第七話 発動! オラクルカード!
ちくわはスキル[神託]を修得し、オラクルカードを引いてみたい。
さっそくジェスチャー付きでエファに[スキルを使ってカードを引く]という提案をした。
なるべくかい摘んでだ。
ちくわの提案に、エファはこくりと頷いた。
彼女の表情は、
[まあ大体言いたい事はわかったし、ちゃんと考えた上での判断なのだろう]
というような風の、理解を示すものだった。
「よし。そんじゃあちょっと、やってみよおっか……」
「ウィ」
エファも何が出るかと興味深そうな顔をしている。
オラクルデッキを構成するカードには、怪しげな効果を持ったカードも存在しているのだ。
たとえば、
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[食卓の妖精の快いいたずら]
レアリティ:F
フォーチュン
イヴィル:0
あなたが今夜、夕食を取ろうとすると、いつの間にか料理が一品増えている。
ただし、その味については保証しない。
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こちらはいいほうだ。悪いほうはこっちとか。
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[未来という名の混沌の卵]
レアリティ:D
フォーチュン
イヴィル:0
あなたはアイテム[未来という名の混沌の卵]を一つ得る。
この卵は一週間後に必ず孵化する。この卵をあなたは決して捨てても割っても、手放してもならない。
また、なにが生まれてくるかもわからない。
――本来未知とは危険な代物だ。その事実に目を瞑りたい者の多くが、その未知性を[希望]などと呼びたがる――
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気味が悪い!! このデッキを構築したなにがしは、どうしてこんなカードをデッキに入れたのか?
こういう事情もあり、ちくわは勝手に判断できなかったのである。
が、エファもこのようなリスクについては理解してくれたようだった。
ちくわは[神託]のスキルを修得し、オラクルデッキからカードを引いてみようと思う。
ちなみにちくわが引きたいと思うカードは、次のようなもの。
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[一夜限りの仮宿]
レアリティ:E
フォーチュン
イヴィル:1
あなたがこのカードを引いた場所に、セーブポイントの魔法陣が出現する。
魔法陣は二十四時間後に消失する。
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これが第一候補。
[セーブポイント]が出現するらしい。
この異世界が【実はゲームの中だった】などという新事実はごめんこうむるが、多分[仮宿]などと比喩されているのだから、RPGゲームよろしく[安全地帯]のことなのではなかろうか?
次に引きたいのがこのカード。
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[一夜限りの戦士系用心棒]
レアリティ:E
フォーチュン
イヴィル:1
あなたはこのカードを引いた日の日没から、翌日の日の出まで、あなたを守る前衛傾向の用心棒を一人得る。
用心棒の強さはあなたの冒険者ランクに比例する。
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カードの絵柄には顔を帽子で隠した冒険者の姿が描かれている。
果たしてこの用心棒とは、実在の人間がやってくるのか?
魔法のある世界なのだし、きっと〈ボワンッ〉とランプの精みたいなものが出てくるんじゃなかろうか、とちくわは考えている。
まあこんなところだ。さっそく始めてみよう。
ちくわはまず修得ポイント10を消費し、スキル[神託]を修得した。
ゲームだったら『ちくわはスキル[神託]を覚えた』とでも出たのだろう。
こちらの世界では、そうではなかった。
「あ」
ちくわに訪れたのは閃きにも似た、一つの理解だった。
『こうすれば口笛を吹いたり、利き手でないほうの手で箸を操るような感覚で、マナを使ってスキル[神託]が使えるな』という、感覚の把握。あるいは新たなる感覚の芽生えだ。
「よし……じゃ、ちょっとエファ、オレ、スキル使ってみるから」
エファは『ウィ』と頷いた。その表情は少し真剣だ。
さあ、のるかそるか、運命の瞬間だ――というのはいささか大げさか?
ちくわは芽生えた感覚をなぞるように、スキル[神託]を使用した。
ちくわの背中で〈キン!〉という音がした。
「ルガルデ」
エファはきっと『見て』と言った。彼女は光る球体を指差している。
光る球体はちくわのリュックから布地をすり抜けて姿を現した。ちくわの目前へと回り込んで来る。
その球体はちくわの目前で、光り輝くカードへと変身した。
スキル[神託]の効果でオラクルデッキから引いたカードだ。
そのカードの内容を、ちくわもエファも期待を込めて覗き込む――
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[座興の鳥占い]
レアリティ:G
フォーチュン
イヴィル:0
あなたの元へと一羽の小鳥が訪れ、なんらかの情報をさえずる。
あなたが使用した場所に鳥がいない場合、このカードの効果は消失する。
――青い鳥があなたに幸福をささやくとは限らない。彼らのさえずりは羽毛のように軽い――
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「あ……くそ。ハズレだ」
「アゥ……」
カードは二人の目前で、無数の光の粒子となって、ちくわのリュックのほうへと戻った。
ちくわとエファはお互いに顔を見合わせた。
多分マンガなら、[…………]という三点リーダがお互いの吹き出しに乗せられていたことだろう。
「……なんか、あっけないっつうか……もうちょっと期待してたっつうか…………運いいはずじゃなかったのか、オレら?」
「デスヴァント」
エファは『取るに足らないこと』とでもいうようにすまし顔をしている。
ちくわは『まあちょっと待っててみようぜ?』とでも言おうとした。
が、それを遮るような、騒がしめの鳥のさえずり声がした。
「――ん。カードの効果か?」
顔を上げた二人の頭上で、一羽の小鳥が『チチチピヨピヨ』という判で押したようなさえずり声を上げながら旋回を始めたのだ。
〈チチチピヨピヨチチチチ! チチチコノサキニセーブポイントチチチチ!〉
「あ?! なんかしゃべった!?」
エファも目を大きくしている。頭上の小鳥がすごい不自然に何かしゃべったようだった。
小鳥はまたさえずりをかしましくする。
〈ピヨピヨピヨコノサキニセーブポイントピヨピヨピヨチチチチ!〉
「ジュヌディスク?」
エファが表情から察するに『なんて言っているの?』と聞いてきた。
小鳥は旋回するのをやめ、二人の頭上から飛び去っていった。
ちくわはしばし呆然である。
「あ~……なんつったもんかな……ってか、なんでもありだなオイ」
当たり前かもしれないが、ちくわは小鳥さんが人の言葉を話すのを初めて耳にした。
効果は大したことないが、やってることはまさしく【魔法】の力というやつだった。
「あーっとな。エファ。この先に――」
と言ってちくわは道の先を指し示し、『寝る場所』と言いながら両手を合わせて枕のようにし、頭をその上に乗せて目をつむる[お休みポーズ]のジェスチャーをする。
「寝る場所が、あるらしい」
エファの目が期待で少し大きくなった。
「プラスドミル? ――」
エファも目を開けたままの適当なお休みポーズのジェスチャーをして見せる。
「ああ。っぽいな。まあ、行けばわかるだろ」
「ウィ」
二人は少し早足になって歩き始めた。
スキル[神託]は不発に終わったが、ちくわは一つだけわかったことがあった。
スキルの説明欄にあった[使用制限一日]という一文だ。
あれはどうやら[一度使ったら一日の間は使えない]という意味らしい。
現に今、ちくわはスキル[神託]を使うことができない。自分がそのスキルを使うことができないのが感覚できていたし、実際しようとしてみても、スキルは発動してくれなかった。
使用制限のあるスキルは、使いどころに注意するべきなのかもしれない。
ちくわは歩きながら、西の空を眺めた。
果てなき草原の果てに山並みが見え、その上に太陽が輝いていた。
まだ日没までは時間がありそうだが、たそがれ時もそれほど遠くは内容に思われる。
時計が欲しい。今はいったい何時なのだろう?
オラクルデッキのカードに頼れなくなった今、異世界で、外で夜を迎えることだけは避けたかった。
二人は歩いた。三時間か、はたまた四時間か。
そして小鳥のささやいた[セーブポイント]とやらは、たしかに存在していた。
二人がそこへと到着したのは、もうお互いの顔色さえ確認するのが難しいほど、日の沈んだあとの事だ。
その仮宿は、道が森へと入り込む前の、とば口にひっそりと佇んでいた。
二人がこの異世界にやってきて、初めて目の当たりにした人工物だ。
「…………廃墟、だな……」
廃墟だった。
隣にいるエファの顔。その顔が、暗さで見づらくなっていてもなお、失望に曇っているのが見て取れた。
これが現実世界であったのなら、廃墟を見つけたところで、それほど動揺することもなかったかもしれない。
しかし、異世界へと放り出され、町も、人すらまだ出会っていない状況で、
初めて見つけた人工物が【廃墟】だったというのは、
いろいろとこの異世界に対して、不安を抱かせるものがあった。




