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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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13/70

トーシロ

 週が明けた。

 俺たちは早めに山梨へ入り、現場からやや離れた場所に車を停めた。

 料亭があるのは、やや奥まった静かな場所。人家もなく、周囲に広がっているのは田畑だけ。襲撃にはうってつけのロケーションだ。

 俺は双眼鏡を構え、店の監視をしていた。

 偵察するのにベストな場所、というわけじゃない。そういう場所を選ぶと、同じく覗き見している連中とばったり顔を合わせそうだったから、あえて避けた。こっちは道路脇の雑木林に入り込み、放置自動車に見せかけている。

 十七時には過激派が先乗りし、その三十分後には出雲のメンバーが揃った。ナンバーズからは、ファイヴ、セヴン、トゥエルヴの三人。出雲のほうは、誰が誰やら分からない。

「山野さん、あんパンもらっていいか?」

「どうぞ」

 三郎はこの長い待機に飽きてしまい、あんパンを食う以外に暇も潰せないようだった。まあ外にも出られないし、うんざりするのもムリはないが。

 一方、一言も不満を漏らさないのはペギーだ。ただじっと助手席に腰を落ち着け、お人形のようにおとなしくしている。これは相当の訓練を積んでいると見ていい。

 おとなしいといえばナインもおとなしいのだが、こいつは人間じゃないらしいのでどうでもいい。まあ、人間じゃないならなんなんだっていう話だけど。考え始めると頭がおかしくなりそうなのでやめておこう。

 俺は後部座席の右側。スモークを貼って遮光した窓を少しだけ開き、双眼鏡を出していた。見る人が見ればモロバレかもしれないが……。まあ場所が場所だけに、そもそもここに車があることすら気づかれていないだろう。

 などと慢心していると、突如、コンコンと窓がノックされた。俺とは逆側。助手席のペギーが苦い表情で窓を開けた。

「なにか?」

「検非違使の川崎源三だ。お前たち、もう少し上手に偽装しろ。みんな苦笑してるぞ」

 虎のマスクのあいつだ。

 こんなときまで覆面なのかこの人。

 なお、これは想定外の事態ではない。なにせ検非違使を呼んだのは俺たちだ。天下三分の計というからには、三つ目の勢力だけ仲間外れにするのは可哀想だからな。ナンバーズ過激派、出雲、検非違使。こいつらが揃っていれば、さすがに機構は撃退できるだろう。

 しかもこれは襲撃計画に対する出動だから、あくまで事件への通報ということになる。ナンバーズが検非違使に借りを作るという話にはならない。我ながら素晴らしい立案だ。

 源三は野太い声を出した。

「それより、そろそろ機構が動き出すぞ。お前たちはどうする? 参加する気があるのなら、手を貸してほしいんだが」

 これにペギーは返事をせず、運転席のナインに視線を送った。

 ナインは慎重だ。

「内容によるな」

「料亭の間取りは把握しているか? 侵入経路が三つある。正面玄関、搬入口、非常口だ。機構もチームを三つに分けて、三方から同時に踏み込む作戦のようだ。俺たちは、そのさらに外から追撃する」

「包囲戦? 検非違使にそんな物量が?」

「ない。うちには班が二つしかないからな。馴染みの組合員にムリを言って来てもらったが、それでもまだ不安がある」

「組合員? どうせ青猫だろう?」

「その青猫だ」

「俺たちはどこに行けばいい?」

「うちの二班をカバーしてもらいたい。残念ながら、トーシロ同然なもんでな。規定の額を出す」

 検非違使の二班か……。現場では見かけたことがないな。滅多に出てこない班なのかもしれない。


 *


 ナインが一方的に承諾してしまったせいで、たかが三十万の日当で、検非違使のトーシロをバックアップするハメになった。

 いや日当三十万ならいいじゃないか、と言えなくもないが。なにせ鉄砲の弾が飛んでくる現場だ。怪我をしたときの保障もなければ、弾薬費もガソリン代も支給されない。検非違使の仕事は報酬がショボすぎる。

 かの高名な青猫が、よくこんな渋い仕事を受けるものだ。


「二班の川崎宗司です」

 俺たちを出迎えたのは、生真面目そうなメガネの男だった。

 虎のマスクと同じ苗字だが、まさか家族ってことはないだろう。あまりに似ていない。

 彼はすっとメガネを押し上げた。

「話は父から聞いています。こちらは錬度に少々不安がありまして……。ご助力いただけるとのことで。どうぞよろしくお願いします」

 親子だった。

 それにしてもこの班、冗談抜きでトーシロの寄せ集めなんだろうか。班長とおぼしきメガネはまあ使えそうだが、あとは運動の苦手そうなとぼけ顔の男と、威勢だけよさそうなチンピラふうの男のみだった。二班ってよりは二軍だな。


 すでに日は暮れかけている。

 機構のチームは、俺たちに包囲されているとも知らず、料亭を取り囲み、いままさに襲撃を開始しようとしていた。

 俺たちの担当は正面玄関。敵戦力は搬入口と非常口に集中しているから、こちらは比較的安全な場所になる。

 俺は双眼鏡を覗き込み、敵の様子をうかがった。

 銃を手にしたガラの悪そうな連中が、植え込みの陰に身を潜めていた。機構に雇われたキラーズ・オーケストラだ。リーダーの姿はないから、こっちも二軍かもしれない。

 にしても、まさかここでキラーズと殺り合うことになるとは……。いつもより多めにぶち込んでやらないと。

「機構が襲撃を開始後、三十秒を待って背後から仕掛けます。おそらく内部で反撃にあった人間たちが逃げ出してきますので、それを迎撃します」

 宗司の言葉に、ナインが眉をひそめた。

「戻ってこなかったら?」

「機を見て突入します」

 おやおや、この作戦は……。たとえ中の連中が死のうが、機構さえ叩ければいいって感じか。ナンバーズと出雲を、まったく信用していない。

 まあ焦って先に仕掛けてしまったら、検非違使と機構の直接対決になりかねない。中にいる連中が被害をうけて「当事者」になってから検非違使が参加する、という判断かもしれない。

 さすがに狡猾だ。

 俺は小声でナインに尋ねた。

「中の人たち、三十秒も持ちますかね?」

「ファイヴとトゥエルヴは大丈夫だろうが、セヴンは怪しいだろうな。まあ彼のことだ、なんらかの手は打ってあるだろう」

 車椅子のトゥエルヴより、セヴンのほうが心配なのか。

 しかし番号で言われると、少々ややこしいな。

「この番号って、なにか意味あるんですか?」

「あるといえばあるが、ないといえばない。最初にザ・ワンがいて、そこに三角が来て、なんとなく数字の列になっただけだ。秘密結社なんだから、コードネームがあったほうが『らしい』だろう」

 ただのノリかよ。

「最初の人は、なんでワンだったんです?」

「そろそろ始まるぞ」

「はい」

 あとで聞こう。


 十九時五分。

 機構が動き出し、料亭の人たちの悲鳴があがった。それから、発砲音。

 機構はイングラムにサプレッサーをつけているから、あまり音はしない。

 一方、キラーズの連中は、素性のハッキリしないトカレフをハバキから買わされている。やたら音がうるさい上に、ちょくちょくジャムる。使ってる弾も粗悪品なんだろう。いい加減、ハバキの在庫処分に付き合わされていることに気づいたほうがいい。

 しかしこうして待っていると、三十秒というのはじつに長い。はじめはなんともなかったのに、いつの間にか呼吸が荒くなっていた。深呼吸でもするか。

「行きましょう」

 宗司が言いながらハンドシグナルを出した。

 本当はハンドシグナルだけでいいはずだが、俺たちが検非違使のサインを理解できないと踏んで、あえて言葉で説明してくれたんだろう。

 一斉に物陰から出て、走り出した。それはいいんだが、あまりに遅い。やる気のないジョギングのようだ。

 まずは植え込みまで進んだ。つい先ほどまでキラーズが身を隠していた場所だ。連中も、まさか俺たちが後ろから来ているとは思うまい。

 玄関から従業員が飛び出してきた。それを背後からキラーズが射殺。検非違使が応戦し出したので、俺も射撃を開始した。

 狙いなんてつけない。

 キラーズの連中は、この反撃に慌てて料亭内へ引き返していった。さすがに反応がいい。俺の腕では一人も仕留めることができなかった。というより、俺らと検非違使とで一斉射撃したのに、誰の弾も当たらなかった。ヘタクソばっかりだ。

「先に行くぞ」

 ナインが無防備に歩き出した。

 彼にはおとりになってもらうとして、俺たちはしばらく植え込みにいよう。

 キラーズが玄関から発砲してきたが、弾は灰にされるからナインには当たらない。こちらまで飛んでくる流れ弾もあったが、まあ、当たらないことを祈るしかない。

 それにしても、二班の連中はトーシロにしてもひどいありさまだった。目をつむって銃を撃つわ、弾が飛んでくればひっくり返ってへたり込むわで、まともに銃撃戦をやっているのは宗司だけだった。

 緊張で脇汗びっしょりの俺に言われたくないだろうけど。

 ナインが玄関に到着したところで、三郎が駆けた。ペギーも飛び出した。俺もあとに続こうか迷ったが、二班とともにその場に留まった。

 いや、ビビったわけじゃない。全員で飛び出したら彼らをサポートするものがいなくなってしまう。残る人間が必要だ。勝手に飛び出した連中は、まあ、頑張って生き延びてくれ。

 するとそのとき、誰かが廊下から庭へ転げ落ちた。スーツの中年だ。ナンバーズでないことは分かる。しかし機構か出雲かまでは分からない。敵だろうか、味方だろうか。撃ったほうがいいんだろうか。

 などと眺めていると、どこからか頭を狙撃され、無事死亡した。

 包囲が二重だから、味方、敵、味方というサンドイッチ状態になっている。検非違使にとっては、どちらも敵かもしれないが。たまに現場でパニックになって味方と戦い始めるヤツがいるが、こういう混戦状態だとムリもない気がする。

「ヒャッハァーッ!」

 車椅子が、信じられない速度でかっ飛んできた。いや本当に。走るというより、カタパルトから射出されたかのように飛んできた。

「次の獲物はテメーらかッ! あぁ!?」

 目付きの悪いスキンヘッド。ナンバーズ・トゥエルヴだ。

 彼は俺たちの姿を確認するや、ぐっと眉をひそめた。

「ん? 検非違使の二軍と、こないだの組合員じゃねーか。後乗りして来やがって、どういうつもりだ?」

 事前に話は通っていなかったようだな。

 宗司が立ち上がった。

「情報筋からの通報により、武装勢力の鎮圧に来ました」

「は? 俺らが武装勢力だと……」

「あなたではなく、機構です」

「だよな? 俺、武器持ってねーしな」

 そういう問題ではない。

 するとトゥエルヴは、ぐっと顔をしかめた。

「あ? もしかしてテメーら、この俺さまを守りに来たのか?」

「そうなりますね」

「おいおい、余計なお世話だろーがよ。この俺さまはなぁ、天才なんだよ。誰の助けもいらねーの。分かるか? あ、いや、小便のときは助けがいるな。あとメシと風呂も」

「個人の都合は関係ありません。通報があれば駆けつける決まりなので」

「そうか。じゃあ仕方ないな」

 こいつらの会話は噛み合っているのか……。まあ納得してくれたならいいけど。

 パァンと電気が爆ぜて、車椅子が百八十度ターンした。

「じゃあ俺、また遊んでくるんで。またな」

「あっ」

 唖然とする俺たちを置き去りにして、車椅子は料亭へ戻って行ってしまった。走るたびにパァンパァンと炸裂音を響かせながら。

 いったいどうやって戦うのかは不明だが、まあ、考えないことにしよう。

「川崎さん、頭低くしたほうがいいですよ」

「はい」

 俺の言葉で、棒立ちだった宗司は植え込みに身を隠した。

 ここが激戦区でなくてよかった。

 しかしどうしたものか。このままここでトーシロのカバーを続けるか、中に入って銃撃戦をやるか。

 ナインや三郎はともかく、ペギーが被弾していないか心配ではある。


(続く)

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