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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編

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10/70

蛇の巣

 結局、ああでもないこうでもないと揉めまくった挙げ句、検非違使への要請はしないことで合意した。

 おかげで昼前集合だったのに、品川についたのは十五時過ぎになっていた。ナインと麗子の車に分乗したおかげで、ぎゅうぎゅう詰めにはならなかったが。

 到着したのは、一見なんの変哲もないマンションだった。しかしスロープや手すりなどが完備されているところ見ると、バリアフリー住宅のようだ。

「おせーぞ、クソども」

 突然、背後から罵声を浴びせられた。

 車椅子に乗ったスキンヘッドの若者だ。凄まじく目つきが悪い。

 電動式なのか、本人が漕いでもいないのに、後ろに誰もいないのに、すいすいとこちらへやってきた。

「言っておくが、俺の家にはないからな。正確にはさっきまであったが、蛇どもが持っていきやがった」

 こいつがナンバーズ・トゥエルヴか。車椅子というから老人かと思ったが、予想外に若い男だった。俺と同じく二十代中盤ってところか。

 ナインは溜め息をつき、こう尋ねた。

「どこへ持って行ったんだ?」

「知るかボケナス。なんの説明もナシに来て、いきなり持っていきやがったんだ。まんま泥棒じゃねーか。ぶっ殺すぞ」

「その言葉がフェイクでないといいがな」

「なんなら見てくか? ついでに後ろ押してくれ。ナイン、てめーじゃねーぞ。そっちの女。お前が押せ」

 一子が動き出すと、トゥエルヴは目を丸くした。

「いやいや、てめーじゃねーっ! てめーは触んなっ! そっちの女だっ!」

 すると黒羽麗子が動き出した。

「いやいや、てめーでもねーっ! 若いほうだっ! 若くてきれいな女に押されてーんだよ俺はっ!」

 麗子のひたいに青筋が浮かんだが、見なかったことにしよう。

 ペギーが車椅子の後ろに回り込んだ。

「これでいいかい?」

「おう、それでいい。できれば、もっと密着して押してくれるとありがてーな」

「それは命と引き換えにしてでも叶えたい望みなの?」

「ん? そういやてめー、機構の……」

 そうだよ。ここには危ないヤツしかいないんだ。女の好みにうるさいやつは、それだけで死にかねない。


 俺たちはトゥエルヴの自宅にあがりこんだ。

 生活感がないというか、生きるのに必要なもの以外、なにもない部屋だった。趣味もなにもなさそうだ。

「好きに見て回れ。見られて困るようなモンはなにもねーからな」

「殺風景な部屋だな」

 ナインの感想に、トゥエルヴはなぜか得意顔で応じた。

「俺がいかに無気力な人間か分かるだろ?」

「君ほどの女好きでも、無気力って言うのかね」

「足をダメにされた副作用で、ちんちんも勃たねーんだぞ。ぱいおつ揉んだところで、うんともすんとも言わねぇ。無気力にもなるだろ」

「空元気には見えないが」

「まあ俺には、すべてを補ってあまりある才能があるからな。テンションもさがんねーワケよ」

 ずいぶん強気だ。

 ところでこの会話の最中、みんな棒立ちである。誰も妖精文書を探していない。というより、おそらく「ない」のだ。調べるまでもない。

「蛇はどこへ行ったと思う?」

「どうせあの溜まり場だろ? ヘヴィー・スネークとかいう」

「板橋か……。厄介だな」

「殺しに行くなら手伝うぞ。あいつら土足で踏み込んで来やがって。掃除のおばちゃんが困ってたぞ」

「交渉に行くんだ。殺しじゃない」

 ナインはそれだけ告げると、トゥエルヴに背を向けた。

「邪魔したな。これで失礼する」

「死ぬなよ。俺が殺すまではな」


 *


 トゥエルヴ宅を出た俺たちは、車で板橋を目指した。

 黒羽麗子が六原姉弟の同乗を嫌がり、機構のペギーをも忌避したため、こっちの車に乗ったのは俺だけだった。

 美人女医と二人きりのドライヴ。

 しかし会話はない。

 いや、頑張って会話しようとはしたのだ。なのに黒羽麗子と来たら、あの調子で事務的な返事しかしてくれない。じつに冷たい女だ。冷たい女ではあるが、ペダルを踏む足はなかなか見ものだった。彼女のスカートが短さは、なにか意図があるのではないだろうか。この謎を、ぜひとも解明しなくては。

「ちょっと、山野さん」

「は、はい?」

「じろじろ見るのやめてくれる? 運転に集中できないわ」

「ごめんなさい」

 クソ、会話がないんだから、足を見るくらいしかすることがないだろ。窓の外なんか眺めてたって、灰色のビルとサラリーマンしか見えないんだから。

「で、なんなの? ナンバーズの内ゲバに、なんで部外者が参加することになったの?」

「俺? ナインさんから直接誘われたんですよ」

「あなた、ランカーだったっけ?」

「いえ、違いますけど……」

 ランカーは三郎だけだ。俺はルーキーとは言えないが、中堅と言うには名が売れてなさすぎる。ただのペーペーだ。

 麗子は溜め息をついた。

「なんだってこんな使えなさそうな……」

「えっ?」

「彼女はどうなの? マル……なんだっけ、機構の……」

「ペギーですか?」

「そう、そのペギーさんよ。なんで彼女が一緒なの? 彼女もナインさんが?」

 やたら操作がヒステリックだと思ったら、マニュアル車だ。いまどき珍しいな。

「いえ、誘ってないんですけど、勝手に入ってきちゃって」

「それ、機構の介入を許してるってことよね」

「俺もそう思うんですけど……」

「ホントに抜けてるんだから……」

 じつに面目ない。

 いやナインのことを言ったんだろうけども。

 彼女は、ふと横目で俺の顔を確認した。

「そういえばあなた、例の襲撃の……」

「えっ?」

三角さんかくさんの救出に参加したのよね? ほら、群馬の研究所の」

「ああ、はいはい。行きました行きました。けど、三角さんっていうのは?」

「あなたたちが助けた妖精の名前よ。彼女がまだ日本語を話せなかったころ、自分の名前を図形で書いてたから。それで三角」

「はあ」

 特別な妖精とは聞いていたけど、言葉を話すとは。

 彼女は妖しい笑みを浮かべながら、ギアを一段上げた。

「ところで山野さん、検非違使の協力者にならない?」

「はっ?」

 この人、いきなりなにを言い出すんだ。

「べつに入庁しろって言ってるんじゃないわ。ただ、うちから流した仕事を見かけたら、なるべく受けて欲しいって話」

「ナンバーズの仕事は?」

「そっちはいいわ。ただのサークル活動だし。本業は検非違使よ」

「黒羽グループは? 跡継がないんですか?」

「姉が継ぐんでしょ。私の専門は汚れ仕事」

 この言葉を聞いたとき、嫌な想像が働いた。

「汚れ仕事? じゃあ、六原くんの家族を殺ったのも……」

 すると黒羽麗子は眉をひそめた。

「その話する? まあ私の一族が殺ったのは間違いないから、他人事だとは言わないけど」

「どういうことです?」

「一族同士の抗争よ。黒羽と六原は、隣接する集落で暮らしていたの。もっとも、うちは祖母の代で東京に出ていたから……。事件を知ったのは、すべてが終わったあとだったけど」

「じゃあ、無関係なんじゃ……」

「うちは黒羽の宗家よ。事件を止めることができたはずなのに、それをしなかったんだから。恨まれるのもムリはないわ。あの一件で六原一族は、たった二人の姉弟を残して皆殺しになったんだし」

「み、皆殺し?」

 そこまでの大虐殺とは……。いったい黒羽は、なにをやらかしたんだ。

「あら、知らなかったの?」

「あんまり立ち入ったことは聞いてないんで」

「そう。けど残念ながら、私もすべてを把握しているとは言いがたいわね。二つの集落は、なかばライバルのような関係だったとはいえ、殺し合うような仲でもなかったはずなの。小競り合いから総力戦になったという話もあるけど……。先に六原が仕掛けてきたという話もあれば、黒羽から仕掛けたという話もある。結局、真相はいまだ闇の中ってわけ」

 想像していたのとはだいぶ違った。

 しかしこれでは、三郎たちの怒りのやり場がない。

「お姉さんは理解してくれたんだけど、弟のほうがね……」

「はあ」

 三郎は、黒羽麗子の殺害依頼を受けようとしていた。本気だろう。いま怒りを抑えていられるのが不思議なくらいだ。

 前を走るナインの車が減速したので、麗子もブレーキを踏んだ。

「ともかく、仕事の件は考えておいて。いい仕事をしてくれたら、組合に出してない仕事も回せると思うわ」

「はあ」

 余計にヤバい仕事が回ってきそうなんだが。


 *


 十六時五十七分。

 板橋区某所。

 コインパーキングに停車し、車を降りた時点で、異様な気配に気づいた。

 揃いのパーカーを着たひょろ長い連中が路上に数名たむろしており、じっとこちらを睨んでいたからだ。

 治安はよくなさそうだ。スプレーで、壁の至るところに落書きがしてある。なんらかの文字のようだが、デザインが独特すぎて読めない。

「こっちだ」

 ナインは構わず歩を進めた。


 店があるのは地下。

 ドアを開いた瞬間、わっと音楽が響いてきた。

 ジャンルはよく分からないが、やたら刻まれたビートとリズミカルな重低音、そしてビームのような電子音が、ひっきりなしに鳴り響いていた。

 俺たちが店へ足を踏み入れると、客が一斉にこちらを見た。薄暗い店内に、彼らの三白眼が不気味に反射した。

「いらっしゃいませ」

 カウンターにいたマスターが声をかけてきた。

 口ひげを生やしスーツなどを着てはいるが、例に漏れず三白眼で、ひょろながかった。

 ナインは席に腰もおろさず、カウンターに寄りかかった。

「七番目の友人に取り次いでくれ」

「残念ですが、ただいま頭領ヘッドは席を外しておりまして」

「どこにいる?」

「スケジュールの詳細についてはお答えいたしかねます」

 するとナインは、カウンター脇にあった電卓を手に取り、なにやら数字を打ち込んだ。

「俺たちがここで不適切な行動をとったら、損失はこのくらいになるかな?」

「マルが二つほど足りないかと」

「それは妖精文書の価値と釣り合うのかい?」

「……」

 マスターが口をつぐみ、三白眼をギョロリと動かした。

 嫌な予感がする。

 まさか、本当に「不適切な行動」に出るつもりか。

 かと思うと、カウンターの奥からロン毛でタンクトップの男が出てきた。眉毛がない。

「いいわ、アタシが対応する」

「お願いします」

 アタシとな……。

 マスターと入れ替わったそいつは、チロチロと舌を出した。

「はじめてのコははじめまして、アタシがナンバーズ・セヴンよ。それで? 大勢で押しかけてきて、なんの用なの?」

 ナインは乱れてもいないネクタイを整えた。

「なんの用かは、言わなくとも分かっていると思うが?」

「妖精文書ならここにはないわよ」

「ふん、だったらどこにあるというんだ?」

「出雲」

「えっ?」

 いつもはすまし顔のナインが、いままで見たことのないような顔になった。

 対するセヴンは余裕の表情。

「出雲よ、出雲長老会」

「な……それは……事実なのか……?」

「もちろんタダでくれてやったわけじゃないわ。取引したのよ。あんたが懸念しているようなことは起きないわ」

「君は正気か? 自分のしたことを理解しているのか?」

 これにセヴンは、うるさそうに顔をしかめた。

「理解してるに決まってるでしょ? 言うなれば、これは現代版・天下三分の計よ。ザ・ワンはナンバーズが管理する。妖精文書は出雲が管理する。そしてプシケは検非違使が管理する。これでパワーバランスが安定するでしょ?」

「機構に各個撃破されて、全部持っていかれるぞ。連中に攻撃の口実を与えるだけだ」

「当然次の手も打ってあるわよ」

「聞いてないぞ。そういうことは、事前に会議で報告しておくべきだろう」

「冗談はよしてよ。あの平和ボケしたお茶会で、なにが決まるっていうのよ」

「必要なプロセスだ」

 なるほど、おカタい保守派と、とにかく変化を求める革新派の対立ってわけか。俺もサラリーマンだったころ、こういうやり取りを何度か見た。

 するとセヴンは目を細め、一子を見て鼻で笑った。

「だいいち、書記長さまがそのザマじゃね」

「……」

 一子は口を半開きにして、虚空を見つめていた。

 こんなのがナンバーズの書記長なのだ。同情するにあたいする。いまだってきっと肉のことしか考えていない。

 黒羽麗子がうんざりと溜め息をつき、カウンター席についた。

「カシスオレンジを頂戴」

「はっ?」

「話が長すぎるのよ、ナンバーズ・セヴン。飲みながらじゃないと付き合いきれないわ」

「黒羽の分際で……」

「ここ、バーでしょ? 客のオーダーも聞かないの? それとも営業許可とってないのかしら?」

「マスター、お願い」

 セヴンは鼻にしわを寄せ、奥歯を噛んだ。


(続く)

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