の調子がね」

「下痢になるほど飲んだっけ? いや、むしろ飲みが足りてないんじゃないのか」

「そういうアルハラみたいな発言やめなよ」

「なんだよ山野さん、イヤなのかよ」

「イヤじゃないよ!」

 ビール好き好き星人だよ。

 三郎はこう見えて良識があるから、好きじゃないヤツに勧めないことも分かってる。

 俺はグラスのビールをごくごく飲んだ。

 このままぶっ倒れたい気分だ。

「さっきのこと、気にしてるの?」

 ペギーが唐突にそんなことを言い出した。

「はっ?」

「私の羽、気になるんでしょ?」

「いや、まあ、そりゃあ……」

 すると三郎が身を乗り出した。

「羽? それで空でも飛ぶってのか?」

「私は飛べないけどね」

「俺は飛べるぞ」

 いちいち対抗するなよ。

 飛べるわけないだろ。

 さすがのペギーも苦笑になった。

「でも私は妖精じゃないよ。ただの人間。ちょっとした事故でプシケによく似た特徴を獲得しただけ」

「獲得? 後天的に?」

 俺の素朴な疑問に、ペギーはごまかすような笑顔を見せた。

「これ以上はダメ。教えられない」

「なんだよ、秘密ばっかりだな。そりゃ美人は秘密の一つや二つ持ってるもんだけど」

「なに? 口説いてるの?」

「一般論だよ。俺はねぇ、口説きたくなったらキャバクラに行くんですよ。こんな場所じゃやらないよ」

 そして金だけむしられて帰宅するんですよ。いいカモだなまったく。

 ペギーもすこぶる渋い顔になっている。

 言わなきゃよかった。

 だがこれに乗ってきたのは三郎だ。

「なあ山野さんよぉ、いつになったら俺を、そのキャバクラってのに連れてってくれるんだ? 俺ずっと待ってるんだけど」

「はっ?」

「楽しいんだろ? 連れてってくれよ」

「いや、でも六原くんさ……」

 キャバクラにいるような女を見たら、たぶん興味なくすと思うんだなぁ。

 俺が言葉に困っていると、三郎は憤慨したようにナッツを齧った。

「ズルいよなぁ、一人だけ楽しんで」

「言っておくけど木下さんみたいな子、キャバクラにいないからね」

「当たり前だろ。木下さんは、この世界に一人しかいない。冗談はよしてくれ」

 ピュアすぎて泣きそう。こんなのをキャバクラに連れて行ったら憤死するに決まってる。

 だがこれに、ペギーは感心したような顔になった。

「ふーん。六原さん、女の趣味はまともなんだね。少し見直したよ。いい子だよね、木下さん」

「お、分かるか? 純朴で一生懸命で、守りたくなるよな。死体を見て泣きながらゲロ吐いてるときなんて、頭なでたくなるし。こないだなんて、地面にへたり込んで水たまり……あ、これはいいや」

 少し分かるけど、そういうことを言うんじゃない。

 ペギーもさすがに首をかしげている。

 しかし三郎、空気を読めるタイプじゃない。

「早く結婚して、楽させてやりたいんだよな。そしたらあの子もこの業界から足を洗えるのに」

「それはエゴじゃない? 彼女、好きでこの仕事してるかもしれない」

「そんなワケあるかよ。たぶん誰かの罠で仕方なくこの仕事をさせられてて、助け出してもらうのを待ってるんだ。そして颯爽と登場する白馬の王子が、この俺ってわけだ」

 これにペギーがピクリと片眉を動かした。

「女が男の救いを待ってる? おとぎ話のフィクションを真に受けてるの?」

「どっちがフィクションだ? 世の女性は、お前のようなアマゾネスばかりじゃない」

「意見の訂正を求める」

「なにをどう訂正するんだ? こっちは酔ってるから三秒前の会話もおぼえてないぞ。えーと、なんだ。俺が彼女を養うって話だっけ?」

「最低だね。考えが古すぎる」

「は? なんなんだよ? 湿布の原液なんか飲んでるヤツが、俺と彼女の家庭の事情に踏み込んでくるのか?」

「湿布じゃない。ルートビア」

 いやいや、その前にまだ家庭持ってないだろ。なんでもう結婚した設定になってるんだよ。

 この二人、少し仲良くなりかけたかと思ったら、すぐに対立してしまった。どうも合わないらしいな。

 俺は空になったグラスを手に、腰を上げた。

「その辺にしなよ。もはや宗教戦争の域に突入してるぜ。祝いの席なんだ。もっと脳ミソ使わない会話しようぜ。ま、ここは俺が一杯ずつおごるから、それで勘弁してくれ。君たち、同じのでいいかね?」

 するとペギーも立ち上がった。

「私も行く」

「六原くんは?」

「ビールでいい」


 カウンターに行く途中、ペギーはずっと不満を口にしていた。

「彼があんなに分からず屋だとは思わなかった。いつの時代の人? 江戸時代? ああいう男、貴重だから動物園で保護したほうがいいよ。それでみんなに展示して、バナナでも食べさせればいいんだ」

 仕事の文句は言わないのに、男女の問題には神経質なようだ。ペギーと付き合う男は苦労しそうだな。

 まあ三郎の価値観が前時代的なのは理解できなくもないが。

「ずっと山奥に隔離されてたらしいし、許してやってよ」

「べつにいいけど。あ、私、ルートビア・フロートにして」

「フロート?」

「アイスが乗ってるやつ」

「……」

 マジかよ。あの湿布の海にアイスを浮かべるのか? そんなクレイジーなメニューがこの世に存在するのかよ……。

「なんでイヤそうな顔してるの?」

「し、してないよ。気のせいだ、気のせい。俺そういうの寛容だしさ。うん」

「……」

 凄いジト目だ。

 言葉のチョイスを間違ったらしい。

「あ、あー、じつは俺もビール・フロートにしちゃおっかなー、なんて思ってたりなんかしちゃったりして。いや冗談だけどね! ははは……」

「マスター、ビール・フロートだって。作れる? あとルートビア・フロートもね」

 この女、カウンターに向かってそれを言いやがった。

 マスターは一瞬フリーズしたものの、「かしこまりました」と笑顔でうなずいた。さすがはプロだ。

 俺が逆の立場だったら鼻で笑ってる。そして願わくば、マスターにもそうして欲しかった。仕事だからってなんでもハイハイ言ってちゃダメだ。プロなんだから、挟持ってもんがあるだろ。

「作ってくれるって。楽しみだね、山野さん」

「はい」

 最高のスマイルだ。「はい」と返事するほかない。


(続く)

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