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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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12/70

まだ終わってない

 ニューオーダーについたのは、二十一時を少し回ったころだった。

 三郎やペギーの姿はない。ナインもいない。もしかしたら、みんなで打ち合わせでもしているのかもしれない。あるいはなにも連絡がないところを見ると、とっくに解散したか。

 カウンターでビールとナッツを買い、俺はいつもの席に腰をおろした。

 サイードとかいう人物が近づいてくる様子はない。まあしばらく飲んで、適当に時間でも潰すとしよう。来なけりゃ帰ってもいい。

 かと思うと、ペギーが来た。

「いたんだ?」

「こっちのセリフだよ。あのあとなんかあった?」

「なにもないよ。そのまま解散。そっちは?」

「ドライバー役で庁舎まで行くハメになったよ」

 プシケを見た話は、とりあえず伏せておこう。この女は機構のスパイだ。

 すると彼女は、いたずらっぽい笑みを見せた。

「途中、どこかに寄らなかったの?」

「寄らないね。まっすぐ庁舎へ向かったよ。俺はビジネスの最中に余計なことをしない主義でね」

 特にそんな主義もないけど。

 ペギーは声もなく笑い、ルートビアに口をつけた。湿布みたいなドリンクを顔もしかめずに飲む。

「それうまいの?」

「飲んでみる?」

「いや、いい。味は知ってる。ただ、好んで飲む人間がいるのかと思って」

「いるよ、ここに」

 まあいいんだ。人の趣味に口を挟んでいたらキリがない。

 ふと、ペギーが顔をあげた。

 誰か来たのか。

 俺もつられてそちらへ向くと、以前ここで見かけた黒人男性を見つけた。検非違使のあいつと同じくらいデカい。まあ、あそこまで筋骨隆々ではなく、スマートな体型ではあったが。

「どういうつもりだ、ペギー」

 それが男の第一声だった。

 ペギーはすまし顔だ。

「どう、とは? 私がプライヴェートをどう過ごそうが、私の勝手でしょ?」

「お前の行動には上も困惑してる。なんだってこんなこと……」

「敵を知り己を知ればなんとやらって、クラスで習わなかった?」

「ジ・アート・オブ・ウォーだな。そんな古典、まだ教えてるのか」

「別にいいでしょ。それより、なにしに来たの?」

「答える必要はない」

 言いながら、男は勝手に席についた。

「あんたがサカエ・ヤマノだな? エイブラハム・P・サイードだ。用件はドクター・クロバネから聞いていると思う」

 まあ、確かにお使いとは聞いていた。

 しかしこいつはあきらかに機構の人間だ。そいつに検非違使がブツを渡すだと? どう考えてもヤバいやり取りだ。このハードジョブが無料とは……。

 だが、俺に拒否権はない。

「これだよ」

 俺がジャケットから封筒を取り出すと、サイードが手を出すより先に、ペギーが手を置いた。

「中身は?」

「……」

 俺は知らない。

 そして知ってるはずのサイードも答えない。

「ペギー、そいつをよこせ。余計な仕事はしたくない」

「私を死体にしてでも持ち帰りたいモノなの?」

「ああ、そいつの中身は、お前の命より重要だからな。お前はふざけているつもりかもしれないが、こっちはビジネスなんだ。邪魔する人間に俺たちがどう対処してきたか、お前も分かってるだろう」

「じゃああげる」

 ペギーが放り投げると、サイードはイラ立ちを溜め息に変え、冷静に受け取った。中身も見ずに、ジャケットの内ポケットへ。

「確かに受け取った。ドクターには俺から伝えておく」

「確認しなくていいんですか?」

 俺の念押しに、サイードはニッと笑った。

「ああ。生きてここにたどり着いたってことは、中に細工してないってことだからな」

「えっ?」

「というのは冗談だ。信用できる人間か、中身に興味のない人間をよこせって言ってある。あんたはそのどっちかなんだろう」

「その両方ですよ」

 俺のジョークに、サイードはふっと鼻で笑った。それから一言も発することなく、店から出ていってしまった。

 本当に、ただ荷物を受け取りに来ただけらしい。

 ペギーがつまらなそうに溜め息をついた。

「あんな言い方しなくていいのに」

「君がふざけるからだろう」

「仕事中はいつもああなんだ。付き合いきれないよ」

「彼とは長いの?」

「長いね。私が十二のときから」

 それは知り合った歳なのか。それとも仕事をするようになった歳なのか。怖いから聞かないでおくけど。

「それにしてもペギー、上から怪しまれてるっぽいけど……」

「気にしてない。自由にやれって言ったのは上だから。私は自由にやらせてもらうだけ」

「大丈夫なの?」

「乙女の秘密に踏み込むつもり?」

「そういうわけじゃないけど」

 するとペギーは、にわかに吹き出した。

「なにその顔っ! 本気にした?」

 こうして話していると、見た目に反して子供っぽいところがある。十九歳ってのは本当なんだな。

「からかうんじゃない。心配して言ってるのに」

「山野さん、そういうところあるよね。人のジョークを真に受けて、本気で心配しちゃうところ」

「単細胞なのは自覚してるよ」

「褒めてるのに。ほかの人たちは、もっとドライだよ。フレンドリーなのは、自分にメリットがあるときだけ」

「まあ、そうしたほうが生き残るんだろうな。他人の心配ばかりしてるヤツは、ここじゃすぐに死ぬ」

 そういう淘汰の末に、こんな空気感になったんだろう、ここは。

 いやもちろん、仲間のケアをマメにやってる連中もいる。ただしそのマメさは、チームを円滑に運営するためのものだ。チームでない人間には冷たい。

 俺のような日和見主義とは違う。

 ただまあ、こんな俺でも三郎とは気が合った。なんの得にもならない世話を焼く。しかし互いになにも強要しない。都合が合わないときは別々にやる。ゆるい関係だ。

 ペギーがもし本当にスパイでないのだとすれば、この空気感に合ったってことかもしれない。

 彼女はルートビアを一口やって、小さく息をついた。

「山野さん、この仕事向いてないかもね」

「……」

 まあ、向いてないんだろうな。


 *


 翌日、昼まで寝ていた俺は、スマホの振動で叩き起こされた。

 しばらく無視していたのだが、あまりにしつこい。画面を確認すると六原三郎からの電話だった。

「もしもし?」

「よう、まさか寝てたのか」

「そのまさかだよ。君と違って、毎朝六時にラジオ体操をするタイプじゃないからな」

「ナインが怒ってるぞ。早く来いってさ」

「えっ?」

 そんな約束してないぞ。

 二百万くれるってんなら話は別だが。

 すると三郎ではなく、ナインの声がした。

「いまどこなんだ?」

「自宅ですよ。オフのつもりだったんで」

「互いの認識に齟齬があるようだな。いますぐ来たまえ」

「ここからだと二時間近くかかりますけど……。それでも構いませんか?」

「二時間!? まあいいだろう。可及的速やかに準備したまえ。寛容の精神で受け入れる」

 なんだこいつ……。


 *


 十五時二十八分。

 六本木――。


 二時間のつもりが約三時間になってしまったが、まあ誤差の範囲だろう。俺はなんとか準備を整え、ナインの自宅を訪れた。

「時間にルーズな者は死ぬ」

 それがナインの第一声だった。

 今日もネクタイを締めて、一分の隙もない。自室にいるときくらいくつろげばいいのに。

 かくいう俺もスーツだが、ネクタイは緩めている。サラリーマンに偽装できていればそれでいいのだ。ナインのようにオシャレでスーツを着ているわけじゃない。すぐダメになるから安物しか買わないし。

「事前に予定があれば、キッチリ合わせますよ。けど今日は特に予定なんてなかったでしょう?」

「言ったはずだ。時間がないと。君はこの危機的状況を楽観視しているのか? 友人として、はなはだ頼りない態度と言わざるをえないぞ」

 すると横から三郎が口を挟んだ。

「おい勘違いするな。ここにお前の友人はいない」

 そうだそうだ。勝手に友人を名乗りやがって。たぶんこいつ、女と一回寝ただけで彼氏ヅラするタイプだぞ。

 いや待てよ、一回寝たら実際彼氏なのでは……。

 ナインは眉をひそめた。

「君は黙っていたまえ。来週には機構が仕掛けてくる。そのことは、すでに説明してあるはずだ。一秒だってムダにできないんだぞ」

「そのわりには、ほかのメンツが揃ってないようですが」

 ここには俺と、ナインと、三郎しかいない。

 ナインはやれやれと首を振った。

「誰もペギーの連絡先を知らないんだ。仕方ないだろう」

「ほかは?」

「俺が雇ったのは君たちだけだ。始めるぞ」

「いやいや、始めるってなにを?」

「作戦会議だ。掛けたまえ」

 昨日ぶっ壊されたドアはさすがに直ってはいなかったが、ぐちゃぐちゃだった部屋は綺麗に片付けられていた。マメなんだろう。時間にもうるさいわけだ。

 ソファに腰をおろすと、コーヒーが出てきた。インスタントじゃない。豆をひいたやつだ。ありがたいんだが、対応がいちいち大仰のような気もしないでもない。

 ナインが腰を落ち着けたのを見計らい、俺はこう尋ねた。

「作戦というのは?」

「過激派と出雲が親睦会をするという情報は、こちらでも裏を取った。場所は山梨の料亭。機構もきっとそこを襲撃するだろう」

「でもそれ、悪趣味だから行かないって言ってませんでしたっけ?」

「あのときはそう判断した。しかしよくよく考えた結果、無視するわけにはいかないことに気づいた」

「はあ」

 思いつきで方針を変えたってことか。

 彼は香ばしいコーヒーをすすり、深く呼吸をしてから続けた。

「セヴンの計画したことだ、きっと裏があるだろう」

「裏?」

「ああ、裏だ」

「その、裏とは?」

「それなんだがな……」

 以下、沈黙。

 いや、なにか言ってくれ。それがなんなのか分からないことには、こちらとしても反応できんぞ。まさかとは思うが、具体策もなしに俺の睡眠を妨害したのか。ここがアメリカなら訴訟モンだぞ。

 すると突然、ドアホンが鳴った。

 新聞の勧誘か? それとも公共放送の徴収か? いずれにせよ、せめて三郎がキレない相手であって欲しいな。

 ナインがモニターを覗き込み、小さく唸った。それから玄関へ。

「なぜここに」

「みんな待ってたんじゃない?」

 ペギーの声だった。

 リビングへ移動しながら、ナインはこう尋ねた。

「まさか盗聴してたんじゃないだろうな」

「女の勘、ということにしておいて欲しいな」

 盗聴だな。

 今日の彼女はバイクではないらしく、ライダースーツではなかった。丈の短いワンピースにカーディガンを羽織った春らしい格好。パステル調の色合いが、褐色肌をより健康的に見せていた。

 彼女はソファに腰をおろすや、こう語りだした。

「彼らの計画には裏があるよ。機構に出雲を潰させるってのはフェイク。実際には、過激派と出雲で手を組んで、機構を返り討ちにする作戦みたい」

 あきらかに盗聴してますよ。

 ともあれナンバーズの過激派は、煮え切らない穏健派を切り捨てて出雲と手を組み、新しい秩序を作る気なのかもしれない。そのための共同作業が、今回の迎撃作戦というわけだ。

 コーヒーの準備をしていたナインが、ふと手を止めた。

「出雲と組む? それは事実なのか?」

「当日どうするかはセヴン次第だけど、私が手に入れた情報ではそうなってる」

「どこから手に入れた情報だ?」

「それを教えるのはプロのやることじゃない」

「信用の問題だ」

「お邪魔なら帰るよ」

「いや、座っていてくれ。コーヒーを出す」

 ペギーのほうが一枚上手か。

 しかしいったいどういうつもりだ。

 彼女は機構のために動いているのか? それとも機構とは距離をとって、個人で行動しているのか?

 俺はペギーに尋ねた。

「機構はその情報をつかんでるの?」

「さあ、どうだろうね。仮に知っていたとして、作戦を変えないんじゃないかな」

「なぜ?」

 ペギーは肩をすくめた。

「数字の問題さ。出雲とナンバーズ、同時に叩き潰せるだけの戦力を投入するはずだから」

 おっとこれは……。

 ヘタをすると、機構に数で蹂躙された挙げ句、妖精文書までぶん取られる可能性が出てきた。そして過激派が壊滅すれば、ナンバーズ自体も弱体化する。

 俺としてはどっちでもいい話だが、依頼主のナインはそれを望まないだろう。

 ナインは考え込んだまま、ドリッパーを見つめている。

 三郎は暴れられればそれでいいらしく、この場で意見を出す気もなさそうだ。ペギーも傍観者を気取っている。

 答えは出ない、か。

 いや待てよ。セヴンは確か天下三分の計とか言っていたな。俺もこいつを応用させてもらうってのはどうだ。策士を策にハメるにはうってつけだ。

「ひとつ、提案があるんですがね」

 俺はある種の確信をもって切り出した。

 この策で行けば、おそらく機構は追い払えるだろう。その結果、どうなるかまでは知ったこっちゃないが。


(続く)

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