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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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11/70

セカンドジョブ

 ナインはネクタイを整え、演技じみた咳払いをした。

「少なくとも、一つだけハッキリさせておきたい。機構がナンバーズへの報復を企てていることは知っているな? おそらく機構は、各個撃破しやすい中立派から潰しに来るだろう。問題を起こした過激派ではなく、だ。なにせ中立派には後ろ盾がない。これも君の望んだことなのか?」

 この詰問の間も、横でマスターのシェイカーを振る音がずっと鳴り響いていた。

 セヴンもやや苦い表情だ。

「だから、次の手も考えてあるって言ったでしょ」

「聞かせてくれ」

「妖精文書が出雲の手に渡ったという情報は、当然、機構も知ることになるでしょうね。あいつらのインテリジェンス部門は優秀だから。そしたら機構は、次のターゲットを誰にすると思う?」

 そうでなくてもここにペギーが同席しているのだ。きちんと伝わるのは間違いない。

 ナインは表情をゆがめた。

「まさか、出雲と潰し合いをさせる気か?」

「来週、出雲が山梨まで出てくることになってるわ。アタシたちとの親睦会のためにね。危ないとしたら、その席かしら」

「出雲まで敵に回すぞ。二正面作戦どころじゃない」

「結果は見てのお楽しみよ。なんだったら、あなたたちも来る? 楽しいものが見られるかもしれないわ」

 これにナインは肩をすくめた。

「いや結構。君の悪趣味に付き合うつもりはない。ただし、結果はあとで報告するように。これはナンバーズとしての義務だ」

 それだけ告げて、店を出て行ってしまった。

 いやいや、仕事終了かよ。

 俺も後を追おうとすると、「待ちなさい」と黒羽麗子に掴まれた。

「えっ?」

「まだ飲んでないわ。置いて行かないで」

「俺だけ?」

「飲んだら運転できないでしょ」

 すると三郎が、笑いを堪えながら言った。

「山野さん、そっちは任せたぜ。ナインには俺から伝えておくから」

「あ、おい……」

 斜め上を見つめる姉を引きずりながら、三郎も行ってしまった。ペギーも爽やかな微笑で退場。

 結果、俺と黒羽麗子だけが残された。

 いや、セヴンも残った。

「確か、山野栄さんよね……。いまいちパッとしない組合員だけど、なぜか最近、この業界にぐいぐい首を突っ込んでる」

「巻き込まれてるだけですよ」

「六原三郎なんかと関わり合いになるから」

 セヴンの指摘する通りだ。あいつと関わったせいで、本当にぐいぐい巻き込まれてしまった。

 俺もカウンター席につき、アイスコーヒーをオーダーした。

「六原くんとは、話が合うんだよなあ」

「あんたもオタクなの?」

「まあ、彼ほどじゃないけど」

「この業界、ああいう話が通じるの全然いないからね。でもあいつ情弱でしょ? 趣味が合うからって、話まで合うわけじゃないでしょ?」

「まあ、まともな教育も受けてないし、常識が怪しいところもありますけど……。少なくともバカじゃないですよ。頭の回転は、そこらの人間より早いんじゃないかな」

「なるほど。見かけや経歴で判断するタイプじゃないってワケね」

 なんだ。俺はいま面接でも受けてるのか。

「いや、俺だって見かけや経歴で判断することもありますよ。けどアレは、なんか存在からして違うっていうか」

「ある種の天才よね。それより、黒羽麗子と一緒に来たからびっくりしたわ。和解したワケ?」

 これには麗子が反論した。

「してないわよ。出会い頭に襲われそうになったけど、それより先にお姉さんが動いてくれたから」

 おかげでナイン宅のインテリアが犠牲になった。

 セヴンは小さく溜め息をつき、カウンターに身を乗り出した。

「六原一子ね……。あの女、結局のところどうなの? 書記長として、ナンバーズを運営していくつもりはあるの?」

「あるわけないでしょ。自分がお腹いっぱいになることしか考えてないんだから」

「となると、やっぱり思想を持った人間が、改革を進めていく必要があるわね」

「決められたフレームの範囲でね」

「そのフレームがもう古いって言ってんの。アタシたちはザ・ワンを抱えてんのよ? ビジネスになるだけじゃない。地位の回復も兼ねてる。人権問題なのよ、これは」

「そんな問題、とっくになくなってるでしょう。江戸時代じゃあるまいし」

 ん?

 もしかしていま、過激派と穏健派が会談してるのか。

 セヴンがイライラと髪をかきあげた。

「あんたの一族は事業に成功したからいいかもしれないけどね。多くの同胞たちは、いまもこの能力を奇妙に思われて排除され続けてるの。おかげでまともなところに就職もできず、この業界で底辺を這いずり回ってる。そういう問題を、あんたは理解してないの?」

「まともなところに就職できないのは、大人たちが怨念を植えつけてるせいでしょ? 各家庭の教育の問題よ。学力でなく、思想のね」

「ムカつく女ね。それ飲んだら帰りなさいよ。検非違使の犬になりさがって、けがらわしい」


 *


 帰りの車、運転席についた俺は少々まごついた。

 免許はある。実際、教習所でもやった。しかしマニュアル車をいじるのは久しぶりだった。ここ数年、ATしか運転してこなかった。

 まあ黒羽麗子の足さばきはじっくりと観察したし、大丈夫だと思うが。

 助手席に乗り込んだ麗子が、深く息を吐いた。

「庁舎までお願い」

「えっ?」

「なに? 当然、そうなるでしょ?」

「はあ」

 ナインの家までだと思い込んでいたが、確かに、あそこに帰る意味もない。しかしそうなると、俺の帰りの足がない。タクシー使うか。

 麗子がシートベルトをしたところで、俺はエンジンをかけた。

「しかし大変ですねナンバーズってやつも。内部分裂しかかってる挙げ句、外からつつかれてて」

「うんざりするでしょ? 確かにセヴンの言うように、私たちはその能力を周囲から忌避されてきたわ。実際、黒羽や六原の集落も、鎌倉時代に隔離されてつくられたって話だし」

「鎌倉時代……」

 えーと、何年前だっけ……。

 俺が車を走らせると、麗子は少しだけシートを倒した。

「けど大正のころ、ある事件を解決した仲間たちが、その功績によって名を上げたのよ。そのとき結成されたのがナンバーズ」

「ある事件?」

「ザ・ワンが暴走して、それを鎮めたの。まあともかく、ナンバーズが結成されたからといって、すべての能力者が包摂されたわけじゃなかった。西日本には、古くから出雲長老会っていうのがあってね。彼らは新参のナンバーズを快く思ってなかった。なにかというと、すぐに物言いをつけてきてね……。まあ、長いこと争ってたのよ」

「そんな組織に妖精文書を渡したんですか?」

「ナインさんが怒るのも分かるでしょ?」

 しかもただ渡しただけじゃない。なんらかの取引をした。その上で、機構と出雲をぶつける作戦らしい。

 いや、それはいいんだ。俺が気になるのはただ一つ。成功報酬は出るのかってことだ。ナインが妖精文書を諦めるなら、この仕事は終わりということになる。目的も達成していないのに金だけよこせと言うのもなんだけど……。


 *


 都内某所、検非違使庁舎――。

 到着まで二度もエンストを起こし、後ろからクラクションでビービーやられた。この国の余裕のなさには辟易する。

 ともあれ、黒羽麗子とともに庁舎へ入った。いや入る必要もなかった気がするが。

「少し寄っていきなさい」

「はあ」

 まさかたった一杯のカクテルで酔ったわけではあるまいが、黒羽麗子の言動はいささか不審なものであった。

 エレベーターを使い、地下へ。

 病院を思わせるまっしろな廊下に出た。人の姿はない。麗子のヒールの音がやけにカツカツと響いた。

「どうぞ、入って」

 通されたのは、診察室も兼ねた執務室だ。怪我をした組合員はまずここへ通される。ベッドも聴診器もある。普通の診察室と違うのは、壁一面にモニターがあるという点だけ。

 黒羽麗子はなにやらパソコンを操作し、モニターの一つを切り替えた。

 画面の中では、一人の妖精がベッドに寝かせられていた。

「あなたが救出した三角さんよ。四肢も関節部まで回復しつつある」

「え、これが?」

 以前はほぼ胴体しかなかったのに、その手足は、肘と膝まで回復していた。むしろ髪の伸びるほうが遅い。

「会話もできるわ。自由に動けるようになるのも時間の問題ね」

「彼女は、なにか特別な妖精なんですか? 見た感じ、ほかの妖精と変わらない気がするんですが」

「彼女が妖精の母なの。始祖とも呼ばれているわ。いままであなたが見てきた妖精は、全部彼女のコピーよ」

「えっ……」

 コピーなのだとしたら、顔が同じなのも納得できるが。

 麗子はビーカーでコーヒーを淹れはじめた。

「通称プシケ。神の復活に必要な素材の一つよ。プシケ、妖精文書、ザ・ワン、それに四つの力があれば、神は復活すると言われているわ」

「四つの力というのは?」

「ある種の能力のことよ。六原の風の力、ハバキの水の力、土蜘蛛の大地の力、赤城の火の力。まあ代用は効くから、必ずしも彼らの手を借りる必要もないんだけど。海外にもそれぞれ能力者がいるしね」

「じゃあ替えが効かないのは、前者の三つだけってことですか」

 すると黒羽麗子は、どっと背もたれに身を預けた。

「そして検非違使は、神の復活を阻止しようとしている」

「はあ」

「分かってる? プシケがいなくなれば、神は復活しなくなるのよ」

「えっ……」

 まあ確かに、必要条件が失われれば完成しなくなるんだろう。あるいは意図的に破壊されるなどすれば。

 つまり、三角を殺せば。

 麗子は深く溜め息をついた。

「貴重な存在だから、上もさすがに殺せとは言わないでしょうけど。それでもプシケを解析し尽くしたのち、妖精タンクに封印する可能性はある」

「保護できないんですか?」

「機構は妖精を道具としか思ってないし、可能性があるとすればナンバーズだけでしょうね。だけど、そのナンバーズもそろそろ危ないわ。哀しいけれど、彼女には犠牲になってもらうしかない」

「……」

 なんだ?

 黒羽麗子は俺になにを伝えたいんだ?

 まさか、妖精を連れて逃げろと? そんなヒロイックな真似、この俺に期待してるわけないよな?

 しばし無言となり、時計の秒針だけが響き渡った。

 画面の中で、妖精は虚空を見つめている。


 ふと、コンコンとノックがあり、女が入ってきた。

「失礼します」

 ドアが開いた瞬間、俺もそうだが、彼女も唖然となった。

 例の、義足の女だ。

 彼女は不審そうな目で俺を見てから、やむをえずといった様子で小さく頭をさげ、麗子に尋ねた。

「取り込み中ですか?」

「気にしないで。今日はどうしたの?」

「足の調子がよくなくて」

「痛むの?」

「少し」

 彼女は刀を立てかけると、ベッドに腰をおろした。

 というかこの人、庁舎でも刀を持ち歩いてるのか。なぜ銃じゃないんだ。

「俺、席外しましょうか?」

「大丈夫よ、すぐ終わるわ」

 麗子は言いながら、彼女の義足を手際よく外した。

 あまりじろじろ見ては悪いと思い、俺はモニターへ目をやった。妖精はピクリとも動かない。退屈な映像だ。

「私、倉敷弓子と申します」

 義足の女が、突然そんなことを言い出した。

 俺に言ってるんだよな?

「あ、どうも。山野栄と言います。申し遅れまして……」

「ナンバーズ・ファイヴと交戦したそうですね」

「ああ、新宿で少しね」

 すると弓子は、特に感情を動かした様子もなく、淡々とこう続けた。

「私の足、あの人にやられたんです。上司の命令も聞かず、前に飛び出してしまって。気をつけてくださいね。内側から腐敗しますから」

 これに麗子がフォローを入れた。

「けど、この程度で済んでよかったわよ。あなたはまだ走ることもできるし、戦うこともできるんだから」

「先生の治療のおかげです」

「あら、ここに少しこぶができてるわね。どこかにぶつけたりした?」

「ターゲットを追って二階から飛び降りたので、もしかするとそのときのかもしれません」

「先に言いなさい」

 二階から飛び降りて、こぶ一つで済んだのか。

 義足が優秀なのか、弓子本人が優秀なのかは分からないが、なかなか頑丈にできているようだ。

「ヘタにいじらないほうがよさそうね。帰ったらアイシングして。松葉杖あるけど、使う?」

「いえ、自分で歩きます」

 義足をつけた弓子は立ち上がり、「失礼します」と部屋を出ていった。

 さすがに現場で活躍しているだけあって、タフな女だ。

 ドアが閉まるや、麗子は小さく息を吐いた。

「まだ若いのにね。仕事で足を失って……」

「かなり若いですよね? 俺の気のせいかと思ってましたけど」

「まだ十九よ。いろいろあって、高校を卒業する前にここに来ることになってね……。本人は納得してるみたいだけど……」

 ペギーと同い年か。

 彼女と違い、弓子は年相応に見える。

「コーヒーできたから、飲んで行って」

「はあ、いただきます」

 いやまあ、ありがたいんだけど、結局のところなんの用だったんだ? 妖精を見せたかっただけか。

 気を抜いていると、黒羽麗子はメガネを拭きながらこうつぶやいた。

「ところで一つ、お使いを頼まれて欲しいんだけど」

「えっ?」

「このあとニューオーダーに行くわよね? そこである人物に、これを渡して欲しいの。向こうから接触してくるわ。サイードって人」

 彼女はひきだしから茶封筒を取り出し、デスクに置いた。

「な、中身はなんなんです?」

「知る必要はないわ。お金は出せないけど、あとで別の形でボーナスが出せると思う。やってくれるわよね?」

「はぁ……」

 強引な物言いだな。まあ、荷物を渡すだけならいいけど。

 しかしサイードって誰だ? 聞いたことのない名前だ。


(続く)

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