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終端 -EOF-  作者: 不覚たん
本編
1/70

Hello, world!

 某月某日、十八時二分。

 都内某所――。


 誰だ、労働は神聖だとか言ったやつは。

 血液でびしゃびしゃになった廊下、見渡す限りの死骸、呼吸をするたび肺にまで入り込んでくる生臭い空気。

 こんなクソ仕事を前にしても、同じことが言えるのか。

 まあ確かに、今回の仕事は、この施設にいる生物を残らず殺処分するという内容だった。しかしその生物――妖精とやらが人間に酷似しているという説明は、残念ながらなかった。

 いつもそうだ。都合の悪い情報は、事前に通達されない。

 しかも彼女たちは、まだ幼い少女だ。少なくとも見た目は。それが全部、死体となっている。

 言ってみれば、ちょっとした虐殺現場キリングフィールドだ。

 俺はスーツの内ポケットからマガジンを取り出し、P226をリロードした。

 空薬莢はもうダメだ。こんなに血まみれじゃあ、リサイクルする気にもなれない。せめてマガジンは落とさないようにしないと。

 俺はしいて後ろへ向き直り、同行者に尋ねた。

「それで? これで全部?」

「あ、いえ、まだ奥が……」

 答えたのは、組合から派遣された案内役の女だ。木下とか言ったか。非戦闘員。かわいそうに、まだ現場に慣れていないのであろう。この惨劇に怯えきってしまい、顔面蒼白だ。スーツについた血痕を、ずっと気にしている。

 ムリもない。この光景は、確かに異様だ。

 まっすぐに伸びた清潔な廊下。そこへ転がっている少女たちの肌は白く、雪のようであった。ガラス玉のような瞳はどこも見ていない。ただの、美しいオブジェだ。そこへ鮮血がぶちまけられて、奇抜さばかりを競ったアート作品のようになっていた。

 のみならず、すでに死した妖精を、なお破壊し続ける女がいる。

 もう一人の同行者、六原一子だ。

 無造作に伸ばした黒髪から超越的な瞳をのぞかせた、震えるような美貌の女だ。バッサリと切断された妖精の腕をつかみ、そいつをフライドチキンのように齧りながら、ゆらゆらした足取りで歩いている。

 まるで緊張感のない食べ歩きツアーだ。

 妖精なんかじゃなく、この女を殺処分したほうが世のためだと思うんだが……。

 まあいい。

 俺は木下に返事をした。

「オーケー。奥ね」

 奥にドアがあるのは俺だって分かっていた。だがそういう場所には、たいてい一番ヤバいのが潜んでいる。できることなら素通りしたい。

 やけに静かだし、無人であって欲しいところだが。


 これまで通過したどのドアとも違う、丸い形状をしたドアだった。どうやって開けるのかも分からない。脇にパネルがあるから、そいつを操作するんだろうけれど。

 すると木下がパネルへ向かい、震える手でIDカードをかざした。

 仕事の依頼主は、必要な備品を事前に用意してくれていたようだ。

 円形のドアはぐるりと回転しながら放射状に開いた。

 瞬間、妖精が飛び出してきた。数は三体。背中から青いエーテルを噴き、低空飛行で襲ってきた。まるで光の羽だ。美しさに見とれそうになる。

 俺は狙いも定めず五発撃った。全弾ハズレ。

 六原一子が獣のように駆け出し、宙を舞った。鋭い真空波が巻き起こり、すれ違いざまにすべての妖精を斬殺した。

 着地すると同時、妖精たちはバラバラ死体となって床を転がった。透明感のある鮮血が、白い床にロールシャッハの絵を描く。

 ここでは命が、いともあっけなく散る。


 奥に見えたのは、やはりまっしろな研究室。

 フロアを二つブチ抜きにしたような、天井の高い部屋だった。なんだかよく分からないパネルが周囲にびっしりと並べられており、中央には妖精タンクが一つ。

 この妖精タンクというのは、俺もさっき初めて知ったんだが、妖精を培養するための装置らしい。まあカプセルのようなものだ。

 妖精――。おそらく人間ではない。輝くような金髪の、無表情な少女たち。みんな同じ顔をしている。服も着ておらず、言葉も話さず、ただ生きているだけの存在。

 いや、服を着て言葉を話せたところで、ただ生きてるだけってのは俺たちも同じか。

 ともあれ、施設内で妖精が異常発生し、職員を殺しまくって手に負えなくなったとかで、それで俺たちにこの仕事が回ってきたというわけだ。

 床には、逃げ遅れた職員たちの死体もあった。妖精たちは知能が低いから、かなりエグい殺し方をする。なかば遊びながら殺したらしい形跡もあった。

 自分がここの職員じゃなくてよかった。

 まあそれはいいんだが、俺が気になったのは部屋の奥。

 最初はただの壁かと思ったが、それくらいデカいブタが横たわっていた。

 いやブタじゃないな。

 人間みたいな肌をした、ぶよぶよの、デカい肉だ。サイズだけ見れば、クジラのようでもある。呼吸しているところを見ると、生きてはいるようだが。いまのところ暴れだす気配はない。

 木下が「ひっ」と息を呑み、よたよた後退して壁にぶつかった。

「あれは?」

 俺の問いに、しかし彼女は小刻みに首を振ったまま、声を発することもできなかった。

 組合め、トーシロをよこしやがって。ルーキーにしたって、せめて最低限、仕事のできる人間をつけて欲しかったな。

 俺はやむをえず、もう一人の女に声をかけた。

「六原さん、どうします?」

 すると彼女は、少し照れた様子でこう答えた。

「あんなに……食べきれない……」

 うん。

 聞くんじゃなかった。

 施設内の生物をすべて殺す、というのが依頼だから、まああのブタを殺すのも勘定に入ってるんだろう。もう換えのマガジンがないから、残りの十発で仕留めないといけない。きっと死んでくれないと思うけど。

 いや、あのサイズなら……。拳銃なんかじゃなく、火でもつけて燃やしたほうがよさそうだな。

 コンコン、と、ノックがあった。

 いやウソだろ。いまの俺たちは、どこからどう見ても取り込み中だ。この俺に給与外労働をさせようってんなら、誰であろうと容赦せんぞ。

 振り返ると、ドア付近に、スーツにネクタイの男、巫女服の女、それに学生服を着たオカッパの少女が立っていた。

 この統一感のなさはなんだ? オフ会か?

 六原一子が目を細めた。

「なに……邪魔しに来た……の?」

「その逆さ。手伝いに来たんだ」

 スーツの男が涼しい表情で応じた。

 どこかで見た顔だ。

 俺の記憶違いでなければ、こいつらはナンバーズ。

 ナンバーズというのは、業界では名の知れたグループだった。秘密結社を気取って、メンバーの名前を番号で呼んでいる。とにかく規格外の強さで、現場でこいつらの機嫌を損ねた人間は基本的に死ぬことになっている。

 しかし冗談はよしてくれよ。

 手伝ってくれるっていうならありがたいが、まさか報酬まで山分けってことはないだろうな。こっちは生活がカツカツなんだ。

 巫女とオカッパが無言のまま、肉塊に近づいていった。

 スーツは動かない。彼はどういうわけか、やたらフレンドリーな態度で話しかけてきた。

「こいつがなにか知りたい、って顔だな」

「知りたいですね」

「おっとその前に、自己紹介を済ませておこうか。俺はナンバーズ・ナイン。名前はないから、そのまま番号で呼んでくれ」

「はあ」

 知っている。

 ナンバーズ・ナイン。散華長さんげちょう。通称「灰の紳士」。人間を生きたまま灰にするというとんでもない能力の持ち主だ。

 俺の警戒をよそに、彼はこう続けた。

「あっちの巫女装束がナンバーズ・テン、制服を着ているのがナンバーズ・ツーだ。彼女たちがセットで出てくることはまずないから、よく見ておくといい」

「はあ」

 顔を見たことはある。しかし現場で遭遇したことはなかった。

 呪禁長じゅごんちょう卜筮長ぼくぜいちょうだ。二人が問題を抱えているという話は俺も聞いたことがある。それが一緒に出てきたということは、それなりの異常事態ってことなんだろう。

 だがこうなることは、こちらも覚悟しておくべきだった。

 なにせ同行者の六原一子もナンバーズのシックスだ。そのお友達が遊びに来てもおかしくはない。いやおかしいけど。

 ナインは演技じみた様子で片眉をつりあげた。

「さて、次は君の番だ」

山野栄やまのさかえです。ただの組合員ですよ」

「山野くんか。君も災難だったな、こんなものと遭遇するなんて」

「こんなもの? それってどっちのこと言ってます?」

 ナンバーズのことか? それともブタのことか?

 ナインはふっと笑った。

「アレだよ。通称、妖精花園ようせいガーデン。妖精たちの子宮さ」

「……」

 うごめく巨大な動物の内臓ってことか。正体が分かると、余計に気味が悪い。

 俺は話題を変えるべく、こう尋ねた。

「で、ナンバーズさんが揃いも揃って、なぜここへ? まさか俺たちの仕事を横取りに?」

「そう嫌わないで欲しいな。俺たちは、ただのボランティアだよ。実際、アレは君たちの手に余るだろう」

 とは言え、巫女さんもオカッパも手ぶらだ。いくらナンバーズとはいえ、彼女たちが素手であの肉塊をどうにかできるとは思えない。

 両名は妖精花園の両端に立ったものの、ややうつむいたまま微動だにしなかった。まさか、帰ってくれるようお祈りでもしてるのか? そんなのでいいなら俺も手伝うぞ。無給でいい。

 だが次の瞬間、俺は我が目を疑った。

 二人の背後から、何者かの腕が現れたのだ。青白い、半透明な腕だ。丸太のように太く、腕一本が人間ほどのサイズもあった。

 彼女たちは乱暴にも、その指先を肉塊へズブリと突っ込んだ。かと思うと、怪力に任せて左右へがばりと引き裂いた。まっかな裂け目から血液がざばと溢れ出し、床に粘ついた血だまりを作った。

 ただただ強引で凄惨な暴力。

 妖精花園は巨体ゆえに痛みにのたうつこともできず、しかし精一杯に身じろぎし、抵抗をこころみた。しかし無意味だ。

 豪腕は好き放題に肉を引きちぎり、床へ捨て、すぐさま次の解体にかかった。

 それは子供が砂遊びでもしているような熱心さだった。夢中でただ穴を掘る、あの感覚に近い。

 血の、むっとするにおいがすぐに来た。人間と同じにおいだ。

 これは遠からず、文字通り血の海になる。足元に流れてきた血液からは、湯気があがっていた。

 木下が形容しがたい声をあげ、足をばたつかせた。

 まあ空でも飛ばない限り、この血液から逃れることはできないだろう。靴が汚れるのは諦めるしかない。

「さて、俺も仕事に取りかかるとしよう」

 ナインはそうつぶやくと、乱れてもいないネクタイを整え、血液などモノともせずに歩を進めた。高そうな靴なのに、お構いなしだ。

 彼は妖精花園の中央に立つと、すっと手をかざした。

 まさか、あの巨体相手にやるのか。

 目を凝らし、じっと様子をうかがっていると、突如、灰が巻き上がった。

 ナインが手をかざした位置から、肉塊がまっぷたつに裂けたのだ。一部が灰にされたのだろう。理屈なんか知らない。

 血煙と灰が舞い上がり、空中で醜く混じり合った。

 分断された妖精花園は、おそらく絶命。ごぼっ、ごぼっ、と残尿のように血液を流しながら、ピクリとも動かなくなった。

「……」

 まあ、あらためて確認することでもないが、ナンバーズというのは人間ではないようだな。

 いや、分かってる。この業界、ちらほらそういう連中がいるってことは。現場で一緒に仕事をすることもある。ただし、ここまで非常識なのはそうそういない。

 なのに、こいつらと来たら……。

「終わった……?」

 六原一子が、退屈そうにつぶやいた。妖精の腕を齧りながら。

 そう。

 どんな汚い仕事にだって、最低限のモラルってのはある。

 立ち食いしながら仕事するやつなんているか? おやつ休憩ならともかく。こんなヤツ、どの業界でも見たことないぞ。

 俺、そういうのけっこう気になるタイプなんだよな……。意識の高すぎる俺には耐えがたいものがある。

 どんな現場だって、ここまで非常識じゃない。


(続く)

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